37 ひとくちミルフィーユカツ定食
『再生を終了します。再度再生する場合はテーブルにあるリモートコントローラーをお使いください』
アナウンスが流れたので部屋を見渡すと、一人用のソファーとテーブルがあり、テーブルの上にはリモコンが置いてある。
久しぶりに省略してないの聞いたな、リモのリモートは変わらないけど、コンの部分は、コントロールかコマンダーでもいいんだったっけ、とリモコンを見れば、再生と停止ボタンだけのシンプルなものだ。
ソファーに座り、ため息を付く。ほとんど無意識に吐いた息に、行き処のない心のもやもやを感じて、軽く手を振って頭をかいた。
私っぽい内容の会話をする、私がしていない会話。別に聞かなくても困らなそうな内容ではあったけれど、確かにあんな感じになるのだろうと思う。
あの時は勝手に大先輩が会話をすり替えているような風だったけれど、そこに私の意識は介入していない。気が付いて聞いたから分かっただけの事で……ああ、そう言えば佐藤さんから似たような話を聞いていたな、と思い出した。
複数人に死んでも一緒になりましょうと約束をした場合、疑似的な存在ではあるが各々にほぼ本人が現れるのだ、と。
何人も同じ人が存在する状態、か。魂はひとつと言う話ではあったから、あくまでも疑似的な存在として、第三者にだけ見える蜃気楼や白昼夢のようなものなのかな。分裂とはまた考え方が違うような気がする。
誰も困らない様に、疑似的に、魂は一つで、存在は複数。
パズルピースを形や色でざっくり振り分けるように言葉を拾っていく。
今、私が接している人たちに魂はあるのだろうか? 人間は本当に一人きりになると精神に異常をきたすと聞いたことがある。ある程度の人との接触が必要? 死んだって生き返る位だし精神崩壊を引き起こしたところで、期限が来れば、生まれ変わる条件はともかく、強制的に生まれ変われるんじゃないの? わざわざ人を振り分けてグループ分けしたりする事に意味がある? 意味があるなら生前好きだった人の疑似存在で埋めて、裁判だけサクッと終わらせて地球に戻せばいいんじゃない? なんだってまたそんな面倒を? 合理性だけを考えるならそのまま放っておけばいい。精神崩壊で裁判スキップ、強制新人生、合理的。
あ、そうか、それだと私生まれ変わり条件満たしてないから、このまま未達で精神崩壊すると治る見込みも生まれ変わる見込みもなく、訳の分からないまま……どうなるんだろう?
ぞわり、と鳥肌が立つような感覚に腕をさする。
『再度再生する場合はテーブルにあるリモートコントローラーをお使いください』
長考していたようで、再度アナウンスが流れたので、私は慌てて立ち上がり、部屋を出る。
盗みについて期間を限定して見ようと思っていたのだが、なんだか気が気じゃなくなってしまって、シアタールームの受付付近にある椅子に座って手を組んだ。
ちょっと落ち着こう。
考えないようにしようとすると、考えないように、と考えてしまうので、それなりに気合が必要だ。
はい、私は今からなにも考えません! と意識して深呼吸、組んだ手の親指をぼんやりと眺めて思考を切る。
……本日はどのような映像を……七番の桜色の扉をお使い……かしこまりました……プリントアウト出来ますよ……ピンポーン……二十四番の若葉色の……
しばらく“無”状態でいると、大抵いつも音声で引き戻される。
ざわり、と表現されるような不特定多数の音声が少しずつ入ってきて、はっとするのだ。
職員の声と機械音だけ聞こえるからやっぱり制限されているのかな。親指の爪を見ながら、そういえば爪も伸びていないな、と思ってから立ち上がる。
受付の人と目があったので目礼してシアタールームを出た。
もう頭はぐちゃぐちゃだ。
出口の扉を開けて自室の扉を閉める。
すのこベッドに倒れこむように転がって、このまま裁判まで眠ってしまったら楽だけれど、と、壁の向こうで眠る茉里奈を思う。
茉里奈は問題ない。条件を満たして、裁判を受けなくても生まれ変われるのだろう。
そして裁判をスキップするつもりは無いのだ。
