チャプター57
〜王城・陽光の間〜
「そうですよね。この中で、噂のピンク色のドラゴンを目撃した方はいるんですか?」
「いや、この中には誰も。そなたたちはどうだ?」
「俺たちも、見てないんですよ。あの時は、外に出てきた街のみんなを城に避難させるのに必死で。ただ、何人かは見た人もいたみたいで、そういう話をしてる人がいましたね。ピンク色の可愛い色をしたドラゴンがあっという間に敵の指揮官をやっつけたって」
「それが、エルリッヒ殿か。我らがお目にかかる機会は、あるのかどうか。いや、ないほうがいいのかもしれんがな」
「そう。そのための、騎士団改造計画だよ。武具の強化の話は、僕たち三人は最初からは関わっていなかったけど、こうして関わった以上、何としてでも成し遂げたいね」
「殿下、そちらの方はどうですかな?」
くるり、と音が聞こえるような鮮やかさで話題が切り替わる。そうなのだ。フランツたち三人は、武具強化のプロジェクトでも重要な役割を担っていた。定期的に仕上がりを確認しにフォルクローレのアトリエに赴いていた。
「インゴット作りはかなり進んでいるようだったよ。あと少しで、鋳造に入れるんじゃないかな。デザインもなかなか素敵に仕上がっているし、兵士たちからの聞き取りも、この二人が頑張ってくれたしね」
「ええ。希望の武器、鎧も幾つかの希望を聞いて、できるだけ個々の戦闘スタイルにマッチした装備品を支給したいですからね。騎士団の流派はありますが、それだけでは彼らの特性を殺してしまいます。人間相手にはそういう規律を優先させても構いませんが、魔物が相手じゃ、そんなことも言ってられませんからね」
「その辺のリストは、武器屋ギルドを通じて鍛冶ギルドから各親方に伝えてあります。あとは、インゴットが揃いさえすれば」
三人の言葉は自信に満ちていた。進捗管理のため、頻繁に各ギルドやアトリエを訪ねているため、計画の進み具合については万全だった。
もともとそこまでの厳密なスケジュールを引いていたわけではなかったため、「遅れている」という事態にはならないが、「不測の事態」に直面することはあるため、慎重に管理していた。
「錬金術士、フォルクローレか。かなり破天荒な人物だと聞きますが、大丈夫なのですか?」
「大丈夫だよ。噂ほど破天荒じゃない、普通の元気な女の子だよ。それに、腕は確かだし。この街には他に錬金術士がいないから比較はできないけど、彼女の作ったアイテムを見せてもらったんだ。すごかったよ」
「それならば良いのですが。殿下、信じて良いのですね?」
騎士団長と副団長を安心させるように、フランツは力強く頷いた。
「それでは、楽しみに待つとしましょう」
「ですな」
二人は、顔を見合わせて頷き合った。計画は動き出している。そのために税金を投入し、人も動かしている。あとはもう、フランツ達を信じるのみだ。
〜コッペパン通り 竜の紅玉亭〜
「エルちゃ〜ん! 何か食べさせて〜!!」
昼の営業中、突如としてフォルクローレが飛び込んできた。もちろん、予約制を取っていないのですべての客は突如現れるわけなのだが、彼女の登場はとても勢いがあり、まさに「突如」という言葉が相応しかった。
その闖入に、客たちも騒ぎ出す。こうして何度も訪れているフォルクローレは、すっかり人気者だ。
「フォルちゃん、今日はどうした? また何か背負い込んでるんじゃないのか?」
「そうなんですよ〜! 詳しいことは秘密なんですけど、大変で〜!」
「それなら、とりあえず座りな! 美味い飯を食ったら、元気出るぜ?」
みんなに励まされながら、フォルクローレは空いてる席に着いた。テーブルに伏せていると、エルリッヒがやってきた。炒め物の真っ最中だったため、その来訪に気づいていなかった。
「お、フォルちゃん、いらっしゃい。今日はご飯?」
「そうだよ〜! 昼と夜を食べさせておくれ〜! お金は払うからさ〜!」
そう言って、わざとらしく銀貨の入った袋を振って見せる。確かに、じゃらじゃらと重たそうな音がする。依頼の増えている今、彼女はそれなりにお金を持っていた。と言っても、ここは高級レストランではないのだが。
