57 シーフードドリア
「まぁ、結局最終的には和香嬢が考えたり決めたりするしかねんじゃねぇ? 頑張ってね」
食べ終わると同時にカウンターに到着するというアケル君らしさを発揮しつつ、そんな風に締めくくった。
つまらなそうな顔だ。
ついでに羊羹を食べだした。
興味深い。
「まだ食べるんだ?」
「ラスイチは残してっから問題ねぇっしょ?」
「さっきからずっと素で喋りますな」
「……めんどくせえから」
「普段からそれだとダメなの?」
「そろそろ仕事再開してもいっすかね?」
「どうぞー」
「どうせ和香嬢は一回、白雄さんの見てるし、ここで再開するっすよ」
意地が悪そうに笑ったアケル君が立ち上がると、そのまま漫画みたいにパパパパパーっと分裂した。
わぁ。店が狭くなる。
大先輩と同じように一度全く同じ態勢のアケル君が一斉にアケル君の方を振り返って、それぞれの立ち位置なりに体勢が変わった。
ファンタジー。
分裂体はドアを開け閉めしてそれぞれ一人づつ出て行って、最後のアケル君がケラケラ笑いながら言う。
「すっげ間抜け面」
そらそうでしょうね。ポカンと口開けて見てましたからね。
「お仕事再開したんでは?」
「そっすねー。ふじゃ、サボった分は取り返したいんで、また明日の朝配達にくるっす」
「了解」
つまり、夕飯はいらないという事だろう。
どれだけ仕事のロスになったのかは分からないが、わざわざ時間を作ってくれたのはありがたいことだなぁ。
と思ったら涙腺が緩んでしまった。
また嫌がられるな。涙がこぼれないように、目を開ける限界まで開いてみたが止まりそうにない。
と思っていたら案の定アケル君がポンポンと頭を触って最高に嫌な顔をしたので、ちゃんとお礼を述べておく。
「時間作ってくれてありがとう」
「マジ勘弁」
取りあえず殴った。
***
中途半端な時間ではあったが、暇つぶしを兼ねてゲームセンターに行き、件のお付き合いを断ったパターン等々、色々見てみたが結論から言えば付き合っても付き合わなくても大勢に影響はなかった。
そうじゃないかとは思ったんだけどね。
死んでから罪の一つになってしまう位なんだから軽々しくお付き合いをすべきではなかったんだなー、と言うのが私の学んだことだろうか。
勿論ちらちらと佐藤さんが脳裏を過りはするのだけれど、佐藤さんの事は佐藤さんにしか分からないし、私の問題を他人にすり替えても仕方のない事だ。
決めたくないと思った時点で結論は出ている。
周りが強要しないのであればこれ幸いと流されるのが私である。
だからやっぱり、付き合わない? と言われた告白には考えもするが、付き合ってください、と言われる告白には、了承してしまったのだろう。
そういえばアケル君の時も本気じゃないのが分かっていたのにも関わらず、悪戯心も手伝って普通に了承した。向こうは仕事の延長線上だろうけど、お互いお付き合いという事に不誠実な事には変わりはない。恋人同士の甘い感じとかもないから間違いなく言葉遊びなんだけど、可哀そうに、アケル君も苦労してそうだ。
ともあれ、黒歴史なんて言い方があるけれども、確かに黒ペンキで塗りつぶしてしまいたいような、うわぁぁぁ、って場面もあったし。
そういう記憶こそ先に神様仏様は食べちゃえばいいのになぁ。
例えばあれ、シアタールームで羞恥に悶えそうになった、あれ。
なんだったっけな。
すぐに思い出せない位だし、まぁ見ると恥ずかしいってだけでどうってことなかったのかも。
それよりも夕飯どうしようかな。
アケル君が来ないなら作りすぎても大変だし、茉里奈からも連絡がないからコスにでも声かけようかな。
そんな事を考えながら、散歩がてら駅から歩いていたら肩を掴まれた。
振り向いたら池橋さんだった。
***
「突然怒られたんですか?」
今晩の献立は茉里奈のリクエストでシーフードドリアに決定したので、作りながら愚痴っている。
私は玉ねぎと椎茸とシーフドミックスをバターで炒め、茉里奈はご飯にバターと塩とを満遍なく混ぜ込んでいた。
なんだか知らないが突然現れた池橋さんに猛烈に怒られたのだ。理不尽極まりない。
