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竜の翼ははためかない9 〜竜王伝説〜  作者: 藤原水希
第十三章 そして伝説へ
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チャプター6

〜エルリッヒの自室〜



「いやはや、久しぶりにこんなにしゃべったよ。お待たせ〜」

 木製のカップいっぱいに水を湛えたフォルウローレが戻ってきた。よくもと思うほどギリギリまで水を入れた状態で階段を登ってきたというのか。足音はしたが、水が溢れるような音は聞こえなかった。

 少なくとも人間をはるかに上回る聴覚を持つエルリッヒが聞き取れなかったのだから、階段を昇っている間はこぼさなかったのは間違いない。

「おかえり。すごいバランス感覚だね。さすがに私はそんなに器用に運べないよ」

「えぇ、そう?」

 全く気にするそぶりを見せずにカップをテーブルに置いて座る。フォルクローレからすれば、普段から給仕をしているエルリッヒの方がバランス感覚に優れているように思えたのだが、実際のところそこまでではなかった。それに、混雑した店内での給仕作業はお客さんとぶつかる危険も多いため、そこまでなみなみとは注がないのだ。その代わり、店内で使用しているカップは比較的口径の大きいものを採用している。

「私だったら絶対こぼすと思う。まー、ここからだと井戸に行くのも面倒だし、たくさん入れちゃうのはわかるけどね」

「そうそう。そう思ったんだけどね、階段昇るでしょ? こぼれそうになるじゃん? 大変だったよ」

 こんな風に言っていられるのは、こぼさなかったという結果があってこそだ。どこかでこぼしていたら、笑って話すどころか、今頃は雑巾で床や階段を拭き掃除していることだろう。

「こうして水が美味しいのは本当にありがたいよね」

「フォルちゃんもそういうのわかる子なんだ。そうなんだよね。ここって平地のど真ん中にある街なのに、井戸水が美味しいんだよ。川は流れてるけど、山間の村や森の中に比べたら、どうしても水が濁ってきちゃうからね」

 長くいろんな街で暮らしていると、そう言った自然の流れを強く感じ取れるようになってくる。本来の姿では人間以上に敏感だが、この姿では、そこまでではない。だから、利き水のようなことができるようになったのは、ひとえに経験あってのものなのだ。

「水といえば、水源に毒を流して街を滅ぼすってのがあるよね」

「っ! ちょ、ちょっとフォルちゃんなに急に物騒なこと言ってるの? せっかく水が美味しいっていう穏やかな話をしてたとこなのに」

 こういうところ、本当にわかんない子だわ〜。という感想が湧いてくる。話題そのものの物騒さもさることながら、表情が輝いている。過去の陰惨な戦史から何を学んでいるのだろうか。きっと、錬金術士という人たちは一般人とは物の受け取り方が違うんだろう。これまで何度も感じてきたことを、改めて思うのだった。

「でも、大事なことじゃない? 井戸水が毒に汚染されてたらと思うと、本当怖いよね〜」

 その身を抱いて、怖がっているようなそぶりを見せているが、やはり顔は楽しげだ。この時間が楽しいからなのか、こういう物騒な話題が好きだからなのか、それはわからない。だが、こんな話を笑ってできる肝の太さは、見上げたものである。決して数多の戦場をくぐり抜けてきたわけではないが、それでも素材集めのためにあちこちの森や草原、荒野に川に、多くの場所に足を運んでいることは伊達ではなかった。

「それはそうだけどね? それって、人間同士が争ってる時の話だからね? 魔物はそんな真似はしないんだよ。私が経験した範囲のことだけど、魔王時代の話、しようか?」

「えっ! いいの? 聞きたい!」

 こんなことを言えば、きっと食いついてくるに違いない。そんな打算を込めて、もちかけてみた。案の定、ますます表情を輝かせている。狙い通りではあるのだが、物騒な話を聞きたいというのだから、やはり普通ではない。

