35 ツナサンド
「おはようございまーす」
茉里奈やっぱり起こすべきだったかしらと悩んでいたら、アケル君が元気よく入ってきた。
びっくりする。
毎回びっくりしてるなぁ。うちは作りは店でも民家のつもりだし、自宅用のドアの横に一応インターフォンもあるんですよ、と言っても無理だろうな。
「え? おはようございます。早くない?」
アケル君は店内をキョロキョロと見渡してから、いい笑顔で答える。
「どうせ分裂してるのバレてるし、朝ごはんも食べようと思いついて!」
「思いつくな。うーん、じゃあ配達はまだなのね」
「? なんか朝飯に……ああ、牛乳か!」
「そうそう、紅茶を入れようと思ってたからミルクティーにしようかと。豆乳があるから良いけど」
「すんません、持って来たいとこなんすけど、自分、配達は三体同時が限界なんすよねー」
つまり三体は配達中であると。
「色々あるのね。まぁいいけど。茉里奈が起きないからラップを掛けようとしていたやつをあげましょう」
丁度紅茶を入れようとしていたので、茶葉を追加してお湯を注ぐ。急須だけど。
「起きないんすか? 起こしても?」
天井、というか二階を見ながらアケル君が言う。
「そう。朝から若い娘の部屋に侵入したよ。けれど起きませんでした。残念」
「若い娘の部屋に侵入! 夢とロマンが詰まってるっすね!」
笑いながら席について、うーん、と何やら考えている風なので、さくさくと食事を運んで隣に座る。
クランペットなど知らなそうなアケル君に、味はパンで食感がもちもちめのホットケーキだと説明してから食べ始める。
「そう言えば、昨日の、なんていうんだろう、大先輩と私が話してた時の、茉里奈に聞こえてた方の会話って、私も知っておきたいんだけど、ログとか、なんかないの?」
「知らなくていいっすけど、そうか、そうっすよね」
「いや、納得されても分からないから」
「人それぞれなんで難しいんすけど、うーん、携帯端末に文章で送るか、シアタールームに行って貰うのが一番はやいっすかねー。どっちがいいっすか? 文章で送るんならやっときますけど」
「あー、後でシアタールームに行ってみようと思ってたから、そっちで見てみるよ。どうやって見るものなの?」
「一応こっちに来てからのが見たいっての伝えて貰えれば大丈夫っす。後は見たいものを選ぶ、ええっと、昨日のあの時、って思うだけなんで、簡単っすよ」
「ふーん。次の裁判用に盗みについて見ようと思っててね、そのついでに……」
「それは五十倍速位で見ないと終わらないと思うけど!」
「は? 窃盗団に入団してたわけでもなし、それは無いよ」
「良いも悪いも区別しない上に人知れず盗るって割と日常だから」
「は?」
「教えて貰う以外の情報収集も盗んだことに入るんすよ。自分現場仕事は見て盗めって言われてたんでピンときましたけど、多分想定しているような数じゃないっすよ」
「……ちょっと絞り込むわ」
「そうする事をお勧めします」
旨いっすね! を間に挟みつつもそんな話をして食事を終え、茉里奈まだ起きてこないな、と何となく二階に視線を動かしたのに気が付いたのか、アケル君は言った。
「起こしても起きなかったんなら、なにかトリガーが無いと起きないかも」
つまらなそうに目を伏せる。
「配達の時とか?」
「どうかな。今日は食洗機用の洗剤となんか瓶とカジキマグロだから、全部高坂さんのっぽいし」
「サプライズプレゼントだったら責任とってね」
「嫌われるんじゃないんすか?」
「欲しい物が分かってなければね」
なんでカジキマグロ?
心の中で突っ込みをいれてからヤスヒロさんを思い出す。
「多分配達で起きるとは思うけど、このまま裁判まで寝たままって良くないんだっけ?」
「一応裁判中は生前を考える時間なんで、思考放棄はあんましよくないっす。あと、二回目の裁判からは迎えが無いんすよ。自分で行かないといけない。裁判放棄までいくと生まれ変わり条件が悪くなるかもしれないっすね。児童手当がある国からない国になるとかそーゆーの」
「それくらいならまぁいっか」
「良くない良くない」
パタパタと手を振ってからアケル君は腕を組んで天井を見上げ、ため息をついた。
「地域部じゃ、その辺りは面倒を見ない事になってるんで、トリガーが早めに、配達で設定されてるといいんすけど」
「いや、普通に考えたら配達で起きるでしょ」
「朝飯も固定された行動なのに無視されてるじゃないっすか」
「ヤな事言うな」
言葉にも出したけど、嫌な事言うなぁ、と思いながら食器を片付ける。
人の事は人が決める事なので考えても仕方がないし、私との朝食の決まり事と、配達の決まり事は同じでは……同じなの?
さっきの盗みに関する話と言い、ここでは境界線がはっきりしているのだ。
生まれ変わるまで寝ていたいと茉里奈が考えてしまってから寝ていたら、起きない可能性も無くはないって事?
