チャプター8
〜冒険者ギルド〜
その日、エルリッヒの姿は冒険者ギルドにあった。ここを訪れるのも久しぶりである。荒くれたちが集う場所であり、普段は用のない場所だ。何かの依頼を出すこともなければ、それ以外に用もない。時々行くことがあるのは、ここの酒場で出される料理を研究するためだ。
何しろ屈強な戦士たちの舌を虜にしているのだから、その秘訣は是非学びたい。そんな思いで訪れては、豪快な盛り付けと一見すると濃い味付けでガツンと舌を打つようで、その裏側に感じられるスパイスや食材の持つ味のバランスに、男たちに混じって舌鼓を打ってしまうのだった。
しかし、そんな普段とは違い、今日訪れた目的は他にあった。
「どれどれ? ゲートムントたちはいるかな?」
わざわざお店を夜の営業だけにしてまで訪れた、そのお目当てはゲートムントとツァイネの二人である。中に入り、ぐるりと見回してみるが、人が多くてなかなか探せない。自分の記憶が確かなら、こんなに混雑していることはないはずなのだが、ここ最近は事情が違うのである。
魔族の二度にわたる大規模な襲来以来、冒険者稼業が今まで以上にもてはやされるようになった。彼らは城の兵士たちとは違い、普段から実戦を経験している猛者たちで、いざという時に頼りになるという話が街中に広まり、それまでもたれていた粗野・粗暴と言ったイメージが払拭されたのである。そして、王都の危機を聞きつけ、国内の他の街からも冒険者や傭兵が集まっていた。何しろ魔王復活以降、魔物は今まで以上に凶悪になり、獣も影響を受けて獰猛になっていて、盗賊などは相変わらず街道で旅人や商隊などを狙っているとあっては、依頼の数も増えるばかりなのである。
「ここが繁盛してるのは、国難ってことなのかもしれないなぁ……」
そう思うと、素直には喜べない。この賑わいからは、少し連想しづらいところではあるのだが。
「もうちょっと中に入って探してみるかな」
入り口からでは二人の姿は発見できない。そもそもここにいるかどうかも分からない中で訪れているのだが、いないことがはっきりしないと、帰るに帰れない。
冒険者たちの喧騒で足音はかき消されてしまうが、鎧を着るでもなく、職員でもない娘が赤い髪を揺らしながら堂々と闊歩する姿は、人ごみにあっても目立った。
「お!」
「あ、あれは!」
中には、エルリッヒのことに気付く者もいる。以前から、ギルドでも腕利きのゲートムントたちと親しいことや、料理の研究のために酒場に通っていたことなどで、一部の冒険者には知られていたが、正体がバレてからは、別の意味でも人気が高まっていた。
さすがに直接目の当たりにしたわけではないから心底信じている者は少なかったが、それでも「魔族の指揮官を倒したピンク色のドラゴン」を目撃していた者も多く、一様に好意的に受け止めてくれていた。少なくとも、それだけの力を持った娘がこの街にいて自分たちと同じ思いで街を守るために戦ってくれるというのだから、興奮するのが戦士心理というものなのだそうだ。
そこに、どこから漏れたのか「竜族の王女」という肩書きが後押しをした。こんなに「色々持っている」娘はなかなかいない。いつしか、冒険者の間では伝説の存在になっていた。
「エルちゃん、久しぶり!」
「今日はどんな用で来たの?」
「元気そうだね」
冒険者たちはみんな気さくに声をかけてくれる。伝説的な存在ではあるものの、人気者でもあるのだ。返すエルリッヒも笑顔で応対する。こうして仲良くできるのは本当に嬉しいし、楽しい。
「ちょっと、ゲートムントとツァイネに用があってね」
ひらひらと手を振りながら、クエストカウンターの近くまでやってきた。ここまでの間に、二人の姿はない。もしかしたら、いないのだろうか。
無駄に探し回るのも時間の無駄だ。ここは誰かに尋ねてみることにした。真っ昼間だというのにテーブルで酒盛りをしている一団を発見したので、近寄って話しかけてみた。
「ねえねえ」
「お! エルちゃんじゃん! どうしたの?」
「俺たちに何か用?」
「何なら一緒に飲む? 今日は一仕事終わった後だから、おごっちゃうよ?」
鎧を着込んだままの戦士たちの顔に覚えはない。いつの間にか有名になってしまったので、向こうはこちらを知っているかもしれないが、交流のない冒険者はいるものだ。仲良くなる機会ではあるのだが、目的とは違うので、やんわりとお断りすることにした。
