38 ホットなケーキ
『カタン……パタパタパタ……』
二階から茉里奈が起きて活動している音が聞こえて来た。
私は一階の掃除を終えて、朝食の準備をしようと材料を並べていたところで、一応、と思って二階に声をかける。
「茉里奈ー? 起きたー? おはよう」
「はーい! 起きれました! おはようございます」
起きれましたって、実験の気持ちもあったのか。すげぇ度胸だぜ! って茉里奈は失敗しても終わらないから出来る所業だろうけど!
と、ろくでもない事を思いながら、保存袋に、小麦粉、ベーキングパウダー、砂糖、卵、牛乳を入れて、揉む。
オーブンを予熱、天板にクッキングシートを敷き、保存袋からよく混ぜた生地を流して焼き始める。
顆粒コンソメとミックスベジタブルでスープと、サラダに茹でたソーセージを添えて、飲み物はお湯だけ沸かして好きなものを選んでもらうとして、私は薄いコーヒーを入れた。
「おはよーございまーす」
アケル君が普通に元気よくやってきたので、挨拶を交わし、飲み物を聞いて出す。アケル君もコーヒーだ。
「寝れなかったっすか? 夜っぽい顔してる」
目くばせで茉里奈が起きている事を目で確認し合ってからアケル君が聞いてくる。無かった事にはしない様だ。ちょっと意外だった。
「寝る気がしなかっただけ。どうせ寝ようと思えば寝れるでしょう? 茉里奈にあげようとしていた海外ドラマのDVDボックスを見てしまったんだけど、これがまた面白くて」
ふはっと形容しがたい笑い声を漏らして、アケル君はそら良かった、と呟いた。
お風呂からあがって、さて寝る時間か、と思った途端に怖くなったのだ。もしも起きれなかったらどうしようか。と。DVDボックスを頼んだ一昨日の私を称賛したいくらいには、考え事もせず楽しんで朝を迎えた。
全然楽しい内容じゃなくても楽しいのって何なんだろうとは思ったけど。主人公ボッコボコだったよ可哀そうに。
全く眠くもならず、徹夜をすると朝方に頭痛がする性質なのだが、それもないので、また夜にでも続きを見ようかな。
「いいと思うっすよ。本読んだり、テレビ見たりすんのって、自分以外のモノ見るって事だと思うし。今まで腑に落ちてなかった事とか急に腑に落ちる瞬間があったりとかして、他所から見たら遊んでるように見えても、得られるモノってあるんすよね」
アケル君はこっちに来て働きだすまで、十三年間は娯楽カテゴライズにどっぷりだったから、と笑った。
「最初はテレビ、間に雑誌とか読み漁って、映画見たり、飽きたらゲームして、体動かしたくて高層ビルに登ったりもしたっすね。落ちて死んだりするのも面白くって」
こいつ大丈夫か? と一瞬思ったが、ヤスヒロさんもコスも殺される事をなんとも思っていなかったし、そういう感じだから今があるんだろうな。
オーブンから天板を取り出し、焼けた生地を切り分ける。
茉里奈も降りてきて、既にコーヒーを飲んで落ち着いているアケル君にびっくりしつつ、自分の紅茶を準備してから運ぶのを手伝ってくれた。
「「「いただきます」」」
茉里奈は取りあえずそのまま食べてからバターだけを付けて、アケル君は初手からメープルシロップもバターもどっさりとつけて、私はなにも付けずに食べ始める。
「ねぇ、これってなんだと思う?」
「ホットケーキじゃないんすか?」
「朝だし、私はパンケーキの方がしっくりきますけれど」
「でも天板に流してオーブンで焼いたんだよねえ」
「うーん、ただのケーキですかね? それこそホットなケーキ?」
「謎だよね」
「どっちでもいいっすよ、旨ければ」
食事中は茉里奈が眠っていた事には触れず、食べ物の話や、茉里奈からのプレゼントのお礼と、DVDボックスの話なんかをした。昨日から見始めてしまったと謝ると、嬉しいですと笑う。見たことが無いドラマだったらしく、見終わってからまとめて渡す事になった。
カジキマグロが、色々アレンジが出来そうだから選んだだけ、だったのがちょっと寂しい。リクエストがあれば張り切ろうと思ったんだけど。
「昨日は済みませんでした」
食後に改めてお茶を入れたタイミングで茉里奈は切り出した。
アケル君はまた後でくるっす! っと早々に退散している。
「うん、びっくりはしたけど」
「私、一生懸命生きていたんです」
「うん」
「次の生まれ先の為に、裁判でお話を聞いたり、考えたりする事が必要なんだろう、とは思い至ったんですが」
「うん」
「なにもかも忘れて空っぽの状態で生まれるんなら、今のこの時間がとても無駄な様に感じて」
「うん」
「どんな環境でもゼロからなら、それが普通の事で、良いも悪いも無くて、そこから一生懸命生きていけると思うんです。やり直せない生前の罪とか、反省する気持ちとか、そういう事で変化する考え方とか、引き継がれないなら、本当に、どうしてここに居なくちゃならないんだろうって」
「うん」
「だから和香さんが食事を摂ったりしてるのも、煩わしく感じてしまったり、峰岸さんが楽しそうにしているのも……」
茉里奈はそこで目を伏せた。
「峰岸さんの事は本当に分かりませんでした。彼女の生まれ変わりは強制的な物だし、罰を受ける事も決まっていて、恐らく覆らない。それならもう裁判にも出なくていいと思うけれど、楽しそうに友達を作ったりしていて……あまり仲良くなるとって、そう思って気が付いたんです」
ゆっくりと話す茉里奈の言葉に、私も生前の彼女の周りにいたであろう人々の事を思う。
どうせ長くは生きられないと見て、そんなに頑張っても意味がないのにと思う人。
少しでも楽しく幸せに過ごせるようにと、手を尽くして、寄り添って、死に絶望する人。
鈍感に、ただ生活ですれ違うだけの普通の人。
そんな生前と変わらずに、死んでもそこにあり続ける他者。
ぐっと、茉里奈はこぶしを握って言うのだ。
「前世の記憶を引き継いで短い寿命を理解して生まれ変わったようなものですよね! 私、ここでも一生懸命生きようと決心しました」
ぱーどん?
