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今日も何かを食べています  作者: 弓軸月子
第一章

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03 おかかおにぎりと玉ねぎの味噌汁


『ピピッピピッピピッ』


 まるで決まっていたことの様に電子音が鳴る。

 佐藤さんはボディバッグに手を入れ音を止めると、そのままバッグを持ち、にっこりと笑って立ち上がった。


「迎えが来たようなのでこれで失礼しますねー。明日また来ますー。聞きたい事貯めておいてくださいね、食べ物以外でー」


 ふふっと、最後の笑顔はこれまでの笑顔と少し違い、本当に笑ったのかな、と思う。

 私も立ち上がって、玄関までついていく。


「まだよく分からないのに」


 靴を履く背中に不安から寂しくなって思わず駄々をこねてしまった。

 佐藤さんは姿勢を正すと笑顔でいう。


「緊急事態時はすぐに来ますから安心してくださいー。それではまた明日。ごちそうさまでした。おやすみなさい」

「……気を付けてね、また明日」


 玄関の扉の閉まる音がやたらと大きく感じた。

 台所で調理器具を片付けてから食器を下げて洗う。

 貰った米を見ながら、増やしたい調味料について考え始める。

 滑り止めマットを敷いてその上に収納ケースを並べ、その上にさらに滑り止めマットを敷いて、すのこ二枚を蝶番で止めたものを二つ置き、ベッドにしているのだが、収納ケースのサイズの関係でかなり取りずらい位置のものが出来てしまい、普段使わなそうなものをまとめて入れていた。

 私は敷布団ごと二つに折って片方のすのこを取り、収納ケースを開ける。目当ての炊飯器と、一キロが入る四角い容器と一リットルが入る筒状の容器が五個づつ、保存瓶もいくつか入っていた。

 塩、砂糖、小麦粉、米、油、この辺りは少し多めに確保しておきたい。醤油はどうかな。麺つゆ作ったり煮もの作ったりすると結構量使うんだよね、と保存瓶をざっと眺める。

 油はごま油とオリーブオイルとグレープシードオイルがオイル瓶に入っていたので、どういうチョイス? と思っていたが、一番クセのないグレープシードオイルを増やしておけば良さそうだ。

 問題は置く場所か。冷蔵庫が小さいので生肉が届けばすぐにいっぱいになる。

 カウンターテーブルの上をざっと片付けて、並べて置くか。

 常温で気になるものもあるけど、ダメになることはないだろう。……死んでるし。

 ふるふると頭を振って、クラッとよろめきつつ、炊飯器は取り出してカウンターテーブルへ置く。

 容器は配置をイメージしつつ、多めに取り出した。

 カウンターテーブルを片付けて拭き、タオルを敷く。

 炊飯器や保存容器を片っ端から洗ってタオルの上に置いていく。水がある程度切れるまでの間に増やすものを取り出す。容器を空にして洗ってしまわなくては増えないので仕方がない。でも明日また入れるのか。便利な機能と思っていたけれど、手間はそれなりにある。

