32 棒餃子(調理編)
『ピコン』
パンの耳ラスクをポリポリ食べながら、ネットで地獄を検索して大した情報も得られず、生き地獄体験談記、みたいな内容にあたりながら、ひぇー下をみたらキリがないとは言うけれど、とすっかり当初の目的を忘れて、PCを眺めていたら、携帯端末が鳴った。
スマホなのかタブレットなのか微妙なサイズの携帯端末は、地獄仕様で使用者に都合の良い作りである。
見たら目的のものがノンアクションで見れた。
『おはようございます。
担当死者の資料が届いたので起きました。
読み終えたら再度寝るか、それともテレビで最新地球情報を仕入れるか考えています。
高坂さんならご飯でしょうか。』
佐藤さんからだ。嬉しい。
『おはようございます。こちらはもう昼過ぎ。
移動中は情報収集で忙しいのかと思ってた。
ご飯は面倒だけど頑張って食べている事が判明したところ。
そう言えば引っ越しました。ついでに同居人も出来た。
そしてなんか山田さんが連続してご飯食べに来たよ。
地獄は謎。
引き続き頑張ってご飯は食べる。
佐藤さんも食べたら良い。』
返事は音声入力に近い感覚で打てる。
文章にしてみれば何の事は無い、死んでいるけど人間が死んだんだから人間で良いではないか。
でもこれは割り切りじゃなくて開き直りに近い。
もうちょっと考えた方が良いかもしれない。
『同居人ですか。楽しそうでなによりです。
山田にはなにか要求してお返しを貰うといいですよ。
なんだか悔しいので。
部署山田は同一人物が同時に五人ぐらい分裂して存在しています。
と、隠しきれない悔しさで秘密を暴露しておきます。
私はそろそろ人間界の方が謎になってきました。
勉強しないとすぐに常識が変わりますね。
でも寝ます。』
さらっと良く分からない事を暴露されたのでちょっと眉間をおさえる。
考えたら負けな気がする。
『寝るんかい。
まぁ、お互い頑張ろう。』
『はい。』
謎が増えただけだったけれど、なにか佐藤さんとやり取りをすると、ふやん、とした気持ちになる。
考え事は体を動かしながらでも出来るので、取りあえず洗濯物が乾いているか確認しようと立ち上がった。
***
強力粉と薄力粉半々に塩を少々、箸でぐるぐるしながらちょっとづつ熱湯を入れてポロポロになったら一気に手でこねる。
ああ、またキッチンスケール使わなかったな。やっぱりちょっと凝った菓子とかじゃないとあんまり使わないかもな。
餃子の皮を作りながらの取り留めの無い考え事をしている。
置かれている状況での地獄と言えば裁判だ。
次の裁判は初江王で盗みの裁判だ。
幸い盗みの記憶はないが、間接的殺人の件もあるので、借りたままとか、預かっとくね、と言ったまま持っていたものが対象になるかもしれない。
記憶にないほど小さい頃にうっかり万引きしちゃったとかもあるのかな。
その場合は親の対応次第で盗みになるかならないかだろうけど、どっちの罪になるんだろ?
人を殺さなければならない環境下の場合は平均的にどれくらい殺すのか、みたいな考え方の情状酌量もあるっぽい雰囲気ではあったけれど、それはそれとして、白か黒かとくっきり結論を出してくる感じだったし、認識してるかしていないかの方が重要なのかもしれない。
無いな、盗みの認識。
むしろなにか言われたらそんな事が? と驚くかもしれない。
そうか、シアタールームに行けばそういう忘れていた事を追体験出来るのかな? シアターっていうくらいだから見るだけなのかな?
