53 スクランブルエッグ
『高坂さん側から自由に連絡はつきませんよー』
波長が合わなくても連絡取れるんじゃん! と電話をしたらこともなげに言われた。
お風呂上り、髪を拭きながら自室で佐藤さんに電話をかけてみたのだ。
「そう言ってくれれば良かったのに」
『驚くかなーと思いましてー』
「そら驚くよっ!」
音声だけでも相変わらずの佐藤さんである。
「大体、佐藤さん達が振り分けてて、しかも私の担当だったわけだから、波長グループ、分かってたんじゃないの?」
我ながら子供のような恥ずかしい声のトーンになってしまった。
佐藤さんは基本無声音で微笑むので、この間は電話口で困った子供を見る様に微笑んでいるのかもしれない。
『数の上限で同じグループがいくつか出来たりー、担当者と一緒だと不都合がー、とか、色々あるんですよー。なのであの時の私には分かりませんでしたよー』
宥める様に言うので一通りごちゃごちゃと愚痴をこぼしてから、今日あった出来事を話してみた。
別になにか意見が欲しいとかではなく、今日はこんなことがあったんだよ、という、世間話として。
『高坂さんも相変わらずの執着のなさですねー。他の皆さんも波長があうだけあって執着薄そうですけどー』
「佐藤さんも薄め?」
『どうでしょうー? どう思いますかー?』
「穴が開いてそう」
『破れてるんですか?』
「均一に」
『ざるですかー』
「フランス料理とか」
『ああー、確かにー。好きな物にはきちんと執着はありますねー。最新の電化製品も頼んでしまいますしー』
そう言えばそんなこと言ってたな。
「同居人が機械関係に強そうだよ」
『そうなんですかー? 帰ったら紹介してくださいー。選別方法を聞いてみたいですー。
と、この場合は選別方法に興味があるだけでー、同居人に興味はないんですよねー』
「うん?」
『自分の知識欲であって、思いやりとか思い入れとかはないのですー。どういった経緯でその物事に興味を持ったのかとかー、話している内にその人に興味を持つものなのかなー、と私は思うのでー、義務的に興味を持つというのもいかがなものかとー』
「そう言われちゃうとそうなんだけどさー」
『それに、高坂さん、お忘れかもしれませんがー』
「?」
『次の裁判は不貞ですよー。他人に興味を持つ方はもののついで程度でー、もう少し聞いてみたいなー、という時に発動すればよろしいかとー』
「うわぁ」
そういえばそうだったし、むしろ不貞の方を考えたくなくて回避策として他人に興味の方を優先していた節すらある。
言われてすぐにうわぁと思うくらいには、自分でもわかってはいた様だ。
「気を付けます」
『そうしてくださいー。
あ、そうでしたー。私、四日後にそちらに戻るんですけれどー、その日は裁判所への引率があるので夜なら時間があくんですよー。お邪魔しても良いですかー?』
「ホント? 来て来て! 仕事終わったら連絡してよ。迎えにいく。総合受付でいいんでしょ?」
『担当の山田さんに送って貰うので大丈夫ですー。手がはなせないでしょうしー』
「え? なんで?」
『フランス料理楽しみですー』
「いや、総合受付で食べなよ、材料も道具もないって」
『少しは私の事を思い出して購入してくれていると思っていたんですけどー、悲しいですねー』
全然悲しくなさそうに佐藤さんは言う。
これは絶対笑われているだろうな。
「いっそ粘土で作ろうかな」
『高坂さんも一緒に食べるんですから無理ですよー』
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死亡 十四日目(一日目)
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入手品:炊飯器/キャベツ/タコ/椎茸
朝食:パン粥
昼食:卵かけご飯
間食:ポテトチップス
夕食:たこ焼き定食
***
「おはようございます」
「おはよう」
