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今日も何かを食べています  作者: 弓軸月子
第二章

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31 パンの耳ラスク/パンピザ


「こんちわーっす」


 落ち着いた茉里奈と洗濯物を干して、ベッド交換のOKが貰えたからサイズを決めるように言ってから、厨房でパンの耳をバターで揚げ炒めていたら先輩山田さんがやってきた。


「こんにちは」

「今日もいい匂いがしますね」

「パンの耳。砂糖をまぶしてなんちゃってラスク。食べます? 持って帰る?」

「茉里奈嬢のベッドの片付けがあるから持って帰りたいっす!」

「準備しておく」


 お互いちょっと業者対応感あるなぁ、と思いながら、今日の三品を厨房に置いてもらう。


「茉里奈ー、山田さーん」

「はーい」


 二階に声をかけるとすぐ返事が来た。

 こそっと、先輩山田さんが元気そうっすね、と耳打ちをしてくる。

 まぁまぁってとこ、と返事を返して、荷物を確認した。

 今日は、白菜と長ネギと豚肉、茉里奈から譲渡された一品にはハンドブレンダーを選んでいた。

 キッチンスケールも麺棒も頼んだきりだったので、使いたいと思ったらこうなった。

 今夜は餃子だな。

 揚げ炒めたパンの耳に砂糖をまぶしつつ冷やす。

 その間に先輩山田さんは茉里奈に呼ばれて二階に上がったので、どうしようかな? と、取りあえずお昼の準備をしつつ今日の予定を考える。

 毎食自炊だと結構時間がつぶれていいのだけれど、そろそろやりたい事についても考えておきたい。

 玉ねぎをスライスして、鶏ハムも薄めにカット、昨日貰ったコルビーチーズとスライスチーズを合わせて小さ目にカットして、と。

 耳を落とした食パンを麺棒で伸ばして、ケチャップを塗って、具材を乗せて、これで焼けば終わりなんだけど、食べる前に焼くとして、自分の分一つを残して、残りはラップにくるんで保存袋に入れる。

 おつまみに良さそうだし、急に峰岸さんが来ても安心だ。


「……ならゲーセンっすね。『たら・れば』って面白いだけじゃないっすけど」

「自分目線だけなんですよね?」

「んー、映画の方が近いかなー。主人公自分物語」

「じゃあ他の登場人物の気持ちが分かったりしますか?」

「自分のいない所で話してる場面があれば分かるっすかね。視聴者次第っすよ。とはいえただのシミュレーターなんで、そこは忘れない方がいいっすよ。自分結構へこんだんで」

「へこんだんですか?」

「事故らない慎重な人生を見たら死なない上に彼女が出来たんすよ」

「あー……」


 二階からそんな話をしながら茉里奈と先輩山田さんが降りてきた。

 おっと、お土産の準備しなくちゃ。

 保存袋にパンの耳ラスクを入れながら作業がどうだったか聞く。


「結局パイプベッドになったので、簡素でスッキリしました」

「病院のベッドってなんだかんだ言ってごついっすよね」

「転落防止柵がないので少し不安です」

「ああ、転げ落ちないまでも起き上がる時に掴もうとして危ないかもね」


 はい、と先輩山田さんに保存袋を渡せば、嬉しそうに笑って、一つ口に放りこんでから、それじゃ、と帰って行った。

 そして私は気になっていた事を聞く。

 ゲーセン、ゲームセンターの話である。

 裁判の時に聞いて行きたい! と思ったんだよね。


「ね、ゲーセン行くの?」

「あ、はい。ちょっと生前について考えたいと思ったんですけれど、振り返りよりは分岐じゃないかって話になって。シアタールームよりはゲームセンターがおすすめみたいでした」

