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今日も何かを食べています  作者: 弓軸月子
第三章

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54 カジキマグロのバターソテー


「……あちらの扉から……」


 シアタールームで瞑想していたらしい。

 係員さんの声が耳に届いてハッとする。

 そう言えば、ここには色々な人が出入りしているはずだけれど、あまり人を意識したことがなかったな、と思い、ぐるりと周囲を見渡した。

 何人もの人に対応しているような声は聞こえるけれど、何人も人がいると認識はしていなかったので、見え方も変わるかもしれないと思ったのだけれど、劇的に視界が変わる事はないみたいだ。

 ぼんやりと人がいるような雰囲気、油絵で描かれたモブとでもいうのか、色や存在は分かるけれど、はっきりと輪郭が捉えられない。

 ちょっと気持ち悪いかもしれないと思っていたら、係員さんに声を掛けられた。


「どうされました?」


 娯楽部の人なので全員佐藤さんと言えばいいのだが、私の中で佐藤さんは佐藤さんだけなので、変な気持ちが追加されてしまった。

 困ったもんだ。


「いえ。ちょっとぼーっとしてました」


 係員さんは何故か隣に座って来た。


「そうですか。他になにかご覧になりたいものがあるとか?」

「んー、特にないです。……そんなに長い事座っていました?」


 どうして話しかけて来たのか、隣に座るのかが気になったので聞いてみる。


「意識的に建物内をご覧になっていたようでしたので、お声がけさせていただきました」


 念の為、と説明してくれた内容的には、ぼんやりと見える人影のようなものは比較的近い別の波長グループの人で、見ようとすることによって波長を寄せてしまったらしい。


「指と指をまっすぐ合わせて、指の奥にピントを合わせる様にぼんやり眺めると、指と指の間にウインナーのような小さな指が見えてきます。そういう立体視のような感覚が近いでしょうか」


 小さい頃に遊んだ記憶がある。

 見える人と見えない人もいて、ステレオグラムの本を回し見したものだ。視力回復トレーニング本とかもあったな。


「あまり集中してその状態でいると、普通に戻した時に感覚がおかしいような感じがしませんか? 主導権譲渡に失敗して景色が喪失してしまう時のように、迷子になってしまう方もいらっしゃいますので」

「怖っ」

「二十四時リセット案件ですし、携帯端末で地域部に連絡を入れればお迎えにあがれるので、問題はないのですが、知識として持っていないと驚かれる事象ですよね。お伝え出来て良かったです」


 係員は微笑んで立ち上がり、それでは、と受付カウンターに向かって歩いて行った。

 びっくりした。




***




 シアタールームで思いの外時間を潰していたらしく、帰宅すると昼を大分過ぎていた。

 私としたことが。

 テレビを見ながらボシボシと適当にお菓子をつまんで、明日はゲーセンに行って、さっきシアタールームで不貞の相手にあがっていた人物の、告白を断ったパターンの世界線でも覗いてみようかな、と、考える。

 それからいくつかのフランス料理を検索して、現実的に作れそうなメニューのレシピを見て時間を過ごした。


 凄くのんびりした時間だな、と思いながら、思い付いた事をする。


 届いたヨーグルトをざっくり三等分。


 一つはガーゼに包んみ、巾着絞りのイメージで輪ゴムで止め、大きめの保存容器に、底が着かないように割りばしを取り付けておく。水切りヨーグルトにして、クリームチーズ的に使いたい。


 もう一つにはドライベリーを入れて良く混ぜておく。明日の朝にはドライベリーが水分を吸って戻っているだろう。一時期ドライマンゴーを埋めるのにハマっていたのだが、ドライベリーでも美味しそうだ。

 水分がドライフルーツに持って行かれて、少し硬めのしっかりしたヨーグルトになり、私は好きだった。

 かき混ぜただけで既に薄っすらピンク色になってしまったのが気になったが、そういえば市販の果物入りのヨーグルトも白くはなかったはず、と、気にならなかった事にして保存容器の蓋を閉める。


