チャプター5
〜エルリッヒの自室〜
「それで、実際のところはどうなの? 爆弾、平気なの?」
「う〜ん、考えたこともなかったよ。少なくとも、今の私だったら、フライパンで打ち返すね!」
あくまで手元にフライパンがあることを前提にしているのが、いかにもエルリッヒらしいのだが、そうでなかった場合はどうしよう、とは考えもしないのである。そして、フライパンで打った衝撃で爆発する可能性もまた、想定していない。これは爆弾というものをそこまで理解していないからだ。
対するフォルクローレは、投げつけられた爆弾をフライパンで打ち返してしまう光景を想像して、突っ込むのが遅れていた。それほどに面白くシュールな光景なのである。
「爆弾を、フライパンで、打ち返す! エルちゃん、それすっごくいいよ! すごくいい! でもね、打ち返した衝撃で爆発するかもしれない。だから、結構危険だよ」
「え、そうなの? そっかー、衝撃で火薬に引火するんだっけ。いいアイディアだと思ったんだけどなー。だとしたら、フライパンで身を守るのはさすがに小さすぎるし、それなりにしっかりダメージを負っちゃうんじゃないかな。ほら、こうしてる限りは、フォルちゃんとおんなじ、生身の女の子だから」
あのフライパンの異様なまでの重量を知っていればこそ、「生身の女の子」などという言葉がとても当てはまらないことは誰の目からも明らかなので、フォルクローレは一言言いたくなったが、当人が本気なのもしっかりと伝わってくるため、頑張って黙っていることにした。
それに、こうして話をしている限り、何か凄い力を秘めているようには見えないのもまた確かなのだ。だからこそ驚かされることばかりなのだが、人知を超えた存在である以上、受け入れるしかなかった。
それに、話の本題はここから先なのだ。
「それじゃあ、本当の姿ならどうなの? あたしもさ、さすがにドラゴンと対峙したことはないから、人から聞いた話とか、おとぎ話の世界でしか知らないんだよね。それこそ、エルちゃんに正体を打ち明けられて、それを受け入れるまでは、いつか倒す錬金術士としての壁、くらいにしか思ってなかったし」
「えぇ? 何それー。何か言い伝えとか掟でもあるの? ドラゴン退治せよ、みたいな。私は嫌だよ? フォルちゃんと戦う未来なんて。っとと、話が逸れたね。そうだなぁ、本当の姿で人間と戦ったこともないから、これも何とも言えないなぁ。ただ、私の鱗と甲殻は、正直下手な防具よりよっぽど堅くて厚いし、生半可な武器は通らないと思うよ」
これはあくまで想像でしかない。ドラゴン全体で言えば、人間と戦った記録は山のように残っている。がしかし、竜王族と彼らが作ったルールに従って生活しているドラゴンたちは、もう長い事人間とは争っていない。人間側の視点はともかく、ドラゴン側は人間を敵視しておらず、そもそも辿り着くのですら一苦労するような生息域まで出向こうという人間もなかなかいない。
ゲートムントたちが戦ったドラゴンは、生息域という意味ではかなりのはぐれものなのだ。
兎にも角にも、そのような事情もあり、全ては想像の域を出なかった。
「そっか〜。試してみたいけど、そういうわけにもいかないしね〜。なんか、人間に危害を加えてる邪悪な竜って、いないのかな」
「いや、待って待って。確かにそういうのがいたら遠慮しなくていいだろうし、そもそも近くに現れたら私が討伐するけど、そういう話じゃないでしょ。魔物相手に爆弾の有効性を探る一環で、私には通じるのかっていう話になったわけでしょ? 邪悪なドラゴンよりも、魔物が現れる方が現実的でしょうよ」
どうも、フォルクローレには「錬金術士の竜退治」に強い思いがあるようだった。むしろ、そっちの方が気になって仕方がない。
完全な作り話であればまだしも、過去の実話だとしたら、曲がりなりにも同族の話、知っておいて損はない。
