チャプター60
〜職人通り フォルクローレのアトリエ・朝〜
今日は出来上がったゴルトナイトのインゴットを鍛冶屋ギルドに納品する日だ。エルリッヒの家に泊まった時にはすでに完成していたが、納品にはフランツたち三人も立ち会いたいということで、スケジュールを調整した結果、この日になった。まだ朝も早いため、フランツたちはまだ来ていない。聞くところによると、王子というのはお城の中でもしきたりや行事などがあり、なかなか自由時間にはならないらしい。今回の件はもちろん公務に当たることだが、それらはそう言った日々の行事を踏まえた上でスケジューリングされる。男爵と子爵もフランツの護衛という意味合いもあるため、先に
というわけで、今ここにいるのはエルリッヒだけだった。
「いや〜、まさか、こんな記念する日にねぇ」
「フォルちゃん、運がないっていうかなんていうか」
せっかくの日だというのに、あいにくの雨だった。普段あまり雨の降らないこの街で、よりにもよって今日に限って雨が降るとはついてない。
「雨、止まないかな……」
フォルクローレは窓の外を眺めてみるが、止みそうな気配はない。
「んー、これはしばらく降ると思うよ。少なくとも、夜までは降るね」
「なにそれ、野生の勘みたいなやつ? エルちゃんが言うんじゃ、そうなんだろうねぇ。王子様たち、こんな天気でも来てくれるかな」
フランツたちの来訪を心配するが、今はどちらでもいい気がする。素材があり、きっちり納品できればそれでいいのだ。ギルドには、今日納品す事だけは伝えている。だから、それさえ達成できれば、十分だった。
どちらにせよ、フランツたちが来るにはまだ早い。
「天気のこともあるけど、それよりこれ……」
「え?」
エルリッヒが指差した先には、大量に積まれたインゴットがあった。それも一様に美しく輝いている。きれいな銀色だ。これが、噂の「鉄より丈夫で軽い」金属らしい。
よくもまあこんな大量に作ったものだと感心するが、ここまでたくさんだと、置いておくだけでもかなり邪魔になっているのではないだろうか。アトリエのスペースを半分以上占有している。
「これ、どうやって納品するの?」
「もちろん、いつもみたいに台車に乗せて、だけど?」
フォルクローレの言う台車は、エルリッヒが普段仕入れに使っている台車と同じものだ。それは、この街で売っている既製品で、その中でも一番大きいものだ。
「触っても、ていうか手に取ってもいい?」
「うん、別にいいよ」
念のために確認を取ってから、山積みされたインゴットを持ち上げてみた。鉄より軽いということだが、仮にも金属、なかなかに重たい。これを大量に積んで運搬するとなると、一苦労ではないだろうか。
「こんなのこんなにたくさん積んだら、台車壊れちゃわない?」
「はっ! そうだった!」
普段仕入れに使っているから、それなりの重量には耐えられることは知っている。だが、金属を山積みしたことはない。これはさすがに重量オーバーだ。
以前グラビタイトを採掘した時は、それ用の台車を使ったからなんとかなったのだ。今回使うのは、もっと普通の用途のための台車だ。
「そ・れ・に! 仮に台車が耐えられたとしても、こんな重たいのどうやって運ぶのさ。鍛冶屋ギルドって、近いの?」
「いやー、ギルドは通りの入り口だから、結構、遠い……よ」
答えがしどろもどろになっていく。いかにも「そこまで考えていなかった」という感じだ。そういう適当さがフォルクローレの魅力ではあるが、こんな大事な日まで何も考えていなかったというのは、さすがに適当すぎではないだろうか。
出来次第少しずつ納品する、ということはできなかったのだろうか。
「台車の耐久力がもたないかもしれなくて、ギルドは結構遠い、と。まさか、私に立ち会うのを誘ったの、このため? 台車を運ばせるためだったんじゃ……?」
「違うよ! それだけは、断じて! 誓って! エルちゃんに頼めば楽ってのは、考えもしなかったんだよ! だから、今困ってるんじゃんか〜。あぁ〜、どうしよ」