 もう一つはそのまま増やし用に、少し大きめの保存容器に移す。


 それだけでも洗い物はでるし、少しずつヨーグルトの容量が減ってしまうので、大変だ。

 なんだかいたたまれない気持ちになる。

 自炊を辞めた理由にこれもあったかもな。

 卵を溶き混ぜた容器に残った卵液や、湯煎したボウルに残るチョコレート、本当に些細な量が、気になってしまったのだ。

 五分もすれば忘れてしまうような心の引っかかりも、何度も感じると嫌になるもので、じゃあこれは作るのやめようから、そもそも作るのやめよう、と思うまではそれ程時間はかからなかった。


 アスパラガスをポキポキ折りながら、思い出す。

 折った硬い部分も厚めに皮を剥くのが一般的だけれど、繊維を断つように丁寧に細かく切り込みを入れて、消費する方法もある。

 食品ロスを減らす運動は誰にでも出来て、いつからでも始められるけれど、時間と根気は必要なんだよな。

 時間がなかったのかと言われればそんなことはないし、何度か捨てずに食べてみる挑戦はした事があるけれど、続ける根気がなかった。

 たくさん自分に言い訳をして、楽な方法を取った。

 私はそういう人なんだろう。

 人に興味を持つって、自分の事も知らないと駄目なのかも。


 アスパラガスの硬い部分を細かく輪切りにして、一体になにに使えばいいのかと、さっきまでの考え事含めてしばらく途方に暮れた。

 こういう時は取りあえず保存容器に入れてしまおう。


 じゃがいもも蒸しておきたい。

 大きめの鍋に湯を沸かして、綺麗に洗ったじゃがいもをザルに入れて蒸す。

 蒸し器があれば良かったんだけど、これでちゃんと蒸せるかな。

 一番下のじゃがいもには直接湯が触れているが、そんな些細な事を気にする私ではない。


 ついでに思いついたので、さっきのアスパラも一緒に蒸した。

 柔らかい方は一分半ほどで取り出しておく。


 下の方の蒸しあがったじゃがいもを二つほど取って皮を剥き、袋に入れて麺棒で潰し、玉ねぎをみじん切りにして細かく切ったベーコンと、蒸していたアスパラガスの硬い部分も一緒に、炒めてじゃがいもを合わせ、塩コショウとマヨネーズ、マスタードも少し入れて、ジャーマンポテト風のポテトサラダを完成させる。


 ポテトサラダと言えばきゅうりとにんじんと玉ねぎとハムが入ったものが高坂家の定番だったので、ちょっと違うんだよな。

 父はリンゴが入ってるのが好きで、母は逆に食事に果物が入るのが嫌いなのに、たまにリンゴ入りを作っては二人でいちゃいちゃしてた。そういや、あんまり一緒に居ない夫婦だったけど、仲は良かったんだな。 


