02 オニオングラタンスープ風
『ピン・ピンポン・ピンポーン』
インターフォンが鳴った。
しかもこの鳴らし方。
家のインターフォンの性能を熟知しているとしか思えない。
覗き穴から扉の外を見ると知らない女が立っている。
「はい?」
扉は開けずにやや大きめに声を出すと、扉の外で大きな声で返答してきた。
「どうもー。宗教の勧誘ですー。お嬢様の件、大変痛ましい事故でしたねー。お話なんでも伺いますよー」
開けなくて良かった。死んでから入信した場合目指すところはどこになるんだろう?
無視をすることに決め、玄関から部屋に戻ろうとすると、気配で気が付いたのか、慌てた声で女は言い、扉を連打する。
「冗談です! 開けてください! 死んだ人に状況説明をして回っているんです!」
鉄の扉をどんどんと叩いてきた。
やったことないけれど、手は痛くないのかしら? と思案していると、まだまだ叩いている。
「上司に怒られますー! 開けてくださいー! させてください状況説明ー!」
この人語尾伸ばすなー……うつった。上司ってなんだよ仕事みたいだな。
私はそっと扉を開けた。
全体的につるんとした印象の女が立っている。
ストンとした黒いワンピースに黒いスニーカー、水色のボディバッグを背負い、良かった開けてくれた! とニコニコ笑っていた。
特に勧めもしなかったし、女は家に入りたがるそぶりも見せない。
笑顔のままこちらをじっとみてから喋り始めた。
「結構安定しているようですしパパっと説明しますねー。
死亡理由やなんかはテレビやネットで確認できると思うのでそちらでご確認くださいー。
ここは生きていたところで言う霊界とか死後の世界とか、まーそういう感じのところですー。
生前の一番好んでいた街並みなんかが再現されていますー。
大体一週間位すると出かけられるようになるのでー、もう少々ご自宅でお過ごしくださいねー。
欲しいものはー、一日三種類までは手に入りますー。
欲しいなーと思うとお昼前に届く様になっているのでー、きちんと欲しいなーと思わないと損をしますよー。
用事が完了すれば生まれ変わったり、私みたいにお仕事を始めることも可能ですー。
職種については過ごしているとわかってくるのでー、今日のところはご説明省きますねー。
以上ですー。なにかご質問ありますかー?」
本当に語尾伸ばすなこの人、と思考が明後日の方向に向かうのをぐっとこらえて、私も慌てて口を開く。
考えるより喋って理解したほうが良さそうだ。
「ええと、人間界に化けて出る的な、生前大切に思っていた人を見に行ったりとか、こう、クロスオーバー的な事って出来ないのでしょうか」
「分岐器ですか? 渡り線にご興味がおありで?」
「語尾伸ばさなくても喋れるなら伸ばすなよ。鉄道でも自動車でもバスケでもないから念の為」
「冗談ですよ、冗談。え? 語尾?」
「伸びてる、さっきから」
「癖ですかねー。あ、ホントだ! ……驚くと伸び無いみたいです。今は気を付けたら伸びなかったみたいです」
「いいから進めて」
「ですねー。あ。生前の世界と交わることは出来ませんが見ることは可能です。展望施設があるのでそちらの望遠鏡を覗くと方向に関係なく生前の世界の見たいものが見られます。展望台の入場チケットは日々の欲しい物三種類に含まれていますから、今すぐは無理ですが、外出が出来るようになれば行けますので、チケットだけ確保しておくと良いですよ。仕組みはわかりませんのでそういうものと思ってくださいー。あ」
「……あなた名前は? 何歳? 恋人はいるの? 好きな食べ物の国籍は?」
「え? 佐藤良子です。二十五で死にましたので見た目はその頃かとー。こちらに来てからはどうでしょうねー、百年以上は確実じゃないでしょうか。恋人は仕事です。好きな食べ物の国籍ってなんですかー?」
「和洋中、さらに詳しく」
「ああ! それでしたらフランスです!」
「マジで? 佐藤さんどう見てもエジプト料理顔なのに」
「ごめんなさい全然ピンときませんー。見た目が綺麗で食べ物っぽくない物が好きなんですよー。舌より目で楽しむ派ですー」
「言外がひどすぎる。全国のフランス料理店に謝れ」
「全国のフランス料理店さんごめんなさい! 私には謝る理由が一つも思い当たりません!」
佐藤さんはずっとニコニコしていた。大丈夫かなこの人。とはいえ落ち着かないので、一歩下がる。
「どうぞ、佐藤さん。テレビやネットはまだ気分じゃないし、勤務時間に問題がないなら上がって色々聞かせて」
