24 クロワッサンとソイラテ/ピラフとチキンサラダ
『ピコン』
携帯端末の音で目を覚ました。
前に使っていた携帯電話は使えなくなっている。なるほどね。
結局昨晩は収納ケースを押し入れに入れ、伸縮ポールを設置して服をかけ、普通にすのこに布団を敷いて早々に寝たのだ。
葛城さんからのメールで、今日の昼に会いたいというので了承の連絡入れる。峰岸さんも誘ったらしい。アクティブだなぁ。
そして、クロワッサンとソイラテのある意味本格フレンチの朝食を済ませ、私は今、キッチンで途方に暮れている。
いやマジで。
昨日の段階で、祖母の家の一階、店舗部分のキッチンがほぼ作り付けではなく後入れの家具のようなものだと知り、作り付けだと思っていたシンクや、コールドテーブル、コンロなんかも入れてもらえはしたが、その他は何もないのである。
鍋とフライパン、必要最小限の食器、食材。
カウンターテーブル用の椅子は昨日の内にお願いしておいたので昼には届くだろう。
ちなみに配達はヤスヒロ運輸ではなく地域部の人が来てくれるらしい。地域部は大忙しだ。
取りあえず出来る事からと、まずは家の外に出てみる。
祖母の家があった地域と同じ景色だが、どこかしんとしていて、人気は感じなかった。
右に自宅用の玄関扉があり、左に店舗用の引き戸があって、上部の両端に暖簾用の受けが付いている。後で何かかけておこうかな。
玄関扉から入れば、畳を横にした幅の八畳ほどのコンクリートスペースで、ここには自転車やゴミを置いたりしていたはずだ。
前の家で使っていたカラーボックスと板のカウンターをそのまま置いて、ゴミステーションぽい感じにしてみたが、とんでもなくガランとしている。
突き当りは階段になっていて、四段目までは階段の下が引き出しになっていて、靴が収納出来るようになっていた。靴もそんなに持ってないんだけど。
店側は自宅玄関側との壁に向かって、シンクとコールドテーブル、作業台が並び、作業テーブルの上には昨日設置したコンロも置いてある。
換気用の小さな窓と換気扇もついているので、ここの場所は固定だろう。
壁の上部には棚が二段作りつけられている。お酒や乾物なんかが飾るように置かれていたのを覚えている。や、いま、空っぽだけどね。
手持ちの物よりもう一段高い脚立があった方が良さそうだけど、なにか置く用事もないか。
真ん中にカウンターテーブル、調理場側には作り付けの作業台が折りたたみでついている。
椅子は五脚頼んだ。ちょっとぎゅうぎゅうかもしれないが、調理場に一脚欲しかったのでゆったり座れると思う。
壁側の折りたたみテーブルは元々持っていた椅子で丁度良かったので、昨日から出しっぱなしにしてあった。
入り口から見て突き当りは店舗側がトイレと件の収納庫。昨日の内に便器を撤去してあるが、手洗いは残してある。掃除機具やなんかはここに置こうと思っていたのだが、なにせ一階はすべてコンクリの床だ。専用の、モップとモップ用のバケツとか、ワイパーみたいなのとか、デッキブラシのもっと毛が短くて幅が広いやつとか、なんか、そういうのが必要な気がする。
パイプスペースと柱だと言われた部分を残し、収納庫側と部分的につなげたがあまり意味は無かったかもしれない。
なんにしろ置くものもないので、ただのスペースだ。なんとも勿体ない。一畳くらいあるから何なら住める。
二階に上がる前にふと思い立ったので、お昼ごはんの準備をしておこう。
炊飯器に研いだ米とミックスベジタブル、刻んだかまぼこと塩、コショウ、コンソメ、何となくちょこっと白ワインを入れて、水を足す。炊飯スタート。
使ったものを洗って、洗いかごや洗い桶も十分に置けるので欲しいな、と思いながら、二階に上がる。
二階は何と言うか、行き届いた寮みたいな作りだ。
右側にトイレと洗面所、これは昨日の内に便器との壁を撤去してもらったので、三畳ほどの広いスペースに洗面台だけがあるシュールな状態になっている。奥に向かって二畳の洗濯室兼脱衣所、こちらは温泉宿の様に棚板が二つつけられていて、タオルやアイロンは昨日の内に移動してある。数が必要最小限だから非常にしょぼい。洗濯籠も欲しいところだ。前は洗濯機にダイレクトインだった。
奥は普通にお風呂で、やや広めではあるが、ちょっとレトロな置いただけの浴槽で、追い炊き機能はない。一人だから問題ないし、ひょっとして思い込んでれば冷めないんじゃない? と脳裏をよぎったので、気にしない事にする。
つながってはいないが、廊下の先にも二畳ほどのスペースがあり、明かり取り窓が付いていて、おそらく洗濯物を干していたんじゃないかと思う。
干しているところに遭遇した覚えがないが、良くこのスペースで遊んだことは覚えている。あれ、ここで寝た覚えもあるかも。なんだってまたこんなところで。
階段から見て左側には二部屋、奥が八畳と一畳の押し入れ、手前が一畳の押し入れと六畳プラス、階段の上のかかる為、一畳分が階段のような壁になっている。階段上の天井も階段と同じように段差が付いているのだ。
昨日から何となく手前のこの奇妙な部屋を使っている。つまり奥の部屋は全く使っていない。
一度手前に荷物を運びこんで、奥を使い安いように配置するつもりがそのまま寝てしまったのだ。
