51 ポテトチップス
「ふおっ……!」
気分が沈んでいるし、外出する気にもなれずに、たこ焼きのレシピを探していたら大変な事に気が付いてしまった。
材料が足りない。
山芋は無くても良いような事が書いてあるし、量もそれ程入れないレシピが多いので、諦めるとして。
紅生姜……入れるレシピと入れないレシピがあるけど、見ちゃうと個人的に食べたくなるというものだ。入れる入れないはアケル君と茉里奈に聞いてみるとして、似たものが作れないかと、紅生姜のレシピを検索してみる。
生姜を梅酢で漬けた物が紅生姜の様だ。
大根でそれっぽい物作れないかな。
確か調味料一式にジンジャーパウダーはあったのだ。そういえばわさびはチューブで入ってたのに、ニンニクもパウダーだったんだよね。より調味料らしさにこだわったんだろうか。誰だか知らないけど。
大根の皮を使えばカリッと感も出そうだ。
善は急げと、厚めに大根の皮を剥いて千切り、塩をまぶしてボウルに入れて置いて、その間に梅干を叩いて、お酢を足して、ジンジャーパウダーを、もう面倒なので、ごそっと入れたら漬け液完成。
混ぜてから味見をしてみたら、もう既にちょっと『ポイ』。
少しだけ砂糖を入れて、大根を絞ってから合わせて保存袋に入れておく。
夕方には良い感じに仕上がっているはずだ。
さて。
天かすも無い。揚げ玉でも良いらしい。どう違うのか。
関西と関東の言い方の違いですよとはあるが、明らかに見た目が違う。
高坂家では天ぷらを揚げた時に出た天かすを取っておくので気にしていなかったが、確か販売されている物は天かすではなく、揚げ玉表記だったような。
天ぷら屋の前にたまにワゴンで天かすが売られているのを見たこともあるけれど、高坂家の天かすと同じで、揚げ玉のように丸くコロコロとはしていなかった。
えー。天ぷらに出来る食材あったっけ?
茄子と椎茸と、あ、鶏肉? 鶏天ってあったよね。
揚げたてが美味しいし、たこ焼きが主役だから副菜はサッパリした物を用意したかったんだけどなぁ。
ひょっとしてと思って、揚げ玉のレシピを検索したらあった。
材料も違うじゃない。
天かすは天ぷらの衣かす、と考えれば卵、薄力粉、冷水。
揚げ玉の方は、 小麦粉、水、お酢。
双方ともこれに、強力粉を混ぜたり片栗粉を入れたり、ベーキングパウダーやら、顆粒出汁やら青のりやら、まぁ、使う方向性に合わせてアレンジするようだ。
たこ焼きを食べて天かすのカリッと感を感じた事が無かったし、そもそも材料が被るので、油分によるジューシーさや、ふわっと感を出す方が目的なんじゃなかろうか。
山芋を諦めたので、こっちは頑張るかな。
作った事が無いので、基本の小麦粉と水とお酢で液を作り、泡立て器で良く混ぜて、その泡立て器に付いた液を温めた油に向かってトントンと落とす。
おお! 凄い!
丸い揚げ玉がちゃんと出来ていく。
ふんふんと調子に乗って沢山やったらいくつかくっついてしまった。
そして取り上げる為の道具がない。
箸でちまちま取るわけにもいかないので、泣く泣くザルで取り上げた。
ザルに置いて油を切る予定だったのに……。
大体あの取り上げる網のやつはなんて名前なんだ? と思ったら、すくい揚とか、すくい油切りとか、カス揚げとか言うらしい。
ついでにと薄くスライスしたじゃがいもを揚げながら、はたっと我に返る。
勉強にはなったけれど、そもそもたこ焼きレシピを気分が乗らなかったから見てただけから始まって、流れに流されたなぁ。
人に興味をもってみる事も、不貞について考える事も、全部うっちゃってる私、大丈夫?
