チャプター73
〜コッペパン通り 竜の紅玉亭〜
いつものように賑わうお昼時。この日はゲートムントとツァイネも食事に来ていた。そこに何かの必然性があったわけではない。二人は示し合わせて食事に訪れただけだ。
本当なら毎日でも来たいのだが、ギルドで依頼をこなしていると、外で食事をとることも多く、ギルド内の酒場で食事をとることもある。そちらはそちらで美味しいのでこれは非常に難しい選択なのだ。
ただ、ここで元気に働くエルリッヒの笑顔を見ていると、食事以上に胸に飛び込んでくる感情があった。
「はぁ〜、やっぱいいよな〜。仕事中のエルちゃん最高すぎる」
「本当にね。楽しそうに働いてるもんあぁ。見てるとめちゃくちゃ忙しそうなのに。好きなことを仕事にしたって言ってたけど、こういうことなんだろうな。嫌いになることはなかったのかな」
頼んだメニューが届くまでの間、二人はエルリッヒのことを目で追いながらそんなことを話していた。
「ちょっと! 二人とも見すぎ!」
そこまで露骨だったのか、当人たちに自覚はなかったが、そもそも気配でいくらでも察することのできるエルリッヒには愚問にも近い話だった。視線は意識しなくても突き刺さる。まして、露骨だったのなら尚更。
そうして、二人の露骨な態度に釘をさすことも、周囲の馴染み客からすれば、楽しいアクシデントだ。一気に笑いに包まれる。
「二人とも、ほどほどにな〜!」
「えぇ〜? 俺たちそんなに見てた?」
「見てた見てた。あれはちょっと露骨だったね」
「うーん、そんな自覚なかったんですけど……自分たちは無自覚ってことなんですね」
それが思わぬ迷惑につながることもある。気をつけなくては、と思ったのだが、やはり視線で追ってしまう。ずっと見ていても、まるで飽きない。見た目はもちろん、その活発な動きもとても魅力的で、親しくなれたことに感謝の念を抱いてやまない。
そんな気持ちを察してか知らずか、少し諦めムードでため息を吐く。
「はぁ……」
見られたところで減るものでもないし、見られて困る隙を晒しているわけでもない。だから、究極的には一切困らないのだが、視線がこんなに突き刺さるとは、思いもよらなかった。
それは、この街で店を構えて初めて知ったことだ。幸か不幸か、それまでの長い生活でそういう経験がなかったのも、あるのだが。
(思えば……)
誰かに言い寄られるようなことは経験があった。当然、全て突っぱねてきたのだが、そもそも何で自分が? というのが一番に立ったので、自分が他人から見て魅力的あるなどということは一切意識したこともなかった。
どこかの街や村に落ち着いた時も、極力土地の女の子コミュニティに属するようにしていたので、異性との交わりが少なかったということもある。
人間社会で生きていくためにまず大切だったのは、女の子としての価値観や感性を身につけることだった。人と違うことも個性だと意識したのはここ数十年のことで、特に初めの頃は、人間社会のことをまるで分かっていなかったこともあり、「普通」の価値観を会得することに固執していた。
それが寛解して行ったのは、数十年経った頃のこと。いくつかの街を渡り歩いて、いくつかの人たちと関わり合いをもって、時代とともに価値観や感性は変わっていくのだということを知ってからだ。
(だからって、こんなに露骨に好かれるってのは、やっぱり慣れないなぁ)
彼らと知り合ってからも数年経つというのに、未だに慣れない。もちろん悪い気はしないのだが、これこそ自分が人間ではないということの証明なのかも。ということを常々考えてしまう。
「はい、ゲオルグさんお待ちどう! クーゲルさんは次だからちょっと待っててくださいね!」
毎日毎日てんてこ舞いで忙しい。でも、それがとっても楽しい。自分で選んだ道、料理の道は、ゴールがないので探求のしがいがありすぎる。
