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今日も何かを食べています  作者: 弓軸月子
第一章

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22/124

22 べっこう飴


『裁判完了後、人間界行判決時に、生まれ変わりが可能になりました』


 耳元で音声が聞こえてその理由を知る。

 スキャンするように、頭からつま先まで光った葛城さんは、驚いたように瞬きをして、もう光っていない手のひらを見つめて呟いた。


「生まれ変わる為に条件があると聞いていましたが、なんだったんでしょう」


 今の会話の中で何かが変わったのだろうか。

 峰岸さんがパチパチと小さく拍手をして、笑顔になる。


「はたから見るとこんな感じなのねー! 私、一人の時だったから全然気が付かなくって、音声にびっくりしたのよー。

 病気が治ったこととか、子供でいいんだと思ったことかもしれないわね。良かったわね」


 葛城さんはなんだか腑に落ちないような顔で、頷いた。

 と、いいますか、私はそんな事未体験なので、人間界行判決が出ても生まれ変われないってことだよね。大丈夫かな、私。


「お待たせしました。アメリカンコーヒーとカモミールティーです」


 丁度飲み物が届いたので話が中断され、このまま聞かれなさそうでちょっとほっとする。

 ウェイトレスさんが飲み物を置いた後、テーブルの中央を指さしながら、


「そろそろ始まりますのでオーダーはここでストップさせて頂きます。テーブル中央から先ほどご利用した卵の中でご覧になったような映像が出て、説明が始まりますが、皆さんが同じ説明を見聞きしているといは限りませんのでご注意ください」


と教えてくれた。

 峰岸さんが首をかしげながら質問する。


「同じ内容を見聞きしていないのに皆で説明を聞くの? それならさっきの卵で良かったんじゃなあい?」

「いえ、内容は同じものなんですが、説明の仕方が年代や趣味趣向によって異なるんです。より分かりやすい言葉に変換されて説明される為、同席されている方によっては説明時間に差がございますので、自分が終わったからと話しかけられても、終わっていない場合は声が届きません。もちろん無視をされていない、という事は分かるようになっていますよ」

「そうなの。よく分からないわ。始まったら分かるかしら。私、説明書とか読まないタイプなのよ。読んでも分からないし。かといって聞いても分からないものね」


 峰岸さんは、でもなるようになるわよね、と笑って同意を求めてきたので、私と、葛城さんも頷いた。

 私は同意だけど、葛城さんはまだ戸惑っている雰囲気だ。

 そう言えば玉ねぎのお話ってなんだったんですか? と、最初に声をかけた時の事を聞いてきたので、また玉ねぎの話に戻った。


「お待たせしました。これより新住民説明会を開始します。皆様テーブル中央をご覧ください」


 程なくしてそんな声がしたので、テーブルの中心を見ると、例の四角が現れた。後は透けないようで、割と鮮明で、画用紙でも宙に浮いているみたいだ。

 またマネキンかと思ったら、普通の男の人だった。味のある可愛らしい顔立ちだなぁとぼんやり見ていたら、何かざっと見渡すように視線を動かしている。


「担当の山田太郎です。僕担当は割と人数少な目かな? 学校の授業中、僕が教壇の前に立っていて、皆さんの顔が見えてる、そんな風なので、なにかあれば普通に質問してください。ああ、他の人の質問も聞こえますが、隣の席の方の声は聞こえないので、気にしなくて大丈夫。質問者の顔も頑張れば見れると思いますが、ちょっとコツが必要なんで、おいおい。まぁ、そんな感じで、今日はざっくり説明していきますね」

「山田太郎って本名なんですか?」


 なるほど、さっそく誰かが質問する声が聞こえた。声の方向も何となく分かる。これ、意識を集中して声の方向を見れば顔見れるんじゃない?


「もちろん偽名。ここの担当は皆、山田太郎で、山田花子。移動部の担当は皆、鈴木太郎で鈴木花子。まぁ。なんか適当に良くある偽名を部署ごとにって感じなんで、他の人と話す時に楽でしょ? さっき通った受付でも、山田って言えば、僕ら地域部の人間につながります。まぁ、地域部って呼び出しでもいいんだけど」

「私の担当佐藤良子さんでしたが?」

「休暇でこっちに戻ってくる時は本名だから、慌てて自己紹介をして間違えたか、佐藤良子だと娯楽部の統一名称だから、配置換え直後で間違えたかしたんじゃないかな」


 驚いて思わず声に出してしまったが、質問になってしまったようだ。佐藤さんごめん。


「基本的にイメージの世界というのは何となく理解していると思うので、思った事が起こるという理解で良いです。見えてそんな気がしているだけで、我々には既に肉体は無いので、触ろう、と思ったから触れる、今はそんな状態なんです。

 それを基本に、そうだな、移動手段から説明しましょうか。

 今日はドアとドアをつなぐ短い通路や洞窟なんかを通って来たと思うんだけれど、基本的にはあれでOK。行先を思い描いてドアを開ければ着く。移動イメージが無いと難しいという人が多かったんで、この方法を教えている、というだけで、極端な事を言えばドアは一枚でもいい。

 ドア一枚の移動方法のイメージが出来る人は某ロボットアニメのおかげで多いんだけど、行った先の目の前に人がいると自宅が見られて恥ずかしい、という理由で避ける人も多いかな」

