21 カフェラテとクラブハウスサンド
『ブン』
卵は進んで新しい場所に到着して開き、出るように促されるとSIMカードを渡さた。
ここから先はグループの人としか遭遇しないらしい。SIMカードは肌身離さず持ち歩くものなので、携帯電話にではなく自分に入れます、と説明されて驚いた。どこでもいいと言われたが、係員のオススメの耳たぶの後ろ辺りにあててみたらすっと吸い込まれてまた驚く。取り出すことも出来ると言われたが、何度も試すのも嫌だしそのままにした。
それまでぼんやりと感じていた人の気配や周りの景色が、急に輪郭を持ったようにはっきりと見え、自分のいる場所を視認出来る。
丸い、体育館程度の広さで、壁にはかなりの数の扉が等間隔にあり、中央にも丸い受付らしきものがあって、それ以外の部分には、色々な種類で色々な色の椅子が適当に置いてあった。
人の数はそこそこ多いが、あまり座っている人はいないし、出入りが多いようだ。
私もどこの扉でもいいから入って座って待つように言われたので、一番近くにあった扉を開ける。
広さは大学の講義室くらいのだろうか、中には五十名程度の人がおり、お茶を飲んでいる。四人掛けでセットされた丸いテーブルがいくつかと、長方形の長いテーブル席もあるようだ。
どこに座ろうかとキョロキョロしていたら、女の人に声をかけられる。
「あなた、なんだっけ、ほら、電車の事故の、何だったかしら、あれの人よね? ほら、電車の」
私は話しかけられた事が嬉しくて、笑いながら返事をする。
「そうです、始発電車横転事故で死んだ高坂和香といいます」
女の人はそうそう、と言いながら、椅子をすすめてくれた。
「峰岸百合よ。事故の次の日によくわからない理由で死んだんだけれど、さっき裁判の時に聞いたら風邪だったっていうのよー。いやになっちゃうわ」
寝て起きたら死んでいたという事で、死後の感覚が似ていてちょっと面白い。
「なにか注文しない? 喫茶店やカフェにあるものだったら大抵そろっているんですって。私も紅茶をおかわりしたいから」
「お支払いとかってどうなるんですか?」
「それが必要無いって言うのよ。趣味でやってるんですって。死んでからも働くなんて凄いわよねー。すみませーん」
「はーい、いらっしゃいませ。ええっと、説明は……」
「大丈夫よー、今、私、説明したからー。紅茶のお代わりをお願いしたいの。今度はアールグレイがいいわ、ミルクもお願い」
「かしこまりました。そちらはお決まりですか?」
「カフェラテと、クラブハウスサンドって出来ますか?」
「大丈夫です。少々お待ちください」
どこに厨房があるんだろう? と思っていたら、扉から出て行った。
これまでの経験的にそのまま厨房につながっているんだろうな。
「死んでからも食事をしているの?」
一食抜いたという気分だったので思わず頼んでしまったが、確かにちょっと変わった注文だったかもしれない。
「してますね。する事が無いので出来るだけ生きていた頃の生活をなぞっているんです」
峰岸さんは何度か頷いた。
「私も最初の三日位まで必死に冷蔵庫の残りを片付けたりしてたわ。子供は成人して出て行ってたんだけれど、主人と主人の両親と半同居みたいな感じだったのよ。その家に一人っきりで。なんだかわからなくて生きていた頃通りに寝て起きて家事をしていたの。
でも、一人なのよね。四日目から落ち込んで、一部屋丸々ゴミ置き場と決めて、私のもの以外は全部捨ててみたの。
あまりの自分の物の多さに驚いたわ。普通嫁の荷物って少なそうじゃない? でも家は多かったの。
愛されて、甘やかされて、良くしてもらってたんだわ、と思ったら寂しくてね」
目を潤ませてそう言った。いやいや、食事の話してましたよね。と思ったらちゃんと続いている。
「昨日はちゃんと三食作って食べてみたの。主人の好きな献立でね。簡単な物ばかりだから、主人やお義母さんでもすぐに作れると思うと、少し心配が減ってね。私も落ち着いたから、やっぱり普通にしているって、凄いことだと思ったのよ」
あなたもそう思うでしょう?といった風情で、峰岸さんは残っていたお茶を飲み干した。
上品な人だな、と思いながら、私は改めて峰岸さんを見る。
六十歳位だろうか、風邪で死ぬには少々若い印象だ。少し明るめの茶に染められた髪と、きちんと化粧をしているが自然に見える明るい肌色、たれ目気味の可愛らしい目は少し小さ目で、太ってはいないがふっくらとした柔らかそうなラインの彼女にぴったりだ。
うん、次に会っても認識できそう。
「お先にお飲み物失礼しまーす」
紅茶とカフェラテが届いた。
大きめのカップに入ったカフェラテを一口飲んで、ゆったりとした気持ちになる。
「緊張していたのでほっとします」
そういうと、峰岸さんはふふっと笑みをこぼして同意してくれた。
「皆そう思っていそうよね」
くるりと部屋を見渡すと、確かに皆、思い思いの飲み物を手にゆったり、ところによりぐったりの人もいたが、概ね落ち着いている印象だ。
人数は少しづつ増えている。
冷蔵庫に何も入っていなかったので困った話をしていたらクラブハウスサンドも届き、小さ目の三角サンドとポテトフライが付いた物だったので、峰岸さんにも勧めて一緒に食べた。
カリっと焼いたパンに、具はチーズと卵フィリング、パストラミビーフとレタスとトマトの想像した通りの物だった。美味しい。ちゃんと注文してから作ってるんだな、と妙に感動した。
玉ねぎの大量消費にピザや丸ごと使う方法、ひたすら炒めたものを冷凍ストックする方法など話していると、室内も大分混雑してきた。
