チャプター70
〜竜の紅玉亭〜
「今回の件が終わって、僕はあれこれ考えたんだ……」
打ち上げが始まってしばらく。男三人はすっかりアルコールが回っていた。そして、それに後押しされて、料理もどんどん進んでいた。誰が払うのかわからないが、これは上客だった。
一人素面のフォルクローレは、お酒の入った三人の様子を楽しそうに眺めながら、時折適当に相槌を打ったり話を振ったりしながら食事を続けていた。
「何を考えたんですか?」
「あれこれって?」
酔っ払っていてもそれなりにはちゃんと下受け答えをしている。三人とも、意外と強い。
「今回のことは、誰でもできたんじゃないかって思ったんだ……」
「そうですねぇ。ぶっちゃけ誰でも同じことはできた気がします。俺の個人意見ですけどね。でも、偉そうな貴族相手に話がすんなり進みますかね。それを考えたら、俺たち三人でよかったと思いますよ?」
「そうそう! 俺たち三人で行ったから、うまく行ったんです! 若くて腰が低くて気さくで顔のいい俺たち三人だったからこそ! みんな心を開いてくれたんです! 俺たちで時代のこの国を切り開きましょ〜!」
「あはは〜。そうなったら面白そうですね! ささ、美味しい料理はまだまだありますよ。どんどん食べて食べて!」
それぞれのテーブルに料理をよそっていくフォルクローレ。それを、なんとなく楽しい気持ちになって胃袋に流し込んでいく三人。本当に、話題はまともなのに酔っ払いそのものだった。
「そういえば、エルちゃんが心配してましたよ? 普段いいものを食べてるお貴族様の口に合うのかかって。ここの料理、どうですか?」
「えぇ? そんなつまらない心配をしてたの? 大丈夫、どれも本当に美味しいよ! 普段食べる料理とは全然違って、まるで経験のない味わいも多いし、普段だと、立派なお皿に少し料理が乗ってるだけのコースも多いから、訓練をした日には物足りないこともあるけど、そんなこともないし。これが、長く生きてきた経験が出せる味なんだろうねぇ」
「ああ、それは俺も思いました! それに、俺たち騎士団員は戦地での野営を想定して、粗末な食糧で済ませることも経験してるから、こんな立派な料理、ご馳走もいいとこだよ!」
「そうそう! それに、いくら貴族って言っても、俺たちは比較的下の方だから、そこまで毎日贅沢もできないしね! 庶民の若者よりはお金を持ってるだろうけどさ、鼻にかけたらご先祖様に怒られっちまうよ!」
ゲラゲラと笑いながら、なおも料理を掻き込んでいく。酔っ払っている上にこの食べ方では、味などわからないのではないかと言わんばかりの勢いだが、一口ごとに嬉しそうに笑みを浮かべているあたり、しっかり味わえているようだった。この三人の食べ方を見ると、なんのテーブルマナーも学んでいないフォルクローレの方が上品に見える。
「それにしても三人とも、普段からこんな感じじゃないですよね。あまりにも普通というか、貴族っぽくないというか」
「そりゃあそうだよ。僕たちは確かに礼儀作法一般を厳しく躾けられてきているけど、いつもそんなんじゃ息が詰まっちゃうからね。たまには息抜きをしないと!」
「そうそう! それに、俺たちは領地に視察に行く時は、いつも街の宿屋に泊まってるから、こういう雰囲気には愛着があるんだよ」
「屋敷は王都にあるし、メインの領地には小さいながらも城があるけど、辺境の所領にそんなものはないからね。その辺りは、大貴族も同じ事情だと思うよ」
「へぇ、そうなんですね。そういえば、この国の土地は必ず王族かどこかの貴族家の領地に属してるんですもんね。流れ者だったから普段全く考えたことなかったですけど。やっぱり、視察に行くと喜ばれるんですか? それとも、睨まれたりするんですか?」
気になる貴族事情について、あれこれと質問してしまう。フォルクローレにとっては未知の世界で生まれ育った者たちとテーブルを共にしているのだ。こんな機会は滅多にない。