今日も普通に起きて普通に家の事を片付けて、朝食どうしようかと思ったら、アケルさんが来る時間に合わせて少しだけ遅らせましょうと茉里奈が提案してきたので、朝から少しのんびりと準備をする。
とは言え、お湯を沸かしてミックスベジタブルを茹でてコンソメ顆粒と塩コショウで味を付けただけのスープに、サラダミックスに彩りでミニトマトをちらしたサラダ、パンはトースト、後はスクランブルエッグにベーコンの、ホテルの朝食って感じになった。
スクランブルエッグは、なかなか難しく、むきになって作りまくった事がある。
牛乳と塩コショウで味付けをして、火加減に気を付けつつ、一生懸命混ぜる料理だ。
卵を溶く段階から一生懸命でなくてはならない。
余熱で少し固まってしまうので、出来立てを食べるのが望ましい。
という事で、アケル君が来てから荷物を置くだけおいてもらって、先にご飯だと、一生懸命混ぜて仕上げた。
「「「いただきます」」」
三者三葉とでもいうのか、相変わらずかけるものも、順番も、食べ方もバラバラではあるが、和やかである。
とにかく二人とも美味しそうに食べてくれるし、褒めてくれるので、嬉しい。
朝からご褒美をもらったような温かい気持ちになる。
おばさんちょっと泣きそうだわ。
と、見た目的にはカップルのような二人を眺めていたら、視線に気が付いたのかアケル君が嫌そうな顔をして言った。
「今なんか変なこと考えてなかったっすか?」
「見た目年齢的にそっちのがカップルっぽいなと」
茉里奈が高速でトーストから私に視線を移動させて言う。
「無理です。ないです」
あまりの勢いに私は噴出し、アケル君はへにゃりと情けなく笑った。
「可愛い女子にこれ以上ないくらい高速でフラれたんすけど、彼女的にどっすか?」
「そこは頑張って大人の魅力を見せるところじゃないの? あそこでモテてる男子、私のなんですすみませんって言ってみたい」
「二人でからかうのやめてください。見た目なんていくらでも変えられるのに」
口をへの字にして茉里奈が睨んで来て可愛い。
化粧と写真はだましてなんぼと職場の人が言っていたな、と思いながらトーストにスクランブルエッグを乗せていると、最後の一口を飲み込んだアケル君が言う。
「自分、見た目変えるの出来ないんすよね。年取った自分の想像がつかないってのもあるんすけど、若く変えても意味がないっすし。茉里奈嬢は変えてるんすか?」
「裁判前に変えました。死ぬ前で一番体重があった時と、一番好きだった髪型にしたんですよ。死んだ時はガリガリだったし髪も凄く短かくしていたので」
「病気だと大変すよね」
「割と簡単に変えられましたよ。すぐに慣れましたし」
「生前の話っすよ」
「そうですね。元気な時はコンプレックスを感じるし、元気がない時はそれどころではなかったですね」
どうやら化粧や写真レベルの話ではなかったらしい。
聞いてみたら、本人がそうだと思い込めれば変えられるそうで、生前に、あの頃の自分に戻りたいだとか、そういった意識が強い人ほど容易に変えられると言う。
私は無理そうだなぁ。そもそも自分の顔自体があやふやだ。
初対面は本人の持つ印象で見えて、その後は見ている方にも補正がかかるそうで、同じ人を見ても素敵だと思う人もいれば、地味だと思う人もいて、同じものが見えているかどうかも怪しいらしい。
ちょっと何を言っているのか分からなかった。
「峰岸さんってやっぱり変えてるんですかね?」
茉里奈がごちそうさまと手を合わせながら聞いてきたんだけど、もう、同じ人を見ているかどうかも分からないので、アケル君に回答を求めると、アケル君にも分からないという。
確かに十以上若く見えるので、変えている可能性もあるけれど、印象的な事は全員同じだったので、最終的に峰岸さんは生前から年齢不詳、という意見で落ち着いた。
そこで私もそう言えばと思い出した。
コスにとって十王はアイドルだ。
それまでニュースに出てくるような裁判官と話をしていたのに、コスがいうイケメン紳士を思い出してから初江王を見たら、ギリシャ彫刻になっていたのだ。
