47 第二回裁判 / 魯肉飯
「うん、問題ないね。僕の管轄に限って言うなら生まれ変わらなくてもいいくらい」
あっさりと告げられた。
ポカンである。
「質問があればどうぞ」
「やっぱり人としては異常ですか?」
「さぁ? 異常の基準が分からないからその質問には答えられないかな」
「異常の基準、ですか?」
「君たちの言う異常な事って、少数派の事だったり、イメージ的に悪い事として使うでしょう? 盗むのが正常で、盗まないのが異常という事になってしまうけれど、どうなんだろう?」
「ああ、むしろそっちのが異常ですよね、人として」
「不思議だよねぇ」
「不思議ですね」
「じゃ、次も七日後にね。宋帝王の不貞に関する裁判になるから、忘れずにおいで。お疲れさまでした」
「あ、はい。ありがとうございました」
あっさりとしすぎてなんだかなぁ。
そう言えばコスから聞いていた超イケメン紳士って設定忘れてた。
今回も白丸い物に入れられての移動なので、閉まりかけの隙間に目をやると、ギリシャ彫刻みたいな男がひらりと手を振ってくれた。
いや、さっきまでと別人じゃん。
***
「って感じだったんだよね」
ベシャリとつ机に頭を乗せて、隣に座るアケル君に裁判の話を伝えた。
総合受付で合流して、所謂説明会会場の端の席に陣取ったところだけど、ここに来るまでたくさんの山田さんに、彼女彼女と言われたので余計に疲れた気がする。
「まぁ予想通りではあるっすけど。……もっとぐったりした人が入ってきたっすよ」
アケル君の返答に顔を上げると、峰岸さんが文字通りぐったりして入って来たところだった。
「わぁ、ホントだ。呼んでもいい?」
「いいっすよ」
みねぎしさーん、と声を上げて手を振ると、疲れたようないびつな微笑みで峰岸さんは近寄ってくる。
「和香ちゃんと山田さん、こんにちは」
ぐったりしているとは言え行動は相変わらずだ。
サクサク座りながら店員を瞬時に発見して片手をあげて呼びつけている。
「もうなにか頼んだの?」
「はい。先に食事を頼みました」
「そう。じゃあ、私もなにか食べようかしら。二人とも何を頼んだの?」
「オムライスっす」
「私は魯肉飯」
「あるのね、魯肉飯。私も少し冒険してみようかしら」
あ、峰岸さんちょっと悪い顔してる。
「おねぇさん、シャルティバルシチェイはあるかしら」
「……ございますよ。パンかポテトか選べます」
「ポテトでお願いね」
あるんだ。シャルティなんとか。
アケル君に目を向けると当然知らないらしくぶんぶんと首を振った。
「生きてるって、驚きに満ちているわよね」
峰岸さんが遠い目をして言う。
いえいえ、死んでますよ?
「盗みにねぇ。他人の選択肢を盗むっていう項目もあったのね。私、そんなに他人の選択肢を盗んでいるのかしら? こっちに来てからもだって言うのよ」
え、はい。選択権を持たせないが正しいかもしれませんけど、私も気が付いたら茉里奈と同居してましたしね。
「悪い事だけでは無かったと思うのよ。そりゃあ無意識で悪い事をしてしまった事もあったかもしれないけれど、罪としてそんなに突きつけなくてもいいと思うのよ」
弁解の余地もない確認裁判ですからねぇ。
「どうせ記憶を消して生まれ変わらせるなら、わざわざ精神的負荷をかけて記憶が飛ぶまで面倒をみるなんてね。まるで地獄みたいだわ」
ここは地獄ですって聞きましたよ。
「記憶を消すのだって! 聞いた? 人生に一度位、わぁ、忘れてしまいたい! って事位あるでしょう? 人間だもの」
ああ、黒歴史ってやつですね。ありますよね、一度くらいは。
「だから忘れさせてくれているみたいよ? 酷い話よね。鬼みたいだわ」
はい。普通に鬼ですって言ってる人もいますね。
アケル君と一緒にうんうん頷きながら聞きに徹していると、食事が届いた。
「お待たせしましたー」
アケル君のオムライスは赤いケチャップがどこか懐かしいタイプの物で、私の魯肉飯は屋台の物ではなくカフェスタイルなのか、青梗菜と茹で卵が飾られたタイプの物だった。
