45 豚肉と白菜の挟み鍋
「待たせてもらっていた」
帰宅した私を待ち構えていたのは大先輩だった。
え? 不法侵入じゃない?
「まぁ、そう言うな」
言ってはいない。
大先輩は、まぁまぁ、と言うように両手を上下させて笑っている。
店側から入ったので、そのままカウンターに座っていた大先輩の後ろを通り、厨房で手を洗ってグラスを二つ準備して聞く。
「濃いコーヒー飲んで来ちゃったから水を飲むけど、大先輩は何か飲む?」
「ふむ、初江王担当との面談帰りか」
濃いコーヒーで分かったのかな? 質問に回答が無かったので、大先輩の分も氷水を用意してカウンターに置いてみた。
「ありがとう」
大先輩は目の前に置いた水にお礼をくれる。
「ついでですから。……初江王担当って他にも居るんですか?」
自分でもびっくりするくらい硬い声が出てしまい、しまった、と思ったが、悪気がない事くらいは伝わるのだろう。大先輩は落ち着いた雰囲気を崩さず、一口水を飲んだ。
「泰広王担当よりも少ないがおりますよ。大抵は店をやっておりますが」
店。
「総合受付で飲食物を提供していた者達もそうですな」
じゃあ、結構多いな。
あれ? じゃ、店をやれって薦められたのって、勧誘? 盗みについて神様仏様枠レベルって知られてたって事?
「はは、ただの食い意地であろう。向いているとは思いますが」
「それは良かった、って、さっきから喋ってないんですけど」
ははは、と大先輩は快活に笑った。
待っていたという割に話を切り出してこないので、私は冷蔵庫からグレープフルーツの皮を取り出して、スプーンで白いワタ部分を削ぎながら、考える。
シアタールームの件だろうとは思うけれど、それよりも。
「佐藤さんから連絡があったんですか?」
「ああ」
「佐藤さんが一番怖い」
「そうであろうな」
「……泰広王担当って、そう言えば何部でなんて名前なんですか?」
「あれも移動部で鈴木太郎か鈴木花子になりますな」
「奪衣婆と泰広王」
「ああ」
「その流れだと地域部と娯楽部が懸衣翁と初江王が自然だと思うんですけど」
「地域部と娯楽部はこのままずっと顔を合わせ続けますからな。調査には向かない故」
「そう言われてみればそうなのか。大先輩は懸衣翁だと思ったんだけど、な」
「存在感が薄いと言われておりますが、しかし……そうでもなかったか」
「バケツリレーみたいに脱がした服を受け取って、重さを量るのでしょう? 対っぽいんじゃないかと。なにか貰うと良いと言われた後に貰って、頼るといいと言われてヒントを貰って、次は何でしょう? 程々じゃないと思われていたのかな? こっちも程々でって伝えたんだけれど」
大先輩は小さく笑って、腕を組んだ。
「アレからの連絡は一言『後は任せました』と」
うわぁ。佐藤さん。程々の結果が丸投げ。
「なんて返事したんですか?」
「承知」
「じゃあ、サクッとどうぞ」
「質問には答えましょう。考えてみてくれますかな」
この人もこっちに丸投げだよ。
無意識に手を動かしていたが、グレープフルーツのワタはすべて取り終わった様だ。
一度綺麗に洗ってから重さを量り、半分の重さの水と同じ重さの砂糖を準備してから、別の鍋に水を入れて火にかける。
「……最初の説明会で」
大先輩はちらりと目線をこちらに向け、頷いた。
「ノンプレイヤーキャラクターの一時しのぎが長期化すると人認識せざるを得ないって話があって。今思えば分裂体の話だったのかなって。
佐藤さん絡むなら子供だった魂って可能性もあるのかな? って思ったけど、まぁ、丸投げできるなら、分裂体の方なんでしょうね」
皮は出来るだけ大きさを揃えて千切りに、しつつ考える。
多分、私は、佐藤さんの分裂体が何らかの形で魂認定されて、最初の人生を終えたところなんじゃないかと、思いたくは無いけど、思う、ような気が、しないでもない。
「複雑な」
「複雑なんですよ」
そんな事言われましても、という気分だし、だから生まれ代わり条件が満たないとすると、何の為に魂認定されたんだかもわからなくなる。
