46 オープンサンド
「へぇ!」
食後のお茶タイムに今日あった事を伝えたアケル君の反応がこれである。
そんなものかと首を傾げれば、少ないけど居ない訳じゃないないしと言う。
ちなみに、帰って来た茉里奈は、
「薬によってグレープフルーツが食べられない事があって、分からなくなるからそもそも食べなくなったんで、頼んでみたんですけど、サラダで出てくるとは思いませんでした」
とサラダを咀嚼しながら、
「人間ならではですよね」
と、多分慰めてくれた。
ああ、うん、人間だった事があったのは分かってるよ。
アケル君が帰り、茉里奈が二階に上がったので、一階で一人、グレープフルーツの皮をオーブンから出して、乾き具合を確認している。
グレープフルーツピールコンフィは、本当はシロップでじっくりじっくり漬け込んで、ゆっくりゆっくり乾かすのだけれど、オーブンを使っての強硬手段。それでも低音で時間をかけて、ひっくり返してまたオーブンと、それなりに手間はかかる。
仕上に保存袋に砂糖を入れて、ザカザカと振りながら全体に砂糖を塗せば完成だけれども、チョコレートを塗したパンプルジェットも作っておこうかな。コスが好きそう。
BGM替わりのドラマはクライマックスの銃撃戦で、作業をしながらだと、破裂音と主人公の舌打ち位で、全然内容が分からない。
一度茉里奈に渡してから、借りてもう一度見ようかな、と思いながら、グレープフルーツの皮に爪楊枝を刺して、箸を上下逆さまに重ねて輪ゴムで止め、隙間に爪楊枝を固定してみる。
あ、大丈夫そう。
発泡スチロールでもあれば、刺すだけだから楽だったんだけどね。
チョコレートを刻み、湯煎にかけ、溶けたチョコレートにグレープフルーツの皮を付け、乾かせば完成だ。
どうせ増やせるからと一本だけ作ったけど、ちゃんと違うもの認定してくれるだろうか? まぁ、増えなければ作ればいいか。
そんな風に考えるのだから、大分こっちにも慣れたのかな。
ちらりと携帯端末を見るが、特に連絡はない。
佐藤さんどうして連絡をくれないの? と一瞬思ったが、これは私らしくない思考だと思う。
連絡が取りたければ自分から取ればいい。いつも私からばっかり、とか、迷惑じゃないかしら? とかはあまり思った事がない。
用事があれば向こうから連絡が来るし、迷惑なら迷惑と言われるだろうし、仮に言えないタイプでも、返信が遅くなったりとか、何かしらあるんじゃないかと思うし、そもそもそれは相手の問題であって、私の問題ではない。
なんだってまたそんな事を? と考えてみれば、佐藤さんに構って欲しいのかな、と思って、ちょっと羞恥で訳が分からなくなった。
落ち着こう。
余ったチョコレートの入った容器に温めた牛乳を注ぎ、ホットチョコレートにして、コップに移しながら、送るべき文章を考える。
「うーん」
声に出して首を傾げてみたが、なんだか上手く行かないな。
と思ったらメールが来た。
『全てがつまびらかに』
佐藤さん!
