チャプター61
〜職人通り フォルクローレのアトリエ〜
「さ、運び出すからね!」
台車はアトリエの裏手に停めてある。雨の降る中、フォルクローレはそれを玄関まで持ってきた。雨が打ちつける中、インゴットの運び出し作業が始まる。
「とりあえず、持てるだけ持って積んでみて。重量がやばそうだったらそこでギルドに持っていくから。というのを繰り返して納品します。みんな、準備は良い?」
「任せてよ!」
「俺たち、伊達に鍛えてねーから」
「そうそう。かっこいいとこ見せないとね」
フランツたち三人は今日は鎧姿ではない。だから、その分身軽なのだという。ならば、本人たち語るところの余力を存分に発揮してもらおうではないか。
しかし、そんな四人のやり取りとは別に、エルリッヒは一人距離をとって冷めた目で見ていた。
「ん? エルちゃん? どうしたの? 急に体調悪くなった? それとも、あたしが三人と仲良くしてるのが嫌だった? 大丈夫だからね。一番の友達はエルちゃんだから!」
男たちが運び出しに精を出している間、心配そうにエルリッヒのことを抱きしめる。ふわり、という感覚が体も心も包み込んでいく。
「ちょっ、三人に気づかれちゃう」
「大丈夫だって。ほら、運ぶのに必死になってる。それよりも、エルちゃんがあたしとの友情を疑う心配なんていらないからね。一番の友達っていうのは嘘じゃないから」
さすがにこんなところでこんなことをされては気まずい。フォルクローレはこう言うが、男たちが気付かない可能性なんてどこにもなかった。それに、フォルクローレの友情を疑ったことなど一度もない。こう言ってはなんだが、故郷も錬金術を学んだアカデミーも後にして、一人妖しげな錬金術に没頭しているフォルクローレは、同性の友達を作りづらい環境にある。性格的には性別を気にすることなく友達付き合いをするタイプだが、それでも同性の友達の方が気安いのは同じだ。それなのに、少なくとも、この街で他の女の子と一緒にいるところを見たことがない。もしかしたら、ここでは自分が唯一の同性の友達かもしれないのだ。これはもう、自負と言ってもよかった。
だから、的外れな理由で愛情を振りまいてくれることに戸惑いが隠せなかった。そもそも、そんな、切実な理由ではないのだから。
「そうじゃなくて」
「じゃあ、やっぱり急に具合が悪くなったとか? 休んでていいよ? 運び出すまでまだ時間があるし、ベッド空いてるし。ていうか、あんまりベッドで寝てないから、綺麗だよ」
こんな風に気遣ってくれる気持ちはとっても嬉しいのだ。だが、さすがに心苦しくもある。もちろん、三人に見られたら、という恥ずかしさもある。
「体調も悪くないから。そうじゃなくて」
今度こそ話をするぞとひとまず身体を引き離す。なんだろう、少しばかり寂しい。
「そうじゃなくて、私が気にしてるのは、あの二人のこと」
「あの二人? あぁ、子爵と男爵。あの二人がどうしたの?」
そうか。フォルクローレはちゃんと紹介を受けているのだ。状況が状況だったとはいえ、なんで紹介してもらわなかったのだろうかと、不思議な気持ちになる。
とはいえ、そんな事情フォルクローレは知る由も無い。何を言っているのだろうという顔をしている。
「実はさ、あの二人のこと、まだ紹介してもらってないんだよ。子爵に男爵? それって立派に貴族様じゃん。で、どういう人なの?」
「えぇ〜っ、そこから? いや、まあ、そうか。王子様のことは知ってても、あの二人は面識なくてもおかしくないよね。今更それは聞きづらいし。えぇと、あっちの髪の色の薄い方がゲハインスト子爵で、あっちの髪の黒いのがラインラント男爵。確か、子爵は騎士団で備品の発注なんかを管理してて、男爵は壊れた武具の修繕を管理してるんだって。で、装備品の相場とか丈夫さとかに詳しいだろうって駆り出されたみたい」