いや、ダメな人なんだろうな。
揚げたてのポテトチップスをそのまま咥えて、熱いなと思いながらも咀嚼する。
揚げたてって特に味付けしてなくても美味しい。
粗熱が取れたら塩を振ってシンプルに仕上げて置いておこう。
減ってしまったギフトセットも配る予定は無いけど補充して、揚げ物をしたから念入りに掃除もして。
そうやってタスクを積み上げておくといくらでも思考放棄出来てしまうので、考え事のタスクも積み上げておくか。
そんな風に考えていたら、意外な人物がやってきた。
コスだ。
「こんにちは。昨日はどうも。今、一人?」
ちょっとおどおどした感じで、入り口から顔だけ覗かせている。
顔立ちが整っているだけに、なんだか申し訳ない気持ちになるんだけど。
「こんにちは。昨日はごめんね。一人だから安心して」
軽く答えると、コスは安心したように入って来た。
今日はデニムとTシャツで、Tシャツにでかでかと『安全第一』と書かれている以外は普通の恰好だった。
きょろきょろと店内を眺めながら、折り畳みのテーブルをパタパタし始める。
どうしたどうした。
「これ良いですね。必要な時だけ出せて保管場所としても目立たないように出来てるのに、しっかりしてる。腰板の材質と合わせてるって事は施工時にオーダー……微妙に違う! よく似てるし材質は同じだけど、仕上げのコーティング剤が違うのかな。この角度から見るとそこからの光の加減で違う事が分かりますけど、お客さんとして来たらこの角度では見ないでしょうし、ここまで寄せてたらこれ以上はちょっと難しいですもんね」
「祖父が作ったのかもとは思ってたけどそこまで詳しく知らなかった。反映されてるものなの?」
コスは少しだけ首を傾げて、つつつっと、指でテーブルをなぞった。
「仕上処理の角丸具合を見ても、腰板とテーブルを施工した人物または施工会社は別ではないかと愚考します。でも高坂さんはそこまで詳しく知らなかったと。それなのになぜ反映されているのかと言えば、見たことがあるか、そういう話をしているのかを聞いた事があったんでしょう。子供ってかくれんぼの時に今までなかったものを出して隠れても怪しまれないと思っているんですよね。羨ましい」
コスそう言うと、カウンター用の椅子に座ると、ポテトチップスを発見してそれくださいと指さしている。
皿にわさっとポテトチップスを盛り、ハチミツとレモンを炭酸に入れて合わせて出す。
「ありがとうございます。先日のお菓子も、昨晩の食事も美味しかったです。私も物を作るので是非感想を伝えたいと思いまして。初江王管轄の裁判も終わったし、思い切って来てみました。後で全部家を見てもいいですか? こちらに来てから初めて店をやっているので、店舗兼自宅の記憶がなくて、今の家も以前いた洋装店店主の記憶を再現した物なんですけれど、作りが古いので新しめの建築物を探しているんですが、どうもこれだという建築物に出会えないんですよね。店舗と自宅と所持出来たら良かったんですけれど、時折こういった煩わしいルールが存在するんですよね」
言われた事を反芻しつつ順番に返事をする。
「ええと、ありがとう、良かったよ。感想聞けると嬉しいよね。管轄の裁判が終わらないと会いに来にくかったの? 茉里奈が出かけてるから茉里奈の部屋以外なら見ても構わないよ。後なんだっけ、ああ、この家もシンプルな造りってだけで新しい訳ではないかな。店舗と自宅の両方保持って出来ないの? 総合受付のお店の人ってどうなってるの? それから、煩わしいルールと言えば埃はたまるから掃除しなきゃいけないってヤツもそうだよね?」
情報量が多すぎて、前半に気を張ってたら後半の返答がすらすら出てこなかった。
というか、細切れに話を出来ないのだろうか。
コスは両手でコップを持って、舐めるようにちびちびと炭酸水を飲んで、ポテトチップスを二枚食べてからもう一度炭酸水を飲んで、ようやく言う。
「好きで作ってるだけなので感想って言われると困るタイプです。もう少し丈を詰めたいとかそういう話は好きですけど、出来上がったらもう終わった事なので、どうでもいいかな。でも高坂さんは嬉しいんですね。また次の機会があったら感想を言いに来ます。
ふう。管轄の裁判が終わらないと私が余計な事を言ったりしたりするので自重しているんです。必要な事しか喋っていないつもりなんですが、どうもそうではないようで、よく怒られるんですよね。無自覚なので困っているんですけど、無自覚なので直しようがない、という訳です」
返しの情報量も多いなぁ。
コスは改めて店内をくるりと見渡して、頷いている。
