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今日も何かを食べています  作者: 弓軸月子
第二章

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31/124

30 チーズ・ドライベリー/朝粥


「ちょっと出かけてきます」


 食後のお茶をしていたら茉里奈が時計を見て言った。

 もうすぐ二十時半になる。


「そう、気を付けてね」


 散歩かと、軽く返事をすると、新人山田さんが心配げに声をかけた。


「どちらへ? 付き合いましょうか?」

「ありがとうございます。ちょっと展望台に行ってみようと思いまして。歩きませんので大丈夫です」

「……八日目の日曜日っすよねぇ。明日欲しい物大丈夫っすか?」


 え? 軽い散歩に了承したつもりだったけど日付変更線気にするレベル? と思ってから納得する。

 死亡八日目の日曜日、ご両親がしんみりしたら長引くかもしれない。流石先輩山田さんだ。経験則を感じる。

 茉里奈は困った様に笑い、使っていた湯のみをカウンターの厨房側に置いた。


「では展望台のチケット二枚と、もう一つは和香さんの欲しい物をお願いします」

「承りました」

「ん? 茉里奈、いいの? 欲しい物ないの?」

「はい、大丈夫です。しばらく見たくないと思っていたんですが、会いたいと思ってしまったので、気が変わらないうちに行ってきます。遅くなるようなら帰りは直接部屋に帰るので心配しないで下さい」


 それじゃあ、と、サクッと茉里奈は出かけて行った。ちょっとかっこいいと思ってしまった。

 私の話を聞いてなにか気が変わったのかな。


「えーっと、和香さん? でいいですかね? は、行ってみてどうでした?」


 新人山田さんが聞いてきたので、呼び方を了承してから考えてみる。


「どうという事はなかった、かな。昼間で皆普通の生活に戻っていたから普通にしてて良かったな、と思ったくらいで。

 泣けたのはお墓かな。塔婆の名前とか見てたらしばらく会ってない親戚も来てくれてて、平日に一日拘束されるのに来てくれたんだと思うと、なんだか無性に嬉しかった」


 感想と言えばそんなものだった。

 新人山田さんがめちゃくちゃびっくりした顔をしてこっちを見てるけど、どうしたどうした?


