29 チキンステーキプレート
「え? 電車に乗ったんですか?」
帰宅して服を片付けながら、同じく帰宅した茉里奈に、駅から歩いてみたくて電車にも乗ってみたと報告すると、驚いた顔をして少し強めにそう言われた。
なにか問題でもあったんだろうか? 首をかしげていると、私が分かっていないのを察したのか、茉里奈は言い辛そうに説明してくれる。
「電車の事故で亡くなったのに、乗るのは怖くなかったんですか?」
「考えてもみなかった」
酔っぱらって電車に乗った記憶もあやふや、寝ている間に意識不明の重体、そのまま死亡、である。
トラウマを抱えるような記憶がない。
更に驚く茉里奈の顔を見て、慌てて言い訳するように言葉を重ねる。
「多分、閉じ込められたり、救出されるのが遅れたりとかの、そういう恐怖体験が無いからだと思うんだけど」
「……なるほど。PTSDで電車に乗れなくなる人もいるってニュースで見たので、和香さんもそうかと思っていたので驚きました」
「でもまぁ、通勤で使ってる人は今後も気合で乗るだろうね。ストレスで悪化しそうだから、早めに本人含めて誰かが気が付いてくれるといいんだけど。家の家族とかも大丈夫かな」
「あ、展望台どうでした?」
「時間帯のせいかもしれないけど、普通に過ごしてたよ。夜とか、一堂に会する場とかを見ればまた違ったのかもしれないけど、取りあえずは元気そう、というか、ちゃんと生きてたから安心してちょっと泣いた」
「そうですか。それは私も泣きそうですね」
「泣くと思うよ」
コスプレ衣装の方は本当にセットだった。出来は既製品よりも丁寧なくらいだ。
作務衣セットは色違いで、片方は半纏と長足袋、片方は前掛けと長靴、という違いがあった。サイズ的にこちらを、とは言っていたが、どちらも男物。確かに少し小さ目かな。浴衣の方は旅館に良くある男女兼用の感じのやつで、これにも半纏と帯が付いていた。おはしょり紐がないと引きずりそうだ。
もう一つの浴衣は普通に女物だけど、帯も下駄も簪も一緒に入っていた。徹底している。
ただ、元ネタは茉里奈にも分からず検索してもらったら、旅館の方はどうしてこれを作ろうと思ったのか分からないキャラクターの物だった。
女物の浴衣はそのまま茉里奈にあげた。私よりは似合いそうだ。元ネタを確認して怯えていたけど、知らなければただの浴衣だ。風呂上がりにでも着てもらいたい。
作務衣はスウェット以外の部屋着が欲しかった為のチョイスで、普通に着るつもりなので洗濯籠に放り込む。
「茉里奈は散策どうだったの?」
「私も駅までと、それから病院の周りを少し歩いてきました。人には会いませんでしたし、お店も発見しなかったので、本当にただの散歩という感じでしたね。ただ、きちんと季節が進んでいて、死ぬ間際に見た花が散っていたので、なんだか感慨深かったです」
大人みたいな物言いだ。と感心しながら、一緒に乾いた洗濯物を取って、タオルを分け、それぞれ部屋に戻って片付ける。
さて、のんびり夕飯の支度でもしますかね。
グリーンピースを茹でてから豆乳と塩コショウ、オリーブオイルを加えてザルで濾す。ああ、こし器欲しい。ブレンダーでもいいかな。出来上がったグリーンピースマッシュはタッパに入れて、と。
冷蔵していたご飯をどんどん炒めていく。
彩りを考えて、にんじんとコーンを入れたなんちゃってガーリックライスだ。
にんにくも無いので、調味料のガーリックパウダーで味を付ける。
うっかりチャーハンになりそうだが、オリーブオイルと塩コショウで何とか洋風に仕上げる。
おかわりを要求されたら期待に答えたいので、頑張って三回ほど繰り返した。
六~七人前にはなっただろうか? 炊飯器に入れて保温しておく。
玉ねぎを輪切りにしてオーブンの天板に並べてから、鶏肉を一口大に切って塩コショウしてフライパンで焼き目を付けて、油を取りながら玉ねぎの上に鶏肉を並べる。
残りの過熱はオーブンで仕上げる。
フライパンに残った鶏から出た油に、醤油とみりんを入れてひと煮たち、別のソースも準備しようかな。バターとレモン、マヨネーズ、ハチミツとマスタード、別々にココット皿に入れる。
ソース用のスプーンもないので、ティースプーンを入れておく。
スープはシンプルにコンソメスープ、具は少し迷ってから、卵を入れた。かきたまコンソメ。
自分で作っといてなんだけど、これ何料理なんだろう?
