23 引っ越し(袋麺醤油味)そば
「高坂さんは帰らないんですか?」
見送ったままぼんやりしていたら、葛城さんが声をかけてきた。
「うん、自宅を変更したいから手続きをしていくよ。そういえば、葛城さんは大丈夫? 未成年で闘病生活を送っていたなら自宅でしょ? 独り暮らしには大きくない?」
「いえ、実は、病院に住んでいるんです」
「病院?」
「はい。空きが無くてたまたまだったんですが、個室のとても良い病室で過ごしたことがあって、印象深かったのか、起きたらその病室にいたんです」
「えー、不便じゃなかった? 何もないでしょう?」
「お風呂とトイレとテレビと電子レンジ、小さな冷蔵庫にベッド、設備的には家具付きのワンルームマンションと同等じゃないかと、教えてもらったのですけれど」
違うの? と少し不安そうな顔をしている。
「うーん、違わないけど、掃除道具とか、洗濯機とか無くて困らなかった?」
「困りました。病院で細々と色々な事をやってもらっていた事を思い知りました」
苦笑い、というか、少し寂しそうな顔で葛城さんは言う。
「家事は母が一通り教えてくれていたので、やり方は分かっていたんですが、実際にやったのはお手伝い程度の事ばかりで、失敗して後から思い出すので、情けないし、嫌になるし……
あ、ごめんなさい。言ってもどうしようもない事を言いました。
私も自宅を変更したいのですが、病院と自宅以外が頭に浮かばなくて、相談したいと思っていたんです。ご一緒してもいいですか?」
断る理由も無く、心配もあったので了承して、二人で、先程通っただけの総合受付と呼ばれる部屋に行き、受付で要件を伝えると、当たり前なんだけど山田さんが現れた。いや、今度は花子さんだったから別の人だけど。
受付まで来なくても相談だけなら電話でも大丈夫らしく、経験がてら電話を使ってみては? と言われて、葛城さんは電話にチャレンジを始めたので、横で住宅変更手続きをする。
「荷物は今住んでいる場所にある荷物だけになってしまうんですが、問題ないですか?」
「選べない?」
「前に住まれていたお家ですか?」
「祖母の家だったんだけれど」
「捨てたり、引っ越したり、取り壊したりはしていますか?」
「建て替えてる」
「それだと難しいですね。生活に必要な物であれば趣味に走らない限り申請すれば個数に制限なく入手できますよ」
「趣味に走らないとは?」
「メーカーやテイスト、色に拘らず、サイズのみであれば聞きます」
「ショッキングピンクの洋服ダンスが届いちゃったりとか」
「稀に変わった色のものが支給されることはなくはないですが、稀ですよ」
「家電ならなんとかなるかな……」
「よくある物、よく売れている物、平均的な物、が、ご用意出来ると思っていただければ」
「とりあえず生活に必要な物は一式持ってるから引っ越してみてから考えるわ。どうすれば良い?」
「引っ越し先を頭に思い浮かべてもらって、問題がないか確認するだけですね。どうぞ」
どうぞって。
私は昔祖母が住んでいた家を思い出す。
「一つ、見た事がない場所がある様ですが、どうされますか?」
「ええ?」
覚えがないこととなんで分かるんだという両方に驚いて思わず声が出てしまった。
曰く、人の記憶の自己再生はどうしても曖昧になるので、自己再生された部分の少し前から早送り再生して間取りを確認、それを定着する様に手助けしてくれるらしい。
なんだそれ、気持ち悪。脳がかゆい。
「どの辺りですか?」
「一階の階段下の辺りですね」
「トイレじゃなくて?」
「トイレと階段の間ですね」
分からないので紙とペンを借り、間取りを書き出してみると、確かに謎の空間があった。
「物置じゃないかな。これ、トイレとの壁をなくしてそのまま広げることは?」
「想像がつけばできますけれど、戸の位置がこの辺りなんで、間にパイプスペースを挟んで、階段の段差を利用した収納庫ではないかと。作り付けの棚があったのかどうか……」
話が専門的になってきたので聞き流していたら、最終的に壁を破壊しに来てくれるらしい。助かる。
葛城さんは後ろで一生懸命電話をして、これから一人暮らしのお家見学に回る約束を取り付けていた。
まぁやることもないんだし、じっくり決める楽しみもあるから良かったね、と言うと、楽しみです、と笑う。キラキラの眩しい笑顔ってやつだね。
家が落ち着いたら連絡をするのでお茶しましょうと告げて、それぞれ担当者に付き添われながら別れた。
***
昔祖母の住んでいたその家には問題なく辿り着く。
記憶が曖昧な部分も再現されており、懐かしさも感じたが、新築の様に何もない綺麗なシンとした家に、少しだけうーん、と思う。
あの家の“イイ感じ”は祖母の雰囲気も加味したものだったんだろうな。住み心地くらいは負けないように頑張りたいけれど。
件の入ったことのない部分は、戸を開けたらそのまま壁だったので、付き添いの担当者さんに開けてもらったら、ちゃんと収納庫になった。
担当者が思う構造が反映されているらしく、なるほど便利そうだけど、これだとトイレとつなげない、とか、まるで施工会社や建築士と話をしている気分でわくわくと相談していたのに、じゃあ、この壁は取りますね? と言った担当者が、紙でも切るかの様にカッターで壁を切って、段ボールの様に壁を運び出すのを見て、私の感動は消失したわけだけども。