頭が回る分可愛げがねぇ、とアケル君は言ったけれど、凄いな。全然考えてなかった。やっぱり私は考えるの苦手なんだろうな。腑に落ちないし解せぬけど。
考えるのが苦手な分聞けばいいかな。どうせアケル君は夕飯を食べに来るのだ。
なにか美味しいものでも作って食べれば気分も変わるはず。
私はもうワンセットの作務衣についていた前掛けを取って一階に下りた。
一番大きい鍋にお湯を沸かしながら手順を考える。
豚肉は出来る限り薄く切る。ほとんど削ぐ様にして切ったし、形も不ぞろいだけれどまぁいいだろう。
フォークでぐさぐさと刺しまくってから、コンソメと塩を軽く振って、重ねて形を整え、ラップをして冷蔵庫で寝かせておく。
食パンを耳ごとハンドブレンダーで粉砕してこちらも大皿に広げて置いておく。
大根を二センチ位の輪切りにしてから皮を剥き、レンジに入れて、皮は細く細く切って、白菜を一口大のざく切りにしたものと一緒に保存袋にいれて、鶏だし顆粒、砂糖、塩、酢、なんとなく気分でごま油少々を入れて軽く揉んで、冷蔵庫へ。
小鍋に鰹節粉とみりんと醤油で煮汁を作り、レンジから出した大根を入れて弱火で煮ていく。
小鍋を味噌汁用にもう一つ。さいの目切りした豆腐と斜めに切った長ネギ、こっちは軽く沸かしたら火を止めて仕上げは後だ。
深めの鍋にニセンチ位油を注いで、小麦粉と水と卵でバッター液を作って、寝かしていた豚肉を一口大に切って、バッター液、粉砕した食パン粉を付けて、揚げていく。
冷蔵で増やし続けているご飯はレンジで温めてから炊飯器に入れて保温。
どんどん揚げて、網が無いからザルに置いて油切り、味噌汁は再度沸騰させてから火を止めて味噌を入れる。
白菜と大根の皮の漬物は小皿に、おでん風に煮た大根は小鉢に、平皿にサラダミックスとミニトマト乗せてからひとくちミルフィーユカツを乗せて、味噌汁とご飯をよそえば完成だ。
食洗機に使ったものを入れて稼働させ、片付けていたらアケル君が来たので、完成させてカウンターに並んで座る。
一通り食べ物の説明をしてから、いただきます、と手を合わせて食べ始める。
「テレビかパソコンを一階にも置こうかなと思って」
「それならパソコンじゃないっすかね。テレビも見れるタイプのやつ。ラジオも流せるし」
「置き場に悩むなと思って。カウンターに座るなら厨房の棚だけど、作業しながら見たいし、そうするとカウンターか突き当りの壁でしょ? テレビならリモコンがあるけど、パソコンだと操作しに行かなくちゃならないし」
「携帯端末と連動させればいいじゃないっすか」
ぽそぽそとそんな何気ない話をして食事をした。
アケル君は本当に相変わらずといった感じで、旨いっすね! と言いながら食べてくれたけれど、ぐちゃぐちゃした気分は晴れず、質問したい内容も、探るような、少し意地の悪い言い回しになってしまいそうで、何度か言いかけてはやめていた。
「あ、でも……うーん、まぁいいや。食後のお茶は何飲む? お酒でもいいけど」
「水で良いんで、ちょっと座って。聞きたい事聞いてもらった方が気が楽っす。空気悪いっすよ?」
食器を片付けて厨房側にいた私に、ポンポンとカウンターを叩きながらアケル君は言う。
「空気悪い? 換気扇付けようか」
「そーゆーんじゃなく。なんか重いっすよって」
「ああ、ごめんね」
「いっすよ」
ですよね、と思いながら、コップに氷と水、レモン汁を入れてアケル君の隣に座る。
「ちょっと説明が難しいんだけど」
「はい」
「分裂してる時って、自分はどこにいるの?」
「今はここに居ますね。あれ? 分裂数は言いましたっけ? 自分は四体なんすけど、ニ体は配達中で、一体は受付してますけど、あー、テレビ画面を十字に四分割してる感じで、どの部分を一番見てるかで所在地が変わるんすけど」
アケル君は、大先輩が言っていた監視カメラの形で分裂しているのだと言った。
会話がテンプレで済むような場面に三体動かして、少し話がそれた場合は、キーワードを使って本体に知らせ、切り替えたりもしているという。