「んー、せっかくだけど、今日は食事に来たんじゃないからね。みんなは、昼間っから酒盛り?」
「そりゃあ一仕事終えた後の酒ほど旨いものはないからね!」
「そうそう! それに、ここの料理って、酒に合うように出来てるでしょ? 俺たちさっきまで外で魔物退治してきたんだけどさ、もうヘトヘトで、めちゃくちゃお腹減っててさ。もう、飯が進む進む!」
「そうそう。あいつ強かったよな〜。前戦ったとき、もっと弱かったのにな」
『もっと弱かった』? その言葉は少し気になった。魔物が強くなっているのは知っていたが、実際に戦い比べたことはない。肌感覚として強くなっているのであれば、そのあたりはしっかり知っておきたい。
今誘いを断ったばかりだというのに、一団の隣に座って話を聞くことにした。
「ん、いいの? 用があるんじゃ……」
「いや、今の話が気になってね。もうちょっと詳しく聞かせてよ。今日はどんな魔物の退治をしてきたの?」
「あぁ、そういうこと? いいよいいよ。語ってあげよう! 俺たちの武勇伝を!」
それから、男たちの武勇伝が始まった。
☆☆☆
一時間後。
「色々聞かせてくれてありがとうね。楽しかった。今度はうちのお店にも食べに来てね。コッペパン通りにあるから」
「おう! 絶対行くぜ!」
「そっちも楽しみだな!」
「また、すげー土産話を持っていくからな!」
楽しい気持ちで席を立って、はたと気づく。本来の目的を果たしていないことに。
「そうだ! 忘れてた! ゲートムント! ゲートムントとツァイネだよ! あの二人、見なかった?」
「なんだ、あいつらを探してたのか。前から仲良かったもんなぁ」
「そういえば、さっきすれ違ったよな」
「ああ。ギルドに向かう途中、中央通りですれ違ったよな。近くの森に修業に行くとか言ってたよな。まだいるんじゃないかな。あそこなら危険も少ないし」
「バカ。エルちゃんに限って危険ってことはないだろ。でも、行ってみるといいよ」
これは幸運だった。ちょうど良く二人とすれ違っていただなんて。手短に礼を言って、ギルドを後にした。
〜中央通り〜
外門に向かって歩きながら、さっき聞いた話を振り返っていた。
彼らが戦ってきたのはゴブリン。深い森などに暮らしているが、弱い魔物としてよく知られており、エルフや蛇女、大こうもりといった魔物より簡単に討伐できるため、駆け出しの冒険者の相手として相手にすることが多かった。それが、森を出て街の近くにまで出てきているということだった。依頼主は王立騎士団。彼らは今外に出られないため、ギルドを頼ったということだった。
いくら弱いゴブリンといえど、一般人には脅威なので、討伐依頼が出るのは当然のこと。しかし、一般の冒険者にはさしたる敵ではなかったので、彼らもあまり気構えせずに依頼を受けたらしい。
もちろん、魔物が強くなっているという話はいろんな冒険者仲間から耳にしていたので、決して油断していたわけではないが、その”強くなった魔物”と相対したのは、これが初めてだった。
そもそもなぜゴブリンが弱いといえば、人間に近い姿をしていて、しかも子供ほどの小柄な体躯で、人間の庶民より高い程度の身体能力は持ち合わせているものの、特殊能力があるわけでもなく、主だった武器は手にしたナイフ一本で、防御においても服を着ているだけと、魔物というより亜人の一般人と言った方が近いくらいの戦闘能力しかないからである。
それでも、人間に対しては敵対心を持ち、かつて倒された魔王に対して絶対的な忠誠を誓っており、やはり魔物なのだ。人間側の立場としては、危険があれば排除せねばならない。
それが、今日相手にした5匹は、明らかに違っていたという。
曰く、「ありゃあ歴戦を積んでめちゃくちゃ強くなったゴブリンだった……」とのことで、力も素早さも、想像をはるかに超えていたらしい。
こちらは武装が整っていたこともあり、辛うじて勝つことができたが、それでも向こうのほうが幾分素早く、攻撃を当てることには終始苦労したようだった。
「う〜ん、思った以上に事態は切迫してるのかも……」
いつもと変わらない街の賑わいを横目に、一人焦りを覚えるエルリッヒなのだった。




