49 パン粥
「ハチミツにします」
呑んだ翌日はなんとなく粥、と思ったが昨日ご飯を使い切っていたので、今朝はパン粥にした。
ちぎった食パンを牛乳で煮るだけの簡単なお仕事です。
少し寂しかったので、ミックスベリーも入れて、グレープフルーツも切って出したらちょっと雰囲気だけは良くなった。
食べる前にハチミツとメープルシロップをかけるか、かけるならどっちがいいか聞いたら、茉里奈はハチミツにしたので、私はメープルシロップをかける。
どっちも出てたし、どっちでも良かったんだよね。
「「いただきます」」
いつも通りに朝の作業を終えて、二人での朝食だ。
あれ?
「そういや、アケル君忘れてた。見てないよね?」
思わずカウンターの下を覗き込めば、茉里奈はそんなところに隠れませんよとくすくす笑いながら言った。
「配達件数が増えたので、分裂体も増やすように言われたと言っていましたよ。手間取っているのかもしれませんね。苦手だって言っていましたし」
「へぇ」
「へぇって、和香さん」
携帯端末に連絡が着てるかもと思ったけど、部屋に置いてきちゃってたな。食事が終わったら取りに行こう。
「そういえば、コスさん、あの後大丈夫でしたかね?」
「大丈夫じゃない? 食べたいものはちゃんと選んでたし。あの衣装の方が気になる」
「あ! 私も気になって調べましたよ! ええっと、現在地球で連載中の漫画のもので、今度、アニメ放送が開始するとかで……これですね」
携帯端末に画像を表示して見せてくれた。
「すごい……再現度がドン引きレベル……」
「情熱を感じますよね」
「転生した悪役令嬢は旅芸人として居合切りを極める? なんでチャイナドレス?」
「主人公の趣味みたいですよ。正規ヒロインと顔を合わせない様に一話でいきなり隣に居ただけのご令嬢を押し倒して国外追放されるんですけれど、その時は中世ヨーロッパ風のドレスで」
「ご子息じゃなくて? その時代背景にしちゃ足出しすぎじゃない?」
「はい。変態痴女扱いに怒った主人公が、居合切りで相手の洋服を……どうしてだか切れるんじゃなくて千切れる、っていうか、霧散する? 大切なところだけ残して脱がしていくんです」
「青年誌?」
「ええっと、青くない方の成年誌」
「成人指定!」
「十八歳以上でしたからかろうじて読めました。でも微妙な気持ちになりました」
あはは、と茉里奈は穏やかに笑って、まぁ面白かったですよ、と付け加えた。
「っはよっすー」
そんな話の最中にアケル君がやってきたので、茉里奈はさっと携帯端末を伏せてから、
「おはようございます(挨拶はしっかりお願いします)」
とにっこりと笑った。
副音声はちゃんとアケル君にも聞こえたようで、挨拶をし直してから、荷物をトントンと置いていく。
「配達だった? 遅めの朝ごはんかと思った」
「んー、配達時間こん位にしてもらえたら飯も食えるかな? って感じっすかね。ちょっと慣れねぇ感じで」
珍しく困り顔のアケル君に首を傾げると、黙って受け取ってくれる人を大量に受け持ち始めたのだそうで、自分でも良く分からないという。
「イレギュラーが発生した時だけ意識して対応する事にしたんすけど、どうも、自分のイレギュラー基準がズレてるらしくて、結構勝手に分裂体が対応しちゃうんすよ」
昨晩の分裂体の様子を念の為に確認したところ、例えば配達物の設置を頼まれてついでに邪魔な壁を取り除いてしまったり、ひたすら愚痴を聴き続けたり、卓球に付き合わされたり。
「内容的には別に問題ないんすけどね。自分の知らない所でこれやってんのかー、って思うと、落ち着かねっすね」
佐藤さんも私に対してそんな気持ちだったのだろうか。
「アケル君、それは嫌な事?」
少し考える様に上を向いて、それから言った。
「変な事してるわけじゃないんで今んとこ嫌じゃないっすね」
「変な事って?」
「壁に張り付いてセミの真似してくれって頼まれたらやると思うんすよ」
「ああ、やりそう」