 時計を見て、もう夕食の支度をしちゃってもいいかもな、と思い、改めて献立を考える。

 茉里奈は特に連絡なし。今日はアケル君だけかな。

 多少多めに作っても、食べてくれと言えばアケル君は食べてくれるので、一応三人前で用意をしよう。


 汁物は今朝シーフードミックスを仕分けしている時から決めていた。

 アサリの味噌汁が飲みたい。

 刻んだねぎは最後に振りかける感じにしようかな。

 メインはカジキマグロのバターソテー。一緒にアスパラガスも炒めよう。

 付け合わせはサラダにポテトサラダも盛って、ちょっとこってりしちゃうかな。

 箸休め的なものをもう一品……。アサリの味噌汁にバターソテーで既に和洋入り乱れてる感じ出ちゃってるしなぁ。豆腐に焼きナスでも添えて醤油で食べる小鉢でどうだろ。

 決めた献立は誰に止められるわけでもないので、準備を始める。


 カジキマグロはステーキっぽい感じに切って塩をふって少し寝かせておく。

 茄子は半分に切って魚焼きグリルに皮を上にして放り込めばOK。

 お湯を沸かしている間に、カジキマグロをキッチンペーパーで拭いて、薄めに塩コショウ、片栗粉をまぶして、グレープシードオイルで焼く。

 中まで火が通ったらバターを加えて全体にからませれば完成だ。

 皿に移して残った油で蒸したアスパラガスを軽く炒めて、こちらにも塩コショウ、飾る感じでカジキマグロの上に添えればソテーは完成。

 皿のもう半分にサラダミックスとミニトマト、ポテトサラダはちょっと多めに盛り付ける。

 あればレモンを添えるといい感じの見た目になるし、味変にも使えるんだけど、無いので、レモン汁を少し調味料として用意しておこう。

 沸いたお湯にアサリと鰹節粉を入れてひと煮たち。

 茄子は焼けた皮を剥いで、ひと口大の乱切り。

 豆腐も四角く切って小鉢に入れ、茄子を飾り入れるだけ。

 ネギを刻んで、豆腐の方にも少し入れておこうかな。

 味噌汁の鍋は火を止めて、味噌溶き入れて完成。

 スパっとおしんこの事を忘れていた。合わなそうだけど沢庵を申し訳程度に切っておく。意外と会うのかもと、切りがてら一つつまんで考える。

 なんかすぐ支度出来ちゃったな。


「お疲れーっす」


 絶妙なタイミングでアケル君がやってくる。

 いつも通りの時間ではあるけれど、どこかで見ているんじゃないだろうかというタイミングだ。


「お疲れ様。一人?」

「あー、世間話はしなかったんすよね。誰か誘った方が良かったっすか? 適当に来いって声かけとくとか」

「いや、何人分作ればいいのか悩んじゃうから大丈夫。茉里奈も連絡ないし、食べようか。座って座って」

「手ぇ洗ってくるっす」


 準備を済ませて二人で並んで座り、いただきますと手を合わせて食べ始める。


「アケル君ちのポテトサラダってなにが入ってた?」

「えー? ポテサラ出たかな? 蒸した芋をこう四つ切にして、ツナ缶乗っけてマヨネーズがかかったのが出てきてたかな。……あれはポテサラか?」


 自分で言って自分で悩んでいるが、どうやらそれ以外のポテトサラダらしきものは食卓に上らなかった様だ。


「作るの大変だったのかもねぇ。……一人一個だよね?」

「五・六個は食ってた気がするなぁ。食いながら数とかカウントしないから覚えてないっすけど」

「ねぇ、若さゆえとかじゃなくて、ひょっとして物凄い大食いの人?」

「どうっすかね。あんま気にした事なかったんで、そうでもないんじゃないかな」

「んー。質問。中華料理屋さんに行ったとして、何を頼む?」

「それ今聞かれると全部中華味になるんで、勘弁して欲しいんすけど。ごま油の味がしてきた……」

「大変だね」

「大変なんすよ。そうだな、ラーメンと半炒飯と餃子のセットとかあるじゃないっすか、それと、中華丼系の丼もの頼むくらいっすかね」

「大食いって程でもないのかなぁ」

「時間内に食わなくていいならずっと食えっすけどね」

「タイムアタックの話だったっけ?」

「じゃなくて、昼休憩中に食わないといけなかったり、食い物屋なら長くても一時間位で出ないと悪いかなって思ってたんすよ。あ、飲み屋は別」


 一度気持ちを切り替えているのか、カジキマグロに、塩バター塩バターと話しかけてから食べている。

 結局茉里奈が帰ってくる気配もなかったので、ご飯のお代わりの時に茉里奈の分のおかずも出したら喜んで食べてくれた。

 不貞の映像見たけど最悪だったと愚痴をこぼしながらお茶をして、じゃあそろそろ、と立ち上がった時にそういえばと思い出して言う。


「昨夜の段階で四日後って言ってたから、三日後? なんだけど」

「和香嬢、前科あんだから日付か曜日で聞けよ」

「ごめんね、私、過去は振り返らない女なの」

「いや、さっきまで愚痴ってたよね? ほいでぇ?」

「その日に裁判を受ける人たち? の引率の人? が、夜にウチに来るって言ってたんだけど、迎えに行くって言ったら、担当の山田さんに連れて行ってもらうというので、それはアケル君でいいのかな?」

「自分っすね。移動部の人? なら別に自分の引率なくても来れると思うんすけど」

「あー。私と会う前にアケル君と会って話をしたいって意味だったのかも。なんかそういう人なんだよね」

「へぇ。仲良しっすね?」


 アケル君が的外れな返答をするので、なんだか恥ずかしくなってしまった。顔が熱い。

 パタパタと顔を扇ぎながら返事をする。


「わぁー、なんだろー、恥ずかしい。仲良しって」

「和香嬢、面倒くさいから、もう。了解っす。気にしとくっすね。今日もごっそさんでした。んじゃ、また明日」


 アケル君は嫌そうに帰って行った。

 なんなんだ!

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