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竜の翼ははためかない9 〜竜王伝説〜  作者: 藤原水希
第二章 ゲートムントとツァイネの場合
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チャプター9

〜近くの森〜



 あれこれと考えながらも、言われるままに近くの森までやってきた。外門の衛兵が顔見知りではなかったため、散歩感覚で街の外に出るのは少し難儀したが、ゲートムントとツァイネの名前を出した途端それならばと通してくれた。冒険者ギルドに所属している戦士たちは、衛兵と顔をあわせる機会も多いため、こういう時に便利なのだと思い知る。

 もちろん、騎士団に所属している衛兵なのだから、エルリッヒのことも知っているだろうが、ここで名前を出すのは気恥ずかしいし、できるだけしがない街の住人として暮らしたいという思いにも反する。だから、とても都合が良かった。

 近くの森は何しろ城壁の東側に隣接しており、森と言ってもそこまで広大ではないので、危険も少なくてちょうどいいのである。

「どれどれ。いるかな〜」

 まずは目を閉じ、耳をそばだてて物音と気配を探る。すると、遠くの方、森の中央あたりだろうか、金属のぶつかるような音がする。気配まで探らずとも、確かに誰かが戦っている音だということはわかる。おそらく、ゲートムントたちが模擬戦をしている音だろう。

 それにしては真剣で模擬戦をしているのが気になったが、今はとりあえず行ってみることが先決だ。それこそ散歩気分で森の中を進んで行った。



☆☆☆



 森の中で厄介なのは狼のような獣の存在だ。一応警戒しながら進んで行ったが、辺りは静まり返っていて、魔物どころか獣の気配もなかった。森にはそれなりの数の獣が生息しているだろうに、身を潜めているのだろうか。いくらなんでも、ゲートムントたちが修行の最中に駆逐してしまったとは考えにくい。

 彼ら二人は、目的のためにはどんな相手にも向かっていくが、そのための手段にはこだわるし、無益な殺生は好まない問いうことをよく知っている。

「もしかして、これも魔物が強くなった……ていうか、魔王が復活した影響なのかな……」

 考えられる可能性のうち、一番高いのはそれだが、それにしても不自然だ。今は落ち葉や枝を踏みしめる足音だけが、妙に響き渡る。

「まあ、安全に散歩できると思えば、楽しいんだけど」

 木漏れ日は優しく葉影を作り出し、時々風に揺れて今度は葉擦れの囁きを聞かせてくれる。時々聞こえてくる鳥たちのこだまは元気よくあたりを包み、鼻腔をくすぐる森の香りは、独特の癒しを与えてくれる。曲がりなりにも都市で暮らしているんだと思い知らされるひとときだ。そして、立ち止まって振り返っても、城壁はもう見えず、ここが王都に隣接した森だとはとても思えない。

「国土の真ん中とはいえ、森の隣に街を作るなんて、当時の人たちも洒落たことをしたもんだね」

 建国の、そして街づくりの経緯は分からない。だから、この森を含めて城壁を建造しなかった理由は全く分からない。しかし、もし森が城壁の内側にあったら、今頃はもっと多くの人で賑わっていて、落ち着かなかったかもしれないし、何より生息する生物の数が少なくなっていて、これほど豊かな森にはなっていなかったかもしれない。そう思うと、いい判断だと思わざるをえない。

「さて、そろそろかな?」

 もう一度立ち止まって耳を澄ましてみる。今度はさっきよりもはっきりと、人並みの聴覚でも先ほどのような剣戟の音が聴こえてきた。もう少しだ。



☆☆☆



 前後左右どこを見ても、もちろん上を見上げても、そこが森のどこに当たるのかはさっぱりわからない。それでも、この森は人間が分け入るのに最低限必要な程度には草が踏みしめられており、簡単な道になっている。だから、そこから外れなければ迷うことはない。

 ひとえに、この森に出入りする木こりたちのおかげだ。

「もう少しかな」

 少しずつ大きくなっていく音を頼りに、距離を測っていく。さすがにこの道から大きく外れるようなことはないだろう。中央あたりには大きめの広場もあり、そこで頑張っているのに違いないはずだ。その広場も、自然にできたものらしく、一帯だけ太く降り注ぐ光は、とても幻想的なのだ。まったく、自然の創り出す景色には本当に感心させられる。

