チャプター56
〜王城 陽光の間〜
「伯爵、珍しいですね。何か意見が?」
「はい、殿下。招待客に、三名を加えていただきたいのです」
比較的寡黙で控えめなルーヴェンライヒ伯爵がこのような申し出をすることはとても珍しい。それが、「三名」という具体的な人数を添えて招待客の追加を申し出てきた。王侯貴族と大司教以外に誰が必要だというのか。少なくとも騎士団長、副団長、それに子爵と男爵にはまるで思い当たる節がなかった。
「本当は、この会議にも参加してほしいくらいなのですが、立場の違いもありますし、我ら騎士団の人間が中心に決めるべき催しでもありますから、そこまでのことは言わないでおりました」
「で、誰なの? 呼びたいのは」
フランツにはなんとなく想像がついた。こんな場面で呼ぼうとするのは、今回の話を知っている人間だけだ。そして、それはごくごく限られた人間しかいない。
「元親衛隊のツァイネ、冒険者ギルド所属の戦士ゲートムント、それに町娘のエルリッヒ殿の差3名です」
「おお、あの噂の! 確かに、一度会ってみたいものだな。それで、元親衛隊のツァイネは私も副団長もよく知っているが、その、ゲートなんとかというのは誰なのかね?」
「おお、そうだ。それだよ。伯爵、その、ゲーなんとかという戦士はは一体誰なんだね。よびたいというからには、て誰なのだろうとは思うが……」
「確かに、俺も気になります」
「俺たちよりも、強い人、ですか?」
皆、ツァイネのことはそれなりに知っている。騎士団の上層部に入れば、噂も聞いていたし、親衛隊への大抜擢に関与した者もいる。当然、直接面識があって、面談などで話をしたことのある者もいる。同世代の子爵たちにしてみても、平民出身の一般兵士から大貴族からしか選ばれないと思われていた親衛隊に上り詰めた存在というのは、よく知られていた。とはいえ、彼らは同世代であるがゆえに組織上の上下関係には当たらず、最低限存在している身分の差から、やはり面識などはほとんどなかったが。
だが、そこにセットで名前の出たゲートムントは、まるで違う。フランツと伯爵を除けば、誰もその存在を知らないのである。むしろ一般の兵士にこそ親しい者がいるかもしれないが、何せあのツァイネと並んで名前が出てくる男だ、否応なしに期待が高まる。一体どれほどの戦士なのか。
「すまない、君たち二人の実力はよく知らないのだが、私も彼の戦士としての実力はよく知らなくてね。ただ、ツァイネの相棒として幾多の冒険に赴いている戦士だ。その得物は槍。なんでも、剣より槍の方が得意で、北東の村で手に入れた、漆黒の槍を使う、とのことらしい」
「漆黒の? まさか、竜殺しの武器!」
大きな声を上げるフランツに、黙って頷く伯爵。その武器の持つ意味の重さを良く知っている者同士のやりとりだ。フランツはゲートムントと面識があったが、その時は一切武装していない丸腰の姿だったので、どんな武具を使っているのかまでは知る由もなかった。
それが、ここ最近自身の中でトレンドに上がっている「竜殺しの金属」を用いた武器を使用しているとわかって、興奮を隠しきれないでいる。
「そうです。あれは、ドラゴンを相手に特に強力な力を発揮しますが、金属として純粋に見たときにも並外れた頑丈さを誇ります。そして、彼の鎧は、なんと火竜の素材を用いた特注品だそうで、その防御力はもちろん、炎や氷といったドラゴンや魔物が使いそうな力に強い耐性を持っているそうです。もっとも、すべてはツァイネより聞かされた情報ですが。ツァイネが認めていることも加味すれば、おそらく、かなりの使い手でしょう」
「それは楽しみだね! ツァイネ共々、エキシビジョンマッチを組んでもいいかもしれないね」
「なるほど、それは盛り上がるでしょうね。我ら騎士団員が勝てば良し、負けても鼓舞することができる。冒険者ギルド所属の戦士たちの方が強いに決まっている、などとふてくされるようなものは、そこまで勝ち抜いてきた団員たちの中にはおりますまい」