サイズが合わないという理由でいくつか交換してもらった家電は、ショッキングピンクという事もなく、黒かグレーの物が、これまた担当者さんの手によって、まるでクッションの様に運び込まれ、元々持っていた荷物はなんとなく仕舞そうな場所に置かれて、改築と引っ越しはあっという間に終了した。
お礼に大活躍の羊羹を渡して見送り、玄関から家の中を眺める。
今日から、ここが私の家か。まさか死んでからマイホームを手にいれるとは思わなかった。
引っ越しと言えばそばだけど、麺類はラーメンしかないんだよなぁ、と頭をかきつつ、コーヒーとカップ、ポットと鍋を発掘して湯を沸かす。
コンロは十秒ほど悩んでIHコンロにした。後日カセットコンロも入手するつもりでの選択だ。
しかもグリル付きだったので、ちょっと嬉しい。
キッチンは広すぎて、荷物が少なすぎて、スカスカで、色々揃えたくなる。足りていたわけだからここから先の物欲はひょっとすると贅沢なのかもしれない。いや、すでに贅沢をしている気もする。
ああ、そばはそばでも焼きそばなら作れるね。
湯沸かしついでと、コーヒー一杯分だけ作って、鍋に水を足す。
醤油味の袋麺を取って、茹で時間を確認、材料がそろえばスピード勝負案件だ。
玉ねぎは薄切り、かまぼこは短冊切り、鶏肉はかなり小さ目、一口大を四分割位がいいかな。
湯が沸いた鍋に麺を入れて、フライパンに油を引く。
さっと麺をほぐしたら具材をフライパンに投入。
軽く塩を振って炒め、記載されている茹で時間より一分程早いけど、鍋から麺をザルに上げる。
ちゃちゃっと水けを飛ばしたらフライパンに麺ドーン。
インスタント麺に入っていた粉末スープを入れて、よく混ぜる。
ここで追い油、は、ごま油で、一口味見。ソースで味を調えようかと思ったけど、思ったより味が濃かった。このままで良さそうだ。
皿に焼きそばを移して、フライパンに卵を落として水を入れ、蓋を閉める。
使った鍋をさっと洗ってから、半熟の目玉焼きを焼きそばの上に乗せて完成。
片付けは後。
キッチンの向こう側にあるテーブルに移動して、気が付いた。
椅子が無い。
マイホーム一日目の夕飯が立ち食いなんちゃって醤油焼きそばか。
それでも出来立てをはふはふっと食べた方が絶対美味しい気がするので、気にせず食べ始める。
「いただきます!」
美味しい。
焼うどんだとソース派、醤油派といるけど、焼きそばって言われるとソースのイメージがある。
完全にインスタントラーメンの味なので、ちょっと変な気分になったが、あんかけ焼きそばとか、海鮮焼きそばとか、結構ソース以外の味の焼きそばだってあるんだよね。
コーヒーだと思ってコーラを飲んじゃうとか、なんか、そういう空脳感を感じつつ、考えてみれば、このテーブル用の椅子は祖母時代にも無かった事を思い出す。
一階の三分の二が店舗になっていて、カウンターと、壁から出すタイプの折りたたみテーブルが二つある。基本は立ち飲み客を相手に、お酒とおつまみ、それこそ立ち食いそば感覚で食べるワンプレートの食事を出す小さな店だった。
祖母が六十五歳になるまで営業していて、貯金がたまったから改築して隠居する、と宣言するとともに閉店、改築された後は、一階を住居、二階を人に貸して、隠居する予定が、持ち帰り専門なのになぜか四人掛けのテーブル席があるおにぎり屋を開店していたので、店が好きだったんだろう。
祖父は割と早くに亡くなったが、この店の一番のファンは俺だと、毎日店でご飯を食べ、食器を洗ってくれたと楽しそうに話していたので、応援してくれた事も大きかったのかもしれない。
うーん、結婚も経験しておけば良かったかしら。
父も母にメロメロだったし、メロメロって……、自分の語彙に辟易としながら焼きそばを食べ終える。
「ごちそうさまでした」
再度お湯を沸かしながら片付けをして、ポットに湯を移してからコーヒーを入れる。
二階の居住スペースに持っていかれたかと思っていた椅子が一階にあったので、壁のテーブルを探して出してみる。
腰板と馴染むように作られていて、結構お金をかけたんじゃないかと思ったが、そういえば祖父は大工さんの家系だった。今でいうところのDIYかもしれない。手が込んでいる上に売り物っぽい出来だけど。あり得る。
ビールジョッキと取り皿を二つづつ位乗せたらいっぱいになるような小さなテーブルだけれど、こちらは普通の椅子で丁度良い高さだ。
カウンターの方は普通の椅子では太刀打ちできない、買おうか、どうしようか。
今日は寝られるように片付けるだけにするつもりだけれど、明日の一日三つの貰えるものを先に考えてしまわないと、逃しそうだ。貧乏性が悲しい。
とはいえ、その前に。
コーヒーを飲みながら、今日貰ったばかりの携帯端末を立ち上げて、元々持っていた携帯電話のメモ帳を開く。
「頼みますよ、神様仏様」
呟いてから検索ボタンを押して、一人で盛大に笑うとか怪しいからと、こみあげる笑いを堪えつつ、メールを作る。
『本名でやんの』
『戻ったら言い訳をしに行きます』
文章の佐藤さんは語尾を伸ばすことなく音速で返信してきた。
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死亡 六日目(第一裁判)
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入手品:ワイングラス/生地/麺棒
朝食:クロックマダム/クロックムッシュ
昼食:カフェラテとクラブハウスサンド
間食:べっこう飴
夕食:引っ越し(袋麺醤油味)そば




