チャプター68
〜王城 修練場〜
騎士団長はじめお歴々たちが武器の試用に盛り上がり、子爵たちがその解説に躍起になっている頃、国王とフランツはそれを遠目に眺めながら言葉を交わしていた。
「やりおったな。これがお前の初仕事だ」
「ええ。自分一人で成し遂げたわけではありませんが。そうです、皆の尽力のおかげです」
フランツは子爵たち二人に視線を向けた。もちろん、彼ら二人だけの力でもない。武器屋ギルド、鍛冶屋ギルド、そしてフォルクローレの力があって初めて成功したのだ。それを、忘れてはいなかった。
「それにしても、あの者たちのはしゃぎよう、まるで子供のようではないか。まあ、私も人ごとではないのだがな」
「騎士であれば、武器や防具に心踊るのは当然でしょう」
それはフランツも同じだ。新しい武器は自分が使うわけではなく、まして自分が腰に下げている剣の方が強力なのだ。それでもテンションが上がるのである。これはもう、性分としか言いようがなかった。
「私も国王として王家に伝わる剣術を修め、彼らもまた、国の平和を守らんと修練を続けてきた。まあ、幸か不幸かその力を振るう機会はなかったがな。しかし、我らが子供の頃はまだ魔王の脅威、恐怖を知っているものが生きていた。だから、今の若者よりも真剣に修練に励んでいたのも事実だ。この時代がいいとは、決して思わぬがな」
「ええ。魔王など現れなければいいに決まっています。ただ、武具の強化はどこかでやらなければならないことだったはずです。それが、たまたまこの時代に差し迫っただけで。弱い武具しか支給していなかったのは、平和ボケの最たるものですから」
それは辛辣な言葉でもなんでもない。本来であれば、備えはいつできていても十分な状態でなければならないのだ。まして、国を守る中枢の騎士団がこうなのだから、それは備えができていないことの露見以外の何物もなかった。
「そうだな。この街での騎士団の武具の強化が終わったら、次は国内の他の町の対応だ。彼らもこの国を守る戦士だ、少しでもいい武具を支給してやらなければならぬからな」
「お願いします。私たちが、先鞭をつけました。あとは、それに倣うだけです。とはいえ、どうです? この武器、いい武器ばかりでしょう。これなら、魔物とも以前よりも互角に戦えることは間違いありません。無駄に命を散らすことも、守りきれない命が出てくることも、減るに違いありません。私は、この国の王子としてそれを望んでいたんです」
まだ、実戦投入したわけではないので戦果がどのようになるかはわからない。それ以上に、一度も魔物に向かって刃を向ける機会が訪れなければいい。だが、もしもの時は必ず来る。そう考えての行動が身を結んだ、間に合った。それは、大きな自信と安心につながった。
「そなたの言う通りだな。平和が一番、それは私も強く実感している……」
そう言って、視線を上げて尖塔の一つに目を向けた。そこは、先日の襲撃で折れてしまった場所で、予算を街の復興に回しているため、未だ修復されていない。
「あそこは、幸い物置同然になっていたから良いものの、誰かの部屋であったら、見張りの兵を配置していたら、人的被害も出ていただろう。いや、そうではないな。あの尖塔が折れた時点で、その下に誰もいなかった幸運に感謝すべきなのだ。全ては偶然か、神の思し召しか」
「どちらでしょうね。それはそうと父上、一つ気になっているのですが、勇者の末裔は、現れると思いますか?」
それは、先日も行った話の続き。それまで、冒険譚として親しまれ、有事の際の心の支えになるべく語り継がれてきた勇者の物語が、この時代になって一気にきな臭くなってきた。そのことについては、国政の長としての国王と、もっとじっくり話をしておかなければならないと考えていた。おとぎ話レベルの話ではなく、実務レベルの話として。
