05 玉ねぎの煮びたしと炒めご飯その1
『ピンポーン』
目が重いなぁと思いながらぼうっと映画を見ていたら荷物が届いたようだ。
玄関に向かって、ハンコを出しながら気づく。
宅急便ではないんだよね。
「はい」
玄関を開けると相変わらず見慣れた風景だ。
「お届け物です」
見たことのないユニフォームに帽子の男性はドアを背中で押さえて、段ボールをドア枠から家側にずいっと差し入れてくる。
そういえば珍しい行動かもしれない。
「あー、ハンコとかっている? 一応状況は把握したんだけど」
受け取って足元に荷物を下してからそう声をかける。
男性は安堵と困惑を混ぜたような顔で苦笑すると、
「不要です。昨日はまだ把握されていなかったんですね」
と言って、手にしていた伝票をポケットにしまった。
「完全に寝ぼけてて普通に宅急便だと思って受け取ってました。驚かせてたならごめんなさい」
手の中で行き場に困ったハンコをくるくる回しながら軽めに謝罪をしておく。
明日からも届けてくれるなら良好な関係を築いておいて損はないだろう。
嫌な感じもしないし。
「いえ、配達期間中ずっと混乱されている方も多いので、お気になさらず。一週間は僕の担当になるので、何かあれば声をかけてください」
「混乱、は、一度した、かな、でも、する要素って、あんまり無いような……」
「うーん、そこから長引くか否か、ですかね」
「むしろ混乱していて分かっていない可能性もあるので、後々ご面倒をお掛けしないように気を付けますね。……混乱面白話なんかないですか?」
ついでに少し世間話を投げかけてみる。
「一週間お酒を飲み続けて混乱、納得されないまま担当期間が終わった事とかありますよ。僕はなぜだか良く行く居酒屋の店主だと思われていまして」
「現実逃避型! それも良いですね。楽しそう。似てたんですかね?」
「いえ、随分痩せたとか、髭を剃ったのかとか、色が白くなったとか、違いを上げ連ねていらしたので、全く似ていなかったと思います。あまり楽しそうではなかったように見えました」
「ああ、楽しく酔うとは限りませんもんね。ふふ、話を聞く分には面白いですけど、災難でしたね。またなにか聞かせてください。どうもありがとう」
「ええ。では、また明日」
にこやかにドアから背を外して配達員は帰っていったのであった。
と、小説風のモノローグを入れつつハンコをしまい、段ボールを台所付近まで動かして開梱する。
卵は十個入りのパック。
鶏肉は業務用二キロパック、パッケージをぼんやり想像しただけだったんだけど、正肉と書かれたものが届いた。
骨を外した肉の総称だっけ? ムネなのモモなの?
ミックスベジタブルも業務用の一キロパック。定番のコーン、グリーンピース、人参のやつだ。
というか冷凍室の容量これでいっぱいじゃない? 増える位だから腐らないのかな? 佐藤さんに聞いてみなくては。
昨日帰り際に食べ物以外でって言われたのになー。
佐藤さんを思うと語尾が伸びた。
保存容器を取り出し、冷凍室に試し置きをして配置を考える。
腐らないなら冷蔵でいいんだけれど、冷蔵もあっという間に置場が無くなりそうだ。
ミックスベジタブルはそのまま冷凍室に放り込んで、鶏肉は袋からボウルに出す。
六枚入っていて、ムネとモモが三枚づつ。多分これあの世仕様じゃないかな。サイズも妙にそろってるし。
あの世っていうか、私的にはこの世?
全部気のせい、か、この都合の良さもそれなのかな。
さっと水洗いして、一枚ずつキッチンペーパーで拭き、血や脂肪の塊、筋を切って食品用ラップフィルムにくる、む、と増えないのか。
とはいえ二キロだし、また頼めばいいかな。最後の一切れだけ増やしてもいいし、とにかく一週間、後六日でなんか変わりそうだし。
あれ? 後六日? 私、土曜日の朝帰ってきて一日寝てたよね?
