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今日も何かを食べています  作者: 弓軸月子
第一章

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04 玉ねぎサラダその2とオリーブオイルトースト


『ウーウ・ア・アアー、ウーウ・ア……ウーウ・ア・アアー』


 キジバトの声で起こされる。

 六時三十七分。

 携帯の目覚まし機能だ。

 平日指定の目覚ましは月曜から金曜までずっとこの中途半端な時間、最初に設定した時に間違えたままに鳴る。

 ところでキジバトの声って「ホーホーホッホー」とか「テーデー ポッポー」って記述されることが多いけれど、記述物では「クークグッググー」が一番私の感覚に近かった。

 ウの前に小さなクが来る感じ。母音が強い感じがするのだ。

 そしてこのノリノリのリズム。起きろと言わんばかりである。

 仕事をしない平日の月曜日、二度寝とも思ったが、昼前には荷物が、昼過ぎには佐藤さんがやってくる。

 鳩だってリズムを刻んでいるのだ、私もリズムを持って生きていこう。……もう死んでたな。

 起き上がって、ざっと布団を整えてから、ベッドのすのこを両方とも真ん中を持ち上げてMの形にし、それ以上開かないように紐とS字フックで固定する。

 掃除は朝が良いと聞いたので、フローリングワイパーでざっと拭いていく。

 活動していない時間帯に埃が床に落ち切るという話なので、会社から帰ってきたら掃除する事も多かった。家に居るなら朝であろう。

 それからふと昨日容器に移した調味料や米に目をやると容器一杯というか、八分目くらいまで増えていた。親切な増え方だ。

 炊いたご飯は? と冷蔵庫を見ると、こちらも増えていた。両方増えるのか、どちらも増えないのか、片方だけ増えるのか気になっていたのだ。

 開けついでに、昨日角切りにして冷蔵庫に入れておいた玉ねぎのボウルを取り出す。良かった、増えてない。

 半分だけラップをあけてフライパンを振る要領でぱらっとひっくり返す。ちょっと乾燥してしまったが、水分が多いよりはいいかな。

 冷凍室のパンも確認する。増えている。不思議。

 今日は一枚だけ取ってアルミ皿に置いておく。

 顔を洗ってから服を着替えて、洗濯機を回して、少し迷ったが化粧はしなかった。

 パンはトースト、焼けてから十字切りして四分割、ココット皿にオリーブオイルと塩を入れ、玉ねぎは塩、胡椒、マヨネーズ、仕上にパセリを振った簡単なサラダ。

 角切り玉ねぎは量が多かったのでスープ一杯分くらいをボウルに残した。

 お湯を沸かして今日も薄いコーヒーを入れる。


「いただきます」


 テレビは相変わらずだった。

 それでも朝のニュースなので比較的さらっとしていただろうか。

 生前この手のニュースを見ても、そうなんだ、くらいで、話のネタストックくらいにしか考えていなかったので、当事者となると複雑な気分だ。

 パンをオリーブオイルに浸してかじりながら、今日の事と、これからの事を考えようと、テレビから意識をそらす。

 玉ねぎサラダをスプーンですくってサクサクと食べながら、カウンターテーブルの上の調味料に目をやる。食べ終えたら増えた調味料を元の容器に入れるという作業もしなくては。


 洗濯物を干して、

 洗い物をして、

 調味料を容器に入れて、

 届け物が届いたら片付けとお昼ご飯、

 食後の片づけを終えたら、

 小麦粉と砂糖も増えているし、

 佐藤さんもくるからなにかお菓子でも作って、

 ある程度の時間になったら夕飯を作って、

 洗濯物を畳んで、

 お風呂に入って、

 寝て。


 あれ。

 何もない。

 空になったサラダ皿にそっとスプーンを戻し、手を合わせる。


「ごちそうさまでした」


 何もなかった。

 二十四時間中六~七時間が私の睡眠時間だ。

 起きてから出発までおよそ一時間半、

 会社に九時間、移動に前後合わせて一時間半、

 買い物や食事を外で済ませていたのでそれに一時間、

 お風呂と洗濯で一時間。

 残り三~四時間、

 なにもかもゆっくり行えばあっという間に無くなる残り時間は、

 家に帰ったら寝るだけ、

 と言うのを簡単にさせる時間だ。

 人によっては飲み会や、運動施設、勉強に使ったりもするだろう。

 独り暮らしを始めた当初はお金も無く、コツコツとDIYに励んだものだが、ある程度やり切った最近はテレビやインターネットで映画や動画などを流したまま、その日思いついた爪の手入れや洋服のはみ出した糸を切ったりして過ごしていた。

 将来やりたい事もないし、仕事も安定していて、微々たるものだが貯金も出来た。

 美味しい食事にあたるとか、面白い映像にあたるとか、小さな幸せがたくさんあって、物凄く幸福を感じるような生活ではなかったが、不満はなかった。

 こうも考えられるか。

 将来の夢があり志半ばに死んでここに居たら今頃絶望してなにも考えられなかったかもしれない。

 運動施設にも勉強施設にも行けないから時間の潰し方が分からなかったかもしれない。

 勉強は家でも出来るかもしれないが、その勉強がなにか役に立つのかも分からないなか続けるのは困難かもしれない。

 何もない、のっぺりとした人生だったから今、平然とパンを食べられるのかもしれないと思うと、なんか、ごめん。


『……今週は階段を上るペット特集でーす!』


 階段を上るに特化した理由とは?

