52 たこ焼き定食
「とん。とん。ととん。とん」
そこそこの時間だったので、今日はそういう日でいいかと諦めて、そのまま台所仕事をしている。
包丁の音は朝食か夕餉の音というイメージがあるけれど、昼食のイメージはあまりない。
そして音ととして表現するなら『トトトトトトト』と小気味よく羅列するはずなので、私のように休符ははいらないだろうな。
たこ焼きレシピを色々眺めていたら、たこ焼き粉と普通に書かれているので、まずはそこからだったんだけど、まぁ種類も内容量の違いもたくさんで、どうしたものかとそこでもしばらく時間を取られた。
小麦粉に出汁成分と砂糖と塩はなんとなく分かるとして、でんぷんとかコーンスターチは増粘剤、ベーキングパウダーは膨張剤、諦めた山芋の粉バージョンのもあったからこれは同じカテゴリーでいいかもしれない。米粉バージョンのもあるしその辺だろう。良いと言って欲しい。
油脂を含むものも多いけど、焼く時にも揚げ玉にも油を使うし、これは無視してもいいかな。
たこ焼き粉を使わないレシピを調べると、小麦粉を出汁と卵で溶いた物がベースで、山芋やベーキングパウダーを入れるものはある。
小麦粉については薄力粉で良い様だ。
薄力粉に卵にベーキングパウダーに出汁か。
水分量を抑えれば和風のケークサレだよなぁ。
佐藤さんにケークサレを出す機会があったら教え……たこ焼きすら食べた事があるのか怪しいか……。
申し訳程度にすりおろしたじゃがいもでも入れると違うのかな。でんぷんプラスほっくりしそうだけれど。料理下手はすぐにアレンジしたがると言うし、ここは基本を行くべきか。
あれこれ悩んだ末、濃いめに作った出汁と、卵に薄力粉、おまじない程度にベーキングパウダーを入れたものに決めた。
出汁を冷ましてから混ぜなければならないので、出汁を取りつつ他の献立を考える。
アケル君はご飯も食べるだろうけど、私と茉里奈は微妙なところだ。
お茶碗によそうだけだから、希望を聞けばいい話ではあるけれど、せっかくなのでたこ焼きサイズの小さなおむすびを作っておこうかな。
小さく切った海苔も巻いて、おままごとみたいな三角塩むすび。
美味しそうより可愛いが先行しそうだけど、見た目が楽しい方が気分も良いだろう。
メインがたこ焼きだから、肉物は無しと思ったけど、豚汁にして、サラダを付ければいい感じの定食になりそうだ。
豚肉をごま油で炒めてから、小さ目に切った、大根、じゃがいも、玉ねぎ、蒟蒻、そして、ミックスベジタブルから人参を入れて出汁で煮る。
人参に寄せたのに具が小さくて変な感じがするが、可愛いという事にしよう。
キャベツとネギを刻み、たこを細切れにし、保存容器に入れておく。
たこ、茹でだこが届いて良かったな。生ダコを想像してたらもう二、三手間かかってたな。
紅生姜モドキは順調に漬かっていたけれど、少し色ムラになっていたので袋ごと揉んでもう少し寝かせておこう。
揚げ玉もすっかり冷めていたので、こちらも保存容器に移しておく。
サラダ用に椎茸を薄切りにしてたっぷりのオリーブオイルで炒めて、濃いめに塩コショウ。冷めたらレモン汁も加えてドレッシング兼具材として仕上げにかけよう。
セロリとミニトマトはヘタをとって、後は盛るだけ状態にしたものを保存容器に入れておく。
豚汁用に煮ていた鍋に味噌を溶き、具材が溶けそうなので、炊飯器に移動。
炊飯器、頼んで良かった。もう一台欲しいくらいだ。
小さなおむすびを、何個握れば良いのだろう? と思いながら、十個程握ったところで、茉里奈とアケル君がそろって帰って来た。
「ただいま戻りました」
「おじゃましまーす」
もうそんな時間? と思えば、少し早めだけれどいい時間だった。
「おかえりなさいらっしゃい?」
「混ざってる混ざってる」
「早めだし、二人一緒だから驚いて」
アケル君と茉里奈は顔を見合わせて笑っている。
「ね? 驚いたっしょ?」
「アケルさんが、受付で待ち合わせて一緒に帰ったら和香さんがびっくりするからって、いたずらに誘ってくれたんですよ」
なにそれ。カワイイ。
「いつもバラバラで時間通り位だからそら驚くよ」
「こういうの楽しいですね。手を洗ってきます」
茉里奈はにっこりと笑って、手を洗いに行った。
アケル君はしてやったり顔で言う。
