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竜の翼ははためかない9 〜竜王伝説〜  作者: 藤原水希
第八章 それぞれの思い、それぞれの思惑
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チャプター48

〜コッペパン通り 竜の紅玉亭前〜



 エルリッヒが手にしているその剣は、装飾も少ない漆黒の剣。まるで夜の底のような深い黒色だが、決して禍々しいわけではなく、どこか荘厳さや厳粛さを感じる。

 ゲートムントとツァイネには訊かれた時にあれこれ説明したが、あまり表立っては話をしていない。だから、二人が知らないのは当然だった。

「これが、秘密の武器ですよ。どこからでもどーぞ!」

「よし、それじゃあ二人がかりで畳み掛けるか」

「だな。それしか勝ち目はなさそうだ。思えば、前から顔見知りだったけど、共闘するのは初めてだよな。頑張って息を合わせよう!」

 男爵は子爵に目配せをすると、勢い良く駆け出した。それに一足遅れて子爵も駆け出す。

「たぁっ!」

 勢い良く振り下ろされる剣を漆黒の刀身で受け止めると、すぐさま次の攻撃がやってきた。テンポがずれていたのはこのためか。

「これなら!」

 だが、ただでやられるのは見世物にすらならない。剣を一閃、男爵の剣を体ごと跳ね除けると、その動きで体を旋回させ、一歩後ろに下がった。これだけで、子爵の攻撃は軸を外された状態になり、当たらなくなる。もちろんこの後もダメージを喰らう訳にはいかない。剣を振り下ろした勢いで刀身を横に振ってきたが、その攻撃を右手の剣で受け止める。

 全てはあっという間の出来事だ。

「攻撃をミスしたのに勢いを横に流すなんて、いい判断ですね!」

「まさか、これを受け止められるなんてね!」

 相手の攻撃を受け止めてしまえば、あとは先ほどのように薙ぎ払うだけで力ずくで吹っ飛ばすことができる。

「それっ!」

「なっ!」

 吹き飛ばされた子爵は、態勢を立て直したばかりの男爵に激突する。

「うわっ!」

「いてててて……」

 二人は立ち上がって態勢を立て直す。手加減をしたとはいえ、盛大に吹き飛ばされた割には元気だ。

(それにしても……)

 この二人、よく鍛えている。フランツほどの規格外ではないものの、質素な武器でもしっかりとした重さの攻撃を繰り出してくる。戦略も考えているし、何より吹き飛ばされてもしっかりと立ち上がってきた。

 こえは面白い。

「それじゃ、今度は同時に攻撃するぞ!」

「おう!」

 手短な打ち合わせを済ますと、二人は同時に駆け出した。そして、

「「たぁっ! はぁっ! それっ! ていっ!」」

 さすがに同じ流派を修めた者同士、息ぴったりで攻撃を繰り出してくる。またしてもエルリッヒは防戦一方になってただその攻撃を受けていた。

 この重さでこれだけの攻撃を繰り出せるなら、並の魔物なら十分に渡り合えるだろう。しかし、このままでは観衆も面白くないに違いない。もう少し沸かせてやらなくては。

「ねえ。その剣、折れても大丈夫?」

「え?」

「そりゃ、倉庫にはたくさんあるし、補充はいくらでもできるけど……」

 攻撃の最中にこんなことを聞いてくるのだから、これは危険信号だ。二人は瞬時に察する。まさか、武器を折るほどの攻撃を繰り出すつもりなのだろうか。いくら強くても、いくらこの件が簡素でも、そうやすやすとへし折ることはできないはずだ。どのような攻撃を繰り出す予定なのか。

「じゃあ、遠慮なく行かせてもらいますからね!」

 それまで防戦一方だったが、攻撃受けたまま漆黒の剣を横に薙ぎ払った。やっていることは先ほどと同じだが、それよりはいくらか弱く、大きく吹き飛ばされることはなかった。

「……間合いを取っただけ?」

「油断禁物だな」

 次の攻撃をすぐに見極められるよう、視線を外さないでいるが、こちらが態勢を立て直したと見るや、あっという間に間合いを詰めてきた。

「今度は、私が攻撃する番!」

 まるで合図のようにそう告げると、男爵の前で思い切り剣を振り下ろした。

「っ!」

 とっさに武器で受け止めるも、その一撃はあまりにも重く、まるで地面に押し付けられているかのようだった。さらに、それが力の強さからくるのか武器の特性からくるのかはわからないが、刀身に亀裂が入り始めていた。

「やばっ!」

 慌てて武器を捨て、勢い良く後ずさりする。すると、剣はその場で真っ二つに折れ破片ごと足元に飛び散ってしまった。いくらなんでも、こんなにあっさりと折れてしまうとは、想定外だった。