というか、そもそも。
「私、人間なんですかねぇ」
鍋の湯が沸いたのでグレープフルーツの皮を入れる。
大先輩はふん、と鼻で笑った。
「地獄生まれが罪も無く輪廻に巻き込まれて人間であるか悩むか」
「うわぁ、大先輩引くわぁ。デリカシーって知ってます?」
「知らぬ」
さいですか。
「それでこっちに住めばって?」
「同胞はそうする者が多い」
はらからってなんだと思ったら、漢字を教えてくれたので、なんとなく意味は分かったけど、私から見たら、こっちで出会った人は、そりゃあ多少人の理からは外れる事が出来たけど、人間って感じがしたんだけどなぁ。
「ヤスヒロは、性格が悪かったであろう? アレなりに葛藤があったようでな」
ヤスヒロ運輸さん? 同胞? 眠らせようとしたり、殺させようとしたり、怖いなぁ、と思った事はあるけど、仕事はちゃんとしていると思っていたので考えていなかった。
どうやら、人間ぶりやがって、という八つ当たりも含まれていたらしい。
反省なし、担当者殺し、裁判放棄までしたら、生まれ変わり条件も悪くなるし、もうこっちに住もうかなって、なった可能性だってあった。のか。
危ないとは思ったけど、物凄い誘導の仕方だな。しかも、佐藤さん、高坂さんに近いと思う、とか言ってたけど、性格の話じゃなかったのね。
佐藤さん……分かりにくい……。
グレープフルーツの皮を湯から引きあげ、鍋に新しい水を入れて再度火にかける。
「あれ? アケル君は?」
「貴女が遭遇した同胞はヤスヒロだけですな」
「少ないんですか?」
「五官王担当に多い。普通に調査に来ます故、追々話も出来るでしょう」
「どちら様でしたっけ?」
「四七日、嘘の裁判官ですな」
嘘みたいな存在が嘘の裁判官に仕えてるってどんな冗談なんでしょうか。
もう、どうでも良くなってきた。
「もう少し真面目に考えてみようか」
はい。すみません。
って、あんたは私のお父さんかっ!
はぁ、このシステム迂闊に愚痴も吐けませんねぇ。早くお湯沸かないかな。
そんな事を考えてしまったら、大先輩はちょっと絶望的な感じで目が死んだ。すまないとは思っている。
とは言え、なるようにしかならないだろうし、あれこれ考えてもと、思うのだ。
裁判は続くし、裁判が終わっても生まれ変わり条件が整わないなら、ここに居るしかないし、そうしたら朝起きてご飯食べて夜寝る、間になにかする。
店をやってくださいと言われたらやるだろうけど、やりますか? と聞かれれば、やらない。
大先輩だって聞きはしたけど、住めとも働けとも言わなかった。
私は全力で諸々の責任を取りたくないので、言われた事以外はやりたくないのだ。
「言われた事しか、やらないではなく、やりたくない、でいいか?」
これは絶対何かのキーワードだとは思っている。
でも、それが何かは、自分ではわからない。
「他者がかかわる場合は、そうですね。言われた事がやりたい事とは限らないけど、まぁやりますし」
「死ねと言われたら?」
「あー、死ぬのは無理かな。殺される分にはいいですけど」
ふむ、と大先輩は腕組をする。
「明日の裁判についてはもう憂いはないのかな?」
「そうですね、神様仏様枠って話なので」
盗みの記憶は裁判の為の準備で、裁判に関してはコスからも勝ち認定を貰ったし、それ自体心配な部分は無い。
盗みの記憶が無かった事や、自分の生まれについて、不鮮明な部分があったので、その部分を不安には思った。
「元々は佐藤の分裂体が魂を持ち、人として人生を終え戻って来た。
通常の人では無かったが故に、幼少期に大多数と異なる成長の仕方だった。
まとめてしまえばそれだけの事。今もまだ不安だと思うかな?」
言われてみればそれだけなので、私は首を横に振った。
不鮮明で不安だっただけで、理由が分かれば不安はない、と思う。
「全ての事柄が明確であれば安心だろうか?」
ちょっと考えてみたけれど、それはそれで違うと思った。