キョロキョロとどこに座った物か困っている若い女性がいたので見ていたら、また峰岸さんが声をかける。
「良かったらどうぞー、今は玉ねぎの話をしているんだけど、知ってるでしょう? 玉ねぎ」
そりゃ知ってると思うよ、玉ねぎ。峰岸さんはなんて言うか、偉大な人だな。
女性は首をかしげてから笑って、空いている席に着いた。
「お声がけありがとうございます。嬉しいです」
随分丁寧に気を遣う人、というのが第一印象だった。
「葛城茉里奈と言います。十九歳、ガン……で病死しました」
「高坂和香、三十四歳、ニュースで見たかな? 事故死」
「あらあら、二人とも若いのに大変だったわね。峰岸百合、……七十二歳よ。私も病死だけれど、だたの風邪よ」
年齢に驚いた。両方とも見えない。葛城さんは大人びているし、峰岸さんは若い。
「びっくりするわよね、こっちにきて大丈夫だったの? 一人で困ったでしょう?」
「闘病が長かったので、少し戸惑いました。でも、担当の方が色々教えてくれたので、なんとか」
「そうなの。落ち込んだりはしなかった?」
「死んだことは正直嬉しかったです。何度も無理だと思っていましたから。家族の事では落ち込みました。その、申し訳ないような気持だったので」
「どうかしらね、病気め! って思って病気を恨んだり、医師に当たったりはすると思うけれど、最終的にはこれ以上苦しまなくて良かったって、何とか納得するんじゃないかしら。私はそうだったし、友達もそんな感じだったわ。貴方が病気から解放されて嬉しかったんなら、それでいいと思うわ」
そうですか、と、葛城さんは小さく言って目を伏せた。
初対面で死亡の話になってしまうのは仕方がないけれど、重いな、と思う。
私は部屋を見渡して、ウェイトレスさんを見つけると合図をした。
「なんか、無料で飲み食い出来るって。喫茶店とかカフェ系のメニューは大体あるみたい。取りあえずなにか飲まない?」
メニューがないので、漠然と言われても困るだろうが、ウェイトレスさんが来てしまえば何とかノリで注文出来るはずだ。優柔不断な友人がよくそういう頼み方をしていたな。決まらないから店員呼んで! ノリで注文する! って。五回に一回位なんか違うと首をかしげていたけど。
「お待たせしましたー、説明は大丈夫ですかね?」
「大丈夫よー、カモミールティー頂ける?」
「はい、ございますよ」
「私はアメリカンコーヒーをテイクアウトパッケージでもらっていい?」
「はい、サイズはどうなさいます?」
「なにがあるか分かんないや、三五〇ml~五〇〇mlくらいの間のやつで。グランデとかエルとか?」
「ここでは大サイズになります。今のところ大中小でやってるんですけれど、通じるので大丈夫ですよ」
「じゃ、それで。葛城さんは?」
「は、い。ええっと、私もカモミールティーを下さい」
「かしこまりました、少々お待ちください」
何となく三人でウェイトレスさんの背中を見送ってから、会話を再開する。
「コーラとか、なんとかペーノとかでなくて良かったの?」
「ああ、買い食いの習慣もありませんでしたし、健康に良い物と言われていて、普通の、コーヒーや流行の飲み物は飲みなれていなくて。ほうじ茶か水と思っていたので、喫茶店らしい注文が出来て助かりました。まねをしてしまってすみません」
「気にしていないわ。でもそれならほうじ茶を頼めば良かったのに。注文し直す?」
「いえ、大丈夫です。他に思い浮かばなかっただけですので」
「そう? それならいいのだけれど、子供は遠慮しなくていいのよ」
「……子供、でしょうか?」
「茉里奈ちゃん十九歳でしょう? 家の娘より年下だもの、何だったら私の子供みたいなものよ」
「高坂さんもそう思いますか?」
峰岸さんのなんとかペーノに笑いを堪えていたら話を振られてしまった。
全然考えても無かったんだけど。
「どっちでもないんじゃない? っていうかどっちでもいいんじゃない? 私は区別してなかったけど、峰岸さんから見たら可愛い子供って感じだったってだけの事でしょう? ひょっとして峰岸さん私も子供に見えていませんか?」
「二人とも可愛らしいから大丈夫よー」
やっぱり。
「高坂さんも子供なんですか? 娘さんおいくつなんですか?」
「二十五の時の子供だから、四十七歳ね。上にお兄ちゃんもいるけど、そっちは五十。和香ちゃんも子供みたいなものね」
「私、せめて大人になって両親を安心させたいって思っていました。大人って何なんでしょうか」
そうね、小学生の頃の二十歳って物凄い大人って感じがしたものね。
大したことないんだけどね。二十歳。
気持ち的には全然変わってないんだけどね、二十歳から。
「親になって子供が出来ると? 一人前的なイメージはありますよね。私みたいに結婚も子供もいないと、いつまでも子供だ、なんていう人もいる位だし」
「茉里奈ちゃんの場合は成人の日のイメージかもしれないわね」
「でも二十歳になっても葛城さんのご両親は安心できないと思うよ。二十歳になったら、病気が治ったら、結婚相手が決まるまでは、孫の顔を見るまでは、世のご両親て心配し続けてると思うんだけど」
「そうね、死んだって心配してると思うわ。天国で幸せにしてるはずだって」
「あれ、そういえば病気ってどうなるの?」
「風邪は治っていたわね」
「私も完治していると言われました」
「それは良かった。実際は地獄にいるわけだけど、ある意味ちゃんと天国にいるのかもね」
なんて話をしていたら葛城さんが頭からつま先にかけて光り始めた。