ふと思い出す。
日曜日が死亡日だったはずだ。
土曜日に飲んだままだったペットボトルを片付けたのを覚えている。
冷蔵庫から炭酸水を取り出して見て回想してみるが、記憶が曖昧だ。
反復動作化してたのか、ついでに飲んだ。お茶もコーヒーも飲みたくない気分の時は炭酸水を飲むんだけれど、別に今日は炭酸水飲みたくなかったんだが、習慣とは恐ろしい。
食べ物以外に佐藤さんに聞くことが出来たので良しとしよう。考えても分からない事は考えない。
ついでにお昼ご飯と夕飯の仕込みもしてしまおう。
モモ肉一枚は半分に切って、残りはそれぞれタッパに入れて冷凍室へいれる。わぁお。すでにぱんぱん。
切り分けたモモ肉を唐揚げサイズの四分の一位に切って塩を振って炒め、火が通ったら半分に分けておく。
台所が狭すぎて作業が大変なのだ。
鶏の油が残ったフライパンはそのままに、冷蔵庫から角切り玉ねぎを取り出して、フライパンに移す。
入っていたボウルをさっと洗って冷蔵してあったご飯を一膳分入れ、卵を割る。
冷や飯ってこうブロック化して取り分けるのが大変なんだよね。卵入れると逆にぽろっと混ぜやすいんだけど。
ざっくり混ぜてから顆粒鶏ガラをぱらっと入れてさらに混ぜる。
ミックスベジタブルもちょっとだけ出してフライパンにダイレクトイン。
油を足してごく弱火でフライパンを温める。
その間に炊飯器から柔らかく煮えた玉ねぎを取り出して椀に入れる。
釜に残った汁はそのまま、炊飯器から出してカウンターテーブルに置いておき、内蓋に水滴がついているのでキッチンペーパーで丁寧に拭く。
この炊飯器、内蓋取れないんだよね。購入してから気付いて絶望した。自炊辞めた原因の一つかも。壊れないし火加減とか良い子なんだけど。
鰹節粉を一振りして醤油を回しかけて玉ねぎの煮びたし完成。
フライパンはミックスベジタブルが解凍されてびしょっとしてきたので強火に変える。
ざっと煽って水分を飛ばしてからご飯を入れる。
一度卵かけご飯状態にしてから炒めると、多少手際が悪くてもぱらっと仕上がるので助かる。
先に炒めて分けていた鶏肉も入れ、塩、胡椒をかけてから少しだけ味見。
フライパンのへりに醤油をひとたらしして、良く混ぜたら完成。
なんだろうね、これ。内容はチキンライスが近いけど、味付けはチャーハンの方が近いかな?
味ご飯? なんかそれだと炒めた感じがしないし、まぁ、炒めたご飯か。
テーブルに置いてから、台所でもうひと作業。
さっき玉ねぎを取り出した釜に、ミックスベジタブルと炒めた鶏肉を入れ、顆粒コンソメ、塩を入れる。
玉ねぎも入れようかな。一個を取り出して大きめの角切りにして追加、ざっくり混ぜて、と。
ざっと台所を片付けてから、炊飯器に戻して炊飯スイッチをオン。
よし、行けた! センサーの温度が下がらないと、連続炊飯出来ないのだ。
なんとなくやり切った気持ちで腰を下ろすと、映画は終わって次は何を見ますか? 画面で止まっていたので、テレビに切り替えてから手を合わせる。
「いただきます」
丸いままの玉ねぎにスプーンを入れる。炊飯器調理のおかげで柔らかく煮えていた。
鰹節粉と醤油が良く合っていて美味しい。
水分量が多いので食べるスープみたいで食べやすいと感じる。炒めご飯はまぁ、うん、普通。
自分で作るともちろん好みに寄せるからそこそこ美味しいんだけれど、こんなもんでしょ、って事も多い。性格の雑さがでる。
せっかく暇なんだからゆっくり丁寧にやればいいんだろうけれど、ついついパパっと作ってしまうなぁ。
