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今日も何かを食べています  作者: 弓軸月子
第三章

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59 ネギ玉


「……線で車両故障のためダイヤの……」


 ラジオをつけてすぐに、そんな言葉を耳が拾う。

 自分の使用路線以外はあまり気にしたことがなかったけど、電車が遅延しない日なんてないんだろうな。

 自分の事故や、こちらに来て電車で見かけた人なんかがパパっと思い浮かんですぐ消える。

 事故の記憶は無いので、テレビやネットで見た映像だ。

 シアタールームで見た映像を思い出すって言うのはこんな感じなのかもしれない。

 かと言って記憶なんて曖昧なものだとも思う。

 時に真実を捻じ曲げて覚えている人だっているのだ。

 移動中に会った主任なんかはいい例と言える。名前なんだっけ。もう鈴木でいいか。一郎なのか太朗なのかも曖昧だ。ほら曖昧だ。

 都合の良いように記憶を捏造していたとすれば、シアタールームで見る光景は辛そうだな。

 ことごとく記憶と違う人もいるだろうし、そういう人にはやっぱり地獄よね。

 

 冷蔵庫を開けて、今朝は和食かな、と思う。

 ご飯は昨日の内に茉里奈がもう一台の炊飯器に炊いたやつを移してくれたので、炊飯容量いっぱいまで増えている。硬くもならないし、相変わらず都合がよい事だ。佐藤さん風に言うなら全部気のせいなので、本当は水分が飛んで黄色く硬化しているのかもしれないが、私にはふっくら炊きたてご飯だ。


 お味噌汁用とお茶用に湯を沸かして、と。

 長ネギと卵、大根に茄子、味噌汁の具は椎茸と白菜にしようかな。それから沢庵と、朝から肉気分でもないし、魚もなぁ。鮭なら気分だったんだけど、カジキマグロ気分じゃないし。

 少しウィンナーでも茹でてお茶を濁すか。

 イメージに左右されるなら出来るだけ見た目が綺麗だったり豪華な方が美味しくなるんじゃないだろうか。自分以外も食べるとなると、多少は気をつかうものだ。


 長ネギはみじん切りにしてボウルに移す。

 玉ねぎが有名だけど、長ネギも結構目にしみる。

 大根は皮を剥いて、茄子はヘタを落として縦半分、食べやすいように切り込みも入れて水に漬け、椎茸と白菜は細切りで良いかな。椎茸にサイズを合わせて切っておく。

 先に沢庵も切って、小皿に入れ、包丁とまな板は先に片付けちゃおう。


 茄子を水から取り出して、キッチンペーパーで軽く水けを拭いて、皮を上にしてグリルに入れる。

 大根も軽く拭いてから大根おろし位までハンドブレンダーをかけた。これは楽。おろした大根とは違うんだろうけど、大量になればなるほど、断然楽。生きてる時も使えば良かったな。

 大根おろしは長ネギを入れていたボウルの上で軽く絞って、大根おろしの山を作って置いておく。


 お湯も沸いたので少しウィンナー茹で用に小鍋に移して、味噌汁用の鍋には和風顆粒出汁、椎茸と白菜をいれる。どちらの具材も良い出汁が出るので、顆粒出汁は少しだけにした。

 グリルの茄子をひっくり返してから、小鍋にウインナーを放り込み、味噌をみりんで溶いて、ボウルに卵を割り入れ、塩と鰹節粉で薄めに味を付けて、水分はさっきの大根おろし汁で十分そうだ。そのままよく混ぜる。