 折角なので先にお米を研いでセットする。

 あとでなにか食べたくなりそうだし、炊飯器が使えるのかも確認したかった。

 取りあえず問題なく稼働している。

 容器は大きさも数も素材も煮沸消毒出来ないのでエタノールで拭くことにする。

 別に大丈夫じゃない? とも思ったが、醤油と油の瓶は気持ち的に消毒したかった。他は汚れがなければと思ったがせっかくなのですべて拭く。

 塩、砂糖、小麦粉、は四角い容器に、米は筒状の容器に、油と醤油は瓶にうつして、余った容器はすぐに出番が来そうだし蓋だけ閉めた。醤油だけは冷蔵庫に入れる。

 ポットのお湯は冷めていたので、氷水にして一息ついた。


 さて。

 テレビの電源を入れてみる。時間的にニュースはやっていないので、BGM替わりだ。

 ベットに放り出していた携帯電話を手に取る。

 いくつかの通知が来ていた。自分で送っていないメールも増えている。母か、兄だろうか。

 ゆっくりと見ていく。手が震える。


『ご連絡ありがとうございます。

 既にニュースでご存じの通り高坂和香は今朝息を引き取りました。

 私たち家族にも混乱が大きく、葬儀等に関しましては改めてご連絡させていただきます。

 取り急ぎ和香をご心配、気にかけてくださったことに御礼申し上げます。』


 来たメールにすべて同じ文章で返信をしたようだ。

 返信後のメールは了承と返信のお礼、代表でSNSで情報をまとめますというものもある。

 名指しされたSNSサイトをみれば、同級生がグループを作成して、情報が入り次第更新しますとあった。

 閲覧者制限し忘れてるよ、田中君。

 うん、こうやって知りもしない人に広がっていくんだなぁ。なぜ人の死亡記事にグッドボタンを押すのか。田中君グッジョブ的な意味か? 半分くらい知らない人だけど。

 でもまあ。実家にわんわん問い合わせられても困るから、感謝かな。多分。

 あまり連絡は取っていないけれど、とても好きな友達というのもいるんだけど、気が付いてくれるといいなぁ。

 SNSもやってないし、子供がいて忙しそうだから、二~三年会っていないんだよね。

 兄がパソコンか年賀状を確認してくれると助かるなぁ。

 事故についても少し見てみるか。

 私はカウンターテーブル下のカラーボックスからノートパソコンを取り出した。

 どういう原理で使えているのだか。

 大型匿名掲示板。自分の事でこのサイトを見ることになるとは。

 ニュース速報のカテゴリから電車横転事故の掲示板を探すと、すぐに見つかった。


『高坂和香わりと好み』

『BBAじゃん』

『つぶれてぐちゃぐちゃだったらしいよ』


 言われたい放題だ。

 運転手と、一両目に乗った私と、もう一人、いずれも搬送されてから亡くなっているようなので、脳へのダメージとかそんな感じなんだろうか。

 つぶれていなさそうでほっとする。

 多分、寝ていたので覚えていない。電車に乗った事すら記憶が薄い。乗った記憶はあるけれど。

 他の二人もこっちに来ているのかな。

 運転手さんの個人情報は本当か嘘か分からないものが沢山書かれていた。

 誰が悪かったのかという議題でしばらく盛り上がるのだろう。

 私としてはなんだかどうでもよかった。ぽっかり、ていうのがしっくりくる。

 他人事の様にざっと掲示板を眺めてからパソコンを片付けた。


 部屋には炊飯器からお米の炊けた匂いが立ち込めている。久しぶりの香りだ。

 炊け具合を確認して炊飯器も不具合なし、と。

 小さ目のおにぎりと味噌汁でも、と思い、おにぎりの具も海苔も無いことに気が付いた。

 お味噌汁かけご飯? そういえば祖母が猫まんまという言い方をして怒っていたな。

 法事の時に忙しく働く祖母が台所でそれを立ち食いしているのを目撃してしまってから、反感はない。

 一人でこっそり食べる祖母の横に無言で立ち、私もマネをしたものだ。

 祖母の作る味噌汁は絶品であったのでもう御馳走の域で、ゆっくり味わえないのは惜しかったがあれぞ背徳の味。

 口に出したら育て方を間違えたとか言われるな。怖い怖い。と内心を隠しつつ微笑みあい、さっと仕事に戻った。

 良い思い出だ。

 顆粒出汁系はコンソメと鶏ガラは確認したけれど、と調味料入れを覗くと和風だしがあった。

 おにぎりの具にかつお節があればと思ったが、入っていたのは”鰹節粉”。

 グレープシードオイルといいややマニアックでは? と思いながらそれぞれ取り出した。

 まずは湯を沸かす。ボウルを二つ、少し迷って大きめの保存容器を一つ。

 炊飯器のスイッチを切り、ボウルにお茶碗軽盛一杯くらいのご飯を入れ、余った分を保存容器にいれておく。

 玉ねぎは皮をむいて十字に四等分。一つは味噌汁用に串切り、三分割にした。三つは明日朝用。角切りにしてボウルに可能な限り広げて置いておく。

 沸いたお湯は味噌汁一杯分を残してポットに入れる。

 鍋に和風だしを入れてさっと溶かしてから串切り玉ねぎを投入。

 少し目を離すので、弱火にしてからまな板や炊飯器の釜を洗って片付ける。