「私でも怒ると思いますよ。そう言う事はせめて裁判が終わってから思っていただかないと、これ幸いと持って行かれて、裁判でそんなの知らないとか駄々こねる人も少なくないんです。まぁ無くなったんじゃなくて最初から無い状態で自覚も出来ないので、高坂さんが理不尽に思う気持ちも分かりますけど。それにしたって普通はブレーキがかると思うんですよ。その恥ずかしい経験が無ければ今の自分にはならない訳だから仕方がないと言うか、ちょっと思い出してだんだんテーブルを叩きたくなるのもまた一興というか、葛藤みたいなものとか、ああ、今思えば青春ってあれなのかな。葛城さんはそういうのなさそうですよね」
茉里奈の隣でショートブレッドを保存袋に入れてダンダンと砕きながらコスが言った。
デザート作りを申し出てくれたのだ。何を作るんだろう。
茉里奈はクッキングシートで箱を作りながら首を傾げていた。
「ええっと。まず、池橋さんにはなんて怒られたんですか?」
作業を進めながらこちらに聞いてくるので、炒まった具材に小麦粉を振り入れながら思い出してみる。
「開口一番が、何考えてるんですか、で、普通心底忘れたいってのはトラウマレベルの悪い事だと思うみたいな感じだったかな。うわぁ、怒ってるなー、って思ってたからあんまり頭に入ってないんだけど」
満遍なく小麦粉が絡むようによく炒める。もう少しかな。牛乳を準備しながら答えた。
「……なるほど。わかりました。和香さんは裁判に必要な記憶を納品したんですね?」
茉里奈は少し考えた後、コスに向かって聞く、のは良いけど、私が何を納品したって?
「そうですそうです。私も忘れたい黒歴史の十や二十余裕でありますけど、そんな簡単にぽんぽん抜かれるものでもないので、ある意味高坂さんはハイパー器用だと思うんですけれど、なんなんでしょうね。発注もしてないのに納品とか、悪徳業者みたいですよね。向こう側からの返品不可なんでどうにもなりませんけど、あ、バターこっちでも使います」
牛乳を追加してバターはもう必要なさそうだったの仕舞おうとしたらコスが手を出してきたので渡してあげる。
「なんか今日バターの量凄いね」
「生きてたらニキビだらけになりそうですよね。ああ、ちょっと盛りましたかね。葛城さんだけですよね、ニキビとか。ばばあは吹き出物ですものね、あははは」
砕いたショートブレッドの保存袋に、ポイポイとバターを放り込みながらコスは続けた。
「ヨーグルトとチーズには相関関係が認められないとか聞きましたけど、ホエイプロテインで悪化するって話もあったし、面倒だから乳製品は避けたらいいんじゃって思いますけど、そう単純でもないんですよね。摂取するってやっぱりバランスが大切です、栄養的にも気持ち的にも」
ちょっとドヤ顔である。美人だけに残念だ。
「和香さん、聞いてました?」
クッキングシートの箱を作り終わった茉里奈が聞いてきたので、聞いた内容をまとめて驚いた。
「聞いてたけど、なに、なんか忘れ去っちゃってる? 私? 今日アケル君来ないから三つで良いんだけど」
ついでに天板に並べられた箱が四つだったので指摘する。
茉里奈は受付で働くアケル君から今日は夕飯行かないよ、と言われて早く帰宅していたので、忘れてはいないはずだ。
「収まりが悪いですし、和香さんが作ってる方も四人前位じゃないですか? 余っても出せば食べるんですから作るだけ作ってしまっても問題ないと思います。
なにか不貞の記憶が無くなっているんだと思うんですけど、どんな感じなんでしょう?」
ぐるぐると混ぜてホワイトソース化させているフライパンの中身は確かに四人前位ありそうだ。
欲張って小さ目の玉ねぎを丸々二個も入れたせいだろう。アケル君のせいで作る分量が少々バグっている。コンソメと、塩、コショウで薄めに味を調える。
で、どんな感じ、どんな感じねぇ。
「なんだか羞恥に悶えそうになった記憶はあるけど、思い出せない感じかな。関連記憶は残ってるのかも……」
それがいつの、どんな場面だったのかが思い出せなかった。
コスはガラス製の小鉢に保存袋の中身をぎゅうぎゅう押し込みながら怨めヤマヤマしい事でとか言って笑っているが、これ笑い事で良いんだろうか。でも向こうから返品不可って事は円満納品って事よね。気に入って頂けてなによりです、私の羞恥。
