チャプター58
〜竜の紅玉亭 夜〜
結局、フォルクローレは夜になるまで起きてこなかった。だから、夕食は夜の営業後に一緒に食べることにした。普通の人には遅い時間だが、そこは仕事柄生活スタイルの乱れているフォルクローレのこと、何も食べない日もあることを考えれば、栄養豊富で美味しい夕食を食べられるだけでも十分だった。
「いや〜、すっかり寝ちゃったよ〜! でも、おかげで元気一杯! ベッド、貸してくれてありがとね」
「いえいえ。元気いなったんなら、何よりだよ」
カウンター席に並んで座って、夕食を食べる。お互い普段は一人で食事を摂るから、こういう時間は本当に貴重だ。
(竜の息吹も効いてると思うけど、何よりだね……)
楽しげに食事をしている姿を見ると、本当に休まず調合を続けていたことが伝わってくる。やはり、誰にとっても休息は大切なのだ。
また、「竜の息吹」はあくまで体力の回復や怪我の自然治癒を助けるものであって、疾病を治したり骨折をいますぐ治したりするような類いのものではない。だから、睡眠と合わさることでより効果的に働いたのだろう。
もっとも、あんなことを起きてる間にはとてもできないのだが。
「でもさ、寝てる時、誰かと恋愛する夢を見た気がするんだよね〜。すっごい珍しいと思わない?」
「っ!! お、思う思う! いや〜、フォルちゃんもそういうことに興味があったってこと? で、相手は誰だったの?」
一瞬、口の中のものを吹き出してしまいそうになった。その夢は、もしかしたら昼間の「竜の息吹」のせいかもしれない。確かに寝ていたはずだし、起きた気配もなかった。それでも、夢にはしっかり反映されていた、ということなのだろうか。興味深いが、いささか心臓に悪い。
「ん〜、夢ってさ、人の顔が曖昧だったり、起きたらすぐ忘れちゃったりするでしょ? だから、相手が誰だったのかはさっぱり覚えてなくて。ただ、なんか熱烈なキスをした気がするんだ。夢なのに妙に生々しく感触を覚えててさ」
「へ、へ〜。ま、まぁ、夢って時々そういうことがあるよね。それにしても、錬金術一筋だと思ってたのに恋愛沙汰にも興味があったことの方が驚きだよ」
内心の動揺を隠せない。疑われる余地はないと思うが、気をつけなければ。
「いや、今の所そういうのには興味ないはずなんだけどなぁ。男を見ても別に胸がときめいたりしないし。あっ、女の子に興味があるとかそういう意味じゃないからね? だけど、自分の色恋沙汰は本当に興味がないつもりだったから、自分でも驚いてるんだよ。お互い、一応はいい年だしね。心の底では気にしてるのかもなぁ、なんて。や、エルちゃんに年の話をするのは野暮か」
「ま、まぁ、そっち方面に関心がないのは私も同じだしね。人間相手にもドラゴン相手にも、今の所心がときめいたことはないから」
自然界を生き抜くのに当たり、自分より優秀な異性と出会った経験がない。というのがときめかない一番の理由ではないかと自己分析しているのだが、もしそれが当たっていたら、一生恋などできないではないか。恋愛願望がないのも事実だが、どうかそんな寂しい理由ではありませんように、と柄にもなく神に願うのだった。
「そっか、エルちゃんの場合、街行くドラゴンも恋愛対象になりうるんだもんね。面白いよねー。さすがのあたしもドラゴンとは出会ったことないんだけど、どう? 例えば、前にゲートムントたちと三人で倒しに行ったあのドラゴンは」
「えぇ? さすがにちょっと、あいつはただの若造だったからダメだよ。全然眼中になかったね。あの環境なら仕方ないんだろうけどさ、たかだか100年生きたくらいで粋がって山で威張り散らしてたんだから」
普通の人間には脅威で、だからこそ王都の冒険者ギルドにわざわざ討伐依頼が来たし、村のオヤジは龍殺しの金属で武器をこさえた。そんな存在相手に若造呼ばわりというのはいかにも実力差を表していて興味深くフォルクローレの耳に届いた。