こうしてみんなの笑顔が見られるだけでも楽しい。
「さて、クーゲルさんの注文はっと……」
厨房に戻って次のメニューの支度にとりかかろうとしたその時、新たな客が現れたようだった。
「いらっしゃー……い」
現れたのは、お城の兵士二人。こないだの子爵と男爵ではないようだ。見たことがない。見たことはないが、記憶にある装備とは違う武具を身につけている。どうやら、これが噂の新装備らしい。確かに、今までの簡素な武具とはレベルそのものが違うようだ。
「えっと、お食事ですか? それとも、何か用ですか? 呼び出しなら、昼の営業と片付けが終わるまでは待ってください。それとも、他の用ですか?」
厨房から店の入り口は離れているが、思わぬ来客に店内が静かになり、声はよく通った。
「これは申し訳ありません。我々はお城からの書状を持ってきたのです。おや? そこにいるのはツァイネさんじゃないですか! じゃあ、隣の黒髪の方はゲートムントさんですか?」
「え、俺? 確かにゲートムントだけど、何か?」
さすがに城に直接呼び出されるような悪さはしていないはずだし、書状をもらうような大層な立場でもないはずだ。単純に有名人のツァイネの隣にいるから呼ばれただけだろうか。思い当たる節がなく、首をひねる。
「これは都合がいい。この後、お二人のところにも書状を持っていくところだったんですよ」
「俺たちに、書状? なあツァイネ、思い当たる節、なんかあるか?」
「いや、ないねぇ。呼び出しならまだわかるけどね。魔王軍との戦いに備えて意見を聞きたいとか、騎士団に戻って欲しいとか。でも、書状っていうのはちょっと」
「とにかく、これをどうぞ」
そう言って、兵士の一人が手にした書状を三人に配っていく。重たげなのにどこか軽快な金属音を響かせながら兵士が店内を歩いていく。新しい武具が誇らしげだ。
配られた書状はしっかり蝋印で封がしてあり、隅には竜を象った王家の紋章も入っていた。
「我々も中身は知りません。とにかく、渡しましたからね。それでは、失礼しました!」
二人は手短に用件をすませると、そのまま去ってしまった。おそらく、そのまま食事をして帰る、というわけにはいかないのだろう。
「なあ、なんの書状なんだ?」
「一応お城からのものみたいだし、先に読んじゃいますね。クーゲルさんと、そのあとのみんな、ごめんなさい」
「いいってことよ。お城からじゃぁな!」
「そうそう! それに、そっちの二人も同じだろ? 早く教えてくれよ!」
「うん。じゃあ、開けるね?」
仰々しい封を破り、中の書類を出す。品のいい便箋に手短に認められたそれを、エルリッヒは読み上げた。
「何々? 『コッペパン通り竜の紅玉亭店主エルリッヒ殿、来る竜の月、竜の日に開催される、騎士団主催の武術大会に特別招待客として参列して観戦してほしい』? んん??」
当然、大会のことは知っている。陰で意見を出した一人だ。だが、騎士団のうちうちで開催するものではないのか? 知らない間に、大会の規模が大きくなっているようだった。
「んじゃ、二人のは? 何が書いてあるの?」
「じゃあ、俺から読むね。……んー、文面はほとんど同じだね。宛名書きが、『騎士団元親衛隊所属のツァイネ殿』てなってるのと、最後に『くれぐれも丸腰て来るように』て描いてあるくらい?」
「てことは、俺のも同じかな?」
最後にゲートムントが目を通す。
「どう?」
「同じだった?」
「まーな。俺の場合、宛名書きが『槍の名手ゲートムント殿』て書いてあったけどな。いやー、俺、そんな風に見られてるんだな! ちょっと嬉しいよな!」
ゲートムントはともかく、エルリッヒとツァイネは、思わぬ方向に話が進んでいるようで、少しだけ不安な思いがよぎっていた。
「これ……」
書面の末尾には、こうしたためてあった。冒頭ではなく、わざわざ末尾に。
『竜王杯へようこそ』
〜お・わ・り〜