確かに、台車さえ無事ならば、エルリッヒが運べばどうにでもなるだろう。だが、ここはフォルクローレに解決策を見出して欲しかった。フォルクローレが受けた仕事である以上、あくまで自分は手伝うだけ、というスタンスでいたかった。それが、適切な距離感というものだ。そう考えていた。
「じゃあ、やっぱり小分けにして運ぶしかないか〜」
「ん? それでいいの? それなら一度に運ぼうとしないで、初めからそうすればよかったんじゃないの?」
何か特別な理由があって一度に運ぼうとしているのかと思いきや、そうではないらしい。その割には、指摘されるまで一度に運ぶ気満々だった。一体どういうことなのか。
くるくると表情の変わっていく様は見ていてとても可愛いが、少しばかり問い詰めねばなるまい。
「それで、なんで一度に運ぼうとしたの?」
「いやー、ほら、だってさ、面倒じゃん? 何往復もするの。近くもないし。なんでか、頭の中では台車に乗せても大丈夫、自分一人で運べるっていう前提で考えちゃってたんだよね〜。いやいや、お恥ずかしい」
やはりそんなことだったか。大した理由じゃないとは思っていたが、ここまでとは。半ば想像通りとはいえ、返す言葉を失いかけていた。
「そういうとこ、フォルちゃんらしいよね。それじゃ、分けて運ぼうね」
「うん、そうする」
こういう、素直に話を聞き入れるフォルクローレの姿もまた、可愛く映るのだった。
☆☆☆
フランツたちが訪れたのはそれから少しした後。お昼も近くなった頃だった。遠慮がちなノック音が響く。
『フォルクローレさん、いるかな。僕だよ、フランツ』
「はーい、ちょっと待ってくださいね〜」
扉の向こうの声は、確かにフランツのものだ。今日のスケジュールを知っているものも外部にはいないので、なりすましが現れるわけではないのだが、ついつい声が本物かどうかを確認してしまった。
のんびりと扉を開けると、そこには確かにフランツと男爵たちの三人が立っていた。その背後には、豪華な4頭立ての馬車が見える。
「いや〜、まさかこんな雨になるとは思わなかったよ」
「ま、俺たちお城から馬車できたから、別に濡れたわけじゃないんだけどね」
「というわけで、こんにちは」
三人のノリは軽い。これくらいの方がいっそ気楽なのでむしろありがたいのだが、知らない者が見たら、拍子抜けしてしまうだろう。
もちろん、確認ののためここには何度も訪れているので、フォルクローレも慣れたものだった。
「とりあえず入ってください。ちょっと狭いですけど」
「ありがとう。お邪魔するよ。って、あれ? エルさん?」
「はい。エルリッヒです。今日はフォルちゃんに誘われて立ち会うことになりました」
「二人が友達って噂、本当だったんだな」
「すごい二人だよね……」
さすがにこれには男爵たちも軽い驚きを見せている。この二人がいたら、この街をあっさり壊滅させられる。少なくともこの三人は、それをよくわかっていた。
実は、三人は前回の訪問時、記念にとばかりにお手製の爆弾を一つもらっていた。そして、人払いをしたお城の修練場でそれを爆破させてみて、その威力に驚いたのだ。
こんなものをあっさり作ってしまう娘が何の野心も持たずに暮らしている。
「あのー、本題はそこじゃないですよね? あたしたちが友達だってことは、今日の納品とは特に関係ないわけですし」
「確かにそうだね。そこにあるのが、例のインゴットだね?」
「おおっ!」
「この量はすごいな。本当にこんなにたくさん作っちゃうなんてな……」
三人は、先ほどエルリッヒが覚えたのと同じ感激でインゴットの山を見つめていた。
「それじゃ、雨だけどこれから納品しに行きます! 三人とも、手伝ってくださいね? 王侯貴族だろうと、関係ありませんから!」
きっぱりと言い切ったフォルクローレのことを、フランツは笑顔で見つめていた。彼はまだ、これから訪れる重労働を知らない。
〜つづく〜