起きないのでは? という予感は、アケル君の配達時間になっても起きてこなかった事で、その色を深めた。
一度出て行って、配達時間に戻ってきたアケル君と話をする。
「声かけたんすよね?」
「かけた」
「じゃあ、配達はトリガーじゃない、と。
ベーキングパウダーと牛乳、海外ドラマのDVDボックスが高坂さんので、こっちがさっき言ってた茉里奈嬢の分す。
自分からは食洗機なんで、ちょっと設置しますけど、作業してるとこあんま見ないで欲しいかも」
「乙女の恥じらい?」
「異種差別的意味で」
なにか人外の力でも及ぶのだろうか。
大人しく作業工程が見えない客席側に移動する。
『ピコン』
丁度そのタイミングで携帯端末が鳴って、なにかの連絡が来たので、見れば茉里奈からのメールだった。
『おはようございます。
朝食ご一緒できずにごめんなさい。
今日の三点はすべて和香さんの物にしてください。
一日寝て過ごすので、明日の朝は起きます。
ご心配なさいませんように』
タイマーでもセットしたのだろう、その内容に、思わず作業中のアケル君に近づくと手から金属製のフレキシブルパイプをはやしていた。おおう、すまん。
慌てて顔をそむける。じっと見たいけど本人は嫌がるだろう。
「みーたーなー! って、ま、高坂さんに気を遣っただけなんで、大丈夫っすけど。なんです?」
「これ」
携帯端末を一瞥して作業を再開しながらアケル君は言った。
「日付が変わってすぐに、明日の配達分の申請してるんすよ、茉里奈嬢。一日置きに起きるつもりじゃないっすか」
うっすらと不機嫌そうな気配である。
「現実逃避にしたって頭が回る分可愛げがねぇなぁ。物欲はあるけどその他は放置ってことっすもんね」
いや、はっきりと不機嫌だった。
「海外ドラマのDVDボックス、茉里奈嬢用でしょう?」
「そうだけど」
「面倒なら放置で良いと思いますよ。死んでまで生前の慣習に沿う必要もないし」
「あとで決める」
「アドバイスとかは無理っすけど話は聞くんで」
「ありがとう」
アケル君は食洗機を設置した後、また夕飯食べにくるっす!と、いつも通りの軽い感じで帰って行った。
私はカジキマグロに塩と砂糖を振りかけながら思案する。
例えば二十三時に明日欲しい物を願って、一時に明後日欲しい物を願えば、明後日の二十三時までに起きれば、日々の三品の願い事は漏れなく貰える。
アケル君の言った物欲はあるけど、はその辺りの事だろう。
でも、今日茉里奈が頼んでしたものはこの家の、主に私が使う物ばかりだ。
食洗機用の洗剤、食洗機対応のキャニスター、カジキマグロ。
カジキマグロだけは本当に謎だけど、なにか食べたいものでもあったのかもしれない。起きたら聞いてみよう。
食洗機にキャニスターを入れて試運転をしてみた。
業務用だけあって、二分もしない内に洗浄完了、温度も高めなのでドアを開けておけばすぐ乾く。
学生時代のアルバイトで使った時も思ったが、一般家庭用との使い勝手の差が大きい。
玉ねぎをみじん切りにして大きめのお皿に広げてから、キャニスターに少し残った水滴を拭いていく。
明日の朝起きる位だし、謝罪を含んだメールだったから、なるほど、確かに頭は回っているのだろう。
なにも考えていない私とは違うな。
それはアケル君もだけれど。
海外ドラマのDVDボックスは私から茉里奈へのプレゼントだった。
それを普通に言い当てて、手から金属もはやすのだからやっぱり人外。
いや、DVDボックスの件は食事時に世間話でドラマを見るの見ないの話していたからか。そもそも茉里奈はテレビが好きなのだ。結構な熱量でテレビ番組の話をする。とは言えさすがにあの部屋は驚いたけれど。
カジキマグロから出た水分を拭き取って鍋に入れ、かぶるくらいのグレープシードオイルを入れて、低温でじっくり煮る。
本当は香草やニンニクを入れるところだが、シンプルに“食材”を作る感覚でこのままだ。
カウンターの羊羹などのおやつをキャニスターに移して、今まで使っていた保存容器は食洗機で洗えるのか分からないので、手で洗う。
空のキャニスターはそのままカウンターに並べて置いた。
スポンジ生地のおやつとおかきみたいなしょっぱいおやつも欲しいよなぁ。パウンドケーキとポテトチップスとか?
ポテチはちょっと面倒くさい。ジャガイモとスライサーも欲しくなるし、味付けは種類が多すぎて絞れないし。
昨日貰ったセロリをスティック状に切って軽く塩を振って、と。
カジキマグロもいいかな、自家製ツナの出来上がりっと。
半分保存容器に入れて、半分は身だけボウルに入れてほぐして、乾かしていた玉ねぎとマヨネーズと塩、コショウで味を調えて、所謂ツナマヨを作る。
ちょいちょい増やしているクロワッサンに切り込みを入れてから軽く焼いて、真ん中で割ってバターとマスタードを塗ってから、サラダミックスとツナマヨを挟めばサンドイッチの出来上がりだ。
味見というかもはや昼食を取りつつ、二個程作って、アルミホイルで包んで、小さな保存容器にセロリとミニトマトと爪楊枝を入れて、紙袋でひとまとめ。
ツナサンド弁当の出来上がりだ。
うん。味はシンプルで可もなく不可もないけれど、マスタードもコショウもちゃんとアクセントになっていい感じ。
はた、と、茉里奈の事を考えるのも、地獄について考えるのも、途中から忘れていたな、と気が付いた。
やっぱり考え事、向いてないのかな。