「た……」
「はい!」
「大変喜ばしい事ですね……」
「ええ、本当に! 夢で白雄大先輩と沢山お話をさせて頂きました。やっぱり世の中に何もないなんてことは無いんですね」
「うん、そう、そうね」
勢いはないし大きな声でもないんだけれど、そのきっぱりと断言する姿勢に気圧される。
でも、確かに、と思うのだ。
死んで生まれ変わったと言っても過言ではない。
彼女は記憶を失い一から始める人生を楽しみに、楽しく過ごしたらいい。協力は惜しまない。
取り合えず夢に介入したであろう大先輩にグッジョブだ。
そうして、なにが出来るか模索しますと、茉里奈は明るい笑顔で出かけていく。
私?
背中に『起こせ』って書いた紙貼り付けてカウンターに突っ伏して寝るよね。
一ミリグラムも迷う事のない不貞寝。
***
「……おーい」
揺り起こされた。
「んー。アケル君、配達?」
「なにがどうなってんすか?」
貼り紙をおでこに貼り付けて、アケル君はトントンとカウンターを叩く。
「どうにもなってないよ。茉里奈が野望に満ち満ちたメラメラネイティブ十代過ぎて不貞寝してただけ」
「ちょっとなに言ってんだかわかんねっす」
「大先輩に大感謝だからまた手が空いてたら家にでも連れて来てくれればご飯くらい出してご恩返し的にドヤるからむしろ逆に恩を感じて色々便宜を図ってくれたりはしないのだろうか」
「息継ぎをしろ。そして腹黒い」
アケル君は苦笑いを浮かべて荷物をカウンターに並べ始めた。
「茉里奈嬢が、結束用マジックテープとソリッドステートドライブと、なんか、草」
「草? それ豆苗。食材」
「じゃ、和香嬢への献上品っすかね。で、こっちが和香嬢が頼んだノートパソコンと電気ポットとニンニク」
「ありがとう。ちょっと待って、今、復活ののろしが上がるとか上がらないとかするから」
カウンターから体を起こして立ち上がり、伸びをする。
「ん? とじたりしまったり?」
「あけたりひらいたり? 上がったり上がらなかったりなら正しくオンオフじゃねっすか?」
不毛な。と笑って、ノートパソコンをアケル君に押し付け、ついでにイイ感じに設置して私の携帯端末から遠隔操作できるようにしてもらう。
茉里奈の荷物は部屋の前に置き、豆苗は保存容器に水を張ってカウンターに置いて、ニンニクは棚から吊り下げた。
アケル君も丁度作業が終わって、携帯端末を返してくれながら言う。
「チョコとマシュマロが並んでるとヴァレンタインとホワイトデーが並んでるみたいっすね! 貰ってきまーす」
昨日貰ったチョコとマシュマロは小さ目の瓶に入れてカウンターに置いてあったのだ。
チョコの方の蓋をかぽっと開けて二~三個つまんでアケル君はそそくさと帰っていく。
無かった事にはしないけど気まずいは気まずいのかな。見た目若いけど中身おっさんだしな。
開けっ放しの蓋を閉めて、一通り携帯端末からパソコンを操作して満足した私は、ついでに佐藤さんにメールを入れてみる。
『もう到着した?』
相変わらずすぐに返事が来た。
『まだですが、今日中には着くようです。
次の死者も冗談が通じるタイプだといいのですが、資料を確認する限りそうも行かないようで、憂鬱です。
そちらは同居、楽しんでいますか?』
そもそもどこまでが冗談なのかもわかりにくかったんだけど、無自覚なのかな。
『普通の冗談なら通じるんじゃない? 頑張って。
同居は普通。本当に同居って感じ。
でも、今日から物凄くやる気を出していたから、面白い話は聞けるかもしれない。
そういえば地域部の白雄さんって大先輩の山田氏、知ってる?』
長いと知っているものなのだろうか?と思って一文付け加える。
『存じてますよ。高坂さんの担当なのですか?』
『私担当の先輩で、ご飯食べに来たんだよ。
同居人の夢にも出て来たって言ってたなぁ』
『そうですか。
とてもいい方ですけれど、たまに人間の常識が通じない事がありますね。
害するつもりは無いですけれど、少々愛が重いかもしれません。
その場合はその旨はっきりと伝えれば完璧に対応してくれるので、頼りになると思いますよ。
良い方と縁が出来て良かったですね。』
『そうなんだ。困ったら頼ってみるよ。ありがとう!』
『どういたしまして。
こちらこそご連絡ありがとうございました。
ではまた。』
愛が重いとは? と首を傾げながら、今日のやり取りは終わりかな、と携帯端末を置いた。
さて、シアタールーム、リベンジしますかね。