「行き先をイメージ出来ない場合はどうなりますか? ちょっと試してみたいです」

「基本自宅のドアを開けて自宅に帰ってくる感じになります。でも、この間行ったあそこ、というような、一度行った事のある場所であれば、映像イメージがなくても言葉で行けるので、問題ないかな。どうしてもいけない場合は誰かに連絡を取って連れて行ってもらうのが良いと思うけど。帰る時にやってもらうから、試すのは後程」


 それから自宅の事や、居住地域の事、通信方法などを説明して、他の人たちの説明が終わったら実習をして解散になるので、少し時間を潰すために雑談の時間を作ってくれた。

 百億人居たら五十億づつ人間界と地獄にいるのかって話とか。

 人間の話だけに限定すれば、魂の数は一定でそれがぐるぐる回っているのだけど、地獄に魂が集まりすぎると人間界に魂が足りなくなって、その場合はいわゆるノンプレイヤーキャラクターみたいなので一時的にしのぐけど、長期化すると魂が形成されて、地獄的にも人間と認識せざるを得ないとかで、ちょっとづつ全人口が増える。

 そうすると、ロボットに魂があるのかって話につながるんだけど、そもそも鉄も生命で、複数の生命を細胞と考えるとかなり人間に近いんじゃないかとか、そんな感じの屁理屈とファンタジーと科学と化学と夢を全部足して煮詰めたみたいな話が飛び交った。

 うん、私なんでこのグループ?


「全グループ説明が終わったみたいなので、座学はここまでで、この後実習と、あれば自宅変更の人は手続きをして、解散です。取りあえずお疲れさまでした」

「ありがとうございました」


 ざわり、と人の気配が戻って来て、テーブルを見渡すと、ぐったりした峰岸さんと、嬉しそうな葛城さんが変わらず座っている。


「峰岸さん大丈夫ですか?」

「もう、全然分からない事ばっかり言うのよ! こんなに考えたの何十年ぶりかしら、苦手なのよねぇ」

「無理矢理説明書を読まされた感じですもんね。この後は実習ですから、そこで分かれば大丈夫ですよ」


 はぁ、とため息をついて、冷めたカモミールティーを一口飲んだ峰岸さんは、嬉しそうな葛城さんを見て微笑んだ。


「茉里奈ちゃんは嬉しそうねぇ。楽しめそう?」

「はい、あまり出歩くことが無かったので、これからが楽しみです」


 皆、判決が人間界である事が確定しているような雰囲気で、少しだけ違和感を感じる。

 何も無ければここで後一ヶ月くらい過ごして生まれ変わるのかな?

 もう少しここにいるのかな?

 あるいは何か罰を受けるのかな?

 分からないけれど、葛城さんの嬉しそうな顔には、希望が見えて、なるほど、確かに先の事より今を考える方が嬉しくて楽しいかもしれないと思えた。


 実習では皆に携帯端末が配られた。そこに地域課と電話番号を交換するところから始まって、調べたい事の調べ方等、一通りの操作を教えてもらう。

 とはいえ、別にこの端末は無くても良いそうで、あると楽というだけだそうだ。

 うん、ここでイメージだけで生きると、人間に戻れなくなりそうだし、私も使うかな、端末。

 生前の最新携帯電話を大きくした様な物だし、ちょっと得した気分だった。

 峰岸さんはパニックを起こしていたけれど、音声認識設定にしてあげたら使いこなしていた。

 一週間もしたらペット化していそうな勢いだけれど、寂しくなくていいかもしれない。

 それから各々壁にある扉を開けて、色々な場所につないでみる。

 さっき行った場所や、よく行った町など、イメージが出来ればつなぐことが出来た。

 ただ扉と扉の移動になるので、扉があるところにでる。

 駅をイメージしていたら忘れ物センターだったり、トイレだったりで、そこかしこで笑いが起こっていた。

 家に行く為の扉については私もワンクッション置くことにした。

 一メートル程の廊下は何の変哲もないただの白い廊下で、ちょっと考えてから扉を閉めて、もう一度開けたら板張りの廊下にハワイアンな葉の壁紙の廊下に出来た。

 これ、家の壁紙でも出来るっぽいな。

 一通り出来るようになると、解散が言い渡され、峰岸さんがニコニコと連絡先の交換を申し出てくれた。

 葛城さんも私も是非、と喜んで交換した。


「こんなおばさんと交換してくれて嬉しいわぁ。そうだ、お近づきの印に。若い子にはちょっと恥ずかしいけど、どうぞ」


 そう言って峰岸さんは、手作りだという桜の塩漬けの入った綺麗なべっこう飴をくれて、それじゃあまたね、と、扉を開けて帰って行った。

 綺麗で勿体なくって食べられないという葛城さんの横で、手作りならではの、ラップ包装をペリッと剥がして口に入れる。

 ああ、甘いだけじゃなくて、桜の香りと塩気が絶妙。

 その分飴はほんのり黄色い程度で、べっこう色になるまでは過熱していないから甘みは強いけれど、バランスが素晴らしい。

 私が真剣に味わっていたら、少し迷いながら、葛城さんもパクッと口にする。


「美味しい!」


 パッと、華やかに笑って、ようやく年相応の笑顔を見せた。

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