「でもさ、そのドラゴンの素材がゲートムントの鎧に使われてるんでしょ? それなら、死して名を残す、みたいなことにはなるんじゃない? あいつなかなか強いし、魔王軍との戦いには活躍するでしょ」
「そりゃーねー。でも、あの鎧私からしたらすごく悪趣味だけどね。自分が命奪っといて言うのも変だけど、仮にも同族だしさ。もちろん、昔っから人間はああやって、魔物や獣の素材を武具の材料にしてるってことは知ってるんだけどね。現に、あいつ、火竜の鱗は下手な金属より丈夫で軽くて、そのくせ炎に強いんだから、うってつけでしょ。牙や爪だって同じだよ。下手な刃物より鋭いからね。武器に使ったり、鎧に使って威嚇したり、敵の攻撃を受けた時に、敵にも反射ダメージを与えたり、有用なんだよ。でも、それはあくまで異種族間での見方だからさー。まさかここに同族がいるなんて思わなかっただろうけど」
水を一口飲んで、一息つく。思えば、あの頃の出来事も随分遠くなった気がするし、あのドラゴン退治の旅から何かが始まったような気もする。
フォルクローレと出会ったのも、あの一件がきっかけだ。
「そんで、エルちゃんがそのドラゴンを自分の手にかけたのは何で? そういえば聞いてなかったよね。やっぱ、二人が怪我をしてやばいって思ったから?」
「それはもう単純な話だよ。いくら同族でも、なーんの縁もない他人、いや他竜? と友達、どっちを選ぶ? て話。正直、あの時気絶した二人を抱えて逃げることはできたけど、それじゃあ依頼の達成にはならないし、麓で御者のおじさんも待たせてたしね。それともう一つ。あのドラゴンは、山で我が物顔でのさばってた。もっと穏やかに共存する手も絶対あったはずなんだよ。だから、それを盾に裁いてやった、手のもあるかなー。一応、他種族にあんまり迷惑をかけないで暮らそう、ていう掟があるからね」
こんな内輪な話、面白いだろうかと思いながらも続けてしまう。内緒にしなくていい、というのはやはり気楽だし、とてもありがたい。あの日あの時あの場所でうっかりフォルクローレに見つかってしまったのも、何かの示し合わせだったのかもしれない。そう思えてくる。
もちろん、そんな風に思えるのは、自分の正体を受け入れてくれたこの通りの人たちの温かさや、本来脅威に映ってもおかしくないそれが心強いものとして見えるだけの情勢不安もあるだろうが。
「へ〜。意外。なんかこう、もっと他者を押しのけて覇道を進むぜ! みたいな感じだと思ってた。違うんだ」
「うん。昔はどうかわからないけどさ、少なくとも今はね。何代か前のご先祖様がそう決めて、一応世界中の竜族に発令したってことになってる。そうは言っても、狩りをして食べ物を得ないと死んじゃうのは他の生き物と同じなんだけどね。だから、できる限りって言い回しになってるんだけど」
思いの外フォルクローレが興味を持ってくれた。もしかしたら、こんな知識でも、錬金術士には貴重なのかもしれない。全く違う生き方をしているからこその面白い噛み合わせだ。
「って、話は後にしよう。冷めないうちに食べちゃわないと!」
「はっ! ごめん、あたしが変なこと言ったから! そうだね。今日はゆっくり話をしたい気分だし、まずはご飯を食べてから! もちろん、これもお代は払うし後片付けも手伝うから!」
律儀にそんなことを言いながら、再び食事に専念し始めた。満足げな笑顔で頬張る姿は、とても愛おしい。まさに、料理人冥利に尽きる、というやつだ。
「ありがとね」
「??? 何が? お礼を言うのはこっちなんだけどな」
横目にフォルクローレの姿を捉えながら、自分も食事を再開するのであった。もちろん、作った本人の舌をもってしても、出来栄えはばっちりだ。
〜つづく〜