「極端な例かもしれませんが、面白いですね。私もニュースに出てくるような裁判官を想像していたので、その通りの人でした」
「自分の時は字面で女の人って思ってたし、アホだったから、叱られるんなら年上の女の人がいいなぁと思って臨んだんで、悪の秘密結社の女幹部みたいな外見っしたね。怖かった」
「アケル君の脳内の方が怖いからね」
「アケルさん気持ち悪いです」
「二人とも自分に当たり強くないっすか?」
「性別すら変わっちゃうって、神様仏様枠の元の外見ってどんななんだろ」
「無視すんな」
「困るから視覚化しているだけで外見自体がないそうですよ。常識が違うと戸惑う事象も多いですよね」
「空気なの? 自分、今、空気なの?」
***
食後、アケル君は仕事に戻り、茉里奈は自分の分の荷物を片付けてから勉強に出かけた。
茉里奈は今日も気を遣って一品は私用にとシーフードミックスをくれる。
そうなるだろうな、と思っていたので、私も茉里奈用にマクロキーボードを頼んでいた。
物々交換には恐縮していたが、物自体は喜んでくれたので良かった。
夜はパソコンを駆使して各種映像を楽しんでいるようなので、リモコン的に使えるかもしれない。
一瞬凄いハイテク! と思ったけれど、携帯端末でその手の設定が出来るものも少なくないし、初期のテレビはリモコンが有線だったと聞くので、むしろ時代を逆行させたかもしれない。
まぁいいか。
それ以外はヨーグルトとアスパラガス。
考える前に佐藤さんと話をしていたので、フランス料理で使いたいかもしれない物をついつい頼んでしまった。
冷蔵だと味の落ちるアスパラだけれど、こちらだと特にそういった変化もないので、保存袋に入れて野菜入れと化した籠に入れておく。
袋に入れて余裕を持たせてさえいれば勝手に増えるのだから楽だ。
使わない分はそのまま冷凍するか、下茹でして冷凍するかしないと、しなっとしたのち下の方からドロッとして、上の方はポロっと行く、それが生前のアスパラ。
祖母は店用のすぐ使う分はコップに水を入れてさしてたっけ。見たお客さんがこれ頂戴っていうんだよね。
シーフードミクスはエビ・イカ・アサリの三種類。分類しながら保存容器にうつして冷凍する。
一日三品って、多いのか少ないのか、絶妙なラインなのかもしれないな。
さてと。
グダグダと後回しにしも仕方がない。
今日はシアタールームに行って、不貞についてダイジェストで見てしまおう。
いやだなぁ。
***
ぐったりと、シアタールームの椅子に座り込んで、先程まで見ていた不貞についてのダイジェストを思い返している。
多分相手側の心の傷かなんかなんでしょうけれども、私の知っている事しか見ることが出来ない。
すなわち。
自分主人公のカップル動画を延々と見る結果になってしまった。
これは恥ずかしい。とにかく恥ずかしい。
冒頭は中学生の私が告白されるところからで、確かにあの男には彼女がいて、本人が別れたと言うから付き合ったので、不貞と言えば不貞だろう。
でもさ、普通聞く? 告白とかお誘いとかかけてくる人に、恋人いないよね? って。
これ、私が悪い訳?
基準がやっぱり極端すぎる。
映像は前の前の恋人、死ぬ四年前までの映像で終わった。
良く分からないのばっかりだったけど、まぁ、あったよね。盗みの時と違って。
十六年間の不貞らしきの数々。
それこそ多分人への興味のなさが丁度良かったんだろうな。
誰にも言わず、そういう雰囲気になったら拒まず、あくまで遊び。枠を超えそうになれば、なくない? と笑えば何とかなった。
私が知らないその人達の後ろ側に、居たわけよね、遊びでない方々が。
まぁ、私が不貞を働いているカウントにされても仕方ないのかな。
恋人にバレて修羅場に、って事もなかったから、知らなかった不貞が多いけど。
無自覚に。無意識に。軽かった。
なにが一番引くって、そうなんだー。としか思えなかった事だけどね。