「以前も話したかもしれないが、正直に言ってしまおう。現れても現れなくても、どちらでも良いと考えている。かつて各地の国王がそうしたように、国に伝わる宝物を授けることもできず、授けるとしても、金銭くらいだ。証拠がなければどこの何者ともわからぬ若者にそれを授けることになる。そして、その力も未知数だ。以前の勇者がいかにして勇者になり、いかなる力を持っていたのか、我々は何も知らぬからな」
「そうですね。ですが、この先魔物の進行が激化したら、人々の支えが必要になるでしょう。勇者の末裔というのは、それには十分なんですけどね」
その他の英雄物語のように、自分がそうなれれば、という思いもなくはなかったが、あいにくとフランツ自身はそうなれるという自信はなかった。気性が穏やかで、周りの人間は認めてくれるけれど、剣の腕が本当にどこまで通用するのかわからない。それに、自分がもし魔物退治の旅で命を落としてしまえば、この国に後継者問題が勃発する。何より、勇者に備わっているらしい「特殊な力」も「神の加護」もなかった。
だから、つい第三者に委ねてしまいたくなってしまう。
「人々の支え、か。それであれば、やはりエルリッヒ殿しかいないのではないか?」
「やはり、そう言いますか。彼女はこの国では一介の街娘です。そのような重責を与えることには抵抗がありますが、彼女であれば、適任でしょうね。人並外れた力があり、美しく快活な彼女であれば、民衆の支持も得やすいでしょうね。まして、その正体が巨大なドラゴンで、彼女自身、竜族の女王だというのですから。でも……」
あくまで一介の街娘として戦い、人々を守る。そう心に決めている彼女にそれ以上の役割を与えたくはなかった。窮屈にさせてしまうかもしれないし、危険にさらしてしまうかもしれない。その圧倒的な力を知っても尚、その考えに変わりはなかった。
「彼女であれば、次の伝説にもなれると思うがな」
「それはそうでしょう。でも、やはり、彼女には街娘であって欲しいんです。ですから、これからの情勢にあって、不安な民衆をどう束ねるか、ということを考えていたのです。もちろん、この国の政治はおおむねうまく回っています。国政に関する大きな不満もありませんし、大きな犯罪も起こっていない。ですが、魔王軍の侵攻は、それとは全く別の次元で襲ってきます」
議会でも、あえて避けていた話題だ。誰も、これに関する話をしようとすると、ついお茶を濁し、話題を変えてしまう。そして、みんながみんな、その内心を理解していた。言い出さなければという思いに、先送りにしたいという気持ちが勝っていた。
「今までの2回は、人的被害があっても死者までは出ず、住むところを失った人も、国の庇護で立て直せる程度の数でした。ですが、次は……」
「わかっておる。わかっておるのだ。そろそろ、先送りにできる時間はなくなっているのだろうな」
堂々巡りしてしまう考えも、繰り返すことで少しずつ中央に近づいていた。それが今、ようやく収束しようとしていた。息子との語らいで、扉を開いた。
「次に予定している騎士団の大会も、その一つです。大貴族の子息であっても、実力が伴わなければ騎士団を追われる。その現実が、国が、騎士団が魔物の再来に備えて現実的に動いていることと、次の危機までに猶予がないんだということを内外に示すことになります。騎士団はあくまで国にとっては組織の一つですが、それが大きく動くことは、議会にも影響を及ぼします。もちろん、民衆にも、王都の外にある、他の町にも」
「そなた、そこまで考えておったのだな。ならば何も言うまい。平和が脅かされる日が必ず来ると仮定して、動くのみだ。即位前の立場ではあるが、まだまだ働いてもらうぞ」
息子は頼もしく育っているようだ。それを感じ取り、嬉しくなる。力強く、その肩を叩いた。
「さて、他の武器も試させてもらうとするか。そなたの見せた衝撃波とやら、私も放ってみたいからな」
そう言って、再び人だかりに向かうのだった。
〜つづく〜




