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今日も何かを食べています  作者: 弓軸月子
第二章

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25 ぐりぐらカステラ


『……綺麗な方でしたよ。とても感じが良くて、朝、ゴミ捨てなんかで顔合わせても声かけてくれてねぇ……』


 映像は似顔絵から近所の人のインタビューだろうか、驚いたような声でしゃべる女性に変わって流れ続けている。

 峰岸さんは動じることもなく、穏やかに微笑んでいて、映像を見た後だからか、急にその穏やかな顔が、不気味なものに見えてきた。

 葛城さんは視線を落として映像を止めて、ぽつぽつと話し始めた。


「見覚えがある、と、声をかけていただいた時に思ったんです。自己紹介を聞いても、お名前は記憶していなかったのか、聞いても分からなかったんですけれど。

 ……年齢をおっしゃる時に少し躊躇われた感じが、年齢を口にするのが嫌だという雰囲気では無いようでしたし、何歳だったか思案する様子でもありませんでした。

 見た目も年齢よりお若く見えていましたが、会話を楽しむために年齢を偽るというよりは、日常的に年齢を偽っていたのかも、と考えて、恐らく実際にではなく、テレビで、見たことがある方なんだと、一人になってからお名前で検索してみたんです」


 事件自体は随分前ではあるけれど、なんとなく覚えている。結婚詐欺や保険金詐欺とはまた違った感じの、お付き合いしていた男性が次々亡くなったみたいな話で、ニュースの説明もなんだかぼんやりとしていて、怖いわねぇの一言で終わらせていた事件。ホント、考えても分からない事は考えない人だな、私。

 そう言われてみれば。六十歳位だと思って、七十二歳と聞いて驚いた。とは言え、年齢は女性だったらちょっと口ごもったりはままあるとは思うけれど。

 ご両親と同居、しかもご主人も義母も食事の支度が出来る程にはお元気で、半同居状態の二世帯住宅、か。年の差婚、あるいは年齢詐称か、子供の話も普通にしていたけど、孫の話はしていない。私の方はともかく葛城さんに対しては、孫みたいなものよ、と言っても不思議ではないのに子供と表現していた。見た目だけではなく気持ちも若そうだ。

 それでも、自分の物が沢山ある家が最後の家なら、あれ?


「峰岸さん、最後の家がこっちに来て住んでる家なんですよね?」

「ええ、そうよ」


 運転士渡会さんは妻子がいて、マイホームを建てても、そこはお気に入りの場所では無かった。

 峰岸さんにとっては最後の家がお気に入りの場所だったと、そういうことだろう。


「良かったですね、最後」

「そう思っているわ」


 葛城さんにも今の会話の意味は理解できたようだが、それでも納得は行かないのか、私をまっすぐ見ながら言う。


「どうしてそんなに普通に話せるんですか? 犯罪者なんですよ? 良かったって、言ってしまっていいんでしょうか?」

「しらんがな」


 あ、声に出しちゃった。


「ごめん、今のは思わず。でも、もう死んでるし。無差別に殺すような人は同じグループにいないと聞いてるし、むしろ波長が合う人を集めてるみたいだし、なにより、私と会う前の事とか別にどうでも良いと思ってるから。逆に聞いてもいい?」