しかし、貴方の心を盗みます的なのも対象だと、峰岸さんはまた大変な数になりそうだ。
なんだかんだ言って峰岸さんは、その辺に関しては無自覚っぽいので、腰でも抜かすんじゃないだろうか。
こねてまとまった生地を保存袋に入れて置いておく。
次はハンドブレンダーで先に豚肉を粉砕するか。
ハンドブレンダーのセットというのは実に便利だ。
自分の匙加減でみじん切りからジュースまで行ける。
ごまとかコーヒー豆は流石にミルじゃないとダメだけど。
少しずつ豚肉を切って入れ、ちょっとごろっとした挽肉の状態のものも確保して別で保存しておこう。
『ヴ・ヴ・ヴヴ・ヴヴヴヴー』
思ったよりはうるさく無いけれどそこそこの音を立てて豚肉が粉砕されていく。
そう言えばゼラチンも寒天も無いから肉汁爆弾状態の餃子は難しいかもしれない。
片栗粉を使ってもっちりジューシー路線かな。
肉は程々にしていったん保存容器に入れて冷蔵庫に避難させて、次の肉。
裁判が終わったら生まれ変わったり、そのまま地獄にとどまったりも出来るし、人口的にバランスが悪くなったら、魂の無い人間を取りあえず作って人間界に送りこめるから、地獄的には何が何でも人間界に行け、というスタンスではないようだけれど、じゃあ地獄ってなんなのよって、話だ。
空は赤くないし、針山も見えないし、虎パンをはいて金砕棒を持った鬼も居ないし、生活は普通に快適だ。
だから、死んだら天国に行くのよ、という方が、死んでみればしっくりくる。
味覚問題を考えると、料理人で人に食べさえることが好きだった人には酷かもしれないけれど。
ああ、コスプレの彼女、彼女は作る事が好きだったと言っていたから、着て写真を撮ってもらう事が好きだった人にとっても酷か。
人によるって事かな。そういうのってどこにでもあるなぁ。ちょっと落ち込むな。
皆が等しく幸せというのが、天国の定義というイメージを持っているからかな。
そう考えたらやっぱり地獄で良いのかな。
ところで長ネギを手に地獄を思うってシュールすぎないかしら。
長ネギも、白菜も、ブレンダーで粉砕だ。
はたから見たらこんな事を考えているとは思うまい。
誰も見ていないわけだけれど。
先に白菜をざく切りにして塩を振って置いておく。
長ネギはみじん切り程度に粉砕。
白菜から出た水を手で絞ってこちらも粉砕、片栗粉をまぶしておく。
はっと気が付くと無心で作業を進めていた。
考え事とは存外難しいものなのかもしれない。
すべてをボウルに入れて、塩、コショウ、ごま油に、酒と鶏ガラ顆粒出汁、ガーリックパウダーも少々いれて、練り混ぜる。
皮、どうしようかな。
前にやった時は小さく丸めた生地を麺棒で伸ばして作ったのだが、うまく丸くできなかったし、形が不ぞろいになってしまったのだ。
薄く伸ばして型抜きみたいにしようかな、抜型は無くても代用できそうなサイズのお椀があるし。
でもそうすると余った生地がなぁ。
春巻きみたいに棒餃子にしちゃえば伸ばして切るだけですむかしら。
サイズはちょっと小さ目にして、挟み込んでから切ったら楽そうだけど、そうするともはやラビオリだよね。
もうちょっと大きめ、一口でも行けない事も無いけど行かないよね、位の絶妙なサイズがいいなぁ。
混ざり切った具にラップをかけて冷蔵庫に入れ、作業台を綺麗にしてから打ち粉をして、寝かせておいた生地を広げる。伸ばして切るだけの簡単なお仕事のはずなのに均一に伸ばしたり、サイズをそろえて切ったり、切った生地をそっと分けたりと、結構集中してしまったので、考え事は出来なかった。
うん、調理中の考え事むいて無いね。諦めないけど。具を包みながら考えてみよう。
そう思って、具と皮を作業しやすい状態にセットして椅子に座ると、茉里奈が帰ってきた。
「ただいま……なさい?」
普通だった。いや、普通じゃないか。
「おかえりなさい」
突っ込まないからね。
セットされた品々を見ながら聞いてくる。
「春巻きですか?」
「餃子。皮丸くするの諦めた」
「手伝います」
そう言って準備してくる、と二階に上がって行ったので、見本もかねて包み始める。