「なるほど、シンプルだと年代はそれ程感じさせないのかもしれないですね。意図の分からない段差と鴨居が無いだけでもいいのかも。総合受付で働いている人たちは、会社の所有する店舗に出勤扱いなので、自宅だけ別に持っている人が多いですね。支給品を受付で直接受け取るようにしていて、家が無い人もいるし、色々です。寝なくても、過労でも、病まないし死なないから長く住んでるとどうでも良くなるのかも。皆でお揃いの仮眠室もあったなぁ。三畳位の、ベッドと書き物机があるだけって感じの……ああ、箱みたいな部屋を自分で仕切って使うのもいいかもしれませんね。今度倉庫見学に行ってみようかな」
後半は独白じゃなかろうか。
返事に困るなぁ。と考えていたらまだ続いていた。
「埃の件もそうですよね。洗濯もそうですけど、服は汚れるし脱ぎ着するから埃がたまる、っていう常識を一定数が持ち続けちゃうので、なかなか無くならないんですよね。空が飛べるとかも似たような理由で出来ないし、基本多数決世界なので、掃除洗濯が嫌なら死んだ人死んだ人に説得して回らないならしばらくこのままじゃないですかね。トイレとかはだって死んでるしで何となく飲み込めちゃうし、体の方に尿意とか空腹とかが出ないからすぐ気にしなくなるというのもあるんでしょうけれど、なんだか変ですよね。
波長で人振り分けちゃうから会いたい人に会えないとかは個人的には解消して欲しいんですけどね。殺されちゃったりイライラしたり心酔したりしちゃうけど、それもいいんじゃないかと思うんですよね。まぁ、裁判管轄の従業員って波長関係ないんで、初江王管轄になってからはどうでもいいですけど、愉快犯が多い波長のグループとかホント意味不明ですよ。七色のオブラートが降って来たりとか、ヘリウムガスをばらまいたりとか、皆変な感じの怒りかたになるから喧嘩にはならないけど、終始がちゃがちゃしてます」
独白の次は愚痴か。
とは言え。
「波長関係ないの?」
「裁判管轄になれば関係ないですよ。会いたい人でもいるんですか? なれば会えますよ」
「泰広王担当の人が波長があえば会うかもね的な事を言っていた様な」
「うーん。グループ分けの方の波長では無くて、タイミングが合えばという意味で使ったのかもしれないですね。会いたくなかったんじゃないですか? でも泰広王とか奪衣婆とかは殆どこっちに居ないから、本当にタイミングが合うか、総合受付で毎日待ち構えたりしないと会わないとは思いますよ」
一瞬思考が空白になって、それから、聞いた。
「奪衣婆と懸衣翁は?」
「波長グループの話ですか? 奪衣婆がざっくりわけてるんですよね。懸衣翁が更に細かく分けて、第二裁判前に本確定って感じみたいですね。昔は懸衣翁もお迎えに行ってたらしいですけど、人口が増えてから揉めたとか揉めないとかで、今の形になったらしいですけど、部署間交流とかないし、私も調べていないので細かくは知りません。でも、この波長にこの人がいるのはおかしいとか思ったことはないし、殺人衝動のあるグループ以外で殺傷事件が増えたとかもないから、安心して良いとは言われたような。問題ないですよ。安心してください」
佐藤さんめ。
なんであの時教えてくれなかったんだろう。
「長く住むなら知っておいた方が良いことも増えますけど、裁判終わってすぐ生まれ変わるなら無駄になっちゃう知識だし、楽しく過ごした方がいいと思うんですけどね。結局生前についての考え事って自分の性格の話じゃないですか。普通に楽しく過ごしてて、私こういうところあるよなー、ってたまに反省すればいいかなって。治したいとか治らないとか治したくないとか、そんな感じで。治したくない部分て自分で好きな部分だったりするから自己肯定感とか持てておすすめです。私は自他ともに認めるダメ人間だったので余計にそうですね」
寝る前に佐藤さんに電話しよう。
そんなことを思っていたので、コスの言ってる大切そうな話は話半分で聞いていた。
なるほど、これは私のダメなところですね、はい。
「ごちそうさまでした。食べ終わったので家を見て帰りたいです」
コスがそう言って話を打ち切ったので、茉里奈の部屋以外のルームツアーをした。
一階に降りてすぐに帰ろうとしたコスは、入り口を開けてから、ああ、と振り返って言った。
「感想忘れてました。この店舗兼自宅はちょっと違いますね。住まないです」
「ええ。そんな感想いらない」
「シュチエーションで意見を変えないで下さいよ。感想嬉しいって言ったのに」
「この家私が建てたものじゃないんだけど」
「……なるほど。失礼しました。今度着せ替え人形になりに来てくださいね。それじゃ」
「はーい、またねー」
なんだったんだ。