 葛城さんは少しだけ怒りを感じさせる目でこくりと頷いた。


「で? どうしたいの?」

「っ……!」


 怒って口を開きかけて、次が出てこなくて、断罪する気も無くて、じゃあ、どうしたいのか? と、顔がどんどん変わるのが面白いなぁ。

 ややあって、葛城さんは冷静さを取り戻して、きわめて普通に、返事をしてくれた。


「私も騙されたような気がして少し怒っていたんですが、よく考えてみたら騙されてませんでした。

 出来れば本当の事が知りたいです。それから、第一裁判の結果も知りたいです。

 ……これが私のわがままだという事は、わかりました。ごめんなさい」


 この娘、凄いな、ととても関心して、私も慌てて謝る。


「や、むしろこっちこそごめん、わがままとか思ってないよ、全然。むしろ何も考えてないから」

「私も気にしてないから大丈夫よ」


 峰岸さんは微笑んで、こくりとコーヒーを飲んだ。


「あ、新しいのいれましょうか」


 厨房に移動すると、峰岸さんもカウンターに移動した。

 お湯沸かしついでに、ボウルに卵を割り泡立てながら話の続きを聞く。


「でも、そうねぇ。私の周りで亡くなった方は確かに多かったし、大きく報道されてしまったから、魔性の女なんて言われ方をして、大変だったんだけれど……。

 実際に殺したのは二人目の旦那さんだけで、後は勝手に死んだのよ」


 峰岸さんは教えてくれた。


 まず一人目の旦那さんは普通に急死だった。早朝のランニング中の事だったが、生命保険に入ったばかりだったことが、後の事件の伏線の様になってしまったと言う。


 二人目の旦那さんは浮気現場に遭遇、浮気相手は無視して、まっすぐ旦那を問い詰めたところを女に邪魔されたので振り払ったら旦那がキレ、殴られたので、私の方が浮気だったわけ? と峰岸さんもキレた。

 その辺にあった物を片っ端から投げたり殴打する道具に使用したところ、殺してしまった。

 目撃者が多かった事もあり、執行猶予付きの判決、この時は同情もあって事件の後も犯罪者扱いがされることも少なかった。


 三人目はお付き合い中の男性で、勤務先の倒産と再就職が上手くいかずに自殺したが、前の事件で結婚に慎重だった峰岸さんにプロポーズを断られており、せめてと非常に中途半端な形の遺言状を残しており、すべて辞退したが、警察に目を付けられる結果となった。


 四人目は付き合っても居ないアパートの隣の部屋の男性、こちらも急死だ。この男性は隠し撮り写真をあたかも彼女の写真の様に飾り、盗んだ峰岸さんの洗濯物をタンスにしまっていた。

 警察が怖くなっていた峰岸さんは、洗濯物の盗難被害を出していなかった事、何となく不気味さを感じて引っ越ししようと、貯金とは別に毎月引き落としをしている生活費の残りを貯めていて、そこそこ現金を持っていた事で、また疑いを濃くした。


 四人目の事から、自分が気を付けてもどうにもならないという事を学んだという峰岸さんは、普通に過ごして普通に人間関係を構築するようになり、じゃあ付き合っても死なないって証拠を見せてやる!と言ってくれた男性と結婚した。

 穏やかに暮らして、子供も出来て、ほっと一息ついた時、事故で死んだ。

 七対三くらいで相手の方が悪い自動車事故であったが、ほっと一息ついた時だったため、子供の為にと保険に入ったばかりだった。逮捕歴もあり、これまた激しく疑われてしまう。


「呪われているのか、もしかして私が死神だったとか、そういうのだと大変だわって思ったわ」


 牛乳とバターをレンチンしてから、オーブンの予熱ボタンを押す。

 新しいコーヒーを入れてカウンターに出し、ボウルに砂糖と牛乳とバターを入れて混ぜる。

 最後に小麦粉をさっくり混ぜ、耐熱皿に移してオーブンに入れてから、厨房に置いている椅子に座った。


 もう特定の男性を作らない、という生き方を選択した峰岸さんは、子供が成人してから、寂しいな、と思った時だけお話するような、茶飲み友達は作った。

 子供たちに心配をかけるもの嫌だったので、それは慎重に、完全にランダムで、職場の人だった時もあるし、近所の人だった時もあるし、紹介の紹介の紹介、というように、何で知り合ったのかも分からないような人もいた。