「ちょっと嫌っすよね?」
「そうね」
別に今も分裂体ってわけじゃないんだろうけど、これは確実に佐藤さんに嫌な思いをさせていそうな気がする。
品行方正、清廉潔白な人生ではないし、何しろ鼻をかんだらついついティッシュを確認するような女なのだ、私は。
ご飯も食べていくと言うので、準備しようとしたら、食べ終わってからでいいと言って、配達品を片付けてくれた。
茉里奈はわたし用にと、今日は椎茸。なんでか聞いたら、焼いて醤油をかけるだけで美味しいので優秀な食材です、と言われた。そう言えばキノコ類なかったもんな。
わたし用は炊飯器とキャベツとタコ。
そう。たこ焼き焼き器のためだ。
二階に茉里奈の荷物を置いて戻って来たアケル君にパン粥を出しながら、二人に向かって聞いてみる。
「たこ焼き作った事ある?」
「いただきます。あるっすよ」
「あ、それでタコを? なんだかすみません。作った事ありますよ」
二人とも作った事があった。
茉里奈はともかくアケル君はちょっと意外だった。
「そこそこ器用だったからお前が焼けって、実家で良くやらされてたっすね」
確かに妙に丁寧だし綺麗に作れそうだ。
「作った事なくて、入れるものとかは用意出来そうだけど、たこ焼き焼き器も初めて使うから、動画でも探してみようと思ったんだけど、じゃあ教えて貰おうかな」
まだ箱からも出していないたこ焼き焼き器をポンポンと叩けば、茉里奈が傾いている。
「茉里奈どうしたの? ピサの斜塔の形態模写?」
はっとした様子で姿勢を正し、箱を見てひとつ頷いて、茉里奈は言った。
「和香さん、たこ焼き器。焼きが一つ多いです」
「え? たこ焼きを焼く器材だからたこ焼き焼き器でしょう? あ、ホントだ! たこ焼き器」
「んー? あ? 機械の機じゃないんすね、たこ焼き器」
「そうよね。鉄板だけだったら器の器で間違いないけど、ホットプレート式だと変な感じがするわね。あ、でも、自動で回転する系のたこ焼き焼き器なら機械の機なのかしら?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください」
茉里奈がすぐに調べてくれた。業務用と言うか、工場用と言うか、完全自動の物で機械の機表記のものがあったようだ。奥深い。
「なるほどねぇ。あ、ねぇ、たこ焼きを焼く焼き器だからたこ焼き焼き器だと思うんだけど、これはどう思う?」
「あっは、それだとたこ焼き焼き焼き器じゃねっすか」
「えー! それならたこ焼き焼く焼き器じゃない?」
「それじゃ説明文っすよ。最初に和香嬢が言ってたみたいにたこ焼き焼き器に焼き一個足してたこ焼き焼き焼き器になるはずっすよ、ね? 茉里奈嬢?」
「知りませんよ。省略したかったんじゃないんですか?」
軽くキレられたので、アケル君と二人で笑って謝った。ごめん。
***
茉里奈を見送って、アケル君と夕飯の時にたこ焼きを焼いてもらう約束をして、店の入り口を開け、敷居をまたいで椅子を置き、ぼんやりと空を眺めていた。
そういえば雨も降らないし雲もないけど、太陽も月も星もどこかにあるんだろうか?
昼間の、薄切りに失敗した大根みたいな月、見つけると結構嬉しかったりしたんだけど。
月齢とか、太陽からの角度とか、理論的に把握してないと無理かな? 物理法則を無視した建物もある位だし、月齢とか無視して思い浮かべたら見れたりしないかな?
そんな事を考えていたら、ふわりと生暖かい風が通り過ぎたような感覚があった。
真夏の、締めきったドアを開けて熱風を浴びたような、何とも言えない感覚で、体がびっくりしてカタリと椅子を浮かせてしまったところで、後ろから声が聞こえた。
「こんにちは。高坂さんはご在宅ですか?」
振り返ると、マッチョな背中が至近距離にあった。
入り口を入って一歩目。
どうやら向こうは入り口を開けて入って来たのだろう。
さっきのはすり抜けた感覚、というか、次元が重なった感覚、とかかな?