良く分からない事は案外多いのだ。
例えば、呼吸をする、という行為ですら、私には良くわからない。
苦しいし、しないと死ぬので息をしていたが、人体の事も、酸素の事も、私は詳しくない。
肺でしょ? とか、木でしょ? 位で構わない。
「生まれ変わり条件は、遅くとも裁判が終わる頃には達成出来るとされていますからな。裁判に取り組み、準備として調べ、出生を知った。順調だと言える」
「ああ、そうですね。裁判が無ければ調べませんでしたもんね」
「裁判を、どういうものだと思っている?」
最初に思い浮かべるのはやっぱり犯罪だろうか。権利や離婚なんかでも裁判はあるし、対立するAとBに対して第三者にそれぞれの理由を聞いてもらい、どれだけの罪があるかや、どちらにより権利があるかを決める、って感じかなぁ。
裁判にはならずに弁護士同士の話し合いで終わるって話も聞くし、そうすると裁判所の役割って最終的な決定とか、調整内容の確定、って事なのかな。
改めて聞かれると説明が難しい。
そういえば、生殺の裁判は一般的認定で終わったけれど、あの時、蜘蛛の糸的な救済話無かったよな。調整済みって事なのか、そもそも罪しか見ていないのか。
弁護士付けられないのかしら。
そしたら丸投げできるんだけどなぁ。
おっと。お湯が沸いたのでグレープフルーツの皮を鍋に放りこむと、大先輩は指で眉間を揉んでいた。
「すみません」
一応謝った。
「良いなら良い。他には?」
「グレープフルーツの皮の茹でこぼしを二回か三回か悩んでます」
「ご随意に」
少し呆れられつつ、それでも最後には笑って、大先輩は帰って行った。
懸衣翁が他にどれくらいいるのか聞きそびれたな。
そんな事を思いながら、グレープフルーツの皮の茹でこぼしは二回で終わらせて、先に用意していた砂糖入りの鍋に入れて弱火で煮る。
良く分からないけれど、なんだかすっきりしたので、のんびり夕飯の支度でもしますかねぇ。
ぐっと伸びをして、冷蔵庫を開け、献立を考える。
必要な材料を取り出して、手順を考えつつ、と、これから電子レンジを使うから、先にご飯を温めて炊飯器で保温しておかなくては。
グレープフルーツの皮の方が透明になって、シロップ化した水分が絡んできたので、汁気を切りながら天板に並べて、オーブンに入れて百二十度四十分。
こっちはほっといて、始めますかね。
セロリは斜めに薄切りして塩をまぶして置いておく。
長ネギのみじん切りを醤油に浸して、一味も少々入れて、これはタレで完成。
ざく切り白菜と薄切りの豚肉を順番に重ねて、昆布だしと少量の水で蒸煮。
お味噌汁用に大根は細切り。
豆苗は四等分位に切って、グレープフルーツの実と合わせて、オリーブオイルで和えて、盛り付けてから塩コショウかな。
セロリを絞って水を出して、少しだけお酢を足して漬物枠完成。
本日のメイン、豚肉と白菜の挟み鍋は、少し深さのある皿に一人前づつ盛って、タレとして、ネギ醤油と、お好みですり下ろしたニンニクを入れられるように準備すれば完成。
お味噌汁は大根に火が通ったのを最終確認して火を止めてから味噌を入れて、完成。
ご飯をよそって、と。
「お疲れーっす」
来ると思ったよ、このタイミングの良さ。
どこかで見ているとしか思えない。
「お疲れ様」
「暖簾出てなかったからいないのかと思って焦ったっすよ。お! 夕飯も旨そ!」
「大先輩来てたから忘れてた! 茉里奈も連絡無いし今日の夕飯サシ食いだよ。手洗って来て」
軽い調子のアケル君とご飯を食べる。
やっぱり説明をしないで食べさせるとおかしなことになるらしく、
「バラバラになっちゃったロールキャベツと、何だっけ? ウリ? ウリの漬物と、グレープフルーツは昼間食ったから分かる。一緒に入ってる緑のは……デザートだからミントっすよね?」
とか言っている。
なんだかなー、とは思うけれど、旨いっす、と良い笑顔で言うので、旨けりゃどうでもいいか、と心の底から思った。