「うーん、最終的に納品しますし、持ってた方が裁判とか、なにかお話をする時に便利だと思うので、私は手放したくないですね。池橋さんが怒るのも分かる気がするので、出来れば高坂さんには反省して頂きたいところですけれど、思い出せない位の感覚だと難しそうだし……」
茉里奈は箱にご飯を均等に均して入れてからサラダ用意しますね、と小鉢を出した。
「そうだ、コスさん! テーブルを叩く様な青春では確かになかったですけれど、素敵だな、と思う人はちゃんといたんですよ! 向こうが先に死んでしまったんですけれど、後悔がないように言いたい事は言っていて、ちょっと声かけて貰うだけでも嬉しくて、今思えばありがとうって、お礼の言葉が多かったんですけれど……。おかげさまで不貞裁判は神様仏様枠みたいです」
「尊い……」
鍋を片手にコスが感極まっているので、私は箱の中のご飯に上に、フライパンに出来上がったシーフードミックス入りのホワイトソースをかける。
「結局問題はないんですよね?」
サラダミックスを水切りしながら、誰にともなく茉里奈が言ったので、池橋さんに言われた事を返した。
「やっちゃったものは仕方ないけど、裁判の時に思い出せない事があっても異議申し立ては無しで、って言ってたから、まぁ、するつもりもないし、問題ないんじゃない?」
最後にチーズをのせたらオーブンにドン、と、余熱忘れてた。
「そもそも異議申し立てもなにもという感じの裁判ですしねー。裁判員丸め込んで減刑というのもないし、異議申し立てした方がどんどん重くなるんじゃないかなぁ。それだって生れ変る時の条件に影響があるくらいで、刑罰確定だと問答無用だから、ほら、峰岸さんとかは、同波長内でも結構ヤバい部類じゃないかなぁ」
コスは鍋に軽くつぶしたグレープフルーツと砂糖と水を入れて、コンロの前に移動する。
そうだった。不貞と言えば峰岸さんだ。
思わず茉里奈の顔を見たら目が合った。ふるふると首を振っている。特に情報はなさそうだ。
「おっとりと、あらあらまぁまぁ、してそうな気もするんですけど、最終的に大叫喚か、この先悪ければ焦熱地獄辺りですかねぇ。私も刑罰を受けた事がないし、刑罰組は強制的に生まれ変わるんで、刑罰がどんななのか情報もないんですよー。生きてた頃に言われていた様な長い刑期ではないそうですけど、真っ白に燃え尽きたぜぇ、って事にはなるんだとか。池橋さんもゴリマッチョ辞めて細マッチョになってくれないかなー。ブーメランパンツよりトランクスの方が布面積的にも装飾的にも作り甲斐があると思うんです」
茉里奈にはちょっと内容が分からなかったようで、はぁ、と言いながら、ボウルに入れたサラダミックスに塩とレモンを和えながら、なにやら考え込んだ。
私はオーブンに天板を入れ、まだ作業の残っていそうなコスに続きを聞いたら水切りヨーグルトをガラスの小鉢に入れてくれと言われたので手を動かす。こっちはなぜか五個ある。お持ち帰りだろうか。いいけど小鉢は返して欲しい。ん? 小鉢ごと増やせるのかな? いや、ダメか。容器に入っちゃってる訳だし。
「それナパージュ用?」
ゼラチンをふやかし始めたので聞けばそのままゼリーにすると、鍋にゼラチンを入れ混ぜながら言うので、土台側を先に冷やしておこうとさっとラップをかけて冷凍庫に入れる。五分も入れないから大丈夫でしょう。多分。
茉里奈も仕上げにミニトマトを飾ってサラダを盛り付け終わったので、お茶とカトラリーの準備をしたらドリアも焼きあがった。
コスは冷凍庫から小鉢を取り出してグレープフルーツゼリーを流しいれ、今度は冷蔵庫に入れる。
粗熱取ってから入れてよ、といえば、大丈夫なものですよと言う。あの世仕様、こんなところにまで。
「それじゃ、食べましょうか」
席について三人で手を合わせる。
「「「いただきます」」」
シーフードドリアも、サラダも、とても美味しくはあったのだけれど、うーん。
なにか考えなくちゃいけない事があったような気がするんだよなぁ。
結局食べ終わるまでそれは思い出せなかった。




