50 卵かけご飯
「はい?」
言語明瞭にして意味不明。
「え? 他人に興味ないですよね?」
「聞こえていなかったわけではなくてですねぇ」
「無自覚でしたか?」
「いや、別に興味ないわけではないですよ?
昨日だって、昨晩も夕食の支度をしながら、皆がどんなものを喜びそうか考えていたし。
茉里奈と一緒に住み始めてからは、今日は何をするのか、何をしたのか、そんな話をしているし。
寧ろ生きていた頃より人と話をしていると思いますが」
「ほら。生きていた頃より。と、これでは揚げ足取りですね」
池橋さんは少し考える様に視線を動かした後、ゆっくりと話す。
「生きていた頃の誰かに会えるとしたら、誰と会いたいですか?」
親とか? 別に会っても仕方なさそうだ。
甥姪と戯れるのは良いかもしれない。小さい頃の不思議体験みたいな思い出になるのも面白い。
彼氏もいなかったし、一番仲の良い友人というのも、そもそも久しく会ってなかったし、ああ、近所の居酒屋へ行くって感じだったら悪くないかも。
とはいえ。
死んでるし。
「別にいいかな。誰とも会わなくても」
「では、今すぐ誰かと会えるなら?」
「いやいやいや、会えるでしょう、ここなら。思い浮かべて扉を開けるだけですもん」
例えが悪かったか? と池橋さんは腕を組んでうーん、と唸っている。
「説明も難しいので、これも別口で考えてみてください」
割と速攻で諦められた。
池橋さんこそ絶対に私に興味ないですよね? と言えば、無いですけど仕事のついでだったので、と笑う。
「裁判の方は相談があればいつでも連絡をください」
そして裁判の方と限定しつつ、連絡先を交換して池橋さんは帰って行った。
ほとんど無意識に自室に戻り、置きっぱなしだった携帯端末を手に取って、佐藤さんへ文字を送る。
『私って他人に興味ないのかな』
いつもすぐに返事が来るし、今日もすぐに返事が来たけれど、なんだかいつもより返事が遅いような気までしてきた。
『唐突ですね。
他人と言いますか、あまり人に興味がなさそうだと思ったことはあります。
あまり、ですけれど。
昨日は楽しめませんでしたか?』
『昨日は楽しかった。興味云々は今日の話。ちょっと考える』
『散文的なお返事ですね。頑張ってください。』
ええ? 他人じゃなくて人に? ホモサピエンスに興味がないの? 私?
思ったよりショックだった。
沼に沈んでいくような、あるいは埋められていくような、そんな気分だ。
冷水を浴びせられたとかも言うっけ。でもそういう感じのショックでは無くて。
もっと、ドロリとした何かだ。
興味がない、という訳ではないよね? 佐藤さんも、あまり、と書いていたし。
というか。
興味ないとなにか駄目なんだろうか。
思ってしまってから、再び沼に沈むような感覚が走った。
これは駄目かもしれない。
考えも、とっかかりも、ひっかかりも思い浮かばずに、ヤバイ、という気持ちで頭がいっぱいになってしまう。
ぼんやりと携帯端末を見ていたら通知が来ていたので、確認してみればやはり朝連絡を入れてくれたいたのだろう、アケル君からの不在着信だった。
特に考えもなく通話ボタンを押せば、アケル君は直ぐに出た。
『はいよー』
「忙しいのにごめんねー。不在着信、今気が付いた」
部屋を出て、一階に下りながら声を聞く。
『いっすよー、だいじょぶ。朝遅くなるからって電話したんすよ。部屋置きっぱだった? さっき電話しちゃったって言や良かったっすね』
「連絡くれてたかな? とは思ったんだけど、私も聞けば良かったね。ごめんごめん。連絡ありがとう」
『用件そんだけー? むしろわざわざ悪かったっすね』
「あー、特に何も考えないでかけた」
『はは、社畜っぽい』
「社畜?」
『コールバック必須! みたいな?』
「ああ、確かに」
一階に着いて、厨房に出しっぱなしにしてある脚立に座って、特に言う事もなくて黙っていたら、しばらくしてアケル君が嫌そうに言った。
『……コラコラコラ、放送事故かっ。なに?』
「……なんでもない」
『はぁ?』
とてもガラの悪い語尾上がりの返答だったの、さっき佐藤さんに投げかけた質問をしてみた。
「私って他人に興味ないのかな?」
自分でもビックリするくらいの棒読みだった。さぞ機械のように聞こえただろう。それでも返事は直ぐで、私が期待する返答では無い事が分かっている。
こう言って欲しいな、と思うのは、私の勝手で、相手には相手の考えがあるのだから、噛み合わないのは当たり前なのだから、一瞬期待する私が悪いのだ。
『興味ないんじゃないっすか? つかブーメランになるからあんま言いたくないんすけど、お互い興味あったらもうちょい関係違うと思う』
言われた事が全然しっくりこないので聞き返す。
「と申しますと?」
『今日は元気なかったなー、と思ったとして、元気なかったね? までは普通の人。俺が元気にしてやらねば! まで行くと恋人。ダメならなんか言ってくんじゃね? って放置すんのが俺ら』
うわー。しっくり来てしまった。
『言い訳だけしとくけど、俺の場合誰に対してもって訳じゃねぇからな。大体どんなに仲良くなっても、三十五日目には二度と会えなくなるんだ。一線引いたっていいだろって話。
和香嬢については居残る可能性はあんじゃん? 多少踏み込んでっかな? とは思うし、恋人って言われると微妙っすけど、こっちに残るなら友達には絶対なれそうっすよ』
ちょっと素が出たけど、途中で普段通りの口調に戻している。
なるほど、そういう事をスルーしているのかも。
「取っ掛かりは分かった気がする」
『そら良かった。でも、興味があるなら、恋人は微妙なんだ? って怒るとこっすよ? ざーんねん』
笑いながら言うので、私もつられて笑った。
「友達にはなれそうと言う人に残念と言われても。でもありがとう」
『いっすよー。泣いてる女と落ち込んでる女、マジ無理なんで、通話で良かったっすわー』
「最悪! 今晩はたこ焼き楽しみにしてるから、また夜にね」
『うーすっ』
ため息をついて、カウンターに携帯端末を置く。
取っ掛かりは分かったけれど、向き合うのは怖い。
のろのろと新しく届いた炊飯器や、今晩使う予定のたこ焼き器を出して洗い、米を研いで試運転と、たこ焼き器は油を引いて少し空焚きをしながら考えて見る。
思考が分散してしまうのは分かっているので、一人ずつ興味を持って考えてみたらどうだろう?