峰岸さんのシャルティバルシチェイは色鮮やかなピンク色の冷製スープと茹でたジャガイモのセットで、スープの上にスライスした茹で卵がのっていたので、海外の子供向けアニメに出てきそうなモンスター風の見た目になってしまっていた。狙ってるのかな。
聞けばリトアニア料理で、ビーツを使った酸味のあるスープだという。ロシア料理のボルシチみたいなものだろうか。味の想像がつかなかったので、味見を進められたが遠慮した。
アケル君は当然の様に両方とも味見をしたが、
「るーろーはん、は、そぼろ丼の事だったんすね! 肉が大きめで旨いっす! シャルロッテなんとかスゲー、ペンキみたいな色して……シンナーの味がする……!!」
ともだえ苦しんだ。
想定通り過ぎ。
「地球で死んだ人が皆ここに居るんだものね。味さえわかれば世界中の料理が楽しめるのよねぇ」
おっとりと峰岸さんはアケル君から私に視線を移して、小首をかしげた。
「そう言えば茉里奈ちゃんは? 今日は一緒じゃないの?」
「ええ。裁判が終わり次第、教育部に行くって言ってました。勉強したいみたいで」
「そう。それも素敵な過ごし方ね。どう? 上手く暮らせているの?」
「そうですね、特に問題もなく。あっ!」
「なにかあったの?」
「いえ、今朝、ちょっと強引に話を進めた事があって、選択肢盗んだんじゃないかと思ったんですけど。なにも言われなかったなぁと思って」
「そうなの? 死んでからの分はカウントされないって言ってたし、そうそうある事じゃないみたいだから、大丈夫よ」
どうやら峰岸さんは死んでからはカウントされない事も引き合いに出されて怒られたらしい。相当だな。
食後のお茶も楽しんで、峰木さんに手土産を渡し、店員さんにも皆さんでと五つ渡して帰路につこうとして、ふと思ったことを口にする。
「今晩は冷蔵庫の片付けをしようかなと思っているので、良かったら遊びに来てください」
「あら、じゃあお友達とお邪魔しようかしら。何時頃?」
「十九時頃ですかね。何となくその時間が夕食の時間になりつつあるので」
「いつも通りっすね。こっち誰か声かける? 声かけたら全員来ちゃうと思うっすけど」
あ、同居人の許可いるよね。口に出してからしまったと思った。
二階に上がってしまえばそれ程気にはならないとは思うけれど、生きていた頃の基準では駄目な事だと思う。
峰岸さんもアケル君もノリノリなので、今更、茉里奈の許可とってからって言うのは無理なんだけど。許してくれそうだし。後で連絡を入れよう。
そしてアケル君よ、全員って一体何人なんだ。
「山田さん達って事だよね? 人数が必要って訳じゃないし、来たそうな人でお話するタイミングがあるならどうぞ、位の感じで。食べる量が減りますぜ、旦那」
「それは大問題っすね」
「では僕が参加するのは難しいでしょうか?」
知らない声が後から言うので驚いて振り返ったら、全然知らない人が立っていた。
ゴリマッチョとしか形容のしようがないんだけど。
「お疲れっす」
アケル君は普通に挨拶をした。
「まぁまぁ、凄い筋肉ねぇ!」
峰岸さんはちょっと嬉しそうだった。
「ええっと、どちら様でしょう? 初対面ですよ、ね?」
いくら顔を覚えていないとは言えここまでのゴリマッチョなら忘れないはずだ。
恐る恐る聞けば、キラリと白い歯を見せて笑った。
「失礼。初めまして、宋帝王所属の池橋と申します」
きびきびと答えてさっと右手を差し出してくる。
え? 握手するの? 手砕かれそうで怖いんだけど。
恐る恐る手を出せば、クっと握られ、ぶんぶん振られた。
ちょっとこの人無理かも。
「イケさん、ウチの彼女困ってるんで、その辺で。……ちょ、今のカッコ良くないっすか?」
間にアケル君が入ってくれたけど、最後のセリフで台無しだ。
次に峰岸さんとも握手を交わしているが、こちらは手を握ったまま話を始めた。
いつ放すんだろう。二人とも気にならないのか。
「それにしても若い頃に亡くなったのね? やっぱりトレーニング中?」
「いえ、普通に老衰でした。この姿は生前一番自分にとってコンディションが良かった時期を再現しているんです。特に上腕二頭筋は自慢でした」
「上腕二頭筋ナイス! チョモランマ!」