 とはいえ、こんな表情が見たくて話題を出した以上、責任はある。期待を裏切らない程度の話はしなくては。フォルクローレを楽しませなくては。

 100年ちょっと前。積層する記憶の糸を手繰り寄せる。

「フォルちゃんもこないだ直に対峙したと思うけど、魔物っていうのは、人間よりも力がある。空を飛べる奴もいる。魔法だって使える。これは、あの頃の人間よりもっていう意味ね。知っての通り、あの頃の人間は、魔法を使える人が多かったから。で、そこまで人間より優れてたら、どんな攻勢に出ると思う?」

「直接対決? そこまで優位だったら、どう戦っても負ける要素はないもんね。今の話で、頭のことに触れてなかったのは引っかかったけど」

 一応、問いかけには真剣に考えて答えてくれているようだった。やはり、根っこに争い好きの性分があるのだろう。もしこの街にもう一軒錬金術工房があったら、どんな競い合いになっていたことか。この街にとっては、独占状態で良かったのかもしれない。

 そして、出てきた言葉は、なかなかしっかりと的を射ていた。これもまた、魔物との実戦経験があればこそだろう。

「さすがに鋭いね。ほとんど当たりだよ。魔物、特に魔族は人間を見下してたからね。小細工抜きで襲ってくる場合が多かった。頭の話については、私が戦った連中に限って言えば、馬鹿ではなかったよ。ただ、人間は数が多くて、そんなに強くもないからね、一つ大きな武器があったんだ。それはなにかっていうと、工夫」

「工夫! それ、あたしが一番好きなやつじゃん! 錬金術は工夫から始まった! 新しい爆弾の考案も、より高品質な爆弾も、全部工夫あってのことなんだよ! そう、人間とは工夫を重ねて進歩を続ける生き物であり、錬金術士はその工夫で高めていく学問なんだよ!」

 なんのことはない『工夫』という単語が、まさかこんなに強く響くとは。確かに、フォルクローレの言っていることは尤もで、錬金術とは人間のちょっとした工夫の積み重ねと、偶然の結果で生まれた学問なのだ。錬金術を学んだ者は、皆工夫するということを忘れない。

「う、うん、工夫が大事なのも、フォルちゃんの思いもよくわかるよ。私が言いたいのもその辺だからね。魔族って生き物は、工夫することはしなかったんだよ。馬鹿じゃないけど、手持ちの札をそのまま出して戦うことしかしなかった。多分、魔王の存在があまりにも強大で、それに甘えちゃったんだろうね。魔王が出てくる前の魔族は、もっと搦め手で人間を制圧しようとするのもいたんだけどね」

「へぇ〜。それはもっと知らなかった。なんだっけ、魔族は魔王の力を受けて強くなるんだっけ」

 飲み込みの早いフォルクローレは、過去に教えたことをしっかり覚えていてくれた。こういうところで説明を繰り返さなくていいのは、話がスムーズに進むため、とても助かる。

 エルリッヒは少しだけ水を口に含んで、話を続けた。

「そう。だから、ほっといても人間より強いっていうのが、驕りになったんだと思うよ。工夫する必要もないってね。その結果、結局人間の街を制圧したケースはほとんどなかったんだよ。それこそ、魔物でも魔族でも、毒を持ってるのはいたから、井戸に毒を撒けばそれで終わりだったのにね」

「なーるほどー、正面突破しようとした結果、人間の工夫! に押されてしまったわけだね? でも、そうは言っても魔王は別格でしょう。今となっちゃあれだけど、その頃は勇者一行と魔王の話はどんな感じで伝わってたの?」

 なんとなく、来るとは予想していた話が降ってきた。前にしなかったっけ、と思わなくもなかったが、今更二度三度話したところで何も変わるまい。今一度、記憶をフルに手繰り寄せた。今度は、山間の農村で暮らしていた民衆として見聞きした時の話だ。

「じゃあ、話してあげよう、魔王と勇者の活躍を」

 手短に前置きを入れると、カップの水に口をつけた。




〜つづく〜

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