チャプター64
〜職人通り 鍛冶屋ギルド〜
「お嬢ちゃん、さっきにお貴族様たちはどうしたんだ?」
「いや〜、三人とも疲れ果てて、今頃はアトリエで寝てるよ。やっぱこの台車、重たいもん!」
「その割に、今回はどうやって運んできたんですか? お二人しかいないですよね?」
「あー……フォルちゃん、どこまで言っていいのかな」
つい気まずくなる。どこからどう見ても、この娘二人で運んで来たようにしか見えない。不思議な道具で重量を減らしたり力を増幅させられるくらいなら、初めからそれを使っている。人足を利用するとしても同じだ。
「んー、言ってもいいんじゃないかな」
「じゃあ、話しちゃうか! えっと、私が一人で運んで来ました。こんな感じで」
そう言って、再び台車の取っ手をつかみ、押し引きして見せる。職員たちは先ほどこのインゴットを一つ一つ運んだ。だから、台車を自分で運んでいなくても、それが凄まじい重量なのは伝わる。それを、軽々と運んでいる。まるで大道芸か魔法のような光景が繰り広げられていた。
「これ、すごいこと、なんですよね。あんまり自然に動かしてるから、頭が理解しきれてないんですけど。局長、運んでみてくださいよ。局長なら動かせますよね?」
「お、おうよ! そりゃあ、鍛冶仕事でガキの頃から鍛えてっからな!」
局長の声は少し震えている。この屈強な大男でも、明日がにこれを軽々と運ぶことは難しいのか。だが、これはこれで面白い。エルリッヒは台車から離れ、局長に譲るのだった。
「それじゃ、お願いします。ちょっと試してみてください」
「嬢ちゃんにできて俺にできねぇことはねぇ!」
気合い十分に取っ手をつかみ、力を込める。
「ふんぬっ!」
全力で台車を引くと、少しばかり台車が動く。一度動き出してしまえば勢いに乗ってスムーズに動きだすだが、これはさすがの重量、そう都合よくはいかない。ゆっくり、ゆっくりとしか動かなかった。
それでも一人で台車を動かすことに成功しているのは、筋骨隆々の局長が血管を浮かせる勢いで力を込めているからだろう。それだけの苦労をして、初めて少しだけ動かすことができるのだ。
「局長、もういいですよ! あんまり無理はなさらないでください!」
「そうは言ってもよ! これにゃ、男のプライドがかかってんだ!」
「いやー、そう言っても、おじさん倒れそうだし。無理しちゃダメだよ」
職員とフォルクローレが説得して、なんとか止めようとする。やはり、女の子が一人で運ぶ、というシチュエーションがあまりにも衝撃的だったようだ。エルリッヒから見たら、男のプライドなどというものはあまりにもくだらない価値観だと思うのだが、それが強く刺激されてしまう程度には、大きなインパクトがあったということらしい。
こればかりは口を出しづらい。
「フォルちゃん、なんとか止められる?」
「まあ、説得するしかないよね。職員さんと一緒にもう一言頑張ってみるよ。職員さん、頑張りましょう!」
「はい! 局長、悪乗りしたのは謝りますから、もうやめてください! 局長! それより運び出しをしないと!」
「っ! お、そうだったな! すまねぇ、つい熱くなっちまった。ふー、こいつぁ重い。それにしても、嬢ちゃんは一体何者なんだ? さっきもいたよな」
もっと粘るかと思われた局長は、運び出しの一言で我に返った。やはり、そのあたりの使命は忘れていなかったということか。そして、ここでようやくエルリッヒのことに意識を向けた。
「ええ、さっきもいましたよ。まったく気にされてなかったんで、少し寂しかったですけど。私はフォルちゃんの友達で、エルと申します。別に力自慢ってわけじゃありませんけど、こういうことはなんとかできます」
「い、いや、そうは言ってもな、あんなんできるっつーのは、なんか普通じゃねぇよな。嬢ちゃん……紛らわしいな。フォルクローレ嬢ちゃんの作る変な薬でも飲んだってわけじゃないんだろ? だったら……」
