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今日も何かを食べています  作者: 弓軸月子
第二章

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36 チョコレート・マシュマロ


「あれー、この間の? いらっしゃい」


 作務衣に着替えて、家から駅までの道をゆっくり歩いていくと、前回と同じ場所にお店はあった。

 私の周りをくるくると回って上から下まで眺めたあと、少し距離を取って、あごに指を添えて何度か頷いてからまた近づいてくる。


「こっちの作務衣は足袋と半纏もあったでしょう? サイズ合いませんでした?」


 しまった、完コピ系の人だったか。

 冷や汗をかきつつ素直に謝る。


「足袋は長いやつだったから面倒で。半纏は特に意味は無いんだけど、着てこなかった」

「ビーチサンダルか。せめて下駄か雪駄ならそれなりかな。あ、こちらにどうぞ」


 怒った様子もなく席をすすめてくれた。

 サイズやトータルコーディネートが気になったのかもしれない。


「今日はどうしたんですか? なにか欲しい物でもありました?」


 サンドイッチが入った紙袋を渡しながら答える。


「お出かけついでに、着てみました! ってのと、お昼ご飯の差し入れに」

「わぁ! ありがとうございます。人が着ているの見るとやっぱり嬉しいです」


 それから紙袋の中身を見て、少し黙ってから、やっぱり奥に行きましょう、と、立ち上がって、部屋の隅にある扉を開けた。

 給湯室っぽいイメージのミニキッチンと、三~四人で食事がとれそうな木の丸いテーブル、スタックできる木の丸い椅子が置いてあり、多少飲み食いをしているのか、カップと木製の菓子器らしきものが置いてある。


「コーヒー大丈夫ですか?」

「大丈夫」

「エスプレッソしか入れられないから、お好きならそのまま、お湯で薄めてアメリカーノ、牛乳で割ってラテ、どれにします?」


 そう言いながら直火式のエスプレッソメーカーに水を入れ、挽いた豆を入れ、火にかける。流れるような動作だ。


「そのままで」


 カップはデミタスではなかったが、普通よりやや小さめの、焦げ茶色のつるんとしたカップで、シュガーポッドは木製の茶筒みたいなシンプルなものだった。床も板張りだし、壁紙はアイボリー、なんだか部屋が全体的に茶色い。

 おしぼりも出してくれて、菓子器の蓋を開けると小分け包装されたチョコレートとマシュマロが入っていた。

 マシュマロをカップに入れる彼女を見ながら、私もチョコレートを齧りながら、コーヒーを飲み、名前を聞く。


「今更ですけれど、高坂和香です。お名前伺っても?」

「殿山衣子です。シルクじゃなくてコスチューム、衣類の衣できぬこです。実家が手芸店で、一から了まで良い衣が着られる衣子って、まぁ食うに困らない系の名前ですね。おかげさまであだ名もコスでしたね。どうぞコスと呼んでください」


 紙袋をハサミで切り裂いて、ランチョンマット状態にしながらアルミホイルをめくってサンドイッチを確認している。マイペースだな。


「裁判に異議ありで上告審待ち中。後三ヶ月で裁判だけど、まだまだ衣装作りも飽きないし、しばらくこっちにいようかな、と。死因については十八禁通り越して二十四禁でも少々厳しいような極めて間抜けな最後だったので、秘密、ということで。

 いただきます」

「え? 食べんの?」

「え? ダメなんですか?」

「その流れで食べるのかと思ってびっくりしただけ。どうぞ、召し上がれ」


 一気に自己紹介をされたけど、二十四禁でも少々厳しい間抜けな死に様が激しく気になる。そう言えば凄くスタイルも良くてお人形さんというような顔立ちだし、調べたら情報が出てきたりするのかしら。

 コスはもぐもぐと一つ目のサンドイッチを平らげて顔を上げた。


「高坂さんの事はニュースで知りましたけれど、生きていれば同い年ですね。ああ、コスプレに年齢は関係ないという事は重ねて申しておきましょう。こっちは歳が上の人ばかりですから物凄い確率の低い事ですよ、同い年」


