33 棒餃子定食
『なにをしても何にもならない、なんてことはないよ』
言いそびれたことが魚の骨の様にどこかに引っかかったが、茉里奈は気にした様子もなく余った餃子の皮を丁寧にラップに包んで片づけをしている。
別に落ち込んで言われた言葉ではないし、励ます場面ではないので、引っかかる方がどうかしてるのでは? と思考から外そうとするのだが、どうも上手くいかない。
「今晩も誰か食べに来るんですか?」
聞かれてからハッとして、三つ目の保存容器に餃子を入れながら返事をする。
「特に予定は無いけど、突撃された時用に冷蔵庫に入れて置こうと思って。今朝のピザパンも少し冷蔵庫に入ってるから、食べたいな、と思ったら自由に食べてね。食材も、ラスイチだけ気をつけてくれれば大丈夫だし」
「分かりました。そうだ、今晩もお夕飯食べたいです。制作工程から参加したのですごく美味しく食べられそうで楽しみです。
カウンターのお菓子も可愛い瓶の容器に変えたいですよね。ガラス……キャニスター? でしたっけ? ジャー? ポッド?」
カウンターには少し大きめの保存容器にショートブレッドと羊羹、ミックスベリーにパンの耳ラスクも置いていた。
確かにガラス製の保存瓶の方が見栄えが良いかもしれない。
「取りあえずは何とかなってるから、頼むものが無くなったら探してみようかな」
「それなら私が頼んでもいいですか? 選ぶの、楽しかったので」
「茉里奈の欲しい物に余裕があるなら嬉しいけど」
「大丈夫です!」
何かをして何かになってると思うんだけどな。そういう事じゃないのかな。
思考が途切れていたのにふいに戻ってきてしまう。
声に出して言ってしまえばすっきりするのかも、とは思ったが、時間がたちすぎて唐突すぎるし、楽しそうにしている茉里奈を、つまらない話に引き戻すようで口に出せなかった。
こういう事はたまにある。
自分でも良く分からない。なにに引っかかって、なにを分かっていないのか。
片付けの手は止めずに、普通に会話をしていても、なんだか気持ちが晴れないような、そんな感じだ。
なにか後ろめたい嘘をついた時に似ているかもしれない。
別に嘘もついていないんだけど。と、ここでもうワントーン引っかかりが色を濃くしたような気がするのだ。
マイナスが重なると良くないな、と、洗い物中の手を止めて、水を払うように手を振って息を吐く。
「? 肩でも凝りました?」
茉里奈が首を傾げて聞いてくる。
可愛い。うん、可愛いよ。
「凝らないでしょ、地獄じゃ」
「あはは、確かに」
年相応の笑顔を見せて、カトラリーケースを作ってきます、と二階に上がって行く。
ああ。
私と茉里奈では、死に対する認識の方向が違う。
茉里奈の感情は生きていて生活は死んでいた。
私は感情面は置き去りにして、今も生きている時の生活をなぞっている。
合致するはずはなかった。
なにをしても何にもならない、と言う茉里奈はカトラリーケースを作る。
そんな事は無いと思う私は、生きている事に意味があるのだと伝えたくて戸惑うのだ。
一人だったら全部私の事だから楽だったんだけど。
「同居って恐ろしい」
小さく声に出してから、死んでからこっち、怯えてばかりだった事に気が付いて、手をにぎにぎしてみる。
うん、手を振って息を吐くの、結構効くな、と思った。
***
「案の定ですよ!」
夕食の準備中にぞろぞろと人が集まってきてどこのゾンビ映画かと思ったわ、とフライパンに蓋をしながら私はカウンターの向こうに向かって少し大きめの声で言った。
「いやーあはははは」
「自慢されるとどうにも」
「流石に今日は遠慮しようと思ったのですが、誘惑に勝てず」
「ごめんなさいねぇ。こっちで落ち着く場所見つけられなくてねぇ」
「私まで良かったんでしょうか? 帰りましょうか?」
「和香さん、これはどこに置きますか?」
十九時になると同時に極めて普通に、先輩山田さん、大先輩山田さん、新人山田さんがやってきてカウンター席に着き、少し遅れて峰岸さんと展望台で知り合ったという女性が入ってきて、壁のテーブルを出して着席した。
手土産だと、持ってきてくれたものを、取りあえず籠に入れて茉里奈もぐるぐるしている。
峰岸さんがキッチンに入ってきて、手伝ってくれるのかと思ったら、持参したビールとコップを回収して席に戻ったし、炭酸の入った酒は飲みたいけれどビールは苦手とか、むしろ炭酸だけでいいとか色々言うので、炭酸とワインとグラス、ポットとウーロン茶の茶葉を入れた急須と湯呑を出して勝手にやってもら事にした。
棒餃子、フライパンに一気に十二個入ったけど、一人四個だと少ないから六個かぁ。
七人前四十二個、うん、大量に作っといてよかったよホントに。
鶏ガラ顆粒出汁に溶き卵と長ネギを細く切ったものを入れて塩で味を付けた中華スープと、サラダミックスに豆腐を乗せ、ごま油を少しだけ入れた醤油ベースのドレッシングをかけた物、沢庵を付けて、今日の夕飯ワンセットだ。
「和香さん、それだとフライパン四回戦ですよね? ホットプレート無いですか?」
「無い」
「鍋かオーブン使います?」
「んー、時短目的なら鍋かな」
「峰岸さんに貰ったお鍋がステンレスなのでいけると思うのですが」