ジャパニーズ・洋食って感じがする。
祖母が見たらキレそうだ。
父母は特に何も言わずに食べ、兄はコーンを避けて食べ、兄嫁は作業工程と保存期間について議論を持ちかけてきて、その隙に甥っ子ちゃんと姪っ子ちゃんがハチミツをなめて怒られるんだろうな。
想像して少し笑えた。
一年に一度会うくらいだったのに、なんだか懐かしくて変な感じ。
「お邪魔しまーす」
気づけばもう約束の時間の五分前で、山田'sがやって来た。
「いらっしゃーい。すぐ準備出来るから、手を洗って座ってー。茉里奈ー! 山田さん達来たよー!」
二階に声をかけて、皿を用意する。
サラダミックスを盛り、横にグリーンピースマッシュとミニトマトを飾る。サラダには少し塩を振った。
ガーリックライスも盛って、上から玉ねぎと鶏肉を乗せパセリをふればなんとなくそれっぽいディナープレートの完成。
茉里奈が降りてきて、カウンターに運びますね、と申し出てくれたので、かきたまコンソメをよそってからお茶も準備する。
カトラリーも好みが分かれそうなので、どしゃっと、コップに入れて出した。うん、カトラリーケースも欲しいね。
「お待たせー! さぁ、食べましょうか」
そう声をかければ、皆が嬉しそうに笑った。
「「「「いただきます」」」」
新人の山田さんがスープを飲んでほわぁーと、形容しづらい声を上げる。
ふむ、まずはスープ派か、私も汁物から手を付けることが多い。
茉里奈は熱心にチキンステーキにすべてのソースを少しづつかけている。
うんうん、私も全種類試したくなるよ。食べるたびにかけるけど、先にかけるんだね。
先輩山田さんは全部をそのまま一口食べてから、だぱっと、醤油のソースを全体に雑にばらまいた。
うん、そのまま全部味見までは理解できたけど、ソースのかけ方はよくわかんないや。
「多分半年ぶり位に食事をしました」
新人山田さんが遠い目をして言う。え? 信じられないんだけど。
「食べる必要も理由もないですからね」
茉里奈が同意する。どの辺に同意なんだろう。
「味覚の壁問題だな。一度食べた事がある物なら、粘土でも味が再現されるし、だんだんどうでも良くなる」
先輩山田さんも同意する。
「粘土食べるの?」
思わず突っ込んでしまった。粘土って。
「料理人程こっちで料理しなくなるんすよ。逆に美術系の人にそっくりそのまま再現してくれる人が多いんで、材料は良く分からないけど、食べたいものは食べられるっすね。粘土とか絵具で作ってくれますよ」
「コーヒーだと思って醤油飲んじゃった現象起きないの?」
「自分、粘土は食べた事が無かったんで大丈夫っすね。粘土食べた事あると厳しいかもしれません。まぁでも、材料分からなければ見た目で行けますよ」
「ええぇ」
「そういうお話を聞くとますます食べなくなるんですよ」
新人山田さんが苦笑いを浮かべる。
茉里奈はグリーンピースマッシュをすくい取りながら、うなずく。
「これ、私はマッシュポテトで食べてます」
「自分はほうれん草マヨネーズっすね」
「ジュレ的な調味料だとばかり。バジル味で食べてます」
コイツラナニヲイイヤガル。
「グリーンピースマッシュだよ。味は豆乳と塩コショウとオリーブオイル」
全員もう一度口にする。
「あ、グリーンピースになりました。ポテトより甘いですね。美味しいです」
「おお、ずんだ味になったっす」
「すみません、グリーンピース苦手で。……あ、でも、フレンチドレッシングみたいになりましたね」
「うん、そりゃ料理人は料理作んなくなんな!」
がっかりだ!
そんな心情を感じ取ったのか、口々に慰めてくれる。
「見た目も綺麗に作ってくれますし、先に材料が分かっていれば相互理解も深まって問題なく美味しく頂けると思います、とても美味しいですよ」
「そうっすよ。温かくていい匂いするし、粘土とは大違いっす」
「食べ物で作ってくれているというだけで凄く安心して食べられますよ」
「全っ然、褒められている気がしない!」
料理が好きな人ほど、すぐに生まれ変わりそうだ。
そして、食べるのが好きな人が料理好き、料理が得意とは限らない。
だから先輩山田さんが店をやらないのか、と聞いてきた気持ちはなんとなくわかった。
茉里奈や新人山田さんの様に食べないという選択肢もあるけれど、
でも、
という気持ちを代弁するように、先輩山田さんが言う。
「なにか美味しい物を食べて幸せな気分になる、って生前の体験が忘れられないんすよね。
こうやって皆でなんか食べて話せる機会があったら逃したくないってくらいには、好きで」
やっぱり人間が遠のくので必死に人間であれと思いますよね、と新人山田さんも同意した。
いや、そういう意味じゃないんだけど、と苦笑いで返している。
そうか人間が遠のくのか。
そういえば佐藤さんも人間辞めるのなんのと物騒な言い方をしていたな。
と、そこで自分が条件を満たしていないから裁判が終わってもすぐに生まれ変われない事を思い出す。
隠していたわけではないけれど、言う機会も逃していたので、口に出してみる。
山田さん達は少しだけ神妙な顔で、少しだけお仕事モードで、対応してくれた。
生きていた頃の心残りが条件という事が多いし、自覚も心当たりも無いなら、出来るだけ人間らしく過ごした方が良いと思う、と。
茉里奈はなにか思う事があったのか、話は聞いているようだが口は挟まなかった。
言われるまでもなく普通には過ごしてはいたけれど、だんだんと形を変えていくあちらの常識とこちらでの常識に不安があったのだろう。自分の事はなかなか分からないものである。
このままで良いと言われたようで、ちょっと気持ちが軽くなった気がした。
もっとも、普通に過ごさなくても大丈夫でいられる、のかが分からないというのも大きいけど。
「それならまぁ、ぼちぼちやってくよ。ありがとう」
「どういたしまして」
「こちらこそありがとうございます」
「おかわり貰っていいっすかね」
朝起きて三回ご飯を食べて夜に寝る、ここでは今のところそれだけが普通だ。
こんな風にご飯を食べるのは生前でも普通ではなかったんだけど、と首をかしげながら、私はおかわりを準備した。