テレビでは丁度今晩のおかずにどうですかと、簡単豪華料理が紹介されている。
付け合わせはブロッコリーか、一人暮らしとしては冷凍室行きの食材感あるな。
そういえば、汁物、ご飯、メインのおかずにサラダ、そんな献立が増えた。
味噌汁、ご飯、焼き魚、煮物、おひたし、漬物の完璧献立見なくなったなぁ。
まぁ、私が完璧と思っているだけなんだけれど。それにしても漬物が恋しい。
佐藤さんに漬物事情も聞いてみよう。
漬けてる間にばんばん増えられても困るし。
炊飯器も保温は保存中とかカウントされて増えられると困る。
今日は話したいことがたくさん出てきそうだ。
話せるとは限らないんだけれど。
「ごちそうさまでした」
食事を終えて、テレビをネットラジオに切り替える。
全く分からない洋楽を流し続けるチャンネルを選んだ。これなら物思いにふける事も避けられるだろう。
片付けをしてから冷蔵庫で寝かせていた生地を取り出して、テーブルに運ぶ。
オーブンレンジをオーブンモードにして余熱を始めてから、天板の上にクッキングシートを敷いて、同じくテーブルへ。
作業スペースが必要な作業はのんびり座ってやるのだ。
親指ぐらいの太さと長さに切り分けて、天板に並べていく。
少し厚みがあるので、火の通りを良くする為にお箸で点をつける。
バランスをとるのが苦手なので三点位でいいかな。三点でもバランスよくつけられないんだけどね。
端っこの形が決まらなかった分は、一口サイズに丸めてスプーンで潰した。味見用、そして自分用。
余熱が終わったオーブンに入れて、後は焼けるのをまつばかり、と。
思ったところで火葬場を想像してしまった。
はたして私はいつ焼かれるのであろうか。
事故だけれど、病院に搬送されてから亡くなっているので、身元確認とか諸々の警察のご厄介は済んでいると思う。
一番近所にある火葬場は友引でも営業していたはずなので、明日か、明後日には焼かれるのか。
嫌な気分になりながら、片付けをし、焼きあがって粗熱が取れた時に入れる皿を準備する。
オーブンレンジが終了の音を鳴らしたので、一度扉を開けて閉める。こうしないと何度もピピッと鳴ってしまうのだ。
そして粗熱はオーブン内で取る派。
……ダメだ、思考の端っこにチラチラと火葬という言葉が浮かんでしまう。
落ち着こうとコーヒーを入れる。
そうか、もう取り返しがつかないのか。
そう思ってびっくりする。
把握、納得、した、と思っていた自分に、だ。
これはあの映画館の時のように、話の流れを理解しただけで、把握なんて出来ていなかったのだ。
深呼吸をして、家の中をぐるりと見渡す。
馬鹿だなぁ。
いつもの部屋のいつもって、いつの”いつも”なんだ。
この時間は仕事で家になんかいない、いつもの部屋は誰もいない部屋だ。
寝に帰るだけの、居心地だけ良くしただけの、いつか引っ越すつもりだっただけの部屋だ。
まだ夢の中にいるような気分だったのだ。
起きれば病院のベッドで、長い夢を見ていた気がする、とか言って、家族にへらっと笑って、リハビリつれぇとか、言うんじゃないかと、期待していたのだ。
まさかオーブンがトリガーになるとは思わなかった。
私は火葬されることで、もう一度殺されるような気がしてしまったのだ。
とっくに終わっているというのに。
生きているという事は、無意識で、無自覚だったんだな。
と、なんだか妙に納得してラジオを消した。
何流してても物思いにふける時はふける。もう知らない曲はいいかな。
逆に集中することにして、ミックスベジタブルを一種類ごとにお箸で保存容器に移すという作業を開始した。




