チャプター63
〜職人通り フォルクローレのアトリエ〜
「よーし、帰ってきたぞ〜!」
「はぁ、はぁ。さすがに疲れたね」
「空の台車と言っても、疲労の蓄積が……!」
「はぁ……はぁ……まさか、こんなに疲れるとは!」
アトリエに戻ってくると、男たちは強烈な疲労感ですぐさまソファに向かい、深く座り込んでしまった。その様子を見たフォルクローレは、「情けない!」という顔をしながらも、半分は「仕方ない」という同情も見せていた。さすがに、大量のインゴットを運ぶのは重労働なのである。
「まぁ、仕方ないか。それじゃ、ちょっと休んでから第二便にしよう。あたしたちは台車にインゴットを運んでるから、回復したら手伝って。っとと、はい、タオル。風邪を引いても良くないし、良く拭いてね」
アトリエの隅にあるタンスから三人分のタオルを取り出すと、それぞれに手渡す。そして、エルリッヒの顔を見て、
「エルちゃんは、タオル、いる?」
「えぇ〜、なんで私には渡す前に確認するの? 普通、私に一番に渡すんじゃないの? 女の子だよ? お・ん・な・の・こ! それとも、王子様たちの方が身分が高いから? あ! わかった! 私が人間じゃないからでしょう1 そういうの、傷つくな〜」
わざとらしい表情と言葉で返してみせる。場が少しでも明るくなればいいと思っていたが、わざわざ訊いてきたのは事実だし、フォルクローレの内心に「普通の人より丈夫だからいいだろう」という腹があったのも事実だ。少しばかり気まずくなって、言葉がするりと出てこなかった。
珍しく、フォルクローレの思惑が外れてしまった。
「ご、ごめんよ。エルちゃんなら風邪なんか引かないと思って」
「そりゃあ、風邪なんか引かないけどさ、雨に濡れて鬱陶しいっていう気持ちはみんなと同じなんだよ? フォルちゃんだってわかるでしょ? 女の子は髪が多い分、濡れるとその分服にも雫が垂れるし、気持ち悪いんだよ〜!」
ごそごそと、申し訳なさそうに差し出してきたピンク色のタオルをふんだくるように手に取ると、顔と髪、それに体を服の上から念入りに拭いていく。
「本当なら、もっとしっかり拭いて着替えたいところだけどね〜。ここには男もいるし、まだ二回は往復するし、帰らなきゃならないし、何よりフォルちゃんの服のセンスはあわなさそうだし……て、このタオル、もしかして、私の体の色に合わせたの?」
「い、いや、服のセンスは今別にいいでしょ? これ、錬金術士の立派な正装だよ? アカデミーじゃ、女の子はみんなこんな格好をしてたんだから。それと、タオルはたまたまだよ。あたしも可愛色は好きなんだよ〜。女の子的なセンス、全くないと思ってるんでしょ!」
言われてみれば、フォルクローレはそういうことに全く興味がないと思っていた。ピンク色が好きと言われると、少し嬉しい。やはり、自分の色というのは格別なのだ。
タオルの色はそれよりは少し淡い色合いだが、十分に同系色と言える。
「んー、いい色」
「でしょう? かわいいでしょ? それじゃ、あたしたちは落ち着いたら第二陣の運び出しを始めよう!」
フォルクローレは濡れてるのが気にならないのか、雨露を拭くこともせずにインゴットの運び出しを再開させた。こう言う一面ばっかり見ているから、”女の子らしいこと”に興味がないと思ってしまうのだ。
「それじゃ、私も運び出しますかね。王子様たちはしっかり休んでてくださいね」
「ごめん、情けないところを見せちゃったね」
「騎士団の面目丸潰れですね」
「はは、情けないっすね」
とはいうものの、こればかりは仕方がない。あんな重たい台車を運んだのは初めてで、普段使わない筋肉を酷使したのだから。とりあえず、休息をとるしかなかった。
「えっと、あんまり気落ちしないでくださいね? 多分、それが普通なんで。それに、三人は頑張ったと思いますし。後は、私たちにおまかせください!」
タオルを首にかけ、エルリッヒは力強い表情でインゴットの運び出しを始めた。一度に運べる数は多くないので時間はかかるが、そんなことは気にしない。