アケル君が掛け声をかければ、またキラリと白い歯を見せて、優しく峰岸さんの手をポンポンと軽く左手で撫でてから放し、ふん! とポージングしてくれた。
わぁ。チョモランマ。
全然ついていけない。
ちなみに物凄く当たり前にピチピチのタンクトップである。
「ええっと、なんでしたっけ、そう、夕飯でしたよね、来る分には問題ないですよ」
そしてポージングに余念がなさ過ぎて全然話が進まなそうだったのでそう声をかけると、ニカっといい笑顔でポージングを切り替えて言う。
「ありがとうございます。では夜に、お伺いしますね」
ピクリピクリと、胸筋を動かして来たので、そっと目をそらした。
***
帰宅して、茉里奈に連絡を入れたところ、快く了承してくれて、お手伝いも申し出てくれた。
冷蔵庫整理を兼ねた夕食、カウンターに適当に並べてそれぞれに取って貰うから、配膳もそれ程大変ではなさそうだし、時間までは大丈夫と伝え、教育部の人へのお菓子の差し入れは足りているか確認したら、すべての菓子を一つづつ残して、大きな箱に移し替えたので、明日からしばらく食べ放題だと、皆さんハイテンションらしい。
疑似的に摂取する食物の効能についての研究班が既にあるそうで、大歓迎でした、と笑って言う。また何か作ったら差し入れよう。
冷蔵庫を開けて、何を残して、何を使い切るか考える。
一週間に一度、冷蔵庫の片付けと称して、具沢山みそ汁や、具沢山炒飯、鍋、とにかく茹でてなにかタレを付けて食べるとか、高坂家ではそんな感じだった。
冷蔵庫の容量的にはまだ余裕があるけれど、棒餃子とかはなんとなく気になるのでこの機会に使い切ってしまおうかな。
どうせ峰岸さん達は呑みそうだし、チーズは別で出してあげて、あとは、サラダと、あ、鶏ハムは残しておきたい。
ホワイトソースも牛乳を入手したし、今あるのは使い切って新たらしく作ろうかな。それならグラタンにでも、ああ、マカロニが無いか。
ラザニア風のパスタを作っても良いけど、じゃがいもと茄子が新規参入したし、ムサカでも作ろうかな。そしたらミートソースのストックが出来るから一石二鳥。
って、ストック減らしてるのか、新しいの増やしてるのか分からなくなる。
ご飯も緊急用に二膳分位残して冷凍して、冷蔵ストックは止めたいかな。もう一台炊飯器増やそうかな。
あれこれ考えてメニューを決め、手順を考えていく。
不器用で調理が得意な訳ではないし、楽しいよりはイライラする事もあるけど、手順を考えるのは嫌いではない。
物凄い遠回りをすることもあれば、予定より遅くできたり、早くできたり、気が付くと時間調整と戦っている事も少なくない。
祖母の台所仕事における戦場感の影響でもあるのかな。
あんなに魔法みたいに作れたら、料理自体もっと好きだったろうな。
所謂シズル感。目にした瞬間に食欲を刺激する見た目。
形の揃った野菜や肉類の照り、写真なら照明とか、それこそ撮影用に食べられないような加工もするけど、祖母の作った物は間違いなく食べられるもので、提供した瞬間に相手を笑顔にさせる強制力があった。
こっちに来て、皆、美味しいですって笑ってくれるけど、味はそれぞれだし、チーズハンバーグみたいに、実は中に! とか、隠し味に実は! みたいなのは通じない。
味を二の次にして見た目だけ物凄く注意して作ればいいのかも、とは思うけれど。
それだと多分私には美味しくない。
色止めに大量のミョウバンを使ったり、味に影響するほどの酢水に着けたり、歯ごたえどころか芯が残った状態とか、見た目だけ綺麗にする方法はたくさんあれど、不味いのだ。
アケル君も前に再現だけなら美術系の人がやってくれるって言ってたけれど、その人たちは恐らく自分の作品は食べない。
取っておいて忘れた頃に渡せば食べるのかな?
なんだか小学生の悪戯みたいで、我ながら笑ってしまう。
そんな風に一人で考え事をしながら、一人で作る食べ物ってなんだろうか。
不意に、すとんと落ちて来た気持ちに、直ぐに答えを出した。
食べてくれる皆の事を考えてみよう。
「よし!」
声に出して気合を入れ、エプロンを締めなおした。




