チャプター66
〜王城 月光の間〜
「いよいよか」
「はい。いよいよです」
その日、月光の間は異様な興奮に包まれていた。いよいよ、進めてきた騎士団の支給用武具の納品日なのである。それを、まずは国王が最初に確認することになっていた。
「今、出来上がった武具が一揃えここに向かっております」
「柄にもなく、待ちきれんな」
「それは、私も同じです。殿下達が手配した武具たちがどのような出来なのか。我ら騎士団上層部の者も、詳細は秘密にされておりましたからな」
「全く、この歳になっても武具一つでワクワクできるとは、我らもこう見えてあまり大人になっていないということかもしれませんな」
「いや、これこそ騎士の本分というでしょう。騎士は戦こそ華、武具に心踊るのは性分でしょうて」
この月光の間に集っていたのは国王と大臣をはじめとして、騎士団長、副団長、ルーヴェンライヒ伯爵、それに伯爵と騎士団では肩を並べる他の貴族団員が十人ばかり。皆、騎士団上層部の権限を乱用して国王によるお目見えへの列席をねじ込んだのだ。
『国王陛下! フランツが参りました! 開門願います!』
みんながそわそわしていると、大きな扉の向こうからフランツのくぐもった声がした。フランツと子爵たち三人は、納入された武具一式をここに持ってくる役目を仰せつかった。
城内を台車が進んで行く様は異様で、ましてそれを王子が自ら先導しているのだから、周囲の好奇の目にさらされることは避けられなかった。と言っても、フランツたち三人は、そのようなことを機にするような性格ではないのだが。
「おお、来たか! 早く扉を開けよ!」
興奮気味の国王が開門を指示する。傍に控えていた兵士二人が天井まで高さのある大扉をゆっくりと明けていく。もちろん、この兵士たちもいつものように簡素な鎧と槍を装備しており、今回の武具リニューアルの支給対象だ。だから、表情には出さないよう努めていたものの、当事者として内心の興奮は居並ぶ王侯貴族にも負けていなかった。
扉が開くと、そこには台車を引くフランツと、左右から支える子爵たちがいた。台車には布がかけられ、武具の詳細はまだ見えない。
「さ、早く見せんか!」
「父上、いえ、陛下、落ち着いてください。それじゃあ、武器は机の上に。鎧はそこに立てよう」
「了解っす」
「じゃ、俺は武器を並べちゃいますね。みなさん、少し場所を失礼します」
男爵は台車から武器を取り出すと、それを抱えて机の上に並べる。フランツと子爵は台座に着付けてある鎧を重たそうに抱きかかえ、部屋の脇に立たせた。
こうして、少しずつ焦らされるようにされると、どんどんテンションが上がっていく。しかし、国王は自らの国王としての職務、言ってしまえば体面ばかりの冷静な態度であるが、それを持ち直した。できるだけ内心の興奮を隠しながら、フランツに問う。
「さて、ここに実物が揃ったわけだが、首尾はどうだ?」
「仕上がり、納期、予算、ともにバッチリです。鉄より軽くて丈夫、加えて魔物との戦闘を想定して炎や氷の力を一部遮断できるゴルトナイトという金属で誂えました。インゴットの納品から武具製造の最終段階までは一月を要しましたが、数の多さを考えれば、上首尾でしょう。お金はまぁ、それなりにはかかりましたが、いずれも必要経費です。決して、金貨1枚とて無駄にはしていません。どれも、量産品とは思えぬ、鍛冶屋ギルド渾身の作です」
形式ばかりの報告だから、それがどこまで本当でどこまで誇張なのかということなど、正直どうでもよかった。ただ、儀礼的に必要だっただけである。しかし、フランツの述べた謳い文句は、これまた居並ぶ面々の焦燥感を駆り立てた。「早く見たい」という思いが募る。
「それでは、序幕してもらおうか」
「はい。二人とも、いいよ!」