男たちは、もはや羨望の眼差しで見ていた。
「いや〜、あの二人、いいっすね〜」
「うん、そうだね。いいね」
「でも、勝てない感じがしますよね。あの二人には」
何か、言葉にし難い感情がそう思わせる。そして、その思いは三人に共通していた。
「早く回復して手伝わなきゃなりませんね」
「だな」
「よし、頑張って回復しよう!」
何ができるわけでもないが、三人は強く決意するのだった。
☆☆☆
「よし、こんなもんかな!」
「時間かかったけど、女の子二人でもなんとかなったね!」
先ほどと同じようにインゴットを積み終えると、二人は満足げに台車を見つめた。男手がない分時間はかかったが、重たいインゴットの運び出しをやり遂げたというう事実は、とても大きな充実感をもたらしていた。
結局、男たちの回復は間に合わなかったのだ。
「さて、これをギルドに持って行かなきゃならんわけですが!」
フォルクローレがアトリエのソファに目を向けると、男たちは疲労のせいか、眠ってしまったようだった。これでは動員できないし、体力回復もまだといい証拠だ。
「ま、仕方ないよね。私が運ぶよ。フォルちゃんはどうする? 後ろから押してもらう必要はないから、隣で並んでくれてもいいし、台車に乗って楽をしてもいいよ」
男たちが使えないのなら仕方ない。エルリッヒは諦めて自分が出動することにした。別に、これくらいの重量ならどうということはないのだ。フォルクローレが台車に乗り込んでも大丈夫である。
「えぇっ? そこまでしちゃってもいいの? じゃあお言葉に甘えちゃおっかな〜。ちょっと待っててね。一応書置きをしていくから」
「あ、そっか。起きて誰もいなかったら不安になるもんね」
フォルクローレは一人アトリエに戻ると、手近なメモ用紙に書置きを残した。
『エルちゃんと二人で運んできます』
「よし、こんなもんかな」
アトリエを出て、フォルクローレは台車に乗り込んだ。耐久は心配になったが、とりあえずは大丈夫そうだ。詰んだインゴットはピラミッド状になっているので、座るのにはバッチリである。若干お尻が痛かったが。
「それじゃ、出発するよ! しっかりつかまっててね!」
「よろしくー!!」
これからどんなことが起こるのか、フォルクローレはまだ理解していなかった。エルリッヒは、気合いを入れることすらせず、軽々と台車を引き始めた。ガタゴトと、心地の良いリズムが響いてくる。フォルクローレが乗っているというのに、明らかに、先ほどの一便目よりも速度が出ている。それを、一人でやってのけているのだ。
(うそ〜!! 今までエルちゃんのすごいとこ、全然見てなかったけど、こんなにすごかったんだ……こりゃあすごい……すごいしか、感想が出てこないぞ……)
後ろからでは表情も見えないが、足取りからは、軽々と弾いているようにすら見える。さっき、あんなに苦労して運んだのに。男たちは疲労困憊になってしまったというのに。
エルリッヒに頼まなかったのはそのために呼んだわけではなかったからだが、これほどまでに圧倒的なのだとしたら、初めからお願いしたらよかったのかもしれない。
これなら、荷造りで時間がかかった分は余裕で取り返せる。
「はい、到着したよ〜」
あれこれと考え事をしている間に、あっという間に鍛冶屋ギルドに到着してしまった。やはり、すごい。
「ごめんくださ〜い。インゴットの納品の二便目ですよ〜」
二度目ともなれば若干遠慮がなくなる。フォルクローレが台車から降りる前に扉を開けて、中に入る職員たちに声をかけた。
「はー……い?」
「おう、嬢ちゃん……たち、だけか?」
中から出てきた局長と職員の一人は、先ほどと面子が違うことに、男たちがいないことに、驚きのあまり言葉が詰まっていた。どこからどう見ても、若い娘二人だけで運んできた様子だった。
「あはは〜。ちょっと事情がありまして」
ついつい苦笑いを浮かべてしまうエルリッヒなのだった。
〜つづく〜