「ねえ、さっきから気になったんだけど、何か思い入れでもあるの? ドラゴン退治に」
「うっ! それを訊きますか! あるにはあるけど……竜のお姫様には話しづらい!」
ここで改めてお姫様などと言われると、どうにも違和感を禁じえない。が、わざわざそんな言い回しをすることに意味があるのだろうか。それとも、ただただ奉っているだけなのだろうか。その辺りのことも気になった。
もしかしたら、これはフォルクローレが話したい一心であえて気になるような言い回しを使っているのではないか、とすら勘ぐってしまう。
「わかってると思うけど、私その辺気にしないよ? ほら、遠慮しないで教えてよ」
「じゃ、じゃあ、遠慮なく。あたしが錬金術を学んでたアカデミーの図書室にあった本なんだけどね? 錬金術士が、お城の騎士と手を組んで、山に救う邪悪なドラゴンを退治したっていう話があって。一応過去の実話ってことになってるけど、真偽は不明。で、生徒の間じゃ結構有名な話なんだよね。だから、それが強く印象に残ってて」
なるほど典型的な話だ。その手の話は過去に何度も聞いたことがある。もちろん、その伝聞には錬金術士などは登場しないので、その点においては目新しい要素ということになるし、今目の前に錬金術士がいることを考えても、おとぎ話要素が一つ減った、と捉えることもできた。
それにしても、何を遠慮していたのだろうか。エルリッヒが聞いて気に病んだりするような内容ではなかった。フォルクローレなりの気遣いではあったが、それはまだ、「食堂を切り盛りする娘」としてではなく、「すごいドラゴン」としてののエルリッヒとの距離を測りかねている証拠でもあった。
本当に気にしていなさそうな様子を見て、ホッと胸をなでおろす。
「ほら、あたしらからしたらドラゴンって、そりゃあもうすごいわけ! で、それを、錬金術士がお城の騎士と協力して退治するとか、いろんなロマンが詰まってるんだよね! ドラゴンを倒しちゃうところも、みんなの役に立つっていうところも、お城の人に認められるっていうところも、錬金術士としての努力が実ったり認められたりしてる証拠だから!」
「そっか〜、そういう見方で見るんだね〜。本当に実話だとすると、物語としてまとめたっていうよりかは、一つの目標を提示するために書かれたのかもしれないね」
言いたいことが伝わった。そのことで、心が浮ついてしまいそうになるフォルクローレ。「錬金術士によるドラゴン退治」という言葉には強く反応してしまうが、実際のところ、今の自分を考えてみれば、別に「ドラゴン」を退治したいわけではない。強大な魔物を退治することができれば、それだけでもアイテム作りの腕前を証明するようなものだし、ましてそれが魔王軍の手先だとしたら、こんなに誇らしいことはない。街のみんなも助かるだろうし、今後ますます仕事が舞い込んでくるかもしれない。当然、この間以上にお城の人たちにも認められるかもしれない。夢物語よりは現実味のある出世街道としては、十分に魅力的だった。
その一つの種としての、「錬金術士のドラゴン退治」なのである。
「わかってくれて嬉しいよ、エルちゃん! 今は魔物が現れたら頑張って退治するからね!」
「う、うん。一緒に頑張ろうね。私も、頑張ってこの街を守るから」
強く手を握られて、つい引き気味に答えてしまった。嫌な思いどころか、その本の意義について理解してくれたことが、フォルクローレにはとても嬉しかったのだ。
返すエルリッヒも、街を守りたいという思いになんら嘘はなかった。
「いやー、こんなにまともに人と話すのって、久しぶりだから、本当に楽しいよ! ちょっとお水汲んでくるね。エルちゃんもいる?」
「ううん、大丈夫。場所はわかるよね?」
満足げな様子のフォルクローレは、立ち上がると部屋を出て行った。
「楽しいのは、私も同じだよ」
フォルクローレといると元気をもらえる。それを強く実感するのであった。
〜つづく〜