「それなら、俺たちも戦ってみたいですね」
「あのツァイネか、彼が認めた男か。今から楽しみだ!」
若い二人もワクワクする気持ちを隠しきれないでいた。彼らのような青年にとって、強い戦士と手合わせをする機会が得られる、というのはとても楽しいことなのである。
しかし、騎士団長はいたずらっぽい笑みを浮かべている。
「お主ら、何を言っているのだ? お主らも大会参加者だぞ? 彼らと戦いたかったら、勝ち抜かなければな」
「なっ!」
「それ、冗談じゃないですよね? 俺たちは運営担当者として観戦してていいものだとばかり」
「それでも良いが、それだと挑戦権を失うことになるぞ? あぁ、あらかじめ言っておくが、街中での私闘は、できるだけ避けてくれよ? トラブルでないにしても、騒ぎになるからな」
「……と、いうことだ。精進するようにな」
上層部の三名に釘を刺される形で、二人は参戦を余儀なくされてしまった。もともと「若い騎士団員」全員に参加資格がある以上、当人が希望して棄権や参加拒否しない限りは参加するしかないのだが。
「人数は多いゆえ、弱い者と当たる機会もあろう。ま、せいぜい頑張ることだな」
「団長、俺たちの実力を知らないでそんなこと言ってますよね」
「俺たち、正直言って結構頑張って訓練してますよ? 装備品を全員共通にするっていうんですから、なおさら活躍の場はありますよ!」
「お前たち、それは、もっと格の高い貴族のおぼっちゃまと当たった時の話だろう? いいか? 今回戦う大半の相手は一般の兵士、つまり、その”共通の装備”を普段から身につけている者たちなんだぞ? 着慣れた装備で戦う相手の方が有利になるとは思わないのか? お前たちの頑張りはともかくも、一般の兵士だって頑張って訓練している。彼らはお前たちより貧しい家で育っているからな、評価されて昇進してより高い俸禄を求めて奮闘しているんだ」
「副団長、若い二人にあまり言うのもどうかと思いますぞ」
真実は時に鋭く突き刺さる。こう言う実態がわかっているだけでも組織の上に立つ者として必要な見識を持っていることがよく伝わってくるが、若い二人が小さくなっているところを見ると、いささか言い過ぎという空気にはなっていた。
「こらこら、あまり深く考えるでない。一般の兵士たちも十分に鍛えているから油断するな、と言いたいだけだ」
「表立っては公平な立場でいないとならないけど、僕はしっかり応援しているからね。二人とも、頑張って!」
「……はい」
「それはもちろん。参加するからには優勝を目指しますよ」
「まったく、そんなことでどうする。ほれ、元気を出せ!」
「そういえば、そなたら先日エルリッヒ殿と戦っててひどく負けたそうではないか」
何を思ったか、伯爵はふとそのことを話題に出してきた。
「なっ! 伯爵様、普通このタイミングでそれ言います?」
「ええ、負けましたよ。手酷くね。俺たちは魔物との戦いはおろか、獣と戦ったことすらありませんでしたが、あれが人ならざるものの実力なんでしょうね。とはいえ、女の子に怪我をさせるよりはいいですよ」
その実力をして「人外」と形容しておいて、同じ文脈で「女の子」と形容する。そのアンバランスさが共存しているのがエルリッヒという存在なのだ。誰がどこからどう見ても、人間の若い娘なのだが、その力は生身の人間がどう努力してもたどり着けないレベルであり、それですら、人の姿を取り本来の実力を出していない状態なのだ。
「ラインラント男爵、そなたの言葉がまさに真理だな。あの力を前に、人ではないものの脅威を感じるが、同時に人としか認識できん。おそらく、我らは彼女の本来の姿を目の当たりにしても、同一人物とは認識できないのかもしれん」
伯爵の言葉は、重おもしく響き渡った。
〜つづく〜