 ご飯の上に手をかざして、熱くないくらいまで冷めていたので、保存容器の方は蓋を締める。スカスカ状態だけれど、果たしてこれで増えるかどうか。実験だ。

 ボウルのご飯に鰹節粉と醤油を垂らして混ぜる。和える? かな? 潰さないように混ぜるのは苦手。不器用なのだ。

 二等分して、ちょっと迷ったが、塩はつけずにそのまま握り、海苔が無いので食品用ラップフィルムでまく。食べる時に手も汚れないしこれでよし。

 玉ねぎは少し透き通る感じになったので、一度沸かしてから火を止め、味噌を入れる。

 少な目から味見、一杯分は難しい。正直薄かったが玉ねぎの甘みが出ているのでこれで良しとして、椀によそう。

 カップに粉末緑茶を入れて湯を注ぎ、鍋とボウルに水を入れてつけておく。

 角切り玉ねぎはフライパンを振る要領でぱらっとひっくり返し、ラップをして冷蔵庫へ入れる。

 二十時半。二十一時からはテレビニュースが始まるはずだ。

 さっさと食べてしまおう。


「いただきます」


 少し心配していたがちゃんとおかかおにぎりっぽい味になった。

 混ぜご飯を握った感じだからむしろどこを食べても同じ味がして、好きな人はこっちの方が好きかもしれない。

 味噌汁は塩分濃度低めの甘いスープみたいに出来上がった。かろうじて味噌汁だ。

 漬物でもあれば完璧だったのだが、この組み合わせならぬか漬けか沢庵か。

 そういえば、欲しい物を三つ考えねばならなかったのだ。

 かつお節も海苔もさっきまで欲しかったが通り過ぎてしまってピンとこない。

 漬物は良いような気がするが、同じ種類だと飽きそうだ。白菜とかで浅漬けを狙うべきか。

 玉ねぎがあるので一週間は何とかなりそうだが、貰えるのなら貰っておきたい。

 肉・魚、豚か鶏かいっそ加工食肉か、ツナも便利そうだ。

 ひき肉にすれば形は自由自在かとも思ったが、つなぎに卵や豆腐が欲しくなりそうだし、もう一種類くらいはなにか野菜も欲しい。

 佐藤さんの言うようにジャガイモ・人参・肉で玉ねぎとあわせれば色々作れそうというのもうなずける。

 カレーやシチューのスープ系、肉じゃがなんかの煮物系、じゃが餅や人参ケーキもいい。

 そうか、牛乳も欲しいかも。でも牛乳が増え続けるってのもなんか怖いな。スキムミルクにしておいた方が無難かな。

 まてまて、なにも一日ですべてそろえる必要はないのだ。そうだ、明日食べたいものにしよう。そして玉ねぎを消費しよう。

 卵と鶏肉は確定。野菜をもう一つ。玉ねぎが白い野菜だから青か赤、ピーマン、パプリカ、ほうれん草、人参、うーん。

 やっぱり人参なのかしら。色見がなあ。

 そこでふと思いついた、ミックスベジタブルを頼もう。あれはなんか、皿の片隅に置くだけ大丈夫。狭い台所調理には素晴らしい食材だ。

 ああ、でも漬物がなぁ。


『……運転手に持病があったのか、労働時間などについても調査され……』


 ニュースが耳に入ってくる。

 葬儀の日程もまだだったり、重傷者も予断を許さないと言いながら、テレビでは犯人探しが始まていた。

 私も会社飲み会からの朝帰りで、眠っていなければ生きていたかも、とか言われている。

 確かにあの日は納品打上と称して疲労困憊ながらもストレス発散とばかりに皆で盛り上がっていた。

 が、別に、すごく疲れていたり、もう無理だと思ったら会社は休んだと思うし、飲み会にも参加していなかったと思うし、会社のせいという事はない。

 たいして話もしなかった会社の人が涙ながらに大変優秀な社員で、とか言っている。

 部署も違うし忘年会ですら顔を合わせない。役職が上の方の、会社の人、だ。

 役者だのう。

 ずずっと味噌汁を飲み干して、私は手を合わせる


「ごちそうさまでした」


 その後は何となくテレビを見ながら洗濯物を畳み、風呂に入り、少し早いが二十三時頃には布団に入って、また携帯を眺めた。

 死んだ、という事実には特に感想はなかったけれど、連絡先交換を行っている知っている程度の関係性の人が、野次馬で何度もメールをしてくるのに対して、同じメールを何度も送り返し、メールの内容も確認しないで返信をして何て失礼な家族なのか、というメールに、


『着拒。失礼で迷惑。』


と返信しているのを見て、ああ兄嫁だ、両親から、兄から、携帯を奪い取ったのだろう。

 ありありと思い浮かぶ家族の情景。

 ようやく泣けて、眠りについた。




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死亡 一日目

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在庫食料:六枚切り食パン/チューブバター/スライスチーズ

在庫飲料:炭酸水/インスタントコーヒー/粉末緑茶


入手品:玉ねぎ/調味料一式/米


昼食:玉ねぎサラダその1とチーズトースト

夕食:オニオングラタンスープ風

夜食:おかかおにぎりと玉ねぎの味噌汁

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