55 ポーチドエッグ
「パタタ……」
人の気配で目が覚めた。
ぼんやりテレビを見ながら寝ちゃおうかな? と思っていたら眠っていたらしい。
茉里奈が帰ってきてお風呂にでも入っているのだろう。
つけっぱなしのテレビからは地獄チャンネルなる、何のひねりもない名前の、情報番組っぽいものが流れている。
出演者に少し前に亡くなったアナウンサーが出ていて、死んでも生き生きと仕事をしているのでなんだかほっこりした。
生まれ変わるならどんな国が良いか、世界情勢を交えた結構お堅い番組で、そのせいで寝ちゃったのかしらと、ちょっと情けない気持ちになる。
階下に降りてお茶を入れて一息ついていると、やはりお風呂に入っていた茉里奈も降りて来た。
「和香さん起きてたんですか?」
「おかえりー。どうしたの?」
「ただいま帰りました」
にっこりと嬉しそうに笑って、カウンターに座るので、深夜のガールズトークかしらと、茉里奈の分のお茶を入れながら話を聞く。
「今日は帰りにシアタールームに寄ったんですけれど、私も神様仏様認定ゲットかもしれません!」
「……良かった……ね?」
私の時はなんだそれと慌てたものだけれど、茉里奈には喜ばしいことだったようで、困惑も感じていないようだ。
池橋さんからそれとなく聞いてはいたけれど、映像がございませんと言われた時に、これですね! と思ったと、むしろ興奮気味に語っている。
おお。
「あ、ごめんなさい。言われても困りますよね。つい嬉しくなってテンションが上がってしまいました」
「んーん、なんか年相応な感じで可愛らしくて私も嬉しいです」
そう言いながらお茶を出せば、恥ずかしそうに受け取ってくれた。
この娘は私を萌え殺す気なんだろうか。
「和香さんは今日は何をしていたんですか?」
聞かれて気づいたけど特になにもしてないな、今日。
「シアタールーム行って後は家でまったり。
……茉里奈の家はポテトサラダ何が入ってた?」
「ポテトサラダですか? 玉ねぎと、パセリかディルが刻んで入ってましたよ。学校とか病院、コンビニのポテトサラダなんかが、平均的なポテトサラダなんですよね、きっと。ウチのは平均じゃなかったのかも」
茉里奈は小さく笑ってお茶を飲む。
高坂家のポテトサラダ事情を話すと、季節の果物を入れるお家ありますよね、と教えてくれて、アケル君家のポテトサラダには、それはもう別のメニューなのではと感想をのべる。確かに。
「アケルさんと言えば、大変そうですよね。今日も白雄さんに説得されているのを見ました」
良く分からなくて首を傾げる。一体何を?
「聞いてないですか?」
「忙しくなったって話?」
「そうです、そのお話です。やっぱり分裂体の行動が気になってしまうらしくて、全部確認してしまうんだそうで、元の数に戻すか、行動を見ないようにするか、どちらか選びなさいってお話で」
「そうなんだ」
そう言えば夕食時に『世間話はしなかった』と言っていた。
何体分なのか分からないけれど、全部の行動をチェックしていたら時間がなさそうだ。
「説得って、選べって言う説得? それとも、選んだのにダメって話?」
茉里奈は思い出すように斜め上を向くと、顔を戻して口を開け、更に反対側の斜め上も見て、ようやく答える。
「分裂体がたくさん居るという記憶を納品しろ、という事だと思います」
「ああ、記憶って神様仏様枠の食事になるん……」
だっけ、と答えながら、ちょっと待てと思う。
「それ、分裂体放し飼い状態にならない?」
「そうなんですよ。私もその辺りに疑問を持ったので、聞いてみたんですが、その……分裂体の皆さんて、仕事中に死んだりしたらそのまま消えるみたいで、特に問題ないんですって。仕事は本体を邪魔しないように普通にするし、見かけたとしてもどの分裂体かの区別は付かないそうで、気にならないとかで、地域部に関してはそれこそ二十四時間ひたすら配達だけをしてくれるようになるんで、むしろ推奨しているみたいでしたね」
元分裂体の私には恐怖でしかないんだけど、なにその社畜マシンみたいな話。
推奨しないでほしい。
「アケルさんもいつも通り笑ってはいましたけど、なにか思うところがあるんですかね」
「そんなに忙しいなら朝晩ご飯食べに来なくてもいいのに」
「それはそれで、なにか考えている事があるんじゃないですか?」
そうなのかな。食い意地じゃなくて? と、暫くそんな話をして夜は更けていった。
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死亡 十五日目(二日目)
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入手品:ヨーグルト/アスパラガス/シーフードミックス(エビ・イカ・アサリ)
朝食:スクランブルエッグ
夕食:カジキマグロのバターソテー
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どんなに夜更かしをしても、寝不足で不調になる事もなく、普通に起きられるのは嬉しいけれど、まだまだ不思議な感じがするな、と、朝の一仕事を終えて厨房に立つ。
さて、今朝は、と。
ストックのクランペットを温めて、ポテトサラダで土台を作って、その上にポーチドエッグをのせて、サラダと、ドライベリーを入れておいたヨーグルト、スープはワンパターンだけれど、コンソメスープに、今日はトマトとウインナー、人参、キャベツも入れて、食べるスープ風にしてみようかな。
鍋は二つ、それぞれお湯を沸かしている間にミニトマトは溶けてなくなりやすいように四つ切り、ミックスベジタブルの人参に合わせて、キャベツは細かめのざく切り、ウインナーは斜めに切って、全部一気に鍋に入れ、少しだけ塩を入れてしばらく放置、の間に、もう一つの鍋にお酢を入れて、箸で回してくるくるっと水流を作る。
北半球の反時計回り、南半球は時計回りというけれど、人力で回すにしても、なにか合理的になったりするのだろうか?