 グリルの茄子に味噌を塗り、もうひと焼き。

 さて、卵を焼きますか、のタイミングで茉里奈が降りて来た。


「おはようございます」

「おはよう」


 手を洗ってから手伝いますね、と、作業中の厨房を一瞥、先に沢庵をカウンターに移動して、食器やお茶の準備を始めてくれる。

 良くできた娘さんだ。


 フライパンを温めて、卵液のついた箸で一の字が書ければ温度オッケー。

 ボウルから半量の卵液を流し込んで、手早くかき混ぜ、折りたたむようにして形を整える。

 アルミホイルに包んでから、残りの卵液も焼く。

 そうこうするうちに、グリルからも味噌の焼けるいい匂いがしてきた。


「あ、昨日のドリア、アケルさんに出しますよね? 温めておきますね」


 茉里奈が声を掛けてくれたのでお願いしながら、グリルから茄子を取り出して皿に並べる。仕上にごまをかければ田楽風の焼き茄子が完成だ。

 取って付けたようなウインナーもサラダミックス一掴みとミニトマトを添えればそれなりに見えるのだから不思議である。マヨネーズと、コショウを添えて完成。

 味噌汁用の鍋は火を止めて味噌を入れれば完成。

 ネギ入りの卵焼きはアルミホイルから出して切り、大根おろしを添えれば完成だ。

 後はご飯と味噌汁をよそって運ぶだけ、と。


「おはよーっご・ざ・い・ま・す」


 調理器具を片付けていたらアケル君が全校集会の小学生のような掛け声で入ってくる。


「はい、おはよう」

「おはようございます」


 今日は無事本人が来れたようで、取りあえず荷物を置いてカウンターに座った。


「昨日の晩御飯、茉里奈が食べるんじゃないかって、アケル君の分も取って置いてくれてるよ」

「マジっすか。自分、モテてます?」

「天板が四角いので数量的な問題です」

「茉里奈嬢、自分に冷たくないっすか? つか四つ作ったって事? 誰か来たんすか?」

「コス。コス作のデザートはきっちり持って帰られたけど」

「えー! デザート何だったんすか?」


 世間話をしながら食事の準備を終え、皆で手を合わせていただきますと食べ始める。

 結局取って付けたウインナーもそれなりの見た目にしたために、なんだか豪勢な朝ごはんになってしまった。


「この卵焼きは厚焼き玉子っすか?」

「ネギ玉? 巻いてないし、分厚いから厚焼き玉子でも良いんじゃない? 私的にはネギ玉だけど」

「定義があやふやですよね。家庭の味も沢山ありますし。私は厚焼き玉子と言われると、出汁巻きよりも甘いものを想像しますけれど」

「あー、でも、弁当に入ってるのはあんま甘くないけど、つるつるした切断面で巻いてる感じしないっすよね?」

「あー、売ってるお弁当のはそうだよね。甘玉は確かに厚焼き玉子って感じするなぁ。出汁巻きってもう少し繊細な味付けのイメージある」

「「甘玉……」」

「言わない? ネギ玉、甘玉、シラ玉、のり玉、ベー玉」

「白玉ってなんですか?」

「シラスの入った卵焼き」

「のり玉とベー玉はなんすか?」

「海苔とベーコン」

「ええっと……う巻きはうな玉になりしますか?」

「巻いたらう巻きだけど、刻んで混ぜたらうな玉じゃない? 焦げやすいし、色も悪くなるけど」


 そうですか、とどこか不思議なものを見るような目で二人に見られた。

 なんで。


「ネギ玉だと長ネギか玉ねぎか分からなくないっすか?」

「玉ねぎ入れるならついでに挽肉も入れてオムレツにしちゃわない? それだと洋食でしょ? 厚焼き玉子とかだし巻き卵って和食よね?」


 そうですか、と再び遠い目をされる。

 どうして。


「ええっと、ベーコンも洋食材だと思うのですが」

「そうね。玉ねぎを入れたらオムレツになるよね」


 そうですか、と三度目になると、ちょっと分が悪そうなので話を変える事にする。


「そういえば、茉里奈には言ってなかった気がするんだけど、明日の夜、私がこっちに来る時に担当してくれた人が遊びに来るんだよ。新しい電化製品が好きな人で、紹介してって言ってたんだけど、夕飯の時間に帰ってきてくれる?」


