チャプター62
〜職人通り〜
世にも珍しい一行が、のろのろと重たげな台車を引いている。
「やっぱり、なかなかに重いね!」
「ええ、本当に! 普段から鍛えてるつもりでしたけど、これは普段使わない力も要求されるし、結構、きつい!」
「いい運動になるかと思ったけど、そんな悠長なことは言ってられなかった!」
「こらー、男たちー! 弱音を吐くな〜! はっ! 王子様、過ぎた言葉をすみません!」
情けない声を出す男たちに、後ろから台車を押しているフォルクローレが檄を飛ばす。雨の中押す台車は、若干車輪のグリップが弱くなっていることもあって、本来の重量以上の押し辛さを出していた。
だから、騎士としては鍛えている三人も、ついつい弱音を吐いてしまった。四人のうち一番楽なのは、もちろんフォルクローレなのである。
「いや、でも、本当に、これはなかなか、重たいよ!」
「結局、小分けにしてもこの重量だったんだから、一度に運ぼうなんて考えたの、本当馬鹿だったよね」
「フォルクローレちゃん、そんなこと考えてたの? そりゃ無茶だって」
「ホントホント。台車にも乗らないだろうし。重さが減る不思議な道具でもあれば別だけど、そんなのがあったら今も使ってるよね。噂通りの破天荒っぷりだね。はぁはぁ……」
苦行のような四人を尻目に、エルリッヒは一人手ぶらで歩いていた。
(私一人こんなのんびりさせてもらっていいのかな……)
フォルクローレと並んで押せば、たとえ力を大きくセーブしていたとしてもみんなはかなり楽になるはずだ。それをしないのは、なぜだろうか。遠慮しているのだろうか、それとも、ズルをしているような気持ちになるのだろうか。
とはいえ、四人とも台車を押し引きすることに必死で、エルリッヒに構う余裕は一切なかった。それが、そこはかとなく寂しかった。
これでは、本当に同伴しているだけみたいだ。
「……」
ねぇ、と声をかけ、手伝いを申し出ようと幾度となく考えるのだが、言い出せない。それを言い出してしまうと、フォルクローレの思いや考えを踏みにじるような気がしたからだ。
それに、アトリエを出発してからしばらく、鍛冶屋ギルドの事務所まではあと少しのところまで来ていた。ここまで来て手伝ってしまっては、四人の努力を無駄にすることにもなりかねない。
「あと一息、頑張るぞ〜!」
似たようなことを考えたのか、フォルクローレは気合いを入れる。それを受けてか、男たちの足取りが心なしか速くなったように見えた。
☆☆☆
「おじさ〜ん! 来たよ〜!」
ようやくたどり着いた鍛冶屋ギルド。冒険者ギルドとは違い、あくまでも事務局なのでここには窯もなければ炉もない。あるのは普通の事務用の机だけだ。
しかし、街中の鍛冶屋から選任された鍛冶屋が局長として詰めており、なかなかの威圧を放っている。フォルクローレのように面識があり慣れている者はいいが、初めてここを訪れた者は、尻込みしてしまうことも多かった。
台車を入り口に停めて中に入ると、局長は一番奥の一番立派な席に座っており、いかつい表情でこちらに視線を向けてきた。しかし……
「おう! フォル嬢ちゃんじゃねーか! それに、そっちはこないだのお貴族様も! 元気か?」
「もちろん! おじさんも、相変わらず元気そうな仏頂面で何より!」
局長はフォルクローレの姿を見つけると、すぐに表情を変えた。まるで近所の娘にするような態度で接してきた。フォルクローレもまた、一切臆することなく接している。
「仏頂面は生まれつきだよ! ま、お互い元気で何よりってこった。んで? 今日は例のやつの納品だろ?」
「そうだよ! 一度には運べなかったから、とりあえず一便目ってことで納品に来たんだよ。外に台車を停めてるから、誰か確認に来てくれる? 問題なければ、いやいや問題なんかあるはずないんだけど、一応チェックが終わったらみんなで運びに来てよ」
その一言に、周囲で事務仕事をしていた他の職員たちの表情が曇った。皆無表情で書類と向き合っていたのに、一瞬で表情を曇らせたのは、インゴットの運び出しという肉体労働が待っているのがわかっていたからだ。