「え? お墓? な? え? 亡くなって八日目ですよね?」

「ああ、ひぃ爺さん、曽祖父の代から必要最小限にしろって事になって、火葬後直納になったんだよ。

 ……小さい頃は良く分かってなかったんだけど、今思えば無茶苦茶だな!」


 世間の常識、高坂家の非常識、である。

 先輩山田さんの方はあまり驚いていないので、珍しくはあるけど無くはない、はず。


「断るお寺さんとか、霊園だと予約の関係でダメってとこもあるみたいっすけど、そこそこ聞いったすよ、当日納骨。

 住宅事情とか故人が嫌われてるとかの物理・心情系、地域によってとか土葬の名残とかの風習系もあるけど、自分ら的には大多数に驚かれるけど諸説ある案件分類っすねぇ」


 私を見た後新人山田さんを見ながら説明してくれた。


「そうねぇ、うちは家に置きっぱなしだったわぁ。最後の人が永代供養の手配で良いわよねって。でもそろそろ場所が無くなってると思うのよねぇ」


 これは店の入り口に現れた峰岸さんだ。

 びっくりした。


「うっわ、こんばんは。いらっしゃい、峰岸さん」

「こんばんはー。和香ちゃん、ロゼ頂戴。チーズとドライベリーを持ってきたのよー」


 紙袋をがさりとカウンターに置いて、普通に手を洗いに行くので、取りあえず慌ててワインの準備をする。


「おお! 自分もいいっすか?」


 先輩山田さんも手を挙げたので、取りあえず人数分グラスを出して注ぐ。


「突然ごめんなさいねぇ。今朝はバタバタしてたから、気になってねぇ。茉里奈ちゃんは?」

「展望台行きました。あ、チケットありがとうございました。昼間行って来たんですよ」


 紙袋の中は三種類のチーズとドライベリーが入っていた。

 ブリーチーズとコルビーチーズと、イエトオスト? だっけ? キャラメルみたいなチーズだ。

 ブルーベリーとクランベリーとイチゴかな? 保存袋に入っているだけなので良く分からない。

 適当に切って、ちらして、出すか。


「どうだった?」

「普通にしてました。安心しました」

「そう。良かったわぁ」


 何となく飲み始めて、普通の納骨は四十九日法要だったはず、と、なぜか一般的な事が曖昧で笑った。

 そういえば冠婚葬祭の度に取りあえず調べていたと言えば、峰岸さんの世代は連絡を取って足並みを揃えたものだという。

 そういう平均ていつの間に決まって、いつの間に更新されているのか、物価変動の話にもなった。

 世間話のまま、峰岸さんは、さりげなく山田さんの個人情報を聞き出す。流石である。

 先輩山田さんは二十六歳で仕事中の事故死、死んでからは三十年たっているそうで、地域部で働き始めてからは十七年になるが、まだまだ新人だという。

 逆に新人山田さんは五十二歳で病死、肝疾患だったそうだ。死んでからは三年、地域部で働き始めて半年。

 年数的にも先輩と新人、若い頃の話も同じ時代なのでジェネレーションギャップも無く、お互いいい関係と思っているようだった。

 茉里奈の話にもなった。ちょっと心配だとこぼしたら、先輩山田さんが言う。


「そっすねー、まぁ、こっちって、衰弱とか病気にかかるとかも無いから発狂もしないんで、そこは大丈夫。泣きつかれて寝ちゃったりしても六時間たったら強制的に展望台から排出されるし、迷子もない。後は、落ち込んだり、なにかで死んじゃっても十二時に家のベッドに戻ってきますね。帰って来ないってのはないっすよ、多分」


 気持ちの問題の方は最終的に本人が飲み込むしかないし、心配しても仕方がない。話を聞くぐらいでいいんじゃないのか、と、新人山田さんはちょっと遠い目をして言ったので、色々あるのだろう。

 ついでに茉里奈のベッド交換の話を取り付けて、茉里奈は帰って来ないまま、二十二時にお開きになった。

 ちなみに一番笑いを誘ったのは、イエトオストを食べた先輩山田さんの、


「しまった、陶芸用赤土味…!」


 とカウンターに頭を打ち付けた時だ。陶芸用の土も粘土だよ。粘土食べた事あるんじゃん。




***




 三時。

 茉里奈が帰ってきたら気が付きたいと思っていたからか、目が覚めた。

 展望台の使用時間ぎりぎりまでいたのだろうか。

 ぼんやりと天井を見ながら気配を伺っていると、ゆっくりと、音をたてないように廊下を歩き、洗面室に入っていく音が聞こえた。

 ああ、大丈夫そうかな?

 そんな風に思って、再び眠りについた。




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死亡 八日目(二日目)

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入手品:洗濯籠/カラーボックス用収納ボックス/タオルセット/プラダン/飲食店用お掃除セット/展望台チケット/作務衣/浴衣/チーズ(ブリーチーズ、コルビーチーズ、イエトオスト)/ドライベリー(ブルーベリー・クランベリー・イチゴ)


朝食:朝食用フレンチトースト

昼食:焼きおにぎりと海苔の味噌汁

夕食:チキンステーキプレート

酒盛:チーズ・ドライベリー




***




 翌日、普通に起きて洗濯機を回し、一階を掃除していたら、ニ階から茉里奈の大きな声が聞こえてきた。


「和香さーん、おはようございます!」

「おはよー!」


 返事を返すと、パタパタとかすかに掃除を始める音が聞こえる。

 持ち直したのか、そもそも別になんでもないのか、まだ顔を見ていないので分からないが、やっぱり大丈夫そうなので安心する。


 今朝はお粥かな。呑んだ翌日はなんとなく体に良さそうなものを取りたくなるんだよね。

 お湯を沸かしながら、メニューと手順を考える。

 おかずはかまぼこと、出し巻き風の卵焼き、それから、サラダミックスから小松菜とほうれん草っぽい物をより分けて、軽く茹でる、で行くか。食事中はお水、食べ終わってから緑茶だな。

 材料と食器を用意して、沸いたお湯をポットと、鍋二つに分ける。

 卵を溶いてそこに豆乳と鰹節粉と醤油少々をいれて、フライパンも準備。

 片方の鍋には冷蔵ご飯を入れて軽くほぐして火にかける。

 もう片方には葉っぱを入れて、さっと箸でかき混ぜたらすぐにザルに上げる。レタスのしゃぶしゃぶとか美味しいんだよなぁ。

 温まったフライパンに卵液をいれてから、かまぼこを切って小皿に乗せる。

 卵をくるっと巻いて卵液を足し、さらに巻いて、アルミホイルに包んで形を整えておく。

 梅干は種を取って叩いて、と。

 粥も良さそうなので、火を止め、茉里奈に声をかけてから、盛り付けを完了させる。


 朝食は一緒に取る事にした。

 朝は私が洗濯機を回して一階の掃除と朝食作り、茉里奈はニ階の掃除を終えた後、洗濯機から私の洗濯物を出して洗濯機を回す。朝食が終わったら一緒に洗濯物を干して、後はお互い自由時間だ。