「お!」

 少しだけ道が曲がりくねった先に、広場が見えてきた。この辺りまで来ると、もう自分の足音でもかき消されないほどの激しい音が聴こえてくる。

 自然と、足取りが速くなる。

「おーい!」

 激しく戦いを繰り広げる二人の姿を見つけるなり、大きく手を振って呼びかけた。

「えっ?」

「エルちゃん?」

 それまでお互いしか見えていなかった二人も、突然聞こえてくる鈴を転がすような声と視界の端に入るこの場にはないはずの色彩、赤い髪の存在に、すぐさま手を止めた。

 どうしてここに? という疑問はあるものの、こんなところでもわざわざ訪ねてきてくれたことが嬉しかった。今まで修行で乾いていた心が、一気に潤う。

「どうしてここに?」

「ギルドで聞いてきたんだよ。ちょうど、中央通りですれ違ったって人たちと話をしてて」

「あ〜、シュミットたちだな? あいつら、ゴブリン退治に行ってきたんだっけ」

 さすがにギルド所属の二人は違う。彼らともちゃんと顔見知りなのだ。すれ違ったということだったが、どこまでの話をしたのだろうか。その辺りも気になる。

 話をしたいことは山ほどあるのだ。

「俺たち、ちょっと立ち話してから別れたんだけどよ、なんか、ゴブリンのくせにすっげー強かったって言ってたな。ゴブリンごときにって言ったら悪いかもしれねーけど、まさかそんなところにまで影響が出てるとはなー」

「うん、前に魔族が言ってたよね。魔族は魔王の影響で強くなるって。こういうことなんだろうね。俺たちも気をつけないと、格下だと思ってた魔族にやられるかもしれない。指揮官が強いなんてのは当たり前だけど、雑魚が雑魚じゃなくなる日が来るなんて、思ってもみなかったよ」

「二人とも、何辛気臭い顔してるのさ。そういうのと戦うために、こうして修行してたんでしょ? もっと自信持ってよねー。って、そだそだ、二人とも、何で抜き身で戦ってたの? いくら何でも、下手したら大怪我しちゃわない?」

 激しい金属音が響いていた理由をようやく聴くことができた。二人とも、練習用の刃を潰した剣や穂先にカバーをつけた槍ではなく、普段から使っている親衛隊の剣と龍殺しの槍だ。実戦さながらといえば聞こえはいいが、その分危険もも増す。いくら修行と言っても、やりすぎではないだろうか。

 二人の表情はゴブリンの話で辛気臭く沈んでいるが、これについては特別気にしているような素振りが見えない。

「あぁ、そのこと?」

「やっぱ、心配かけちまうよな。誰もいないからいいと思ってやってたんだけど、まさか見られちまうとはな。やっぱさ、安全な武器だと、やってても攻撃に手抜きが出たり、避ける方も少し油断しちまうんだよ。怪我のことまで考えてたら、その辺できねえしな」

 手近な切り株に座って話を続ける。安全な武器では模擬戦という意識で戦ってしまうが、その意識を変えるため、そのままの武器で戦ったということらしい。彼らは彼らなりに、魔王復活を重く見ているのだ。

「まぁ、こないだの時はいいとこ見せられなかったしな」

「うん。別にエルちゃんにいいところ見せたくて戦ってるわけじゃないけどさ、街を救うためには、俺たちギルドの戦士たちか騎士団が勝たなきゃだめだったんだ。それを、正体がバレる危険を冒してまでエルちゃんは助けてくれた。それはあの時だけじゃなかったけどさ、できれば、俺たちが戦って街やみんなを守りたいんだよ」

 そのための戦力であり、そのための危険な訓練なのだ。二人の気持ちは十分に伝わってくる。守りたいという思いや、戦士としてのプライド、それに街の人たちへの想い。

「うん、二人の気持ちはよくわかったよ。ありがとうね。町人の一人としてお礼を言うよ。でも、それで怪我をしたんじゃ元も子もないんだし、ほどほどにしてよね」

 あんまり心配をかけられては、友人としてこちらの身がもたない。それもまた一つの気持ちなのだ。伝わってくれるといいが。

 並んだ切り株の右側。視線を向けるとそこにはバツが悪そうにしている二人が見える。ということは、多少は伝わったということだろう、よかった。

「あー、なんか、ごめん」

「だな。一応気をつけてるっつっても、俺たちが先に怪我したんじゃ、意味ねーわ。今日の修行の成果はあったと思うけど、次からはもうちっと考えるわ」

「うんうん。わかってくれて嬉しいよ」

 気持ちが伝わったことが嬉しくて、ついにっこりしてしまう。

「はぁ〜」

 ホッとするあまり、深呼吸をする。やっぱり、森の空気は心地いい。全身が浄化されるようだ。

「で、エルちゃん」

「ん、何?」

 今度はツァイネが問いかけてくる。

「今日は何しにここに来たの?」

「あ! そうだった!」

 やりすぎな修行の件で、ここにきた目的がすっかり頭から抜けてしまっていた。

 思わず立ち上がり、そんな自分に茫然自失とするエルリッヒであった。




〜つづく〜

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