「はいはい。わかったからわかったから。ていうか、お金払うのは当たり前だし。それで? ご注文は?」
「んー、今日のオススメ! て言いたいとこだけど、たまにはお肉かな〜。なんか、お肉焼いたのとスープとパン!」
ものすごく適当な注文をする。それに漠然と応えてしまうのが、街の食堂の懐だ。フォルクローレの注文だから、というわけではなく、嫌な顔一つせずそれを受けた。
「じゃ、待ってて。順番に作るから」
「ヤー! 任せたよ〜」
去っていくエルリッヒに力なく手を振ると、再びテーブルの上に伏せった。
☆☆☆
しばらくして、注文の「漠然としたメニュー」をトレイに乗せたエルリッヒが現れた。トレイからは、いい匂いが立ち込めている。
「はい、お待ちどう! 今日は野菜中心のスープだよ。パンは黒パンだから、スープに浸したりお肉のソースをつけて食べると美味しいよ」
「ありがとう〜! ふわぁ〜、いい匂いだ〜!」
胸の前で手を合わせてその匂いを味わう。こんな風に、匂いまで楽しんでくれると、なお一層作りがいがある。少しだけ弾んだ足取りで厨房に戻って行った。
〜同・昼下がり〜
「よし、片付け終了!」
昼の営業を終え、いつものように店内の後片付けと自分の昼食を済ませる。最後の食器を洗い終えると、首を上げ、二階の自室に視線を送った。
食事を終えたフォルクローレは代金を払うと、「ベッド貸して〜!」と泣きついてきた。大まかな今の状況は聞いているし、頻繁ではないがこのようなことはたまにあるため、二つ返事で快諾した。おそらく、また徹夜続きなのだろう。騎士団の武具を強化する計画のため、金属の調合依頼を任されたことは知っていたし、やるからにはそれが大量だろうということは容易に想像がつく。
いっときの仮眠か、本格的な休息か、はたまた食後の昼寝か。どちらにせよ、時に一晩中、ともすると数日間釜から離れられないこともある錬金術、休息はあってしかるべきだった。
「一応、覗きに行くか」
片付けが終わってしまえば短い自由時間。様子を見に自室へと上がっていった。できるだけ物音を立てないよう、気をつけながら。
☆☆☆
「どれどれ?」
部屋に入り、ベッドを見ると、布団に入ったフォルクローレが安らかな寝息を立てていた。午後になり、わずかに傾き始めた日差しを受け、髪を中心に淡い光を放っている。本人の穏やかな寝顔とは裏腹に、どことなく神々しい。もともと起こす予定はないが、起こしたらかわいそうだ、という気持ちが湧き上がる、そんな寝姿だ。
「さっきも疲れた様子だったけど、大変なんだろうなぁ」
相変わらずよく日の光を反射させるものだと思いながら頭を撫で、うっすら汗ばんで額に張り付いた金色の前髪をさらりと払う。この季節、昼間に布団をかぶって寝るには暑い。抽斗から手ぬぐいを取り出すと、額の汗をぬぐってやった。
「なんだっけ、インゴットの調合? すごいことやってるよなぁ」
長く生きてきて、本来の「一般的な」製法は知っていた。炎で鉱石を溶かして、不純物を取り除きながらきれいな形に整えていく。鍛冶仕事の一つだ。それを、鍛冶屋ではなく錬金術でやろうというのだから、すごいものである。
その方が早いのか、不純物が少なく作れるのか、それとも大量生産可能なのか、はたまたきれいに成形できるのか。その辺りは、起きてきた時に覚えていたら是非確認したいところだ。
「すごいのはわかるけど、無理はしないでほしいもんだよ、まったく」
優しく囁きかける。当然というべきか、この程度で起きる気配は見せない。普段の元気な姿は何処へやら、こうしていると、本当に天使のようだ。もちろん、会ったことなどないのだが。
「……フォルちゃんに、竜のご加護がありますように」
優しい眼差しで口元に視線を移す。自分の本来の姿の鱗や甲殻と似た、鮮やかな色をしている。起こさないよう気をつけながら、ふわりと口付けをした。竜の息吹だ。
〜つづく〜