まずはアケル君に興味を持つとして。
……興味ってどうやって持つんだっけ?
茉里奈なら辞書で調べそうだけれど。関心を持ったり、その事を知って面白いと思ったりするってことだよね。
米に興味を持って調べたことがあったなぁ。ごはんから全粥、重湯も入るのかな? 水の量で名詞が変わるから面白くて色々調べたのだ。
知りたい、と思う気持ちこそが興味なのかな?
アケル君は死者で、仕事を持っていて、私と言う便宜上の彼女がいる。
死因は事故、細かくは聞いていないし、あまり気にもしていなかった。
ああ、やっぱり興味がないんだろうな。
付き合いが長くなれば出てくるのかな。
年齢とか、死んでからどれくらい経ったかは聞いたけど、あまり覚えていない。
三十歳未満で死んで、生きていれば新人山田さんよりは上と言っていたので、五十歳以上、だと思った。
顔は一度しっかり見てみようと思って覚えている。
目が細かった。
身長も物凄く高くもないけど、私よりは高いから百七十位だろうか。もう少しあるのかな。
コンビニでアルバイトをしていた時に、出入り口に身長の目安になるラインが引かれていたので、少し離れて貰わないとサイズ感が分からない。
レジから出入口までの距離位離れてくれたら何となくわかるんだけど。
私の中でアケル君があまりにもどうでもよい棚に収められていて、なんだか申し訳なくなってきた。
好きか嫌いかで言ったら好きだ。彼は楽しい。
その場のノリだけで、向こうから踏み込んでは来ないから楽だ。
楽。
関わらなくて良くて、その場だけ面白可笑しく過ごせる、それは私側の都合だろう。
向こうから見たらどうなんだろう?
食べることは好きそうだから、引っ越しや何かのお手伝いを頼んだ時にラッキー位の感覚だったのかもしれない。
普通に食べに来るようになったけれど、どこまでが彼の気持ちで、どこからが仕事だったんだろう。
本人次第でこっちとしてはどっちでもいいのだけれど。
そうやって興味の入り口を切り捨ててきたんだろうな。
しかも無意識だ。相手に、こいつは自分に興味がないんだろうと思わせながら生きてたと考えると、なんだか床を転がりたくなる。
羞恥とはまた違うんだけど、居てもたってもいっれない気持ちだ。
興味を持って考えるならもう一声か。
あれは大先輩からなにか言われたんだろうな。
大先輩もそうだけれど、さっきの話を聞く限り、こちらに残って欲しそうだし。
アケル君がそれを断らなかった理由は、どうでも良かったのか、三十五日目以上たっても会えるならそれも面白いと思ったのか。私の事が物凄くタイプだったってのはなさそうだ。
仕事とは言え人と関わるのは大変なことだと思うし、別れ疲れをしていたとしても、そういう時期を超えるほどの年月は経っているとも思う。
たった六日間で佐藤さんとの別れが寂しかったのだ。
気など合えば合うほど関わらないように距離を取りたい。
ちょっと素で喋ったのは、わざとだったのかもしれないな。
お前とは別の理由なんだよ、と言われたような気もする。
弱いところを見せてくれたのかもしれないけれど、最後に釘は刺されたと思うのだ。
寄り添って、慰めて、話を聞くほど、踏み込みたくはないんだと。
はぁ、と、本当に心からため息をついて、こっちに興味を持たないようにしている人に興味を持ってみるってのも不毛だな、と、少し落ち込んだ。
「ピー」
炊飯器からご飯の炊けるにおいがして、最近の早炊き機能は凄いな、と思いつつ、食べてみるかと炊飯器を開ける。
作る気はあまりしないので、卵かけご飯かなぁ。
長ネギを刻んで、鰹節粉もかけて、ちゃんと一品感のある卵かけご飯を、脚立に座って、せっかく和風なのに、スプーンで食べる。
「うん、美味しいなぁ」
目の前にあるのに、無いもので、食べる事が出来るけれど、味は記憶の再現で、けれど美味しいと思って。
他人に興味がないと言われて、本当に興味がなくて。
このまま何となく楽しく最終裁判まで過ごせるような気がしてたんだけどなぁ。
甘かったか。
さすが地獄。
とは言え、だ。
このままアケル君に興味を持つのは申し訳なさすぎるので、標的は茉里奈にしようかな。
同居人だし、彼女は生まれ変わる気満々だ。
もう一ヶ月もしない内に私は一人暮らしに戻るのだ。
……気が変わってもう少しこっちに居ようかなって可能性無きにしも非ず?
期待しない様に興味を持たなくては。
最後の一口を飲み込んで、私は手を合わせて声に出して今日も言う。
「ごちそうさまでした」