「さっきのさっきで目が合った瞬間固まられても気まずいっすからね。ワンクッションどっきり大成功」
電話でも最後はフォローしてくれたというのに、年の功か、気配りがやっぱりおっさんだ。
「良い人すぎて泣きそう!」
と伝えたら、ニカっと歯を見せて笑ってくれた。
カウンターに身を乗り出して厨房を覗いて、手元のおむすびを見ながら頬杖を突こうとしたところを、茉里奈が止めている。
「アケルさん。お待たせしました、手洗いどうぞ」
相変わらず裏に怒気をはらんだ笑顔である。
礼儀にうるさいのか、病気だったせいか、あ、朝の挨拶でもそうだから、礼儀っていうか、彼女の中の常識というものにうるさいのかもしれないな。
「おむすび可愛いですね! おままごとみたい」
本当に一口で食べられそうなサイズのおむすびを見て、パッと心から笑ってくれたりするのだから、保護者的条件反射注意の可能性も否めない。
「いくつ位食べるもんかしら?」
「質量的にはお寿司位ですよね。回転寿司なら五皿位食べちゃいますけど、たこ焼きのお伴なら二皿、四つ位ですかね」
「茉里奈嬢、回転寿司五皿? 少なくないっすか?」
「女子はそんなものじゃないの? 私も欲張って七、八皿ってとこだけど。アケル君は……先になにか食べさせられるんだっけ?」
「そっすよ。家でなんか食ってから行って、ニ十皿で遠慮してやめてたっすね。寿司だけなら五十皿位いけんじゃないかな。試したことなかったけど」
「……じゃあアケル君の分は普通サイズで握ろう」
「それがいいですよ。そういえば、今日は他に誰かくるんですか?」
「私は呼んでないけど、どうかしらね? そう言えばさっきコスが来たんだよ」
そんな風に世間話をしながら夕食の準備を進めていく。
紅生姜モドキは好評で、紅生姜より辛みが少なくて食べやすいようで、茉里奈はこっちの方が好きですと笑ってくれた。
たこ焼きに入れるか添えるかについては、両方やってみればいいと、アケル君が半分みじん切りにしてくれる。
切るのも早くて均一で丁寧だった。
茉里奈が豚汁をよそって取り皿なんかを準備してくれている間に、サラダも盛り付けて準備が整った。
来客もなかったので、始めましょうかと声を掛けようと思ったら、アケル君は既にたこ焼きを焼き始めている。
恐ろしいほどの手際の良さではあるが、調理用手袋が無いため、保存袋を手袋代わりに左手に装着しているのがなんともまぬけである。
「カリっと仕上? しっとり仕上?」
「ふわっと?」
「この生地じゃ無理っすよ。カリトロならいけるけど」
「そもそも違いが分からない」
「茉里奈嬢は?」
「家はしっとりでした。仕上に油をかけるタイプだとテーブルが汚れるからと母が嫌がったので」
「ふじゃ、一発目はカリっとして、二発目からは普通に一般家庭風でいきますか」
「何回焼くつもりなの」
「あるだけ焼くっすよ」
お店で売っていそうなカリとしてトロっとした綺麗な球体のたこ焼きを焼き上げたアケル君は、分配したらすぐに次の生地を流し込む。
しかも醤油をかけて食べ始めたので、茉里奈と二人で驚いた。
おやつのたこ焼きはソースだけどメシなら醤油っすね、と普通の顔をしていうので、茉里奈と二人で試したら美味しかったけど、たこ焼き感は消失した気がする。
人それぞれだなぁ。
三人で熱いと美味しいをひとしきり繰り返して、そういえば、茉里奈に興味を持つことになっているんだったと思い出した。
まずは、最近どんな勉強をしているのかを聞いてみよう。
茉里奈は、説明が難しいのか、しばし熟考した後、生前の生活に置き換えて話してくれた。
「現代社会の授業が近いと思います。死んでから裁判が終わるまでの流れとか、需要と供給、とか。
裁判官の方々を人間と考えると、人間が家畜で、生前の記憶が食べる部分、地球が牧場で、ここは食肉加工場という感じでしょうか」
咀嚼しそこねて飲み込んで詰まって豚汁で流し込む。
「はい?」
アケル君は横で、茉里奈嬢は説明が上手っすね、と感心しながらたこ焼きを焼き続けている。
「和香さんの気持ちはなんとなく分かります。私も恐らく同じような事を思ったので」
茉里奈はサラダをもしゃもしゃと食べて、椎茸美味しいですね、と言った後に続けた。
「食べないと死にますよね。そうすると牧場は運営出来ないから潰れます。そうなると野生動物だけになりますけど、地球でも増えてましたよね、絶滅危惧種。そういう感じらしいです」