三人はそれぞれに布を剥がしていく。輝く真新しい武具が現れる。ついに、お目見えだ。一同は感嘆の息をあげる。未知の金属であるゴルトナイト製の武具は、白銀に眩く輝いていて、神々しさすら感じられる。物珍しさもあって、まずはしげしげと眺めていた。
「まず、武器です。騎士団では一般的な片手用の長剣、切断能力に長けた斧、素早さを武器に手数で押し切るための双剣、今でも一般的な、リーチに優れる槍、遠距離から攻められる斧、それに両手持ちの大剣を揃えました。鎧は、フルプレートの一式を基本に、どうしても重たい、動きが阻害される、という団員のために軽装の鎧も用意しました。彼らが装備している現行の鎧と体を覆う面積はさほど変わりませんが、強度は段違いです。もちろん着替えた分だけ重くなりますが、着替えただけで強くなれるほど甘くはないので、そこはきっちり着こなせるだけの訓練は積んでもらいましょう。それと、盾も作っています。片手でも手軽に扱えるものと、力自慢だけが扱える、大きな盾もしつらえました。自分だけでなく、人々を守るための盾です」
「そうか。よくぞやり遂げたな。そなたたち二人も、よく不肖の息子を助けてくれた。礼を言うぞ」
「め、滅相もないことでございます!」
「私たち三人と、関係者一同の精一杯の作品、ぜひとも手にとってみてください! 鎧も、着付けまで学んできていますから、興味があればしっかりと着用できるようにお手伝いしますよ!」
その言葉を皮切りに、それぞれに武具を手に取り始める。国王は剣を鞘から抜き、美しい刀身の輝きを見つめる。隣では大臣が斧を手に取りその重さに四苦八苦している。騎士団でも、これを希望する者はあまりいなかった。一方では騎士団長が双剣を両手に舞うような動きをしている。
男爵は気になって尋ねてみた。
「騎士団長、それは?」
「これは、騎士団に伝わる双剣術だ。流れるような動きで敵を斬り刻む。もっとも、私はもう年だから、全盛期の動きはできないがな。これを希望した者がいるというのは、嬉しいことだ」
騎士団長は若い頃双剣使いとして名を馳せていた。一通り方手持ちの剣術も修めているが、本領発揮できるのは双剣だった。惜しむらくは、その実力を披露する機会に恵まれなかったことだ。それは一方では平和な時間を過ごすことができた、ということでもあるのだが。
「これらに活躍の場が来ないのが、一番なんでしょうね」
「まあ、それはそうだな。お、あっちはあっちで面白そうなことをしてるではないか」
「副団長、槍ですか?」
「ああ。末端の兵士は槍を使うだろう? だけどな、私はいつまで経ってもこの槍が苦手でなぁ。必死に訓練したもんだよ。そしたらどうだ、今度は槍の名手だなどと褒めそやされて、平和な世ではあったが、思い上がってしまった末が騎士団副団長の立場だよ」
武器を手にすると、つい昔話に花が咲いてしまう。年をとった証拠だと思いながらも、あの頃の熱い気持ちが蘇ってくる。この武器には、それだけの力があった。
若者のようにはしゃぐ姿を見ると、フランツたち現役の若者も心が温かくなる。これはある意味ではおもちゃなのだ。
「二人も気になるでしょ? ちゃーんと自分用のが支給されるから、楽しみに待っててね」
扉の脇で立っている二人の兵士も、興味津々の様子だった。立場上動くことはできないため、生殺しに近い状態になっている。そんな様子を射て、フランツは優しく声をかけた。
「それで、この武具を着こなして、自分と街のみんなを守ってほしい」
「は、はい!」
「任せてください!」
これはただ「いい武器と鎧を支給する」という話ではないのだ。魔物が攻めてきた時に生き残るため、守れるようにするため、それが一番の目的なのだ。それは忘れてはならないし、しっかりと念押ししなければならない。
「さて、それじゃあみなさん、これらの武器の斬れ味、気になりませんか? 修練場にきましょう。試し斬りの準備も整っています」
その一言に、また一同が色めき立つのだった。
〜つづく〜