普通だったな。
なんて言うか、凪いでいた。
泣いた感じでもないし、楽しかった風でもなく、普通。
戻ってきて作業を見て、一緒に包み始めてもその雰囲気は変わらなかった。
言うまで待つか、こちらから聞くか、それが問題だ。
内心ハラハラしつつ、作りすぎじゃない? と、あるだけ包んでいた棒餃子が三十個目を迎えた時、茉里奈が口を開く。
「ゲームセンター、あれは、やっぱり遊技場でした」
「の割にはあまり楽しそうだったようには見えないけれど」
「楽しく、なくは、無いと思います。感想としては、なるほどな、と、そうだろうな、と、無い」
「無い?」
「はい。色々な種類の物があったんですけれど」
車のレースゲームの様に、画面と椅子がセットされたものがいくつも並んでいたのだそうだ。
もっと性格が穏やかだったら、とか、そういった漠然とした性格を選択して、死んだ日をシミュレートするもの。
自分が選ばなかった選択肢を選び続けて死んだ日をシミュレートするもの。
ターニングポイントを自分で設定して、分岐を選ぶもの。
茉里奈はその三つを試してみたのだそうだ。
一つ目は、ちょっとだけ長く生きていた。
二つ目は、すぐに死んだ。
三つ目は、分岐後割とすぐ死んでしまった。
それが本当の『たら・れば』であるならば、最善の選択をしてきたという事だろう。性格についてはどうにもならない。
先輩山田さんの悲惨な体験談に比べれば楽しい方だと思う。
心配していた両親についても、特に変わりはなかったようだ。
両親なりの全力と最善を尽くしてくれるからだろう。
茉里奈が治療せずに死にたいと選択すれば、穏やかに暮らせるように整えてくれる、そんな感じだった。
「選択肢系の物は特に、無いな、と思う選択肢ばかりで、あまり選択肢がない人生だったのかもしれません」
幼さ故に訳が分からず、何とかしないと苦しい、が全力で病気と対峙させたという事もあったし、その後も、生きたい、という思いが強かった。
茉里奈がもう無理だと思っていた時も、打てる手はすべて打って、なにか新しい発見を待つ時期だったという。
ただ待つという事が心を打ちのめす事もあるのだ。
喉元過ぎれば、とはよく言ったもので、最後の辛い記憶が、一番辛かった事として、残っていて、それ以前の辛い事は、辛かったな、という思い出でしか無くなっていて、選択肢を与えられても、やはり同じ選択肢を選ぶ。
だからあの時こうしていれば、という後悔は、もっとありがとうと感謝すればよかったとか、選択肢と関係のない部分にしかなかった。
「やっぱりゲームですね。戦国武将ゲームみたいな感じで」
武将の病死は回避出来ないんですよね、と笑う。
一心不乱、猪突猛進、そんな四字熟語を思い浮かべながら、茉里奈のまっすぐな生き方に、ただただ、頑張ったな、と思う。
「和香さんこそ行くなら気を付けた方が良いかもしれませんよ。飲み会に参加しなければ、どこかに泊まっていれば、死を回避できそうな選択肢が沢山ありそうです」
「確かに。でもまぁ、落ち込みはしないと思うんだよね。ですよねーって感じで、語尾にWが付くと思う」
「カッコ笑いですね」
「草が生えるとも言う」
そろそろ具が終わりそうなので、ラップと保存容器を取りに行って戻ってきながら、何となく思った事を聞いてみる。
「病気で死ぬ前って、何となく生き地獄を感じるんだけど、今って正真正銘の地獄にいるでしょう?」
餃子の皮より具が先に終わって、最後、五十四個目を包み終えた茉里奈は、きょとんとした顔で言った。
「ええ、地獄にいますね」
乾かないようにラップで層を作りつつ、保存容器に餃子を入れていきながら、あっさりと地獄にいるという茉里奈に重ねて聞いてみる。
「どの辺が地獄だと思う?」
「そうですね、なにをしても何にもならないところですかね。地獄絵巻みたいに責苦を受けるような地獄ではありませんけど、責苦を受けていないだけで、そこに居るだけ、という点では同じだと思います」
「それだけ?」
「結構な地獄だと思いますけど」
なるほど。人によるよね。