「っつっても人に寄りけりですよ? 十体位分裂させて、本体は家に居るってヤツもいるし。会話の蓄積が多ければ放置しといて、問題が起きた時だけシアタールームに確認しにいくとか、それぞれのやり方でなんとなくなんで」
「ええと、分裂の仕方は多種多様という事なのね」
「そっすね。分裂したいんすか?」
「そういうんじゃないんだけど、昨日分裂していないのに私が私っぽく話していたじゃない?」
「ああ、音声だけ挿げ替えたやつ。あれは自分出来ないんすよねー。何度聞いても意味不明で」
「意味不明なんだ」
「音声情報のみ分裂って考え方みたいなんすけど、例えばラジオドラマを複数同時に聴いてもどれかひとつしか聴けなくないっすか?」
「それ、私的には映像でも一緒なんだけど。部分的にしか入って来ないと思う」
「視覚情報と聴覚情報を合わせてなら部分的に入ってきてもなんかわかるじゃないっすか。叫び声だけだとびっくりして終わりだけど、胸倉掴んでんのも見えたら喧嘩かな? って思うし」
「え? 取っ組み合いの喧嘩に発展する様な事があるの?」
「無いっすね」
例え話とは? と心の中で突っ込みを入れて、水を飲む。
「魂は一つなんでしょう?」
「そっすね」
「分裂体に魂はないのよね?」
「ないっすね」
「魂の有り無しを見分ける方法はあるの?」
「ないっす。それこそ昨日の音声分裂と同じ感覚で、本人にしか分かんないっすよ」
「本人の意思に関係なく分裂している場合は?」
「意志に関係なく?」
通じなかったので、“複数人に死んでも一緒に”話をすると、アケル君は合点がいったのか、ああ! と笑った。
「あれは分裂してんじゃなくて、受け手側が見てる虚像だから関係ないっすよ」
やっぱり分裂とは違うようだ。
「虚像と本体を見分ける方法は?」
「受け手側が消えろって思えば消えるっすね」
「消えるの?」
「思い込んでるだけなんで。でも本当に本人の虚像だから、受け手の思惑に反した行動取られたりしてキレて、どっかいっちまえ! って思ったりすれば普通に消えちゃいますよ。触れるし喋るけど」
「じゃ、アケル君。消えて」
バンッと指拳銃でアケル君を撃ってみたら、目の前からアケル君が居なくなった。
え? と思ったら肩を掴まれる。
「そーゆー冗談は止めた方が良いっすよ。乗っかる自分も自分だけど」
後ろからアケル君が笑って言うので、取りあえず泣いた。
良かった、居た。
「流石にビビるけど。自分でしかけといて泣くとか」
「無いよねぇ」
済みません、情緒不安定なもんで、と私も笑う。
「で?」
ぐしゃりとアケル君が頭に手を置いてきた。
「私がトリガーを設定せずに裁判をスキップして眠り続けた場合、どうなるの?」
アケル君の手が一瞬だけピクリとして、その後わざわざ両手でわしゃわしゃと頭を、これは撫でてんの? なんて言うの? 私は大動物かなにかなの?
ぱっと手が離れたので、髪を整えながら睨みつけると、肩をすくめている。
ああ。
言いにくいのだ。
「どうなるの?」
重ねて聞く。
「別に、そっちは寝てる間に全部終わるんだからなんでもねーよ。こっちは夢に介入してなんとか生まれ変わり条件を達成させる努力はする」
「努力」
「しないよりいいだろ」
「死んだら人生終わったけど、死んでも魂終わってなかったみたいな」
「分かってんなら起きてろって話。飯食いに来るし」
「努力します」
「あ、そ。じゃ、帰るわ。ごっそさん」
「お粗末様でしたって、なにその展開の速さ!?」
アケル君はパタパタと手を振って、
「あー……落ち込んだ女と泣いてる女すっげ苦手なんだよ、俺。また明日な。お休み」
と、そそくさと帰って行った。
そらあんたモテねーわ。
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死亡 十日目(四日目)
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入手品:食洗機用の洗剤/キャニスター/カジキマグロ/ベーキングパウダー/牛乳/海外ドラマのDVDボックス/食洗機/チョコレート/マシュマロ
朝食:クランペット
昼食:ツナサンド
夕食:ひとくちミルフィーユカツ定食