「あんまり得意じゃないんだよね。むしろ天板を直火、だと蓋がアルミホイルか。色々リスキーだよなぁ。やっぱり鍋にアルミホイルかクッキングシート敷いて焼こうかな。つっても大きいのスープで使っちゃってるからそんなに入らないでしょう? 何個入りそう?」
「ああ、それならスープは炊飯器に移して、お鍋洗いますよ」
厨房は戦場だ。
このノリのままなし崩し的に店化が進むんだろうな、とぼんやり思いながら、どんどん準備していく。
定食用のトレーって言うか、お盆ていうか、そういうのも欲しくなってくるから、ヤバい。
なし崩しぼんやり危険。
茉里奈作のカトラリーケースも大活躍だ。
プラダンを留めるのにグルーを出しすぎてちょっと歪んでいる所が何とも可愛らしい。はじめは私もそうでした。
「出来たセットからどんどん出すから温かいうちに食べてくださいねー」
はーい、と良いお返事といただきますの言葉を聞きながら、自分の分を準備している間に、茉里奈が洗い物をしてどんどん片付けも進めてくれている。
「茉里奈、良いよ、食べてなよ」
「あー、冷めないと思いますよ」
そうか、冷めないのか。
地獄仕様に度々目を点にしてしまっているのが自分でもわかる。
茉里奈はこっちを向かないので分からないが笑っているのが雰囲気で分かった。
自分の分を作り終えて、洗い物がフライパンだけだったので片付けてから改めて店内を見渡すと、皆まだ餃子には手を付けていなかった。
酒とサラダは進めてるみたいだけど。
待っててくれたのかな? と温かい気持ちになりながら、照れ隠しを混ぜて話しかける。
「あらー、待たせてごめんね!今日は見ての通り餃子です」
「焼き春巻きじゃないんすね!」
「……食べる前に言えてよかったよ」
「ホントっすね!」
お酢だコショウだラー油だ醤油だ柚子胡椒だ和からしだと、それぞれの餃子について語る変な場になったが、今夜も賑やかな夕食だ。
「そう言えばお土産何だったの?」
「峰岸さんがビール六本、お連れの女性が大根、ええっと、昨日もいらした担当じゃない方の山田さんがセロリ、初めていらした山田さんがメープルシロップを」
「おお、有難い! 皆さんありがとうございます」
峰岸さん自分用っぽいけど。
「お前さんはいいのか言わなくて」
「えー! 明日びっくりさせようと思ってたんすけど」
「女性に嫌われるタイプだわぁ」
「サプライズは事前準備を怠ると嫌われますよ」
「困るけど嬉しくありません?」
「相手が好きだった場合はね」
先輩山田さんがフルボッコになっている。
「なんです?」
ぽりぽりと頭をかきながらへらりと笑いながら言った。
「明日食洗機を持ってこようと思ってたんすよ」
「え? どこに置くつもりで?」
私より先に茉里奈が突っ込んだ。
置くだけならどこでも置けるけど、分岐水栓式だと置き場所もサイズも気を付けないといけない。
「どこでも置きたいとこに置けるんすけど、そっかぁ、場所によってサイズとか、機能とかありますもんねぇ」
ぺしゃりとカウンターに突っ伏した。峰岸さんと目が合う。
うん、と峰岸さんが小さく頷いたので、これは先に苦言ですね?
「モテなかったんですね」
「くっそぉぉぉぉ」
「でもとても嬉しいので、後で設置場所を指定しますから、良い感じのをお願いしますね」
「お! 今ちょっとモテました?」
「モテてもデレてもいませんよ。ついでにサラダのドレッシングは山田さんのだけ醤油に見せかけて煮詰めたウーロン茶です」
「苦ぁぁぁぁ」
大先輩山田さんからグッジョブ頂きました。
良いキャラクターをしていらっしゃる。
***
食後はあっさりと解散になった。
先輩山田さんと大先輩山田さんが残って、食器の片付けと食洗機置場を検討してくれる。
茉里奈は横で携帯端末を操作しながら、洗浄容量や食洗機用の洗剤が必要になるので、明日から稼働させるならどのタイプが良いかも先に検討しておきたいと、何やら臨戦態勢だ。
厨房側のカウンター下が良さそうだと場所は早々に決まったので、こだわりのない私は茉里奈に丸投げしてお茶を入れる。
「山田さんシステムも、こう山田さんが一堂に会すと少々面倒です」
さっきの茉里奈の山田さんの区別説明を思い出しながらそんなことを言うと、大先輩山田さんが答えてくれる。
「他の死者とこういった繋がりを持つことは少ないので、あなた方には確かに面倒かもしれませんな」
「ウチが変則的という事ですか?」
「一般的とされている繋がりは配達と住宅相談とその対応ですから、複数人の山田と会う事は極稀であると言えますな」
「本名ってお聞きしても問題ないんですっけ?」
「特に問題はないですが、失礼ながらお嬢さん、我々の区別がついておりますか?」
話し方と声で判別していたので、そう言われて改めて顔を見る。
「目が二つと鼻と口は一つづと同じなので区別がつきません、というのは冗談ですけど。
大先輩山田さんの方が年齢は上に見えますね。それに、ひょっとして日本の方では無いですか?」
「小半、クウォーターですな。言われるまで気が付かなかったでしょう」
話し方からして大分年上の人っぽいとは思ったけれど、これは佐藤さんより年上かもしれない。
「何度かお会いすればいくら私でも区別は付きますよ」
と口にしてから佐藤さんのメールを思い出して、
「分裂して五体同時出現とかされなければ」
付け足した。