佐藤さんは笑顔を深めて入ってきた。
取りあえず座ってもらって、私のとは違い適正な濃さのコーヒーを入れる。
佐藤さんはボディバッグを下してなにやらがさがさと取り出していた。
「これ、お土産です。お米一キロ」
保存袋に入れられた米は売り物ではなく、お裾分けの雰囲気だったが、食料が玉ねぎしかないのでありがたいことだ。
「玉ねぎしか無かったから助かる。あ、そうか、三種類までは欲しいと思えば手に入るんだっけ?」
「はい。今日届いた分は向こうからこちらに来る時に、一週間外出できないけれどいるものがあるか? と質問して欲しいと言っていたものなんですよー。覚えていない方が大半なのでどっきり要素があるんですけどー、調味料一式って言うのが凄いですよねー。塩が欲しい! とかだとそれで一種類になってしまいますからー」
「全然覚えてないけど、願い事の穴はつけたってこと?」
「ええ……まぁ。その代わり二つしか頼んでませんけれどー。そうでした! 完全に使い切ると無くなりますけれど、残り一つ状態の物は〇時にリセットされてスペースさえあれば希望個数まで増えますから安心して下さいねー」
「どういうこと?」
「例えばお塩、完全に使い切って容器も洗ってしまうと、再び欲しいと思わなければ手に入らなくなりますが、容器に一粒でも残っていれば残り一つ状態になるので、〇時に容器いっぱいになります。
量を増やしたいときは容器を大きくしておけば容器いっぱいになるというわけです。
玉ねぎは袋を小さく縛った方がいいかもしれませんねー。
このお米は安心出来るサイズに入れ替えるといいですよー」
「一度に一キロも使わないから大丈夫。玉ねぎヤバイね。ちょっと失礼」
私は玉ねぎを一つ取り出してから、麻袋の玉ねぎがある部分までをビニール紐で縛った。
「……玉ねぎいる?」
「私も持ってますのでー」
「ですよね。もともと持っていたものもそうなの?」
「はい。基本的に消耗品は〇時に新品になるって考え方で問題ないですー。ペットボトルの飲み物とかなら口を付けずにコップに入れて、少し残しておくことをお勧めしますー。交流できる人が増えると物々交換が出来るので、ある程度物が確保出来たら、容器や袋を集める方が多いですよー」
「いらないもの……ゴミってどうすればいいの? あと昼に玄関から傘投げたりサンダル投げたりしたんだけれど」
「ゴミはここがゴミ置き場、と思っている場所に置いておくと〇時に無くなります。ゴミ箱があればそこに入れておけば問題ありません。なので掃除はしないと埃はたまります。
外に投げられた物は〇時に戻ってきます。落とした場合もそうです。すぐに使いたいものは〇時まで待たなくてはならないので注意してくださいねー。
そういえば乾いて畳まれて戻らないかと洗濯物を投げてみたんですが、濡れた状態で洗濯籠に戻りました。
ちなみに欲しい物締め切りも〇時です」
「……色々試しているのね」
「長いですからねー。いただきます」
ズズっと佐藤さんは音を立ててコーヒーをすすった。
「用事が完了すればの”用事”ってなんのなの?」
「人によって違いますので知りませんー。私は二人目を妊娠中に死んだので産む事が用事でした。同じケースでも人によっては産んだ子が独り立ちするまでが用事だったりするので、五十年かかったというお話もお聞きしましたよー」
「ええ? それで産んだお子さんは?」
「私は本人が幸せになれればそれで良かったので本人にどうするかを確認したところ、すぐに生まれ変わる事を選択したのでその場で別れましたー」
「……産みたてだったのよね?」
「赤ちゃんてすごいんですよー。おっぱいあげて背中トントンして、眠そうにとろんとしていたので、幸せ? って聞いたら光って消えました。幸せだったようですー」
それって後悔にならないのか。
相変わらず佐藤さんはニコニコと笑っている。なんか怖いなこの人。
自分の用事には心当たりがなかった。後悔という意味では沢山あるのだと思う。成し遂げたかったという意味では特にない。
諦めていたといえばそうかもしれないが、そもそもそれほど真剣に悩んだ覚えもないのだ。
「ご飯作りながらお話をしても?」
さっき取り出した玉ねぎを握りしめて聞くと、佐藤さんは笑顔を深めてうなずいた。
聞きたいことはたくさんあるはずなのに頭は回らない。手でも動かしていれば少しづつ出てくるだろう。
時刻は十七時。中途半端な時間だ。
立ち上がって冷蔵庫から昼の残りの玉ねぎも取り出す。
玉ねぎ一個と半分をスライス。厚めの薄切りという表現の方がしっくりくるけれど。