鍛冶屋ギルドと言っても、鍛冶仕事に縁があるのは局長だけで、後は事務仕事のために働いているインドア派の職員ばかりなのだ。
「お前ら、そんな暗い顔すんな! 嬢ちゃんが一生懸命作ったインゴットじゃねぇか、俺たちもきっちり管理してやろうじゃねーか!」
職員たちに豪快に声をかけるとそのまま席を立ち、フォルクローレと共に台車に向かった。
「どう? 精魂込めて作ったゴルトナイトのインゴットだよ!」
「どれ。全く心配しちゃいねーが、これも仕事なんでな、一応確認させてもらうぞ」
局長は縄で縛っているインゴットを一つ取り出すと、それを念入りに眺めた。本業が鍛冶屋なので、局長の目はとても厳しい。昔、インゴットの調合を覚えた当初は何度も品質について指摘されたものだ。そういうプロの目を乗り越えて成長してきた今のフォルクローレは、インゴットの調合にも絶対の自信を持っている。
「……どうかな」
「はぁ。まったくよ〜、錬金術なんてわけわかんねー術でこんなきっちり作っちまうんだもんなぁ。俺らの仕事上がったりじゃねぇか」
一般的な製法でのインゴット作りは、鍛冶屋の仕事の一つだ。それを、局長が認めるクオリティで作ってしまうのだから、ため息をつくのも無理はない。
インゴットを元に戻すと、局長は豪快な笑みを浮かべて親指を立てた。合格だ。
「よっしゃ! それじゃあこいつを倉庫に運ぶぞ! お前ら、仕事だ!」
大きな声で中の職員を呼びつける。職員たちは「書類整理も仕事だよ……」などと小声で愚痴を零しながらやってきた。嫌だと言っても逆らうことはできないのだ。
「こいつを手分けして運ぶからな! 嬢ちゃんたちも手伝ってくれるか?」
「もちろん! いいですよね?」
一応、三人にも打診してみる。当然というべきか、嫌そうな顔はしていない。
「もちろん手伝うつもりだよ。それじゃ、手分けして運んでしまおう!」
「ですね!」
「よし、やるか! みんな、がんばりましょう!」
男爵は一人職員にも声をかけた。こう言う些細な一言が、モチベーションを左右する。職員たちは嫌そうな顔をしていたが、その声を受けて少しばかり表情が和らいでいた。少なくとも、自分たち以外の人も手伝ってくれるだけで心持ちが全然違うのだ。
「それじゃ、まずは倉庫の前まで運びましょうか」
「おう! 俺も手伝うぜ! 俺が引くから、兄ちゃんたちは後ろから押してくれ!」
屈強な体をした局長が台車を牽引してくれるという。なんと頼もしいことか。三人も、力一杯押すだけなら幾分以上に楽だ。そうして、男四人で倉庫の前まで移動すると、ロープをほどいて運び出し作業を始めた。
「お、重い!」
「こんなの運んだら筋肉痛になっちゃうよ!」
男女の別なく職員たちはインゴットの重さに最初から音を上げていた。持てる数は少しだから言うほど大変ではないはずなのに、よほど非力なのかわざと大げさに言っているだけなのか、口々に「重い重い」と言っている。
「お前ら、情けねぇなぁ」
局長は一人手押し車にたくさん詰めて運んでいた。なんだかんだ言って、一番メインの運搬係は局長なのだった。そんな様子を見ながら、五人は鍛冶屋ギルドの人間模様を見るのだった。
「まぁ、まだあと2往復は必要そうだもんねぇ。ここでバテちゃったら意味ないし」
「俺たち、またあの道のりを運ぶんだよな」
「あぁ。気をつけないと、最後の便なんか体力が持たないぞ」
子爵と男爵は決して手を抜かず、それでも口だけは楽をしようという口ぶりだった。そうして、気を紛らわせるのである。なかなかに面白い方法だった。
☆☆☆
「よし、一便目終了! それじゃあ、アトリエに帰るよ!」
運び出しは手分けをしたこともあって5分ほどで終わった。五人は再び台車を引いて入口まで戻って行った。
「あー、空の台車は軽いね! 羽が生えたようだよ! 帰りは三人交代で運ぼう」
「いいですよ! 空ならめっちゃ気楽です!」
「任せてくださいよ!」
男たちの表情は晴れやかだった。
「ま、まだ二便はあるんだけどね……」
というフォルクローレの言葉が突き放すまでは。
「ほらほら、元気出して! とりあえずアトリエに帰ろうよ!」
思わず元気付けようとするエルリッヒなのだった。
〜つづく〜




