チャプター55
〜王城 陽光の間〜
翌日からは大忙しだった。フランツが持ちかけた騎士団の武道大会の話が、国王から騎士団長を中心とした限られた上層部のメンバーに打診され、思いの外すんなりと通ってしまったのだ。
そうなると、今度は詳細を詰める必要がある。そのための打ち合わせが、その日の午後に早速開催されることになった。月光の間と対をなす大会議室である陽光の間に集められたのは、王子フランツ、騎士団長、副団長、ルーヴェンライヒ伯爵、そしてゲハインスト子爵とラインラント男爵の計6人。
「あの、俺たち、ここにいていいんでしょうか……」
「殿下から話は聞いてますが、さすがに場違いなんじゃ……」
フランツとはこの数日間で随分と打ち解けていたし、騎士団所属の三人とは面識もあり話をしたこともある。だが、このように少人数の会議にメンバーとして呼ばれたのは初めてだ。陽光の間で開催される会議ということもあり、大貴族がずらりと並んだ場所にあって、隅っこで何かちょっとした意見を求められる程度だと思っていたのだが、人数は少人数で、しかもしっかりと意見を述べることを求められる”ちゃんとした”メンバーとして召集されていた。
「二人とも、緊張しちゃうよね。僕が騎士団に直接の人脈をほとんど持っていないから呼んだんだけど、ごめんね。でも、身分や立場は気にせず気になったことがあったらどんどん意見を言って欲しいな。他のみんなも、そこのところはよろしく。武道大会開催の目的は伝えてる通り、魔王軍の再来に備えて、騎士団の中の有望な団員を引き上げて、威張ることしか能がない名ばかり騎士たちを排除すること。でも、せっかくだから、楽しい大会にしたいよね。それも忘れないで欲しいな」
フランツのこの一言で、子爵たちの緊張も多少は溶け、騎士団長たちの格式張った雰囲気も、いくらかは和らいだようだった。会議全体も、肩肘を張らないものとして進んでいった。
☆☆☆
「さて、今日の議題の前に、ここまでの決定事項を確認したいと思います。みなさん、覚えていますか?」
幾度かの会議を経て、今日は振り返りから始まる。フランツの司会者ぶりもすっかり板についてきた。最初は小さくなって発言もあまり出ていなかった子爵たちも、今ではすっかりこの会議の一員だ。
「まず、参加資格は騎士団員全員。試合形式はトーナメント方式。装備品は全員同じ、一般兵士と同じものを着用。ただし、槍と剣はどちらを使ってもいいし、両方使ってもいいものとします。それから、当日は父上、国王陛下を筆頭に、主立った貴族のみんなを観覧者として招待します」
「殿下、一つ質問いいですか?」
手を上げたのは男爵。メンバーとして、遠慮なく意見を言う。彼ら末端に近いところにいる二人の意見は、この会議の中でも幾度となく存在感を示していた。
当然、参加者全員がそれをわかっている。
「昨日から言おう言おうと思ってたんですけど、貴族連中を呼ぶのは、王宮を上げてのイベントとしての体裁だけじゃなくて、名ばかり騎士たちの親に自分の息子がいかにダメかを知らしめるためっていう目的ですよね。それはいいと思うんですけど、後で何かしらの報復があったり、離反したりすることは考えられませんか?」
「そうだね。それについては懸念していたところだよ。正直、威張るしか能のない息子を育ててしまうような親だからね。性根は歪んでいる可能性がある。だから、そこは騎士団浄化ん反動として覚悟しておいて欲しい。もちろん、何かあった時は騎士団も王宮も、全力で守るし、相手のことは処断する。それでどうかな。せっかくだから、国のためにならない貴族を排除できるならそれはそれでいいしね。僕たち王侯貴族は、曲がりなりにも国中の市民から集めた税金で暮らしてるってことを忘れたらダメだと思ってる。だったら、国の役に立たない貴族は、最低限爵位を下げるなりをして、示しをつけなくちゃ」
「殿下、やりますな。それは、茨の道ですぞ?」
「我ら騎士団関係者は一蓮托生、どこまでもお供しますが、さすがに危険が過ぎると思いますぞ。血気に逸った連中は、何をしでかすかもわかりませんからな」
評価しつつも慎重論を唱えるのは騎士団長と副団長の二人。彼らは国王が若い頃から騎士団で活躍してきた人物だ。多少の荒事や政争にはビクともしない。それでも、一部の有力貴族をそのまま敵に回すようなアイディアには、まず一度苦言を呈さずにはいられなかった。
「心配ありがとう。まぁ、息子は使えなくても親は有能、なんてケースもあるし、我が子より自らの保身を図るケースもあるだろうから、そこまで危険なことになるとも思えない。今この時勢で、他国にこの国の内情を手土産にしたところで、多くは具体的にこの国を攻めようと実行に移すのは魔王軍討伐後だろうからね。それに、僕らは今、魔王軍の襲来に備えた騎士団強化についての話をしているんだよ? 人間が襲ってきたところで、後味は悪いかもしれないけど、ものの相手じゃないよ。少なくとも、そうなることが目的だからね」
二人の心配をよそに、フランツの表情は少しも曇らなかった。事態としての報復行動は起こるかもしれない。だが、返り討ちにすることを前提に考えていた。そこまで考えることで、貴族社会に避けては通れない禍根を減らすことができる、ということの意思表示なのである。
「確かに、この国に功があって貴族として名を連ねているのは確かだよ。でも、それは、志ある先祖の話で、今、当代の話じゃない。みんなも、それは肝に銘じておいて欲しい。そして、僕らは危険な魔王復活という事態に直面してしまったんだ。平和な時期の王宮ではいられなくなるんだよ」
「……」
「俺たちに出来ること、か……」
大貴族と下級貴族では、出来ることも被るかもしれない被害も違ってくる。それらを考えた上で、身の処し方を決めなくてはならない。何か被害が出るとしたら、それは自分たちだけでは済まないのだ。
「例えば、俺たちに被害が出るとしたら、父の出世が阻まれる、というようなことはありえますね」
「あぁ、それは確かに。俺たちの父はそれぞれ俺たちに代を譲って、騎士団の任務から内政に活動の場を移しています。そうなると、権力を笠に報復をしてくるかもしれません。さて、何ができるか……」
「そうだね。報復のためにむやみに爵位を上げるようなことはできないし、君たち二人が関わっているとわかれば、何かしてくるかもしれない。でも、不当な降格人事や罷免、配置転換があるようなら、それこそいい証拠だよ。どれだけ巧妙にやっても、どこかに必ず証拠は残るものさ。だから、そこは気にしなくてもいい、という気構えでいてくれないかな。少なくとも、二人のお父上の立場は守るよ」
「あと考えられるのは、暗殺ですかな」
「物騒ですが、ありえない話ではないですな。幸い、ここしばらくはこの国でそのような事件は起きておりませんが、かつてはあったと聞きますし」
「こればかりはどのような手を打ってくるかわかりません。我らも気をつけますが……」
そのようなことがないことを願うばかりだが、あらゆる可能性を検討しておかなくては、楽しくて実りのある大会にはできない。議論の種は尽きないのだった。
「それでは、不安は拭えませんが招待貴族についてはそれで良いとして、大司教殿はどうされますか?」
「一応招待状は送っておこう。戦いのような荒事は好まない可能性もあるから、不参加も念頭に入れて」
「とりあえず、招待客についてはこれくらいでいいですね?」
話題が変わろうとしたその時、今日はあまり発言の機会がないルーヴェンライヒ伯爵が小さく手を上げた。
〜つづく〜