『待ってた』
思わず意味不明な返信してしまった。
『白雄さんから連絡頂いたので、大丈夫かな? と思いまして。
ちょっと複雑な心境になりますよね。』
『全体的に皆軽くない? って思ってる。』
『当事者としてはそうなりますね。そういう事でしかないんですけれど。』
『それだけ?』
『奪衣婆業務中の担当死者ならもう少し面倒を見るかもしれません。
今はただの友人なので。』
友人。
意外な返信だ。
というか。
『身内に雑になるの? ちょっとは甘やかされたいんですが。』
『あまり母汁は出ませんね。状況はどうあれ本人が幸せならそれで良い派なので。』
『母汁ってなに?』
『自分でも良く分かりません。なんでそんな事をお送りしたんでしょうか。ひょっとしたら母性の間違いだったかもしれません。』
『間違える要素』
『まあ良いじゃないですか。それでどうなんでしょう? 今って幸せなんですか?』
衣食住問題なく、毎日誰かと会えて、楽しく食事が出来て、やりたいと思ったことも出来ている。
そう言われてみれば幸せかもしれない。
『やりたい事やった結果、気分的に落ち込むってのはあるけど、幸せっぽい』
『それは良かったです。明日は第二回裁判ですよね? 楽しんでください』
『そこは普通に応援して欲しかったかも。まぁ、楽しんでくるよ。メールありがとう。おやすみなさい』
『そうですか? では頑張ってくださいね。おやすみなさい』
はぁ、とため息が出る。
上手く言葉にする事は出来ないけれど、気持ちが温かくなるような、穏やかな気分だ。
佐藤さん、なんだかんだ言って母汁出してくる。
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死亡 十二日目(六日目)
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入手品:脚立/コーヒー・ティーサーバー/ベーコン/グレープフルーツ
朝食:キッシュ
昼食:海苔・梅・わさび茶漬
間食:スモア
夕食:豚肉と白菜の挟み鍋
***
いつもと変わらず起き、掃除を終えて、厨房に立つ。
今朝はトーストに玉ねぎのスライスとベーコンエッグを乗せたオープンサンド、ミックスベジタブルを入れたコンソメスープの簡単メニューだ。
「「「いただきます」」」
茉里奈とアケル君と共に手を合わせ、食事をしながら今日の予定を話し合う。
変な取り合わせの三人だよな、と思いながら、ベーコンエッグに塩を振るが、茉里奈はケチャップとマヨネーズ、アケル君は醤油をかけている。
変というよりまとまりのない三人か。
「何時に行くといいとかある?」
「特にないっすよ。あ! 朝イチはちょい混みかも」
どの世代にも満遍なく、とっとと行ってとっとと終わらせよう勢がいるらしい。私もどちらかと言えばそうなんだけど、混むのは嫌だなぁ。
「着ていく物が無くて、今日の配達分で頼んだので、荷物を受け取って、着替えてから伺おうと思っていたんですが」
「そーなんすか? じゃあ、食べ終わったらすぐ届けるっすよ」
「ありがとうございます。もっと早く準備をしておけば良かったんですが、失念していました」
「どーいたしましてっと、和香嬢は?」
「私も荷物受け取ってからのんびり出ようかな。そう言えば説明会中ならお店やってるんだよね?」
佐藤さんから楽しんでと言われたのだ。楽しむ要素と言えば外食ではないかと思ったのだ。
アケル君は、ああ、と頷いて、
「十時から十六時までの営業っすね。店っつか、給仕係が会議室をふらふらしてるってのが正しいんすけど。人数集まって説明会始まっとオーダーストップかかるんで、タイミング合えば利用出来るっすよ」
と教えてくれた。
なに昼めし? 一緒する? と、そわそわしているので、了承したが、これはお付き合いをしているとかは関係ないんだろうなぁ。
峰岸さんからも私と茉里奈の両方に、裁判を忘れていないか、気を付けて出かけてね、見かけたら声をかけてね、と、連絡をくれた。
そう言えば結局私以外にも裁判日を勘違いしていた人がいたのか聞いてみたら結構いたという。
