06 ショートブレッド
『ピン・ピンポン・ピンポーン』
集中していたら佐藤さんが来たようだ。しかし普通に鳴らせないのか。
慌てて出て、家の中に入ってもらう。
ミックスベジタブルの仕分けが終わっていなかったので、ちょっと待ってて、と冷蔵庫に戻したりした。
佐藤さんはお構いなくと笑っていたが、仕分けられたミックスベジタブルを視界に入れて少しだけ笑みを深めている。すまない。
お湯を沸かしつつ、オーブンから天板を取り出して皿に盛り付け、カップを準備していると、
「あ! 私もほうじ茶頂いていいですかー?」
と佐藤さんが声をかけてきたのだが、我が家にほうじ茶は無い。
「ごめん、うち、ほうじ茶はな…私も?」
佐藤さんはテーブルに置いてあった私のカップを指さしている。
ほうじ茶に見えたようだ。
「……それ、薄く入れたインスタントコーヒーなんだよ。緑茶か炭酸、あとレモン汁とかハチミツもあるけど、どう? ちなみにお茶請けはショートブレッド」
佐藤さんはがっくりと床に手をついて嘆きだした。
「いくらなんでも薄すぎますよー! もはやコーヒーのコの字位しかっ! しかもその選択肢って! そして昨日の流れからしたらお茶請けはサブレーであってほしかった! 何故にスコットランド! 私は薄めは薄めでもちゃんとアメリカン位の濃さのものでお願いしたいー!」
いったいどこから突っ込めばいいのか。
しかし要求は忘れないのだな。
コーヒーとショートブレッドをテーブルに置き、味見用の丸い物をサクッと口に入れる。
「どうぞ。まぁまぁ出来てると思う。サブレーもショートブレッドもビスケットもクッキーも、みんな同じ焼き菓子なんだから、そんなこの世の終わりみたいに嘆かなくても」
「嘆いているのはコーヒーの薄さとこれから続くと思い込んでいたフランス料理が続かなかった事で味とか種類とかじゃないんですよー!」
「慰めようがないな! フランス料理作れるような材料も調理器具もないからあきらめな!」
飲みかけで置いたままにしていたカップを引き寄せて、一口飲む。
佐藤さんもいただきますと言って一つ取って食べている。
今日も熱心に食べて、美味しいですと言ってくれたので一安心だ。
「さて、一晩明けて、聞きたいことは出来ましたー?」
一息ついてから佐藤さんがまっすぐにこちらを向いて聞いてきた。
が。
色々あったような気がしたが思い出せなかった。
結構よくあることだ。後で思い出す。
「んー、色々あったんだけど、なんかさっき、衝撃的な事があってすぐ思い出せない」
「衝撃的な事とは?」
「いやー、ショートブレッド焼いてたらなんか火葬場っぽいなと思って、私、もうすぐ焼かれんなって思ったら、なんか、こう、もう一回死ぬ的な気分になって」
佐藤さんは目が点というのがしっくりくるような顔で口を開けている。
食べてる時にする話じゃなかったかな。
「……冷蔵庫に何か取りに行って、開けた途端に何を取りに行ったのか忘れるって事ない?」
はっと、佐藤さんが姿勢を正す。
「私はありませんが、よく聞くことではありますねー。と、いいますか、少々発想に驚きましてー。どうしてショートブレッドが骨に見えたんでしょうー」
「え? 骨には見えてないよ、オーブンが火葬場っぽいと思っただけで。佐藤さん結構発想が猟奇的じゃない? そういえば、これ丁度私の親指サイズにカッ……」
「食べられなくなるのでその辺でっ!」
遮られたが絶対に佐藤さんの発想も常軌を逸していると思う。骨って。
ふうっとため息をついてから続きを食べ始めたので、私は何となく話を始める。
「あれから色々確認して、面倒くさい事になりそうな事故だなって事と、家族がやっぱり巻き込まれてるなってのは確認した。それで、私にはもう知ることしか出来ないことも、取り合えず頭では理解出来たと思う。でもやっぱり気持ちはついてきてなかったなって、気が付いたけど、これはもうどうしょもない。それでついミックスベジタブルを、ってそうだ、みんな暇つぶしってどうしてるの?」
神妙な顔をしていた佐藤さんがにこりと微笑んだ。
「好きな事してますよー。何かを見る人が多いですかねー。本だったり動画だったり、積みゲーが片付けられるって喜んでいらっしゃる方もいますー。体を動かしたり、出かけたいタイプの方々は多少お困りの様ですけれど、ご近所さんへの音の配慮もいらないので、踊ったりとか、何やら色々されてますよー。とはいえ、最初はやっぱりね、二~三日落ち込んだりするのでー、ほんの少しのことですよー」
「やっぱりそんな感じかぁ。あんまり家にいなかったから、なんだか時間が長くて。あ、そういえば私が死んだのって、昨日の朝のことでしょう?私、土曜日に家でゴロゴロしていた記憶と形跡がうっすらあるんだけど、これはどういうこと?」
「あー」
伺うようにこちらを見てきたので、私は頷いて見せる。
「肉体的な死亡が確定していなかったんですが、運命的に死亡は確定していたんでこちらにお連れしたんですー。飲みすぎて具合が悪いから一日放って置いて欲しいと言われましてー。初回配達希望分の記憶がないように、これは基本的に覚えていないと思います。たまーにいるんですよー、覚えている人」