 考え事にテレビの音声が割り込んできたので思わずテレビを見る。

 コマーシャルに切り替わっていた。

 そういえばペットの場合段差は腰に悪いと聞いたことがある。

 胴長短足系の犬なんかのヘルニアの話を聞いて、抱いて歩いているのは可愛くて仕方がないからって理由だけではなかったのかと関心したものだ。

 残りのコーヒーを飲み干して、先程考えていたタスクを片付けるべく立ち上がる。


 調味料を容器に移している時に結局ペットの種類はなんだったのか思い出して気になるが一瞬で忘れるのはいつもの事だ。

 さくさくやらなければならないと思っていたことを片付けると、荷物が届く前に手が空いてしまった。

 早くも"何も無い"ピンチ。

 他の人はどうやって時間をつぶしているのだろう?

 そう思いながら後で食べるものの仕込みを始める。

 玉ねぎ丸ごと一個の皮をむいて上に十字に切り込みを入れ、炊飯器に玉ねぎが被る位の水とだしと塩少々を入れて炊飯スタート。

 手間がかからない上に時短料理しか思い浮かばない自分に驚愕だ。

 佐藤さんとのおやつタイムはどうしようか。

 卵の到着を待ったとして、牛乳もないし。

 そういえば我が家には量りが無いので繊細な菓子作りは難しいのだった。

 簡単なやつを少しだけ作る方向で準備するか。

 お玉にビニール袋をかぶせ乗せ、薄力粉をお玉二杯分、バターをお玉一杯、砂糖をお玉半分、塩一つまみを入れて、揉む。

 これだとなにも汚れないから楽でいい。ゴミは出るけど。

 ある程度まとまったら袋に穴が無いか念の為確認して、麺棒も無いので昨日出して使っていない瓶を袋の上から転がして生地を伸ばしていく。

 均一に、少し厚めに伸ばしたらそっと運んで冷蔵庫に入れて寝かせる。

 そしてハッとする。


 すぐに終わりすぎだ!


 気分的に何となくくたびれてしまい、ベッドを使用できる状態に戻してから寝っ転がった。

 普通は天井を眺めて感傷に浸ったりするのだろうか。

 電気が眩しいくらいの感想しか思い浮かばない。

 昨晩は携帯を見て泣いてしまったので、あまり見る気にもなれなかった。

 テレビは流したままだったが、この時間の番組に馴染みがないので頭に入ってこないし、パソコンでも立ち上げてなにか流そうかな。

 起き上がり、パソコンを取り出してカウンターテーブルの上に設置する。

 テレビとつなげて起動させ、動画配信サイトをいくつか見ると、有料ものも普通に見られるようだ。

 どうなっているんだか。

 荷物は届きそうだし、何となくくたびれているしで、見たことのない作品はやめて、何度も見たことのある映画を再生する。

 音声を聞きながらコーヒーを入れて、それからベッドに寄りかかるようにして座って、ぼんやりと見始めた。




***




『和香にはちょっと難しくて分からなかったんじゃない?』


 兄が大人ぶって言う。


『そうかしら? 分からなかった?』


 母がこちらを振り返って聞いてきた。


『お話は分かったよ?』


 むっとして兄の腕を引っ張ると、兄はちょっと困った顔で口ごもる。


『分かるよねー? それより夕飯は何を食べたい?』


 母は笑いながら兄の背中を押すと、映画館の出口に向かって歩いていく。

 なんとなく映画館の方を振り返り、自分たちと似たような家族連れを見つけた。

 笑顔でパンフレットや飲み物を買って、開演前にトイレに行くように告げている。

 お父さんにパンフレット買って帰ったら喜ぶのかな。

 そんな事を思って振り返ると、母と兄は映画館から出てしまっていて、慌てて追いかける。

 和香がついて来ていない事に気が付いていなかった二人は、映画についての話をしながら歩いていた。

 怖くなって二人の間に割り込んで、母を見上げる。

 あらあら、と、母は微笑んで手をつないだ。




***




 改めてみれば、子供の喜びそうな近未来ストーリーに大人の喜びそうな設定の映画で、兄が何を言いたくて、うまく説明が出来なかったのかもわかる。

 私は私で、あの頃は言語化できなかったけれど、受け入れてはくれ、気にはかけていない、自分から行かないと忘れられそうな母との関係を寂しく思っていたのだ。

 自分だけを見ていてほしいという子供らしい独占欲を、可愛かったと思えるほど子供が好きではない。母も、私も。

 嫌なところが似た。

 ぽろりと感情が高ぶったりしたわけでもないのに涙がこぼれる。

 途中まで見てしまったから最後まで見るけれど、次は思い出の無い見たことのない映画を流そうと心に決め、鼻をかんだ。

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