 茉里奈は茄子をすくう手を止めてから言う。


「鈴木さんですか? そう言う事もあるんですね」

「そうなんだけど、ややこしい事に、本名が佐藤さんなの。こっちのグループが一緒だったから連絡がついたんで、戻ってくるタイミング教えてくれてね」

「嬉しそうですね」

「そう? まぁ、とんでもない人ではありそうなんだけど」


 私は笑いながら、視線の端でアケル君を伺ってみたが、全く表情も変えずに、ネギ玉に大根おろしを乗せて頬張っている。

 こいつはこいつでとんでもない人ではありそうなんだよなぁ。


「アケル君の所には連絡来たの?」

「大先輩経由っすけど、連絡あったっすよ。順調に戻って来てるって。そんでめちゃくちゃ褒められたっすね」

「褒められた?」

「褒められたんすよねー」


 ちょっと遠い目をしているのでそっとしておこう。


「まぁ、そういう訳で、明日、出来ればよろしくね」

「はい」


 茉里奈は少々困惑気味ではあったけれど、笑って頷いてくれたので良しとしよう。


 食後、荷物を片付けようという話になり、私は生肉を頼んでいた事を思い出して、うわぁ、となった後、どうせ腐らないんだから問題ないよねそういえばと、派手なリアクションを取ってしまい、恥ずかしくなりながら、荷物を受け取った。

 牛肉の塊とオクラ、そしてフランス料理と言えばフォアグラである。

 完全に佐藤さん用だけど、まぁ、毎日の三品もそろそろ考え込まないと出てこない状態ではあったので、あんまり悩まなくて済んで良かったと思おう。

 茉里奈はまたなにか良く分からない物と封筒を受け取って、そのまま私に差し出した。


「和香さん、自分では頼まなそうなので、一枚位持っておきませんか?」


 展望台の入場チケットだった。

 正直全く考えてもいなかったので遠慮したんだけれど、茉里奈は笑って封筒を私の頭の上に置いた。うまい事乗ったようで落ちてこない。


「私は、寂しくなるので話さないようにしているだけですけれど、思い出してはいるんですよ。和香さんも最初はそうなのかと思ったんですけれど、そういう訳ではないでしょう?」


 首を傾げて言う茉里奈に、そういえば家族の話はあまりしないな、と思う。

 本当に最初の頃と、急に思い出した時に口にするくらいで、話をしないというよりは、あまり思い出さないと言ってもいいかもしれない。

 そうかなぁ、と思いながら首を動かしてしまったらカサッと封筒が落ちてきたので手で掴む。

 続けて茉里奈は言った。


「暇でもシアタールームとコスさんの所に行くのはちょっとストップでお願いします」


 アケル君がただでさえ細い目を更に細くして茉里奈を見た。


「いいけど、どうして?」


 お願いされたので行かないのはいいけれど、理由と、あ、いつまで行っちゃダメなのかも確認しておかないと。


「いくつか記憶が消えているみたいなので確認してきます。多分問題のない事だとは思うんですけれど、念の為」


 意外な理由だったな。

 どうして記憶が消えている事が分かったんだろう。


「コスさん、喋りすぎて怒られる人でしょう? 教室でそんな話をしたら興味を持つ人が多かったんですよ。コスさんと会って、重要そうだったり、気になった事があったら教室の掲示板に書き込んで、共有して見ようという話になって。会話文を打つのは難しいので、私が分かるようにしか書いていないんですけれど、昨晩解散して確認した段階で既に記憶にないものがあったので、今日はそれを基に意見交換しようという話になったんです」


 そう説明して、茉里奈は一息ついて、困った様に眉を寄せた。


「こんなことがありましたよね、って話しかけて、和香さんから、覚えてないとか、そんな事あったっけ? って、言われたくないので、問題がなくても、複数人でコスさんには会いたくないと思っています」


 なんの、どんな記憶が消えたのかは分からないけれど、確かに想像してみると嫌だと感じるかもしれない。それがコスのせいではないから、会わないとは言えないし、茉里奈もそこまで考えての事だろう。複数人では、と状況を限定してくれている。


「分かった」


 と笑って返事をしたら、アケル君に襟首を引かれた。上方向に持って行かれて首が絞まるんだけど。


「なに?」

「お願いされたから決めてねっすか?」

「どうだろ?」

「いやー、ノンタイムでどうだろってどうだろ?」

「アケル君にはノンタイムだけど、茉里奈にはちゃんと考えてる」

「ならいんすけど」


 手を放してくれたので、後ろにずれたシャツの位置を指で引いて元に戻す。そういや苦しくなかったな。

 黙って見ていた茉里奈がクスクスと笑っている。


「なんだか兄弟みたいですね」

「手のかかる妹で」

「口うるさい弟で」


 かぶったな。

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