「あぁ、それね。その前に、お酒もう一本頼んでいいですか? 今度は白がいいな」
「賛成! さっきの美味しいのはもう空っぽだし、次は白にしましょう」
「二人とも、ほどほどにね。馬車を呼ぶような時間じゃないんだし、僕たちが面倒を見ると言っても、限界があるんだから。それだけは弁えてね」
「じゃあ、あたしが頼みますね。エルちゃ〜ん、白ワインボトルで一本ちょうだ〜い!」
まだまだ賑わう店内、厨房のエルリッヒに向けて、はっきりと聞こえるように大きな声で叫んだ。エルリッヒの聴覚は人間のそれとはまるで違うのでそんな必要はないのだが、周りの人間がそれを意識することはほとんどない。フォルクローレもその一人だ。
「は〜い! ちょっと待ってね〜!」
こちらも元気のいい返事がすぐに返ってくる。フォルクローレの耳には、親友の声はひときわ心地よく、特別なものとして飛び込んでくる。この賑わいの中でもはっきりと聞き取ることができ、それどころか周囲の音とは別のものとして聞き取ろうとすらしている。
そんなエルリッヒの声を聞いて、
(まるで一級のデザートみたいだ……)
とすら感じていた。
「はいお待ちどう。何にする?」
程なくして、他のテーブルに料理を運び終えたエルリッヒが現れた。白ワインと言っても幾つかの銘柄を用意しているので、御用聞きはしなくてはならない。
「そうだなぁ。って、あたしは飲まないんだよ! ほら、三人、選んで選んで!」
「んあ、そうだね。じゃあ、誰が決めます?」
「決めるも何も、男爵の飲みたいやつでいいよ。子爵も、それでいいよね?」
「間違いなーし。こいつの選んだお酒なら、絶対美味しいやつですから」
そうして、選択権が男爵に委ねられる形になった。と言っても、メニュー表のようなものがあるわけではない。ここでは、客の飲みたい風合いのリクエストを元に、醸造家から聞いたそれぞれの銘柄の特徴を当てはめて選んでいくだけだ。ぴったりマッチすることもあれば、意外な出会いになることもあるし、時には期待外れになってしまって申し訳ないこともある。なかなかに気を遣う作業なのだ。
「じゃ、リクエストをお願いします」
「はい! 軽い口当たりで少し辛口の奴をお願いします! さっきは赤だったし一通りボトルは開けたんで、今度は白らしい味わいのをお願いします!」
酔っ払っているせいか、口調がおかしい。まるで学校の先生にでも言うかのようにリクエストを告げた。その様子を見て、他の三人が笑ったのは言うまでもない。
「そんなシンプルなリクエストでいいんですね。じゃ、選んでくるから待っててくださいね。もし、料理の追加があったらその間に考えておいてくれるといいかも」
そう言って店の奥の酒蔵に消えた。酒蔵と言っても光の入らない物置のような場所で、デリケートなお酒に最も適した部屋、というだけなのだが、地下室を作るわけにも行かなかったので、これがせいぜいだった。
それでも、店の経営が軌道に乗ってきた頃、大工に作ってもらった特製の部屋だ。
「ん〜。どれかな? これかな? いや、こっちの方がいいかも」
頭の中の醸造家たちと対話しながらボトルを選んで戻ってきたのは、およそ10分後のことだった。白ワインのボトルと、三人分の新しいグラスを持っている。
「これは、ヴァイスタッシェという、南で作られている白ワインです。ささ、どうぞどうぞ」
またもコルク栓を抜きながら、銘柄だけを説明して新しいグラスに注いでいく。淡く色のついた液体が注がれ、周囲に先ほどとは違う香りが広がる。
それを具体的に形容することはエルリッヒにもフォルクローレにもできなかったが、男爵の舌や鼻に適えば、きっとまた詩的に表現してくれるだろう。
密かに耳をそばだてている他の客たちも含め、みんながそれを期待していた。
〜つづく〜