 マイペースに繰り出される言葉の情報量が多すぎる上に、あまり話を聞いている雰囲気がないので、返答に困り、何となくで頷いておく。

 考え事でもしているように、黒目を上に向けながらセロリをポリポリとかじっているのを見ていたら、にやりと突然笑って、それから取り繕うようにさっと無表情になった。

 奇妙。


「思い出し笑い?」

「気にしたら負けです」

「なにに?」

「好奇心とか?」

「むしろ好奇心が勝って……そうか、負けたことになるのか」


 特に焦ったり、嫌な感じでもなかったので、コスが食事を終えるまでそのまま無言で過ごす。

 食べ終わってごちそうさまでしたと、ニコッと笑って、片付けをしてからコーヒーのお代わりを聞かれたので、今度はアメリカーノでお願いした。

 コーヒーを入れている最中にほっと溜息をついていたので、あれ? と思う。


「分裂してた?」


 思わず口にした言葉に、コスはゆっくりと視線を合わせてきた。ギギギと音がしそうなギクシャク具合だ。どうやら分裂していたらしい。地獄住人の特殊技能で人間辞めてないと出来ないのかと思っていたが、認識が違ったのかな。


「……はい」


 ややあって、観念したように眉を下げて返事をくれた。


「店先とここの二体同時だけなんですが、その、初江王しょこうおうの仕事がありまして」


 言い訳のような響きでそう告げる。

 なんとまた向いて無さそうな。


「ヤスヒロ運輸みたいに殺されたりしない?」

「ヤスヒロ運輸……!? いえ、その、盗みについてなので、あまり、殺されたりとかは、本当に、ごくたまに、なので」


 絵に書いたようなしどろもどろ感だ。なんだか目まで泳いでいる。面白い。


「たまに殺されるって事は、入店してくるのは分類された死者だけじゃないってことだよね? 盗みの調査って何を見ているの?」


 参りました、と一度両手をあげてから、コスは諦めたように話してくれる。

 欲しい物があれば持ち帰っていい、に対する対処を見るのだそうだ。

 欲しい物を告げて確認して持ち帰る人、告げるだけの人、物々交換の為に持てるだけ持ち帰ろうとする人、欲しいけど遠慮しますと持ち帰らない人、欲しい物が無いから作れという人、まぁ、色々ですよ、と。

 どうせ死なないんだから二十四時まで死んでてくれと矛盾したことを言って殺してくる人も居るらしい。

 正しく強盗のような死者が持ち去った衣装は生き返ると同時に何事もなかったかのように戻っているのだそうだ。

 そういった死者がどうなるのかは、詳しくは知らないが二度と遭遇しないとだけ言っておきましょう、と締めくくる。

 私の調査結果が私にとって良い物だと嬉しいんだけど、と問えば、曖昧に微笑まれた。

 向いて無さそうと思ったけど、そうでもないのか?

 まぁいいじゃないですか、と小さな保存袋にチョコレートとマシュマロを入れて渡してくれる。

 これでお話は終わりって事?

 と思った通り、


「お出かけついでなんですよね? どちらに?」


と話題を変えられてしまった。

 シアタールームに行くと告げると、忘れていて思い出したい事とかあると便利でたまに行きますよ、と教えてくれて、タイトルの思い出せない本や、凄く美味しかったけれど何を食べたか思い出せないメニューとかって、記憶が曖昧だとノスタルジーだけど、鮮明に回想出来るとただのインデックスで残念ですよね、と、感想も述べる。

 やっぱり発言に情報量の多い人であった。

 シアタールームへ行く為のドアも開けてくれて、それじゃあまた、と言って、追い出される。

 峰岸さんに通じるものがあるな、と、閉じかけたドアを振り返りながら、


「お土産までありがとう。またね」


と、挨拶だけ滑り込ませた。




***




 そして目の前にはシアタールーム。

 展望台と同じように、円形の建物には不自然にドアが乱立し、中央に受付がある。

 驚いたことに、ぱらぱらと人も居た。騒がしくはない程度で、並ばずにすぐ受付に声をかけられた。


「すみません、初めてなんですけど」

「ようこそシアタールームへ! 本日はどのような映像をご希望ですか?」

「二つ見たいのですが、可能ですか?」

「一つづつの受付になります。まずはお一つご覧になって、再度受付までお越しください」

「ではこちらに来てからの、昨晩の映像を見たいのですが」

「かしこまりました。それでは三番の黄色い扉をお使いください」

「入ればいいんですか?」

「はい」


 これ絶対分裂体だよな、と、テンプレートのような説明に頷いて、手で示された扉に向かう。


 扉を開けると、タイムスリップでもしたかのように、昨晩のあの場面に立っていた。




***




『分裂して五体同時出現とかされなければ』


『ゴッ』


 そこでぴらりと紙が上から降りてきた。

 上を向こうとしたら首が動かないので紙を見る。


[右手を上げる:記憶を再生する/左手を上げる:第三者目線を再生する]