 出来るだけ会うたびにお久しぶりね、というように日も開けて、オープンな場所で、昼間に、お茶と会話を2時間程楽しむような、健全なお友達だった。

 が、相手には下心があった。峰岸さんは年齢よりも若く見える美人だが、本人にその自覚はあまりない。ついでにモテている自覚はいまだにない。

 峰岸さんも知らない所で、そのお友達同士が遭遇して暴力事件に発展、警察沙汰になる事三回。

 しばらく連絡を取っていなかったお友達が亡くなる事二回。

 これは後に取り調べを受けた時に聞いた事で、詳しいことは今でも分からない。

 お久ぶりね! と久々に会った峰岸さんに、あいつと会っていたのか、と襲い掛かってきた男を、こいつとばかり会っていたのか、と刺殺した男を見て、峰岸さんはまたか、と思う。

 週刊誌に書かれた現代の魔女とか、魔性の女とか書かれた記事を見て、包丁を持った茶飲み友達が殺しに来たので、もういっそ殺されようと、抵抗しない様子に、本当の事だったのかと目の前で死なれた。


「あら? これで何人死んだかしら? この辺りから分からなくなるのよね」

「九人ですね」

「良かった、合ってるわ、もう一人死んだら最後だから」


 任意同行の事情聴取はほぼ犯罪者としての扱いだったという。

 それでも考えてみて欲しい、峰岸さんに良いことはない。むしろ嫌な事しかない。

 子供たちは潔白を信じてくれはしたが、週刊誌が出た時に、いつか迷惑がかかるかもしれない、と、祖父母の家と親戚の家に頼んで養子にしてもらった。

 逮捕歴もあり、働けない状態の時もあったし、引っ越しの回数も必然的に多くなり、お金も無かったので、猛烈に疑われながらも、峰岸さんは生きるために一生懸命仕事もした。

 訪問介護のヘルパーとして向かった先で、さっき見たニュースにつながる事件に巻き込まれる。

 同僚のヘルパーに睡眠導入剤をちょっと多めに飲ませて家探しをするタイプの困った人がいたという。

 で、当たり前の様に峰岸さんに恋をして、恋文をしたためてこっそり枕に忍ばせていたおじいさんが亡くなり、同僚のヘルパーは慌ててすべての罪を峰岸さんに擦り付けようと、ある事ない事供述しまくった。

 完全な誤認逮捕だった。

 さっきの映像は特集コーナーのような物で、写真や映像ではなく似顔絵であったことから、放送した段階で犯人ではない事が分かっていたんじゃないかと思う、と、峰岸さんは笑った。


 ともあれ人を殺したことがあるのは事実で、周りの人が死んでいくのも事実で、峰岸さんはとても疲れ切ってしまった。

 子供に頼るという気持ちは無かった。誤認逮捕で追われるように引っ越し生活なんて、とてもじゃないが巻き込みたくない。

 そんな時、三人目の旦那さんの事故を担当してくれた刑事さんとその奥さんが、峰岸さんがらみの事件を野次馬的に興味を持って追いかけていて、そろそろ何もかも嫌になってるんじゃ、と心配して訪ねてきてくれて、住み込みのお手伝いさんになりませんか、と誘ってくれた。

 刑事さん夫婦が同い年だった事と、二世帯住居にしたのに子供が全員出て行って割と本気で掃除が大変だった事、少し引き籠って落ち着きたかった事、色々な要因があって、お世話になる事にした。

 しばらくして、転勤で帰ってきた長男に、結婚するつもりも予定も無いので堂々と住めるように籍だけ入れましょうか、と言われ結婚した。


「素敵! 何歳差?」


 オーブンから出して三等分にして皿に盛る。これは熱いうちに食べた方が美味しい。


「二十歳差なんだけれど、ね。思ったより夫婦なの、よ」


 少女の様に頬を染めて、峰岸さんは笑った。


「いや、それ、長男さん全力で落としに来たやつでしょ! あ、熱いうちにどうぞ! ぐりぐらカステラ。そろそろ甘い物欲しいでしょう?」

「ありがとう、嬉しいわぁ」


 受け取った葛城さんが落ち込んでいるのがよく分かった。

 さぁ、熱いうちに、と勧めると、パクっと一口食べて、ぽろりと泣いた。


「峰岸さん、疑ってごめんなさいぃぃ」


 おお、めっちゃ子供らしい。

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