あれ、なんていうんだっけ? かき氷みたいな名前の、法則? なんだっけ。
水流めがけて卵を落とし、追加でくるくる回して卵に火を通す。
丁度茉里奈が降りて来たので聞いてみた。
「コリオリ効果ですか?」
かき氷に似てるし、多分あってると思うけど、そうだっけ感が凄い。
ポーチドエッグは一つずつ作って水に入れ、全部で四つ作った。
ヨーグルトは、もう、所々色が違うので、思い切ってぐるぐる混ぜたら紫がかったピンク色になったので、良しとしよう。水分がドライベリーに吸われて丁度いい硬さだ。なんとなく体に悪そうな色だけど、体に良さそうな出来だ。矛盾が生じてるな。
スープにはいつも通りコンソメを入れて塩コショウで味を調える。
やっぱりトマトを入れると雰囲気が変わるし、キャベツもウインナーも良い出汁が取れるな。
ポテトサラダはぽってりと盛り付けて、スプーンでへこみを作って、その上にポーチドエッグを置く。アケル君の分は二つだ。
サラダはもしゃっと盛り付けて、ソース類どうしようかな。
「ポーチドエッグって何をかけるのが正解なんだろう?」
茉里奈に聞いたら調べてくれた。
「ざっと画像検索で眺めた感じ色が着いていないので、塩、コショウ、粉チーズ、でしょうか。ポテトサラダの味が濃いならそのままで良いような気がしますけれど」
「じゃあ塩とコショウは出して、クランペットはバターだけでもいいんだけど、甘いのかける?」
「メープルシロップは少しかけたいです。サラダもお塩ですか?」
「フレンチドレッシング作ろうか? すぐできるし」
オリーブオイルにお酢と塩で作る、一番シンプルなドレッシングだ。
ハーブミックスソルトで作ってもいいかもしれない。
乳化するまで混ぜるのが大変だけど、まぁ、適当でいいか。
シャカシャカ混ぜ始めたら、茉里奈が出来上がったものを運んで、飲み物の準備もしてくれたので無事完成。オリーブオイル使ったから白くはないけど。
「そういえば今日は何を頼んだの?」
「今日はESP32とOLEDディスプレイを頼んだんですよ。カレンダーと時計と温度計と湿度計が欲しくて」
うん、なんでそうなるのかが全然わかりません。
「和香さんにはフライヤーを頼んだので受け取ってください」
「いつもありがとう。気にしなくていいからね、ホント」
「そういう和香さんに気を使われているので」
「そうだろうと思って、今日は自分の分だけにしたんだよ、ごめんね」
「こちらこそごめんなさい。迷惑だったら言ってくださいね。欲しいものとかも、あればリクエストしてくれると嬉しいです」
「うん、欲しいものがあれば言うから、私遠慮しないから気にしないで、ホントに。フライヤーは実は結構嬉しい。面倒なんだもん、揚げ物って、準備と片付けが」
ですよね、と茉里奈は笑った。
茉里奈はメールのやり取りで自分が最後の発言者じゃないと駄目なタイプなんだろうな、と、漠然とそんな気がする。気持ちは分かるんけど。
なにがきっかけなのかは分からないけれど、何となく、昨日から、少し関係性に変化ができてきたような気がして、ふと、佐藤さんかな、と思う。
紹介してくださいと言っていたし、アケル君を介さなくても来られるのに連れてきてもらうとか言うし。
きっと裏でなにか動いているんだろうな、と考えていたら、アケル君がやってきた。
「おはようございます。すんません、間に合わなくて分裂体の方っす。でも飯は食うっす!」
食べるんだ。
アケル君はいつものアケル君のようにご飯を食べ、旨いっすと言い、フライヤーは設置してからゴミも片付けてくれて、普通に帰っていった。
いつもより雑談は少なかったけれど、こちらがいう事にはのってくれたし、言われなければ分裂体だと分からないなぁ、となんだか感心した。
茉里奈は、聞かれてから言えばいいのに、と苦笑いを浮かべた後、でも本体だったら絶対に朝の挨拶をちゃんとしないんですよね。もう、そういう挨拶になっていたし。と、寂しそうに言う。
そうか、怒ってたのは度重なるネタにか。
年取ると何回言っても平気になるんだよ、ホントだよ。
茉里奈も出かけて、フライヤーの油ポットと、自分で頼んだ蓋付きのテリーヌ型を洗い、ゼラチンを片付け、色だけでチョイスしたパプリカレインボーセットを眺める。
つややかな、赤・オレンジ・黄色・茶色・緑・白・黒・紫、なんと八色セット。七色じゃないのかっ!
うん、茶色と黒と紫が一瞬区別がつかないや。
そんな風にパプリカを眺めていたので、アケル君が来たことに気がつくのが遅れた。
珍しく無言で入ってきたようだし、しばらくこちらを見ていたのかもしれない。
あれ? と気配を感じて視線を上げ、目があったアケル君は、初めて会った人のようだった。