すべてフローリングなので、簡単な掃除はフローリングワイパーを使えばいいし、小さ目の掃除機でもなんとかなりそうだ。二階の掃除用具については問題なさそうかな。
とにかく収納ケースから、衣類以外の物をすべて出して、何となくおいていく。
収納スペースはあれど収納用品が無いのだから直置きだ。シュールさが増していく。
もちろん家自体も昨日入ったばかりで綺麗なもので、やる事もほぼない。
取りあえずカーテンが必要な場所に突っ張り棒で布をかけ、手ぬぐいを二枚使って簡単に暖簾を作って、店舗側の玄関にかけて何となく満足していたら、山田さんがやってきた。
相変わらず軽そうに荷物を持っている。
昨日頼んだものはカウンター用の椅子五脚、カラーボックス十個、ウィンナー。
そんなクッションみたいにぼんぼん投げれれるような重さではない。
「組み立てと設置までやっちゃいましょうか」
と、言ってくれたので、お願いして運び込んでもらい、一階で椅子の位置を決めて冷たいお茶を入れ、二階に上がったらもう組み立ては終わっていた。
「はえぇな」
「物理的に組み立ててるわけじゃないっすからね」
そうですか。
カラーボックスなら軽いので設置は大変じゃないし、休憩していってくださいと声をかけると、嬉しそうに一階のカウンターに腰を掛けた。
「いい匂いがしますね!」
「ああ、ピラフを炊いていたんですよ。食べます?」
「いいんですか?」
「もちろん」
炊飯器から一膳半分程ボウルに出して、バターを加えて混ぜ、皿に移して乾燥パセリをちらして出す。
冷たいお茶よりコーヒーの方が良かったかな。
「いただきます」
「はい」
「うまいっすね!」
漫画ならはふはふとオノマトペが付きそうな様子で山田さんは食べた。
「狭い部屋から越したから色々と物が無くてがらんとしちゃって、ちょっと途方に暮れてたんですよ。誰かと会うとちょっと落ち着きますね」
なんとなくそんな風に話しかけると、
「店やります?」
「はい?」
「店やるんなら提供出来ますよ、食器やら酒やら、色々」
「寝耳に水の入るごとし」
「野宿とか雨漏りとか全く無いとは言い切れないから、驚いたという意味で使うにはいいのかなとか、初めて聞いた時に思いませんでした?」
「野宿中と雨漏りしてる家に住んでる場合はそうかもね。でも、思いがけなくない?」
「だって店舗に越したんだから言われても不思議はないと思うんすけど」
「そらそうですね」
考えてもみなかったけれど。
単純に祖母が住んでいたこの家に憧れていた事、他に住んだことのある一人暮らしの家がしっくりこなかった事、そんな理由で、店をやるという事は本当にこれっぽちも頭になかった。
はたから見ればなるほど、そういう見方も出来るかもしれない。
「ごちそうさまでした! 美味しかったー」
ニコニコっと山田さんは笑顔で食べきって、あの世チャンネルとか地獄通信とか、テレビもネットもラジオも色々携帯端末で見れますよ、と地獄の暇つぶしをいくつか教えてくれて帰って行った。
うん、美味しかったの笑顔は確かに、良い。
***
昼少し前に昨日の受付と呼ばれる場所に移動する。
葛城さんとの待ち合わせだ。
お互いが住んでいる場所を知らないので共通する場所という事で指定してくれたらしい。
既に峰岸さんも来ていて、どうやら葛城さんは私たちの住まいを見たかったそうだ。
「家はちょっと参考にならないと思うわー。二世帯住居だし」
「家も参考っていうと微妙かも。一階が店舗なんだよね」
葛城さんがしょんぼりする。可愛い。
「でもお昼ごはんがてら家に来ない? 話をするにしてもどこかって思ってたから、簡単だけど準備してあるんだよ」
即決で同意が得られた。
***
お昼ご飯はさっき山田さんにも出したピラフと、サラダミックスにフォークで割いた鶏ハムを和え、すりごまとごま油とお酢と味噌で作ったドレッシングをかけたものを、カレー皿に盛りつけた。
食器が無いのマジ辛い。
私の分は丼に盛り付けた。
二人とも美味しいと、嬉しそうに食べてくれ、食後のコーヒーを飲みながら、昨日葛城さんが行った、十人の山田さんの家、の良かったところと悪かったところのまとめを聞く。
峰岸さんはカウンターは落ち着かないと、折りたたみテーブルに座っている。
「基本的に皆さん家には寝に帰るだけという生活をおくっていらっしゃるみたいで、病院と大差がなかったんですよね。それなら病院に住み続ければいいかとも思ったんですけれど、なんだか気持ちがもやもやしてしまって」
せっかく病気から解放されたのに、病気にまつわる場所にいるというのも辛いのかもしれない。
取り合えずで家に住んで貰ってもいいんだけれど、と思っていたら、峰岸さんと目が合った。
うふふ、と峰岸さんは笑う。
「ちょうど二世帯住居だし、なんなら一緒に暮らしてみる?」
葛城さんは驚いたように瞬きをして、それから少し考えるように携帯端末を取り出して、ネットのニュース映像を再生した。
この間、無言のなんとも言えない微妙な空気に、なんなの? と思っていたのは私だけだったようだ。
葛城さんは普通の顔で携帯端末を掲げて首をかしげて見せた。
「暮らしてみて、ダメだと思って殺しても、生き返っちゃいますよ?」
連続不審死事件、魔性の女の似顔絵は、確かに峰岸さんのものだった。