(普通、あんな風になる前に折れ曲がるはず。それを両断するなんて……)

 この手の武器は、強い力が加わるとまず折れ曲がる。だから、それを通り越してこのような形にしてしまうには、はるかに強い力と、武器の鋭さが必要になるはずだった。まさか、その二つを兼ね備えているとでも言うのだろうか。確かに普通の剣ではないようだが、それにしてもあまりにも信じがたい。

 男爵は、冷や汗が垂れるのを感じた。

「気をつけろ! その剣、普通じゃないぞ!」

「そんなの、わかってる!」

「わかってても、何もさせませんけどね!」

 子爵への忠告をあざ笑うかのように、攻撃のターゲットが切り替わった。

「くっ!」

 さっきの、男爵を攻撃している間は一見隙だらけだったのに、何もできなかった。足がすくんだわけではないが、つい、「どんな攻撃を繰り出してくるのか」が気になってしまった。相手が強大であればあるほど、行動、攻撃パターンの把握は重要になってくる。だから、それ自体はとても重要なことなのだ。

 だが、先ほどの一瞬で得られた情報は、ほとんど役に立たなかった。

「さっきと同じ攻撃じゃ、見てるみんなも面白くないよね。とはいうものの、どうしたものかな」

「ただではやられないよ! それっ!」

 ケレン味を気にして攻撃の手を緩めた瞬間を突いて、子爵が攻撃を繰り出してくる。しかし、エルリッヒも同じように攻撃を繰り出す。二人の剣がぶつかり合い、激しいつばぜり合いになるかと思われた。

「退避した方がいいよ? さっきみたいに真っ二つになっちゃうから」

「そんなこと!」

 言われなくてもわかっている。いや、嫌でも理解させられる、と形容した方が正確だった。この剣、男爵が言う通り普通ではない。見るからに鋭く、見るからに不思議な力を宿している。こんな武器が世の中に存在しているとは。

「っ! 折れる!」

 漆黒の剣が鉄の刀身を砕く。その刃が次に狙うのは、子爵の体だ。こんな剣戟を受けては、ひとたまりもない。自然と、「死」を意識した。

「これで、おしまいだよ!」

「っっ!!」

 強く目を閉じ、その時を待つ。これほどの攻撃なら、苦しまず一瞬で逝けるだろう。すでに、これが模擬戦であるということは、頭から抜け出ていた。これは、生死をかけた勝負そのものだ。

「さあ、命の灯火が尽きる瞬間を味わえ!」

 まるで悪役のように叫びながらも、剣を子爵の頭すれすれで止めた。どんな状況になっても、斬るわけにはいかない。直前で寸止めすることを意識しての攻撃だった。

 すっかり死を覚悟した子爵は、いつまでもその時が来ないことを訝しみ、ゆっくりと瞳を開いた。

「あれ……俺……生きてる?」

「どうでしたか? 少しは私のこと、信じてもらえましたか?」

 にっこり笑って手を差し伸べるエルリッヒ。そこにはもう、あの剣はなかった。二人はもちろん、ギャラリーもすっかり言葉を失っている。今、何が起きたのか。

「あれ、えっと、剣は……」

「あれは、いつでも出し入れできるから。もう、模擬戦は終わりでしょ?」

「いや、恐ろしい時間だったな。あっという間の出来事だったはずなのに……」

 二人は感嘆しきりだった。だが、それと同時に気になったのは、あの剣の素性だ。こういうところは、腐っても騎士団員なのである。

「あのさ、あの剣のこと、もっと教えてくれないかな」

「そうそう! 俺も思った! あんなすごいもんが存在するなんて思わなかった。あれ、親衛隊の剣よりもすごいんじゃない?」

「それはどうでしょうね。一応秘密の武器なんで、手短に説明しますと、ずーっと昔、ご先祖様が竜殺しの勇者と戦ったときの戦利品です」

「それは、すごいね……」

 明かせる事情が少ないのは、秘密というだけでなく、詳細がわかっていないからである。竜殺しの金属も剣も、当たり前にこの時代にも存在する。だが、折々で武器屋や鍛冶屋に見せてきたが、これほど高純度な金属は存在せず、これほど強力な剣は作れないようだった。

「あれが量産できれば、魔物相手にも強いんですけどねー」

 冗談めかして言うが、どうにもならないことだった。

「ねえ、今の武器竜殺しの勇者が持ってたんだよね」

「はい、そうですけど、それが何か?」

 先ほどの試合を黙って見ていたフランツが、久しぶりに口を開いた。一体なんだろうか。




〜つづく〜

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