「おじさん、エルちゃんのこと、説明してもいいけど、驚かないでね? 前に、あたしが友達を救いたいって活動してたの、覚えてる? 魔物が襲ってきた後の」
「あ、覚えてます。局長、ほら、前にあったあれですよ、街を救ってくれたドラゴンが女の子で、濡れ衣で囚われてるから助けようっていう」
職員の話を聞き、局長は色々と思い出したようだった。ポン、と手を打つ。
「ああ、あれか! あれならよく覚えてるぜ! 街を救ってくれたドラゴン、俺はしっかりと見てたからな! ありゃあすごかったぜ〜? 何せ襲ってきた魔物よりでっかくてヨォ、なんかすんげ〜攻撃で魔物と戦ってやがんだ。俺たちゃあんな連中を相手にしなきゃなんねーのかって驚いたもんだったぜ。でも、魔物を倒したらあっさりといなくなっちまって、敵じゃねーのかって安心したもんよ」
「局長、それ三度目です」
「あ、僕もそれくらいは聞きました」
職員たちには何度もしている話らしく、少しウンザリ気味だったが、当事者のエルリッヒは、少し恥ずかしそうだった。どうしても、避けては通れない。
それに、あの時の活躍を目撃していた人は少ないので、貴重といえば貴重だった。
「その時のドラゴンが、エルちゃんなんだよ」
「嘘だろ?」
「本当です。フォルちゃんの活動の時に話を聞いてるかどうかわかりませんが、あの時魔族の指揮官の、ヘルツォークを倒したのが、私です」
この告白で局長と職員の人たちはどんな反応をするだろうか。驚くだろうか、信じてくれるだろうか、それとも、怯えて石を投げてくるだろうか。幸いこの街で出会った人たちは、信じる信じないは別にしても、比較的好意的に受け止めてくれていた。それはもちろん魔族が攻めてきたという事実と、噂の対象である「ピンク色のドラゴン」が街を攻めずに魔族だけを倒して去っていったという事実とがあってこそのものではあるのだが、ありがたいことに変わりはなかった。
「嬢ちゃんがぁ? にわかには信じられねぇなぁ。なぁ、なんか証拠はねぇのか? いくら嬢ちゃん、っとと、紛らわしいな。フォルクローレの嬢ちゃんに言われても、信じるにゃぁ証拠が欲しいってもんだぜ。さっきの台車を軽々と押してたのはその一つかもしれんが……」
「証拠、ですか? それは難しいですね。さすがにここで元の姿に戻るわけにもいきませんし、あの時の戦いをご覧になっていたら分かるかと思いますが、証拠の残るような出来事は特にないですし……それより、運び込みをしちゃいませんか? まだ一往復分、アトリエにはあるんです」
局長に問われ、軽く考えてみたが、証拠として語れそうなことは何一つ思いつかなかった。当時の戦いのことを話しても、自分と同じように目撃していた、と言われてしまえばどうしようもない。当人だけが知り得る情報も、なかったように記憶している。だから、あれこれ思案して時間を浪費するよりは、話を先に進めたほうが早いと判断した。
「そっか、そうだな。んじゃ、何かそれっぽいことを思い出したら教えてくれよな! 俺は、あのドラゴンを街の救世主だと思ってんだ。それが嬢ちゃんだってんなら、礼を言わなきゃならねぇから」
「お礼、ですか。私も、この街を守りたくて戦っただけなんですけどね。この街とそこで暮らしてるみんなのことが好きですから。そのためなら、これからも全力で戦いますよ」
局長と入れ替わるように台車を倉庫前まで移動させながら、そんな話をする。
「お、いいこと言うな! そうなんだよ! 俺たちゃこの街が大好きなのよ! 今は混んでるこいつらも、街を守るための武器だの鎧だのになるんだろ? いい話じゃねぇか! なぁ!」
「そ、そうですね」
「ええ」
威勢のいい局長のテンションは、どうやら職員たちとは合わないようだった。だが、言いたいことや気持ちには共感できるらしく、少し控えめながら、返事は返ってくる。
「よし、それじゃあ早ぇとこ運び込んじまおうぜ!」
またも号令を取り、二回目の運び出し作業が始まるのだった。
〜つづく〜