「私も話を聞いて楽しそうと思ってたんだよね」


 茉里奈は驚愕を浮かべて私を見る。何度目かしらねぇ。


「楽しそう、ですか?」

「え? 選ばなかった他の人生でしょう? 楽しそうじゃない?」

「ちょっと、待ってください。ええっと」


 そして困惑を浮かべるのだ。解せぬ。


「分岐後、駄目な場合はまだ良いとして、良い場合は悔しくありませんか?」

「全く」

「全く?」

「全く」

「それは、なぜ」

「どうせ何回繰り返しても同じ選択肢を選ぶんだから、ありえない結果な訳でしょ? なるほどなぁとは思っても悔しくはなくない? ダメな場合の方が笑えるとは思うけど」


 絶句、という言葉が良く似合う顔をしている茉里奈に、今度はこちらが困惑する。


「え? ゲームって、遊戯よね? ゲームセンターは、楽しく遊ぶ場所、で、良いのよね?」


 緩慢な動作というのだろうか、茉里奈はゆっくりと首をかしげた。怒ってんのかな。怖っ。


「自分の人生分岐で楽しく遊ぶんですか?」

「もう死んでるんだから終わった事だし、自分の事だから不謹慎とかはないと思うよ」


 ぽかーん、と音がした。

 それから、何度か小刻みにうんうんと頷いている。

 ちなみに私はホールドアップの体勢だ。

 ややあって、茉里奈は普通に言った。


「お昼ご飯、今日は食べたいです」

「あ、うん、今日はパンピザ」

「よろしくお願いします」


 カウンターに座って頭を抱えてなにやら思案しているので、そっとしておこう。

 少々早めではあるけれど、茉里奈の分のパンも用意して天板に並べ、コショウを振ってからオーブンに入れる。

 考えてみたらピザ生地作る材料も時間もあったな。

 スープとサラダも省略してるし、時間を潰したいのに面倒という矛盾が生じている。

 それこそ、そういう部分がマメな性格であったら人生違っただろうか。

 あんまり変わらないか。

 飲み物はソイラテ。沸騰させないように豆乳を温めて少し置き、膜がはった場合は除去、濃いめに入れたコーヒーを注ぎ入れる。


『アツアツのコーヒーにだぱっと注ぐともろもろになっちゃうのよね』


 と教えてくれたのは母だったか。

 豆乳が固まるとか、分離するとか言ってくれれば分かりやすかったんだけど、あの人なんでああ、擬音で説明してくるのか。

 そうやって教えてもらったことは、理由を考えるのが面倒で、やってはいけない事として頭の引き出しに仕舞い、後々、祖母や友達から随分と回収してもらった。

 ソイラテは喫茶店で働いていた友人から教わったんだだっけ。

 コン、と軽い音を立てて鍋をシンクに置く。

 丁度オーブンも終了の音を立てたので、茉里奈もカウンターから厨房に来て、コップを運んでくれた。


「あ、カトラリーケース」


 欲しかったのを思い出して呟くと、


「プラダンで作れませんか? ケース用のナプキンも作ればそれなりの物が出来そうですけど」


と提案してくれた。


「名案」

「後でサイズを検討しておきます」


 皿にパンピザを乗せて、質素な昼食の出来上がりだ。


「「いただきます」」


 学生さんだったらおやつくらいの量だけれど、生きていた頃もお昼はこれくらいの量が丁度良かった。


 あまり食べると眠くなるし、午後眠くなってそれこそおやつを食べたりすると太る。

 太ったりもしないらしいから、思う存分食べるという選択肢もあるわけだけど、あまりそっち方向には魅かれない。

 普通に生きるという事への執着でもあるのだろうか。

 自分の事なのに難しい。

 ザクザクと小気味よい音を立てて食べている茉里奈は、どういう心境で食事をとっているのだろうか。


「食事、摂ってなかったんでしょう? 私に付き合って食べてくれてる?」


 飲み込んで、ソイラテを一口飲んでから、うーん、と少し考えてから茉里奈は言った。


「あ、さっきと逆かもしれません」

「さっき?」

「私はゲームセンターとかのお話は『死んでいるのに』がなかなか適用出来ないんですけれど、食事や家事については『死んでいるのに』がすんなり適用出来たんです」

「……ああ」

「和香さんにお付き合いしてというつもりは無いですけれど、何となく、折角だから、という気持ちですかね。一人暮らしだったらここの情報収集とテレビを見て過ごしたと思います」


 返事になっているようないないような返事ではあるが、それこそ何となく、腑に落ちたような感覚があった。


「ここって、思考放棄があまり良くないみたいでしょう? 暇つぶし兼生活のリズム確保って感じで、朝起きて三食食べて夜寝る、は死守しようと思ったんだよね。それこそ生きてた時は自炊なんかしてなかったから、面倒で雑になるし、私も努力して食事をしてるかも」

「人も食べに来るし」


 茉里奈は笑った。


「プレッシャーかかりませんか?」

「最初はね。でも味覚バラバラだし。適当だよ」

「ちゃんと、なにか美味しい物が出てきたって思いますよ」

「あ!」


 小さなフラッシュバックを見る。

 祖母がお店のお客さんと喋っている場面。

 落ちてきた袖を濡れた手でまくりながら、祖母が笑って常連客に言うのだ。


『顔色が悪いからこれも食べな! ああ、このついでにあたしも食べちゃうんだから、人を思うって自分を大切にする事とイコールよね! なんて言うんだっけこういうの、ウィーンはいつもウィーン?』


 祖母よ言いたい事は分かるがそれは曲名だ。


「どうしました?」

「いや、祖母が昔ね……」


 くすくすと笑ってから、それは良い話なのか、面白い話なのかと真面目な顔で聞いてきたので、二人でよくよく意見を出し合って、この話は良い話としてお互いの頭の棚に整理した。

 うん、このエピソード、考えれば考える程良い。


 食後少し落ち着いてから茉里奈がゲームセンターに出かけていくのを見送り、私は自室のベッドに寝ころんでいた。

 一緒に行こうかとも思ったが、楽しんでしまう私と一緒に行って疲れさせてもと思って見送った。

 誘われもしなかったし同じ気持ちだったかもしれない。いい歳の大人なので能天気感に地味に落ち込む。

 明日か、明後日にでも行こう。時間はたくさんあるのだ。

 それはさておき。


「割り切れてると思ったんだけどな」


 所謂気持ちの問題については割り切れていると思っていただけに『生きていた頃の生活』については割り切るつもりもなかった事に気が付いてしまった。

 『生きていた頃の生活』をするという事を割り切っていただけだ。

 それが良いか悪いかも分からないが、生まれ変わり条件をクリアしてないなら、普通に過ごしてれば良いと言われたので、良しとしていたんだけど、そもそも普通ってなんなんだろう?

 朝起きるっても、仕事によっては夜起きる人もいるし、ご飯は二回とか五回って人もいるし。

 自分に合った睡眠時間の算出と、必要接種カロリー、そこからスケジューリングしても普通になるのかしら。

 死んで食べなくても良くなって、寝なくても大丈夫なら、生命を維持する行動自体が普通ではないのかもしれない。


「人間辞める、ねぇ」


 そもそも生まれ変わりたいのかどうか、なのかな。

 皆、ここで何を見てるんだろう?

 生活の心配もなく、好きな事が出来て、欲しい物も一日三個までとは言え入手できるのだ。

 人間として考えたらむしろ天国じゃない?

 どうしてここが地獄なんだろう?

 別に生まれ変わらないでここでずっと好きな事して暮らせば良くない?

 ずっと?

 あれ?

 地獄って死なないんだっけ?

 ぞわり、と寒気を感じた。

 割り切る以前に知らないんだ、地獄を。

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