雪平鍋に油を引き玉ねぎを入れる。面倒なのでここで軽く塩を振って水を出しやすくしてしまう。
ざっと混ぜて油と塩が全体に絡まったのを確認して火力を落とす。
「パンて耳だけ残せば増えますかね?」
「大丈夫です。密閉せずに元の大きさを考慮して増やしたい枚数をイメージするといいですよー」
「チーズは? 一枚ずつ包装されているのだけれど」
「包装を外した状態で以下同文ですー」
「なるほど」
残っていたパンとチーズを取り出し、少しだけ切り分けて袋に入れ、冷蔵庫に戻した。
これでパンは五~六枚、チーズは十枚位までは増える、と佐藤さんが言っているので信じよう。
盛大に嘘をついているとしてもまだ玉ねぎは残っているし米もある。
外に出られなくても何とかなるはずだ。
玉ねぎを一度かき混ぜてから、パンを十字に切ってアルミ皿にのせ、長めにトースト設定。
「もともと持ってた塩と、調味料セットのとで二つになっている場合は、増えないのよね?」
「増えないですー」
「あ、チューブバターってもしかして……」
「そうなのです! 何となく気持ちが悪いのですが空気を入れてぱんぱんにしておかないと増えませんー」
「使い勝手が良かったんだけど、じゃあ保存容器に入れて使おうかなぁ」
「保存袋に入れて端っこを切って使っている方もいましたねー」
「色んな事考えるもんだね」
火力を戻して玉ねぎをかき混ぜる。水が出て煮炒め状態になっていた。
バターを追加してこげないようにさらに炒める。
飴色になるまで、とレシピに書かれているけれど、焦げているだけの時も少なくない。食べると中はそこまでの色じゃない事がある。
美味しければいいので、どうせコンソメで煮てしまうし、出た水分がなくなる位まで炒めたら水とコンソメを入れてしまおう。
保存容器に二つ目判定されないように全力でチューブバターを移して、スープ皿が無いのでカレー皿を二つ出す。
焼けたパンを皿に入れ、チーズをのせてからスープの味見をする。丁度良く出来ているようだ。
沸く寸前位まで温めたスープを皿に入れ、乾燥パセリを振る。
熱いので一皿づつテーブルに運んだ。もちろんスプーンは既にいれた状態だ。
「ありものですが、どうぞ。オニオングラタンスープ風」
「スーパ・ロワニョン! フランス料理!」
佐藤さんは嬉しそうな声で真顔になった。さっきまでの笑顔はどこへ? 怖い。
「「いただきます」」
二人で手を合わせて食べ始める。佐藤さんをみれば、美味しいです美味しいです、とどんどん無表情になっている。
食べ方は上品で綺麗だった。とても美味しい物を大切に食べているような真剣さで、うっかり見とれてしまうほどだ。
「今日一日パンと玉ねぎとチーズだったから明日はどうしようかなぁ、一日三種類って結構難しい」
「そうですねー、じゃがいも、にんじん、豚肉とかですかねー。玉ねぎと合わせて基本セットという感じがしませんか?」
「豚肉って思ったらどの状態で届くの?」
「その人が想像した状態で届きますよ。一頭想像してると一頭分解体されて届いちゃいますねー」
「ええー。鶏か豚か悩むなぁ。そして丸ごとは困る」
「牛とか高級魚とか行かないんですか? 贅沢したいという方も多いですよー」
「んー、ある程度食材がそろったらそれもいいかもしれないけど、一週間出られないなら、暇つぶしも兼ねると思うし、たまに食べるから美味しいのであって、日常食材としてそれ食べたら感動の持続が無さそう」
「なるほどー。食べ物以外はないですかー?」
「特に思い浮かばないけれど、消耗品の残り一つか……あ、トイレットペーパーってフォルダーにセットしちゃったら増えないよね?」
「用途にもよるんでしょうけれど、通常用途のみであれば必要ないでしょう。生命活動していませんから」
佐藤さんはそう言って笑顔を浮かべた。
私は言葉に詰まってしまって、変な顔をしてしまったのだろう、佐藤さんは言葉を続ける。
「ティッシュペーパーとかをトイレットペーパーで代用する方もいらっしゃるんですよー。そういう方は箱を用意していましたね」
「……食べたものはどこへ行くんでしょうか……」
「全部気のせいですよ。高坂さんは死んでいますから」
「気のせい?」
「ええ。自分の部屋にいるのも、料理をするのも、食べるのも、全部気のせいです。
気の持ち様です。
ですから私にはとても美味しかったです。
ごちそうさまでした」
佐藤さんは語尾も伸ばさずに言い切って、スプーンを置き、手を合わせた。