「その例えだと自分らペットだ!」
アケル君はケラケラ笑う。
分かるけど分かりたくないなぁと思いながら、たこ焼きを頬張った。
「感情は抜きにして、そういうものです、と言うのを教えて貰っているところですね。私自身、もう少し、色々思うかも、とは思ったんですけど、今のところは小説を読んでいるような気分です」
アケル君が味変しようぜと立ち上がったので、冷蔵庫勝手に漁っていいですよと許諾して、茉里奈の続きを聞く。
こちらこそなにかドキュメンタリー番組でも見ているみたいな気分である。
「一緒に勉強している人の中に、家族を人質に取られているようなもの、と言った方と、嫌ならずっとここで生きていればいい、と言った方がいて、その先を少し話し合ったんですけれど、どちらを選んでも食料供給量は大差無いようなんですよ。
分裂体に不要な記憶が出来ますよね? 産まれて死ぬまでと比べると濃度は落ちるけど数が集まるとかで……」
「それなら生まれ変わらないで皆でこっちに住んで、地球の人口をゼロにしちゃえばって話にならない?」
「それもありますね。例えばここに地球の人口が集まり切ったとして、第二の地球という事にすれば済むそうで、もう、それこそ何万回もそんな事もあった、というお話でした。
一般的には、生産性が落ちるので、人格的に難のある人は強制的に地球送還という事になった、というお話です。ただ、人格的に難がある人ばかりだと当然、」
「争いが絶えないと」
こくりと頷いて茉里奈は水を飲み、続ける。
「それで人間界の下の地獄に修羅が出来るんですけど、そこから先は歴史か地理の授業になるそうで、まだそこまで授業が進んでないです」
厨房でなにやら切っているアケル君が関心したように言う。
「漠然とそんなかなとは思ってたっすけど、まとめるとそんな感じなんすね。マジで説明上手いっすよ。すごく分かりやすい」
確かに分かりやすいけれど。
「でもさぁ、そんなこと知っちゃうと、取りあえず留まっておこうかな? って人は一定数出ちゃうんじゃない? 現にアケル君とかそうでしょう?」
うーんとアケル君は首をひねる。
「そこまで考えてないかなぁ。こっちに長く住んでると、生まれ変わるってもう一度死ぬ感覚に近いんすよね。恥ずかしくてその場に居たくない時の死にたいはあったけど、本気で死にたいって思ったことが無かったから、まぁ惰性っすよ、惰性」
「何もしなければ何にもならないですもんね。私も夢で白雄さんとお話しなかったら寝て過ごしていたと思うので、そういうバランスがあるんではないでしょうか」
「働きアリの中に働かないアリがいるみたいな」
「あー、あったっすね、そんな話」
アケル君は自分が働かない方だと思っていて、皆から否定された事があると言いながら、たこ焼き機の前に戻って来た。
手には刻んだ玉ねぎとウインナーとチーズを持っている。
もはやたこ焼きの形跡がない。
「茉里奈嬢焼く?」
「アケルさんが綺麗に焼けすぎて恐れ多いです」
「和香嬢は? 初体験しとく?」
「えー。初体験がたこ焼きじゃなくなってる」
そう言いながらもやってみたかったので、たこ焼き器と対面する。
細かく焼き方を教えてくれながら、アケル君は隣でポテトチップスを食べていた。
普通サイズのおむすびは三つむすんだが既に食べられている。良く食べるな。
たこ焼きは結構難しいけど、最初と最後で出来が違うくらいには上達が目に見えるので楽しかった。
アケル君の器用さも浮き彫りになったけど。
「茉里奈はそうやって勉強しても生まれ変わりたいと思う?」
少しだけ、茉里奈がいなくなって、この家に一人だと寂しいかもと思って聞いた。
「自分から生まれ変わりますというのは難しくなりそうなので、裁判終わりを機会に生まれ変わりたいと思っています」
迷いのないスッキリとした声で言われた。
ああ、ダメだ。私は茉里奈にも興味を持てない。
自分のために他人に興味を持ちたいと思い、自分のために他人に興味を持ちたくないのだ。
綺麗な景色を眺めて綺麗だと思うように、茉里奈はしっかりしててカッコイイね、と伝えると、照れて笑った。
まあ、たこ焼きは美味しかったし、地獄の仕組みも大枠を分かりやすく聞けたし、良い夕食だったな。




