チャプター72
〜王城 月光の間〜
「さて、騎士団への新装備の支給も終わったわけだが、兵士たちの様子はどうか?」
その日、月光の間ではいつものように議会が行われていた。今日は珍しくフランツも呼ばれている。もちろん、普段そのようなことはありえない。王子という立場は、国政には関わらないのがこの国の習わしだからだ。しかし、装備品の刷新と、騎士団員の浄化を目的とした武術大会では、フランツが主観となって計画を進めることになっていた。
これらの確認のために呼ばれたのだ。
「順調です。まだまだ不慣れな者もいるようですが、暇を見つけては新しい装備を使いこなそうと頑張っているようです。その辺りも含めて、修練ですから、想定の範囲内です」
「そうか。それで、武術大会の件波動なっている? そちらも急がねばならんぞ?」
騎士団の補強は、いずれ必ずやってくると想定している魔王軍の再来に備えるための急務だった。本当であれば、今日襲ってくるかもしれない。そこまで考えてしまうと、焦りすら生まれてしまう。
「はい。そちらは来週の開催を予定しています。約一週間後。今日、この後団員全員にお触れを出します。基本的に全員参加の大会ですから、催しとしても盛り上がることと思います。可能であれば、観客を入れたいところなんですけどね」
「殿下、さすがにそれはやりすぎではありませんかな? 観客として城内に市民を入れるなど」
早速、どこからか茶々が入る。権威主義的な議会関係者からすれば、こうして平民の関わる話題が出てくるだけでも許しがたいのだろう。他の幾人かの評議員も頷いている。
しかし、フランツの言葉は止まらなかった。
「確かに、城内に市民を出入りさせることは治安上の問題を抱えます。ですから、観客席以外のところに出入りさせないことは基本になります。ですが、観客の声援を背負って戦うことで、参加する兵士や騎士たちの士気が上がるケースがあります。そして、彼らには把握してもらう必要があるのです。自分たちが守らなければいけない存在が何なのかということを。国を守る、我々王族を守る。それもいいでしょう。ですが、民なくして王はありません。民を守るということを実感として背負ってもらう必要があるのです。特に、上級貴族出身の団員には」
「なっ! いかに殿下といえど、言ってよいこととそうでないことがありますぞ? 陛下の御前ゆえ多くの言葉で語ることは慎みますが、我らがそして我らの子弟が王族をお支えしている。それはお忘れなきよう」
「はぁ、そなたら、ここは言い争う場ではないぞ? いや、議会であれば言い争いも起こりうるか。それはさておき、フランツの言葉も尤もである。民の声を背負い、有事の際には彼らを守るのだと実感させることで、騎士たちの心根に影響を与えるというのは、良い案ではないか。それに、せっかくの催し、我らだけで盛り上がるのはいささかにもったいない。もっと言ってしまえば、民から不満が出ないとも限らぬのではないか? 平民出身の兵士たちであれば、どこで親しい者に話をするかもわからぬのでな」
決まった。この場での国王の発言を取り付ければ、多くの者は反論の機会を失う。言いたいことがあっても、国王の言葉を根底から覆すだけの論拠がなければ出しづらい。
もちろん、国王はこのような場では極力相手の意見を聞いた上で結論を出すような人物だが、全く忖度なくことが進むことは少ない。それもまた事実なのだ。
「では陛下、観客を入れる、ということでよろしいでしょうか」
「うむ。仔細は任せる。くれぐれも安全に、そして要らぬ諍いの起こらぬよう配慮するように。良いな?」
この念押しがせめてもの貴族連中への配慮だった。王城に作られるであろう観客席に観客を入れる。それ自体を許しても、城内を好き勝手歩き回るようなことは避けるように、そして貴族連中をないがしろにすることがないように。
フランツも、それは重々承知していた。ある程度はやむをえないにしても、過剰な軋轢を生じさせるのは、自分が即位した後のことを考えると、どの方面に対しても得策ではない。権益や保身のことしか考えていない貴族は不要だが、それだけでない貴族たちは不要な人材ではない。そして、平民から議会員などを募るのは、まだ時期尚早だと考えていた。だから、国の運営にはまだまだ貴族の存在が不可欠なのである。
「詳細が決まり次第、陛下にはご報告申し上げます。もし、その折に至らぬ点がありましたら、ご指導いただければと思います」
「うむ。では、下がってよいぞ」
フランツの出番はここまでだ。ここから先の話も聞いていたいし、内容によっては口を挟みたいところだが、それは出過ぎた行為として角が立ちすぎる。ここはおとなしく退室することにした。
「はっ」
席を立ち、月光の間を後にする。退室する時、扉を開けてくれた兵士二人が装備しているゴルトナイト製の武具が、誇らしげに輝いていた。
☆☆☆
月光の間を出てすぐ、扉の脇で子爵と男爵の二人が待っていた。報告のため議会に呼ばれたと聞かされて、気になって見に来たのだ。
「殿下、どうでした?」
「うん、概ね問題なく進んだよ。兵士たちの装備強化への報告と、武術大会への観客の件」
「あれ、よく決まりましたね。てっきり反対されるものだとばかり」
観客を入れる件は陽光の間での話し合いでなんども話題に出していたが、他の貴族たちの反対や国王の判断で一気に覆りかねない、という側面があり、実現できなくても仕方がない、という程度での提案にとどまっていた。
「貴族連中は概ね反対って感じだったよ。もちろん、騎士団長以下関係者は僕に目配せしてくれてたけどね。議会の場は文官が中心で、武官は数合わせみたいなところもあるから、発言するには至らなかったけど。父上が理解を示してくれたのが一番だったよ」
「陛下が首を縦に振れば、誰も文句を言えませんからね。いやー、強い強い」
「でもそれ、反乱分子の種になりませんかね。ちょっと心配」
古くから王家に仕えてきた貴族たちの反感を買うことは、国の運営にとってはいいことではない。だからと言って、彼らに譲歩しすぎることもよくないのだが、さじ加減の難しい話だった。
「それより、二人とも仕事はいいの? 抜け出してきたんじゃない?」
「殿下にそれを言われると、ちょっと心外です。勉強を抜け出して外を出歩いている殿下に言われると」
「確かに。それに、兵士全員の装備が新しくなって、メンテナンス部隊は暇なんですよ。暇な時は鍛錬すればいいんで、半分自由時間みたいなもんですし、備品の購入とか経費も、今回の件で一気に新しくなって、古いのを順次買い替え、みたいなのもだいぶ遠のきましたしね。今までの装備よりもメンテナンス性が高いみたいで、錆びにくいとも言ってましたし。いやー、いいことづくめです。俺たちは暇な方がいいんですよ」
一応、尤もらしい理由を説明する。自分のことを心配してここまで来てくれたことを考慮しても、あまり強くは言えなかった。
「さて、これからまた忙しくなるよ? 大会のことは、僕たちが頑張って進めないとダメだからね」
「わかってますって。もっと格上の貴族出身者たちがいるのに団長たち下級貴族の面々にも色々任せてくれてるんですから、期待に添えるよう頑張らないとですよね」
「期待されてるかどうかは、わかんないですけどね」
三人は、王城を歩きながら話を続けていた。大会がどんな風に行われ、どんな結果になるかはわからない。だが、きっと楽しく、そして波乱含みのものになる。そんな予感がしていた。
〜つづく〜