ちょっと驚いたので、ワンテンポどころか五秒ほど経過して、慌てて返事をする。
「居ます居ます、真後ろ」
「おおっ」
くるりと上半身を反転させ、マッチョな背中こと池橋さんも驚いた。
「あまり境界線上にはいない方が」
敷居を見ながら言うので、なるほど、境界線か、と納得して、椅子を持ち完全に室内に入る。
「びっくりしました」
「僕もこちらに来てから二回目の経験です。確率の低い事故のようなもので……失礼、軽率でした」
「?」
「事故で亡くなられたでしょう」
「……ああ、確率の低い事故ですよね、そう言えば」
気にしていなかった事の申し訳なさと、丁寧な気遣いに関心と、なんとも言えない気持ちで笑ったので、なんとも言えない笑顔で返された。
椅子とお茶を勧めて、来訪の理由を聞けば昨日あまり話が出来なかったからという。
そう言えば昨晩は大先輩と、本当に、びっくりするくらい、どうでもいい話をしていたのだ。
「どうでもいいお話って言うのは?」
「緩衝材のプチプチのプチプチ仕方とか、ボックスティッシュの開封直後の一枚目の取り出し方とか」
「わざわざ白雄さんと?」
「そういわれるとそうですね。わざとだったのかな。楽しかったんですけど」
ところどころで他の人も巻き込んで結構白熱したので、気が付かなかった。
江戸時代にどっちも無いから、こっちに来てからの知識だろうに、現代人並みだったな。
「それで、お話っていうのはやっぱりお仕事ですか?」
彼は宋帝王の配下だと既に名のっているし、昨晩は茉里奈や峰岸さんと、結構話をしていたように記憶している。
普通に調査に来ると聞いたタイミング的に、五官王からそうなのかと思っていたのだけれど、佐藤さんと大先輩はちょっと管轄違い、ヤスヒロさんは性格が悪く、コスは昨日の様子を見る限りコミュニケーションに難ありで名のらなかっただけで、本来こうやって調査に来るものなのかもしれない。
池橋さんも普通に頷いて、面接っぽくなるのもなんですから気軽に、と、お茶を飲む。
「裁判に向けての気持ちの準備に、どんな裁判か知ってもらうのが仕事ですね。第二裁判が終わったら出来るだけ早く面会してお話をしているんですよ」
不貞の裁判と言われて思いつくのは浮気位なものだけれど、これに痴漢などの性的な罪も含むのだと言う。
国によって一夫多妻制なら不貞にならないし、宗教によって肌を見せただけで不貞になったりもするし、言葉通り不貞だけで判断するのは少々難しいという事もあるという。
私はと言えば、正直ヤバそう、と思う。
盗みの時もそうだけど、やった覚えはないけれど、無いとは言い切れないような気がするのだ。
「こっちの裁判自体、正しく真実を告げられて受け入れられるか否かだけなんですよね。言われたらそうなんだぁ、ってなる位で、多分反論はないから、内容自体には問題ないと思いますけど、やらかしてる気がするなぁ」
アケル君もそうだけど、別に好きじゃなくても嫌いじゃ無ければ付き合える。
アケル君は楽しいのでそのままにしてるけど、無理かもと思ったらすぐに別れてたし、歴代の恋人をカウントしろと言われると、カウントするのかしないのか分からない人が何人か居る。
うーん、と唸っていると、どうせそういう事も筒抜けなのだろう、池橋さんはキラリと白い歯を見せて笑った。
「考えるきっかけは出来たようで何よりです」
「ああ、そういう」
「そうそう」
それから、今後についても話してくれた。
参考になればと、池橋さんは言う。
「僕の場合は生まれ変わる理由も、こちらに居続ける理由も無かったので、少し悩んだ時期もありましたが、人間に戻りたいと思えば直ぐに戻れるので、気負う必要はないのかと、色々見て回った結果が宋帝王」
「性に対して誠実でした? それとも潔癖?」
「いえ、認めなかった場合、男には猫を、女には蛇をけしかけると聞いて。絞め殺せそうでしょう?」
そう言って、ふんっ、とサイドチェストポーズをとって、なるほどすぐにでも首をへし折りそうだ。
あんまり本気で言ってなさそうだけど。筋肉ジョークなんだろうか。笑えませんよ。
「僕もそうだったので、分かってから人間に戻るのも悪くないと思ったんですよ」
「も?」
なにを分からなかったのだろう? そして恐らく私も分かっていないのだと池橋さんは言うのだ。
「他人に興味ないでしょう?」