「二日酔いの私フリーダムすぎやしませんかねぇ!え、じゃあ、私、今日三日目?」
「いえ、正式な死亡確定日からの計算になるので二日目ですー」
「ん? その一日はいったいなんなの?」
「そうですね、どう言いましょうか、これから裁判があるのはご存じですかー?」
「……閻魔大王からどうのこうのってやつ? 知識としてはあるけど、ちょっと待って、正直ファンタジーすぎて信じられる自信がないかも」
「そんな感じで結構ですよー。ちょっと違う部分もあるので、掻い摘んでご説明しますねー」
笑いながら佐藤さんは説明してくれた。
死んだら生きていた頃の行いから今後の事を決める裁判をする。
その裁判で議題にあがる生前の悪い部分は、周りにいた人の想いで軽減されることがある。
運命的に死亡していても肉体が生きていると、死亡が周知されず、この軽減の恩恵を受けられない場合があるので、死者に不利だという意見があった。
この為、肉体的に死亡するまでの間あの世で好きにしていて良く、正式に死亡してから裁判が始まることにした。
「え? じゃあ土曜日なら表出歩けたってこと?」
「出かけられましたよー?」
「普通に買い物が出来たりとかも?」
「出来ましたね。なんでしたら会社に行ってお仕事も出来ましたー」
「死んでない会社の人たちは?」
「会ったことのある人であれば再現されていたと思いますー。本人的には気が付かないそうなので。とはいえ、細かいことは何とも言えませんがー」
「生前の罪が軽減されるような家族や友達がいたかと言われると自信がないし、一日差ならあんまり変わらなそうな気もするから三日目にして欲しいなー」
「そんな事を言うものではありませんよー。馬鹿にできないくらいは想われているものですー」
「だといいけど」
それから食材は腐らないことや、調理中であると認識しているものは増えないこと、漬物はちょっとづつ種類を増やして食べる前日に増やしていることなどを、食べ物以外って言ったのに、と佐藤さんに笑われながら話をした。
帰りにショートブレッドを持って帰り、明日梅干を持ってきてくれるという。流石お母さん経験者。物々交換のやり方をスムーズに教えてくれたように感じた。
「そういえば配達してくれた人と少しだけ話をしたよ。そっち側の人たちも一週間が目安なの?」
「そうですねー、外出が出来るようになるまでの一週間は本当に一区切りといった感じですー。携帯電話やメールが確認できるのも、この不安定な期間までなので、こちら側も……」
え? っと持っていたカップを落としそうになった。
「っ危なかった、中身少なくて良かった。って、え? なんて? メール確認て?」
佐藤さんは自分の携帯電話を取り出して、トン、と立てて見せる。
「個人的なメールのやり取りって、更新はされても使えていないですよねー? その更新がなくなりますよーって事なんですがー」
「……私が返信していなくても、家族が返信していて、そのやり取りが見れているけれど、それが見れなくなるよって事? そういやむしろなんで見れてるの?」
「そうですー、個人的なやり取りが見られなくなりますー。ええっと、」
佐藤さんがいう事には、まず死んでからあの世に移動するのに大体一週間位かかる。
景色や移動速度が楽しめるような旅程ではないので、生前の世界に残っている物を投影した、自分の部屋などで過ごしてもらう。
それが今の状態。
そして到着後は投影して持ち込んだものをあの世のシステムに合わせるので、生前のシステムは使えない。
「というわけで、不特定多数向けのインターネットやテレビは見られますが、個人向けの通信機器に関しては、あの世のものにしないと使えないんですよー」
「一瞬慌てたけど、見れたってなにも出来ないんだし、別に慌てることじゃ無かった……」
「それはそうなんですが……諦めが早いのか執着が無いのか、ちょっと特殊な考え方ですよねー」
諦めが早いか執着がない、か。なるほどね。
「執着の方、かな。自分以外って変えられないでしょう? 気に入らないと思った時って、大抵自分の思った通りに進まないからだったりするけど、そうやって他人とか物をコントロールする能力が無いから、諦めるようにしてて、そうすると大抵の物事の感想が、ああそうですか、ってなって……あれ、なんの話だっけ、合ってる?」
喋ってるうちになんの話だったか忘れるのもよくあるんだよね。
佐藤さんは気にした様子もなくうんうんと頷いている。
「ええと、そう、諦める以前にそのうち執着事態しなくなって、期待値も薄いかなぁ。それこそ他人については通ればラッキー。物とか事については自分の努力次第ってところだけど。え? やっぱり話ズレてない? うん?」
合ってるのか? なんか違う気がしてきたんだけど。
「死んじゃって干渉できないんじゃ、携帯眺めて一喜一憂してもなににもならないし、なるべく引きで見ないとキツいじゃない? 特に今はね」
佐藤さんは無表情にコーヒーを飲んでゆっくりと頷いた。