謎はようやく解けた。なんとなく想像していた通りではあったが、そこまできっちりと騎士団で役職のある二人だったとは。ただの王子のお伴ではなかったのか。そして、それなりに鍛錬を積んでいるのもよくわかった。それだけ実務的な役職であれば、お飾りというわけにはいかないだろう。軽い雰囲気の割に強い男たちだったが、やはり只者ではなかったということか。
「はぁ〜、それはそれは。じゃあ、今回なんかアイディアをもらったの?」
「う〜ん、どうだろ。王子様がここにたどり着くまでには、いろいろあったんじゃないかなぁ。武器屋を見て回ってたらしいし。やれあの武器は高いだの、あっちの剣は数が用意できないだの、そこの鎧は重たいだけであんまり頑丈じゃないだの。で、最終的にあたしの作るゴルトナイトで作ろうって話になったわけ。やっぱね、鉄より軽くて丈夫、なんだか知らないけど魔物の吐く炎も軽減してくれる、いい金属なんだよ〜。もちろん、あたしが作れる中での最高級品ってわけじゃないよ? でもさ、それはコストはかかるわ時間はかかるわ、量産には向かないから、やむを得ないよね」
ゴルトナイトで作られた武具というのは、まだこの街には存在していない。存在そのものは、もしかしたら他の町や時代にも存在しているのかもしれない。だが、主にこの街で取り扱う武具は自然鉱物から作られるものばかりで、合金でできているものはほとんどない。武具として実用的な合金となると、錬金術や古代の知識など、秘術に頼らなければならないのだった。
これもまた、100年の平和がもたらした弊害だろう。
「あ、その辺の話をすると、例のエルちゃんの剣が最強かもしれないけどね。うん、少なくとも、知ってる中じゃ最高」
「お褒めに預かりどーも。ご先祖様が簒奪したものけどね。ん? 簒奪とまでは言わないか。返り討ちに合わせた時の戦利品だから。ま、どっちにしろだけど、太古の話で詳しい言い伝えも残ってないようなものだけどね。錬金術があればどうかわからないけど、鍛冶屋で再現不能な武器なんて、一点もの以上の何物でもないよ」
だからこその優位性、だからこその寂しさ。それがあの剣にはあった。
「フォルクローレさん、ちょっと台車を見てもらえるかな。結構積んだんだけど、どうかな」
「へ? あぁ、今行きます。ちょっと待っててくださいね」
話の腰を折るように、フランツが話しかけてきた。呼ばれるままに外に出ると、そこには台車いっぱいに積まれたインゴットがあった。全体としては、3割程度だろうか。もしかしたら、重量以上に積載可能量の関係で全部は一度に積めなかったのかも、などと思い始めていた。
「ん〜、見たところ、これなら耐えられるはず。よし、とりあえず、これで第一弾を納品しましょう。崩れないようロープで縛っちゃうので、そしたら五人でいきます!」
「うん! ドキドキするね!」
雨の中の納品に、フランツは思いの外ワクワクしているようだったが、子爵と男爵は少し面倒くさそうな表情をしている。それはそうだろう。雨の中、重い荷物を運ぶのだ。これが面倒でなくてどうするのだ。
「で、フォルクローレちゃん。これ、俺たちだけで動かせる? 正直、かなり重いよ?」
「だねぇ。俺たちここに載せるときも結構苦労したからね。動かなかったら、どうする?」
「それは、やってみてから考える! 錬金術士ってのは、そういう生き物なの!」
その言葉にどれだけの説得力があるかはわからない。だが、少なくとも勢いはあった。楽しげなフランツの心を動かすだけの力にはなったようだ。
「それじゃ、行くよ! 王立騎士団の腕の見せ所だ!」
「ま、殿下にゃ逆らえませんわな」
「だねぇ。とりあえず、頑張りますか」
なんだかんだ言いつつも、三人の結束は固かった。フランツが台車を引き、子爵と男爵が左右から、フォルクローレが真後ろから押すという隊列をとることにした。エルリッヒは、その近くでついて歩くという、なんともチグハグな形だ。
「よーし、行くぞー!」
雨音をかき消すように、フォルクローレの号令が響き渡った。
〜つづく〜