 記憶を再生すると大先輩との会話が見れるって事かな? だとしたら第三者目線か。

 書かれたとおりに左手を上げてみる。

 スッと紙が上に上がって行き、パッと視界が変わって、目の前でアケル君が頭を押さえていた。

 ピントが合ってないけど、あの中肉中背の特筆すべき点の無いゆで卵みたいな顔をした女は多分私だろう。

 茉里奈の目線で再生されているようだ。

 目線が手元の携帯端末に向けられて業務用食洗機の性能比較をせわしなく確認している。


『ははは。だが今日お邪魔した三人なら区別は付きやすいでしょう』

『あんまり人の顔を覚えるのは得意じゃないけど、分かるかな』

『年齢的みためなら新人山田くらいが多いですな』

『ええ? それは間違えるかも』


 会話は耳に入ってくるが、やはり茉里奈はこの時携帯端末を見ていたようで、分裂している大先輩には気が付いていなかった。


『見た目だけで判断するよりは言動も含めて判断するといいのでは? 例えばそこの山田は発言が軽いであろう? 誰彼構わず愛の告白をするし』


 そこでアケル君の方をちらりと見て、カウンターをぺしぺし叩いているのに首を傾げ、再び携帯画面に目線が戻る。


『ナンパですね』

『叶わぬ愛だが』

『フラれるんですね』

『ええ、瞬殺で』

『ええと、それじゃ、目撃したことがあるんですか? 是非目撃証言を』

『地域課の受付で』

『公衆の面前ですね』

『好きです。結婚してくださいと』

『ストレートな愛の告白ですね』

『到着したばかりで引っ越しの申請をしに来た死者に対して、です。

 あの時死んでなければ彼女が出来ていたので今からでも作れるはずだと。

 一ヶ月くらいはそんな事を続けていましたな。

 たまにお友達からならという猛者もいましたが』

『初対面でいきなり結婚を申し込まれたらそらそうでしょうね』

『気が付かないものですな』

『本人だけはってやつですね』

『悪いヤツではないんだが』

『受付以外でも愛の告白を?』


 コン、と私がカウンターを叩いているのを目の端にとらえながら、茉里奈の視界が小刻みに揺れている、笑っているらしい。

 アケル君が小声で、


『ああ、先輩、もう、その辺で、勘弁して』


とカウンターに突っ伏していた。


『あ、ちょっと、先輩山田氏、茉里奈に告白しないでよ?』

『やりかねませんな』

『ちゃんと相手を選んでね』

『ふむ、相手を選ぶのは確かに重要ですな。選ぶだけで告白の回数も減りそうだ』

『ちゃんと好きになってからでないと』


 茉里奈とアケル君は一度目が合って、アケル君の方がぶんぶんと首を振った。


『大体こいつは誰の事でも好きになってすぐ告白して振られるんですよ』

『あはは、やりそうー』

『担当死者に告白するのもこいつ位だ。誰とでも仲良くなるのは美点とは思うが』

『博愛主義? 無節操? でも険悪にならないならいいのかな』

『もう少し軽薄ですな。落としたものを拾っただけで結婚までいけますよ、こいつは』

『ああ、先輩山田氏、それはもう、病気の域』

『ははは、やはり病気の域という認識良いのですな。

 お土産を貰っただの、お礼を言われただの、ご飯を食べさせてもらっただのと、あなたの事も大分好いている様だ。

 気を付けないと、愛の告白から結婚の申し込みまで食らいますぞ』

『マジで? ちょっと、ホントにちゃんとしよう?』

『愛は計量できませんから何とも言えませんが、早く落ち着いて欲しいですな』

『はぁ、私も気を付けよう』

『おや、あなたもすぐ人を好きになって告白するタイプでしたか?そうは見えませんが』

『しないですけど』


 そう言えば言ったな、佐藤さんに。結婚してくださいって。

 茉里奈の視界は二つの食洗機の性能で行ったり来たりしている。やっぱり聞いて無いな、これ。


『気が合いそうかどうか、一緒に生活できそうかどうかは考えますよね。見た目とか発言が好みでもそれだけじゃとても』

『ふむ、付き合ってみて、同居してみて、それから結婚という事かな? では茉里奈殿は恋仲でしたか?』

『なんでそうなった?』


 パン、と私が手を叩く。


『茉里奈、そっち決まった?』

『これでどうですか? 業務用なんですけど』




***




 ふっと、再生が終わり、扉を背に白い部屋に立っていた。

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