 荷物の受け取りはどちらかが居れば良いので、片付けが必要な場合は言付ける。

 基本的に私は三食取る事にしているので、昼と夜は申告制にした。

 お風呂は私が二十二時~二十三時の間に入るので、それ以外の時間に茉里奈が入る。

 時間決めは茉里奈には少々煩わしいかもしれない、と思ったが、お互い様だと思いますと笑って了承してくれた。

 流れで同居する事になったけど、良い子で良かった。本当に。


「「いただきます」」


 なんというか、茉里奈は普通だった。

 卵焼きを口にする前に味付けを確認してきたのは昨夜のせいだろうが、それ以外は全然変わらない様子だった。

 食後のお茶を入れて、さて、落ち着いたことだし、一応聞いておくか、と、茉里奈を見たら、何かが堪えられなかったらしく噴出した。なぜ。


「そんなに神妙な顔をしなくても大丈夫です。展望台の事ですよね? じっくり見てきました」


 神妙な顔をしていたらしい。顔をペタペタと触りながら、聞いた。


「ちょうど両親が居間で話をしていました。声は聞こえないので何を話しているのかは分からないんですね。読唇術でも習得していればまた違ったんでしょうけれど。思っていたよりも落ち着いていました。

 母はともかく、父は調子が悪いだけでおろおろするタイプだったので、私の為か母の為か、毎日花を買って帰ってきているようで、私の骨壺と写真が置かれているデーブルはお花だらけでした。

 母が花粉を取りながら、花瓶代わりにしたジャムの瓶を指さしていたので、もう買ってくるなとか、そういったお小言の最中だったんでしょう。父が母を後ろから抱きしめて、頭をなでて」


 お嬢さん、十八禁話ですか、朝から勘弁してください。


「私がいたから父母だっただけで、夫婦なんですよね、男女の恋人同士」


 そういう話か。


「私が居なくても大丈夫なんだと安心出来ました。でも! 両親のイチャイチャしてるところってこう、目のやり場に困りますよね。なのでその後は、病院を見に行って、居なくなった人、新しく入った人なんかを見て、亡くなった方と危なかった人もいらっしゃいましたね。看護師さんもお医者さんも、夜中に大変だって思ったり」

「うん」

「感心して、感謝の気持ちからだんだんテレビを見ている気持ちになってきて、ほら、救命救急二十四時みたいな。長い時間見てしまったので、最後に両親の寝顔でも見ようと家を見に行ったら、寝室も別だったのに、一緒のお布団で寝ていました」

「……良かったね、仲が良くて」

「はい。だから泣けませんでした。私一人死んだところで世界はなにも変わっていませんでした。むしろ両親は仲良くなってて、私が死んだ事は良い事の方が多かったんじゃないかって思いました」


 そう言って茉里奈は泣いた。


「本当の事は分からないけど、茉里奈が居て、闘病を二人で支えて、蓄積されてきた仲の良さなんじゃないの」

「そうかもしれませんけど、だったらもっと早く死んでればと思ってしまうのはいけない事でしょうか」

「茉里奈の親じゃないから分からないけど、あんまり早く死なれたらそれはそれで仲が悪くなりそうだけど」

「仲が悪くなるんですか?」

「多分ね。急死だったら諦める方に全振り出来るけど、治療法を探したり、色々なお医者さんに話を聞いたり、お金を工面したり、ご両親はそういう風に頑張ってたんでしょう? 茉里奈にかかる負担も考えながら、やり切ったんじゃない? 茉里奈ももう限界って思ってたくらいだし、だから茉里奈が死んじゃっても仲がいいんじゃない?

 二人がやり切る前に死んでたら揉めたんじゃないかな。どっちが悪いだの、下手したらお前が殺しただのと元気に憎しみ合ってたかもしれないし、ショックとか、許容量のオーバーとかで体調を崩してだんだん心が離れていってその内離婚とかもあったかもしれないし。

 うん、どのみち茉里奈は悩むよ。死んでも死ななくても悩む。

 いいじゃない。花だらけで花瓶が足りないくらいだったんでしょう? 茉里奈を思って仲がいいのよ」


 慰めようと喋っているうちに訳が分からなくなってきたので、そう締めくくった。

 茉里奈は涙を拭いた後にちょっとだけ両手で顔を覆ってからポツリと教えてくれた。

 花は好きだったけれど、最後は免疫不全で病室に花を置けなかったんです、と。

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