毎回一定数はいるので、行く気がなさそうな人には特に訂正は入れず、行く気なのに勘違いしている人にだけ、配達ついでに山田さん達が教えて回ったんだとか。
アケル君のお仕事についてあまり話をしていない。聞きたい事を聞くばかりだったな、とちょっと反省した。
食後、さっと出て行ったアケル君は、すぐに戻ってきて、荷物を渡してくれる。
体感にして、ちょっとお手洗いに、と席を外す程度だ。
んじゃ、次があるから行くけど、裁判終わったら連絡して? と去って行った。素早い。
茉里奈は着替えてきます、と二階に上がり際に、それは差し上げます、とタコ焼き焼き器を指さした。
えぇ。焼いたことない上にタコも無いよ。調べてみないと。
今日の入手品は、じゃがいもと茄子、業務用ギフトボックス(製菓用)だ。
その都度何となくの手土産を渡してきたけれど、ストックも増えて来たし、ここらで定番セットみたいなものを作って、いくつか置いておきたくなった。
ドアさえ見つけてしまえば直ぐに取りにこられるのだから持ち歩く必要もないし、腐らないというのも大きい。
ショートブレッドとハートパイ、グレープフルーツピールコンフィにパンプルジェットのセットかな。流石に羊羹とパンの耳ラスクは無いよな。色合い的にはミックスベリーを使って少し赤みを持った物で、スポンジのお菓子も入れたいけれど、型が無いからなぁ。今から作る時間もないし、追々か。
ギフトボックスを十個程組み立てて、クッキングシートを敷いてから配置を考えていたら茉里奈が降りて来た。
黒い、就活中でございますといった風情の、パンツスーツだけれど。
「靴は?」
「うっかりしてました」
そう言って持ち上げた片足には蛍光オレンジのスニーカーである。
「せめて他の色なかったの?」
「後はスリッパとサンダルしか無くて」
「私の履いて行っても良いし、浴衣くれた人のところにならあるかもしれないけど、見に行く?」
「是非!」
それじゃあ手伝ってと、ギフトボックスにお菓子を入れる作業を説明したら、バランスが悪いし、入っていても問題ないからとパンの耳ラスクも入れられてしまった。
私がダメだと思っても、茉里奈にとってはダメではない事もある。
そういう事なんだろう。解せぬが。
***
ドア移動で、直接コスの店に入り、事情を説明すると、案の定沢山靴が出てきた。
靴擦れ経験が無ければしないから、大きくて踵がパカパカしなければどれでも大丈夫ですよ、と、ハイヒールからローファーまで、スーツに合いそうな物をせっせと並べてくれたので、茉里奈もせっせと端から履き試している。
「やっぱり想像すると怪我をする?」
「みたいですね。私も良く分かっていないと言うか、考えていないんで言いきれませんけど、無意識の怪我は全然しないのに、危ないな、とか、今刺さったよね? とか思うと血が出るんで、そうじゃないかなって。こういうタイプの靴でこのサイズ感だといつも擦れるって経験則が足を引っ張るのって、生きてた頃と真逆だから勘弁して欲しいなぁ、と思ったのは最初の一ヶ月位でしたけど」
相変わらずの情報量の多さである。
「これが良さそうです」
とんとんと足踏みをしながら、茉里奈が鏡で最終確認をしていた。
無難なところに落ち着いたようだ。
コスはスニーカーでも活動的な感じが良かったけど、落ち着きで言うならこっちですよね、無難感あるけど裁判気分を盛り上げるにはその無難感がと、何やら言いながら他の靴を片付けている。
「ええっと、お借りします?」
どうしていいのかわからなくなったのか、茉里奈が小首をかしげると、コスはきょとんとした顔で茉里奈を見た。
「差し上げますよ?」
「そういう訳には!」
「一応、店なんで、お構いなく」
「和香さん経由で浴衣まで頂いていますし、これ以上頂くのは……」
「どっち?」
がっとコスがこちらに振り替える。
どちらの浴衣を渡したのかを聞きたいのだろう。
「旅館じゃない方」
「ちょっと待って、それなら今かつらを用意するから……」
「え? いや、ホントに、もう、これ以上は……!」
無双しそうだったので止めて、手土産のお菓子を渡し、今度茉里奈を着せ替え人形に貸し出す約束をして、靴は貰うで、話を締めた。
「え? 着せ替え人形って、え? えぇ?」




